2006年10月16日 (月)

Vサイン

 ここのところ、また写真を撮る機会が増えている。
 撮る側として、被写体に決してやって欲しくないのがVサイン。美男美女、聡明英知の人たちでも、写真を撮られる際に、Vサインを出すことがある。撮る側としては脱力。

 Vサインについて知りたい人は、Wikipediaのピースサイン、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%B3
が、参考になる。
 

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2005年12月17日 (土)

私の剣道人生

 私は剣道三段を持っている。このブログの存在を、剣道の友人に教えたところ、剣道の話題がないが感想だった。
 剣道三段といっても、高校三年生までに三段をとって、大学以降はすっぱりとやめています、というわけではない。むしろ、中学でやめているので、大学入学時は初段である。それから年をかさねて、二十三歳になって、東京都で三段をとった。
 運動能力は若い頃より落ちているが、技量があがっているので、昔の自分と対戦しても余裕で勝つとは思う。しかし、高校時代に剣道をしていないというのは致命的で、いまいくら稽古しても、その時期に怠っていた分は取りもどせない。
 大学では、剣道サークルに週二回ほど通っていた。芝居が忙しい頃は行っていないので、熱心に稽古したとはいえない。最初の二年は、漫然と稽古をして、終った後の酒を何より楽しみにしていた。
 大学三年になって、教養課程のサークルから離れて、ある区の公開稽古に混じって剣道をするようになった。そこに、私よりちょうど五十、歳が離れたI先生がそこにいらっしゃったのが、その後の私の剣道人生に大きな影響を与えている。
 相手は、もうお爺さんである。スピード、持久力などは、私の方が上回っているはずである。ところが、相手はヨーダのごとく、私などちょいちょいとやっつけてしまうのである。そんな馬鹿な、なぜ手も足も出ないのだと思ったところから工夫が始まっている。
 私は身長が169センチで、上半身の筋力もさほどなく、剣道にはお世辞にもむいているわけではないのだが、そういった元来の身体能力の低さに、自分の剣道の限界を作ってしまっているところもあった。
 それが誤りだと悟ったのである。もちろん筋力は大切なので、大学院に在籍し、綾瀬にいたころは週に一二回は東京武道館のジムに通っていた。それに加えて、区だけでなく、昔のサークルやある高校OBの稽古会などに赴き、週に二三度稽古をしていたこともある。
 かなりハマっていた時期があるのだ。高校時代に剣道を続けていたら、ここまでやりこまなかったかもしれない。
 私の剣道人生だが、結婚を境にめっきり稽古できなくなってしまった。筋力は失われ、脂肪ばかりが増えた。最後に稽古をしたのは、一年半ほど前になる。
 剣道をしている人はよく知っているだろうが、剣道では四段がひとつの壁である。人生のうちなにかを削っていないと四段にはなれない。また、四段から指導者への道が始まる。
 私が今後の人生で四段になれるかというと、ほとんどありえないと断言できる。また、四段以上を目指す気もない。私はもう永世三段である。
 何年か前に、ある女子校の職の打診をされたことがある。いろいろ考えたあげく断り、私の後輩の男性がその職に就いた。あるとき勤務状況を尋ねたが、非常に忙しいらしく、学校の仕事は元より、部活動で剣道部の顧問を任せられて大変だと言われた。しかも、彼は剣道をまったくしたことがなかったが、生徒と一緒に稽古して、一級、初段と目指していくつもりらしい。私が彼の立場なら、当然顧問であろうし、そこで稽古もし、四段以上を目指す気になったかもしれない。そうだとしたら、幸せだったかどうか、ごく稀に考える。

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2005年11月27日 (日)

デジタルカメラのSDカード

 銀塩コンパクトカメラが先日の旅行に持って行けなかったので、デジタルカメラにすべてを託すことになった。そこで日頃使っていた64MBのSDカードを512MBのに買えると、なんと260枚ほどの写真が撮れるようになった。
 毎日、充電しておけば問題ないので、大変簡便である。旅行中でのフィルムの交換保管は面倒だし、飛行機を使えばX線のことも気にしなければならない。
 旅行中、中年より上の世代でもデジタルカメラを持っている人がほとんどだった。ひょっとしたら私よりも使いこなしているかも知れない。
 便利な時代と言えよう。

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2005年11月26日 (土)

コンタックスT3

 銀塩のコンパクトカメラはコンタックスT3を使っている。最初は中古を買ったのだが、家に帰って動作確認をすると動作不良があった。中古保証で無料修理できたが、とりいそぎ使いたかったので、返品して新品を買い直した。前に使っていたティアラの酷使を考えると、高い買物だとは思わなかった。
 さすがに高級品だけあってよく撮れる。T2の方がいいのだと、主張し続けている人たちがいるが、T2より小さく、なおかつ近接撮影ができるT3の方が私に適している。
 些細ながらもよいところは、電池をあまり食わないこと。レンズがよいので、フラッシュが弱くてよいからだろうか。
 ちょっと使いづらいところは、色温度の変化をうけやすいこと。曇りの日に撮影すると真っ青になってしまう。それだけ、繊細なレンズの仕上がりなのだろう。アクセサリーにフィルターがあって、まあアクセサリーと思っていたが、きちんと写真を撮る人には必需品だろう。
 なお、あとづけでデータパックを買った。私が撮るのは家族写真であり、家族写真には日付が必要である。
 最近になって、モーターの不良かレンズが出てこなくなってしまった。修理に出したのだが、一ヶ月経ってまだ連絡がない。メーカー保証は切れているが、キタムラの三年保証でカバーできるから、お金の面はよい。また、機械とは壊れるものだと思っているので、故障にも腹を立てていない。
 しかし、デジカメで撮った十一月の旅行の写真の仕上がりをみると、T3も持っていきたかったと切に思う。キタムラに問い合わせてみたところ、京セラがカメラ部門から撤退したこともあって、修理がいつ終るか見当がつかないといわれた。銀塩カメラの落日を感じる。

補記:十一月二十九日にカメラのキタムラから修理完了の連絡をもらいました。一ヶ月ちょっとでなおったわけですが、キタムラとコンタックス窓口とのやりとりの手間まで考えると極端に遅いというわけではないようです。

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2005年9月30日 (金)

目線

 まだ大学院生の頃だが、カメラが趣味だと多少は知られていたので、ある学会のお手伝いに行ったときに、記録でカメラを撮るように仰せつかった。大会の記録はもちろんのこと、会場校の準備の様子も記録に残しておいてくれと言われたので、お手伝いの学部学生さんを含めて、いろいろと写真を撮った。
 大会終了後に、できあがったネガと写真を会場校の先生に送ったのが、ある女の子の写っている写真の枚数が多いと小言をもらった。
 撮る方としては、撮るときに、仕事中なのでポーズはまだしも、目線を送ってくれた方がとりやすい。多いと言われた女の子は、よく目線をくれたので、知らず知らずのうちに写真の枚数が多くなったのである。
 また、演者を撮るのに使っていた望遠レンズをちょっと振って会場の係をしていた子を撮ろうと思っていたのだが、望遠は撮りにくいし、本当の使用目的もあるので機会もなくて、望遠を使ってたまたま一枚だけ撮れたのがその子の写真だったのである。望遠の効果もあってよく撮れたと私としては満足だった。
 会場校の先生によると、実はその女の子は、私がお手伝いに行った大学のMissで、写真に撮られるのは慣れているとのことだった。道理で目線を送るのが上手だったわけである。
 随分と下心のあるやつだと、会場校の先生はおかんむりだったかもしれないが、私としてはある女の子を特別扱いにすることなど全く考えていなかった。それなのに、写真の枚数に偏りが出たというのは、目線の力なのかもしれない。
 なお、そのときの写真は私が写っているもの以外は一枚もない。パソコンに取り入れたり、カラーコピー・プリンターで複製したりということがほとんどできない時代だったが、下手に勘ぐられないために、かえってよかったと思っている。

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2005年9月29日 (木)

ペンタックスME

 カメラについて最初はきちんと勉強しようと、中古のMFカメラペンタックスMEとズームレンズを一つ買ったのだが、露出は合わない、ピントはぶれぶれの写真ばかりができあがり、さらには使い始めて三ヶ月ほどで壊れてしまった。
 ペンタックスMEを使った時期は短いのだが、撮った写真はいずれも印象深い。演劇の知り合いのA子ちゃんに誘われて海水浴に行ったとき(みんなで行ったんですがね)の写真はほとんど全部ブレブレだった。A子ちゃんには好意を持っていたものの、なんだか違う気がして、A子ちゃんと私との距離は近づきそうで近づかなかった。写真がうまく撮れなかったのもなんとなく関係している気がする。
 その他、二十四で亡くなった友人Mとその友人FとMが亡くなる一年前に一緒に九州まで車で行った時の写真や、十四年飼っていた犬の最後の夏の写真を撮っている。レンズのせいか、露出のせいか、ややカラッとした色調になる傾向があったので、数は少ないものの、ペンタックスMEで撮った写真がどれかは見ればすぐわかる。
 カメラについては、才能もその技術の熟達もあっさりと見切りをつけた。カメラは信頼性が第一、技術は機械任せと、AF・AEのCANONのEOS5を、新品で買って、現在に至るまで愛用している。

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2005年9月28日 (水)

カメラをはじめたわけ

 演劇人は過去を振り返るのを極度に嫌う。公演ごとに記念写真を撮っておくことすら、ほとんどしない。私もそういった雰囲気に染まっていて、自分が舞台監督をした舞台や、自分が製作した舞台ですら一枚の写真にも残していない。
 あるとき、もう演劇はヤメだと決意したとき、自分の過去を振り返るものが何もないことに気がついた。それから、フジのティアラというコンパクトカメラを買って一日一枚、日記代りに写真を撮っていた時期があった。写真は、その後私の趣味の一つとなって、キヤノンのAF一眼レフに交換用レンズ五つを現在までに揃えている。とはいえ、写真の腕前はからっきし駄目である。絵心がないことが致命的なのだと思う。
 撮った写真の数だけ言えば、フジのティアラが最も多い。コンパクトカメラなので、常に持ち歩いていたためである。スキーに持っていったり何度も落したりとかなり荒っぽく使ったにもかかわらず、八年間もった。
 カメラは撮りたくて撮りたくてたまらない時期が時折くる。そのときは、あたりかまわず被写体にしている。二年前に長男が生まれてから、また写真をよく撮っているのだが、名状しがたい衝動に駆られてシャッターを押していたころとは、かなり遠い行為だと感じる。

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