一目上がり
落語に「一目上がり(ひとめあがり)」という噺がある。
八公が掛け物のほめ方を習うが、
「立派な賛ですね」。「いやこれは詩だ」。
次は「一休禅師の悟(ご)だ」と言われ、「三だってば四、四だってば五、ははあこれは一目上がりだな」と、
今度は「こりゃ六だな」とやると、「馬鹿、七福神だ」(さらに句まで続ける場合もある)。
他愛もない噺だが、割と知られているのではないか。
さて、無学な八公でも数字が一つ増えれば、次が何の数字になるかはわかる。
私には三歳七ヶ月の男の子がいるが、これが一から十までは言えても、七の次がなにかがすんなりとでてこない。八という数字は知っているにもかかわらず、七の次が出てこないのは、聞いている方として面白い。これは、特定の数にかぎらず、どの数でもいえる。
うちの子どもは賢くないので、同年の子どもで、すらすらと言える子もいるだろう。だが、発達教育学が明らかにしていることだが、小さい子どもは数字が一つずつ加算されて増えていく、一目上がりの概念が、早い時期にはわからないのである。
また、数字に関して子どもが面白いのは、二桁の概念がよくわかっていないところである。ゼロの概念も位取りの意味もわからなければ、二桁の数字をうまく処理することはできない。
息子が、なにか大きな数を表すさいにつかう数字は十である。うーんと早いスポーツカーも十キロ。箱一杯のみかんも十個。とにかく、大量であることをすべて十で表現する。
あたりまえのように理解している数字の概念も、子どもは十分に理解していないことが多く、ふとしたことで数字の世界の奥深さに気づかせられることが多い。
とはいえ、息子はだんだん賢くなっているようで、楽しい観察も長く続かないのが残念である。
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