2007年9月21日 (金)

松野正子文・瀬川康男絵『ふしぎなたけのこ』について

 何年か前の正月、実家に帰ると、たしかトヨタがスポンサーになって、エジプトについての歴史番組をやっていた。ピラミッドは公共事業であり、雇用を作り出していたという趣旨だったのだが、折しも小泉政権が道路事業をはじめ、公共事業を削減していたころだったので、自動車メーカーであるスポンサーのあまりに露骨なメッセージに苦笑した。
 さて、実家に置いてあった、私が子どもの頃読んでいた絵本を、今の住居にもってきて、子どもに読んでいるのだが、そのなかに、松野正子文・瀬川康男絵『ふしぎなたけのこ』という作品があった。
 梗概は次の通り。

山の奥深くの村に住む「たろ」が自分の誕生日のお祝いのためにたけのこを掘りに行き、近くのたけのこに上着をかけるとそのたけのこがぐんぐん伸びだした。たろはあわてて、たけのこにしがみついだが、たけのこはぐんぐん伸び続け、空高くまで伸びた。たろの親や村人たちがたけのこを切り倒すと、たけのこは山を越え、谷を越えて倒れた。倒れたたけのこにそって、たろの親たちが行くと、おおきな湖のほとりにたろが倒れているのを見つけた。
 湖は実は海であり、たけのこのおかげで、何百年の間行き来が絶えていた海と安全に往復できるようになった。

民話のようだが、れっきとした近代に入ってからの作り話である。
 大人になってびっくりしたのは、この話のたけのこが露骨なまでに高速道路の隠喩になっていることである。高速道路のおかげで、山奥の僻地の村が遠くの人たちと、人の交流、物流ができるようになって栄えましたという話といって間違いない。
 『ふしぎなたけのこ』は福音館から、1966年9月に単行本が出ている(今も入手可能)が、もとは1963年の「こどものとも」(福音館が毎月発行している読切りの絵本)の一冊であった。
 そして、この1963年は、日本初の高速道路である「名神高速道路」の栗東-尼崎間71.4kmが開通した年なのであった(全面開通は1965年)。有名な列島改造論は1972年であるが、高速道路の発展が念頭にあるはずである。

 今は道路事業は見直され、道路公団も分割民営化された。問題となっていた、巨額の高速道路建設費用のことを考えると、きわめて金のかかる高速道路が、手前勝手に伸びたたけのこに置き換えられているのは、ほほえましい。現実をみていない絵空事とは、そういうことをいうのだ、と思っていた。

 ところが、最近になって、高速道路をふしぎなたけのこに置き換えたのは、意外とぴったりしていると思うようになった。高速道路も地方政治家と官僚が勝手に造り始めたもので、土地土地の人たちの意志の反映というには弱い。また、建設資金は、国がほとんどを負担するものであり、それこそ天の恵みといってよいものだからである。
 

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2007年4月26日 (木)

内田啓一『江戸の出版事情』

 今日は本の紹介。
 内田啓一『江戸の出版事情』(青幻舎、2007.3)がよい。B5版本文119頁総カラーで、税抜き1800円。
 河出書房新社の図説シリーズが、同じ程度の頁数で、カラーと白黒ページがまじって、ほぼ同じ値段である。たとえば、橘右近『図説 江戸文字入門』(河出書房新社、2007.2)が、カラーと白黒がまじって111頁。大きさは、横16.8、縦21.7センチでA5よりも横幅がやや大きい。
 図説シリーズも、この値段でよくやったという価格だろうが、『江戸の出版事情』は格安である。
 写真もこのためにあらためて撮ったのか、綺麗に写っている。筆者が、町田市立国際版画美術館学芸員をつとめたこともあるためか、構成も作品選択も美的に優れている。筆者の古典籍への愛情が伝わる好著である。
 ひととおりのジャンルが網羅されており、江戸の印刷物を概観するのに適当なのもよい。
 青幻舎は新興の書肆のようだが、頑張って欲しい。

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2007年4月25日 (水)

対談の打太刀仕太刀 その二

**前日の続きです**

 私が読んだ対談でもっとも見事な斬られ役を演じたのは、坪内稔典である。
 「芸術新潮」2006.6号は特集「芭蕉から蕪村へ 俳画は遊ぶ」と俳画特集なのだが、この分野でのスター学者雲英末雄の解説が多々ちりばめられ、また雲英文庫の展覧会の案内が記されるように、とにかく雲英末雄格好いいぞ本なのである。

 「芸術新潮」に収められた対談は、雲英末雄と佛教大学教授で俳人の坪内稔典でなされているが、ここでの坪内が悪役の演じ方、そして斬られぶりは、読んでいて爽快である。

まず、坪内が、

俳画で面白いのは蕪村だけという感じで、他の人のは正直言ってあんまりおもしろくない。絵としてもなんてことはないんじゃないかとおもってしまいます。

と口火を切る。こともあろうに、俳画研究の第一人者にむかってである。すぐさま雲英は「いやそれはちょっと違う。立圃にしても樗良にしてもふつうの絵とはちがう、俳趣、俳諧的な味わいというものがあります。」と切り返し、俳画のよさを説明する。
 坪内が愚かなのでは決してない。読者のために、わざと斬られ役となって、雲英の口から解説を引き出している。学者は負けず嫌いな人間が多い。坪内のようにさばけた人間は珍しい。

 そのあとも、雲英による蕪村の俳画の説明があって、坪内は、

なるほど。僕は何も知らないでぱっと見たときは、なにか意外なものが結びついていると考えました。甕から子供が飛び出すのも筧からツバキが流れ落ちるのも意外ですよね。でも、この図柄は司馬温公の故事を知っていなければおもしろくない。蕪村がこの絵俳書を贈った人たちは、この故事を知っているような教養人で、これを見ながら、句と画が呼応する楽しさを味わえる人たちだったということですね。

と、『美味しんぼ』の登場人物でもなかなかできなさそうな、納得ぶりを見せる。坪内自身のまとめもよい。

が、この程度は序の口。圧巻なのは、このあとである。
なんと坪内は、

先生、ちょっと見ていただきたいものがあるんです。知り合いからもらったものなんですが、(引用者、以下略)

と、軸物をとりだすのである。これは見事なまでの贋物で、雲英に一目で「あっ、これはだめです。」と烙印を捺される。坪内もすなおに「ニセモノの特徴を教えてください」と言い、以下贋物の特徴が雲英によって説明される。

 もはや仕組んであるのではないかという展開だが、編集部が軸物を用意したのではないとすれば、坪内自身、本物と思って持ってきたはずはあるまい。すごく茶目っ気があるというか、ここまで斬られ役に徹すると、むしろすがすがしさを感じる。

終わり近くには、坪内が、

今日先生のコレクションを見せて頂いて思ったのは、我々は活字というか、文字、言葉、書物だけに専門化し過ぎているということです。これは俳句に限ったことではないのですが、もっと絵とか美術的なものとの相乗作用を考えてもいいのではないか、そうすることでなにか開けてくる世界があるかもしれないと痛感しました。

と、平身低頭になる。

 さすがに、雲英もなさけをかけたのか、このあと坪内の「(引用者、前略)俳句の表現には根源的なところで、そういう問答という面があるんじゃないかと思うんですよ。」という発言に対して、「それは非常におもしろい視点だとおもいます。(引用者、以下略)」と俳人でもある坪内に手をさしのべて終わりになる。

 打太刀仕太刀のそれぞれの動きが見事にかみ合った、剣道の高段者による日本剣道型をみるような対談だが、ここまで上手にまとまったのも、自分は雲英の引き立て役と坪内が自覚していたためであろう。

補記:2008年10月6日に雲英末雄先生はお亡くなりになられました。私は近世文学の研究者なので、ちょっとだけお話したことがあって、あえば会釈するていどの関係でした。あまりに急にお亡くなりになったので驚いています。それに、学者にとって68歳で亡くなるとは早すぎます。紋切り型ではなく、惜しい人を亡くしたと思っています。

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2007年4月24日 (火)

対談の打太刀仕太刀 その一

 先日、森博嗣と土屋賢二の対談集『人間は考えるFになる』をとりあげた。
 対談は、打太刀と仕太刀がはっきりすると面白くなる。どちらかが、斬られ役(打太刀)になって、片方(仕太刀)に花をもたせないと、つまらない。

 相手を言い負かしてやろう。相手よりも一言でも多くしゃべって紙面に載せようなどとケチなことをどちらかが考えている場合はろくな対談にならない。

 森と土屋の場合、対談の回を重ねるごとに、土屋が素人代表となって、素朴な疑問を森にぶつけ、それに森が鮮やかな回答をするという形式が確立する。

 先崎学『先崎学の実況! 盤外戦』(講談社文庫、2006.5)に収められた、先崎学と森博嗣の対談では、さすがに先崎の本だけあって、先崎と森が途中で打太刀と仕太刀をかえて、それぞれの持ち味を引き出している。

 殺陣では、斬る側よりも斬られる側が上手でないと見栄えがよくないように、対談でも、斬られる側に力量がいる。
私は、対談で上手な斬られ役になる人を高く評価している。

**明日に続きます**

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2007年4月23日 (月)

考えるFになる

 森博嗣・土屋賢二の共著『人間は考えるFになる』(講談社文庫、2007.3)は、買うかどうか迷った。
 森博嗣の文章は好きだが、土屋賢二の、あの言語ゲームのような、もってまわった文体は読みこなせないからである。
 読んでみると、とくに問題はなかった。さいしょは「森:先生のお話の筋がまだ捉えきれてしませんが……」とかみ合わないところも多い。だが、土屋が打太刀、森が仕太刀という分担がはっきりして、対談がかみ合ってくる三章あたりから、がぜん面白くなる。
 森の小説理論にもとづき、土屋が「消えたボールペンの謎」という短編(処女)小説を記し、後半に収録される。
 随筆だと気になる土屋の言語ゲーム的文章も、小説の文章だと思うと気にならない。小説は構成も練られ、オチも気が利いており、面白い。土屋は小説家になっても、イケるんじゃないかと思う。

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2007年4月22日 (日)

MLA

 推理小説家森博嗣に「MORI LOG ACADEMY」(以下MLAと略)という随筆がある。肝腎の推理小説は代表作『すべてがFになる』を読んだだけだが、MLAは最新巻の五集に至るまで全部揃えている。
 この人のことは、先崎学『先崎学の実況! 盤外戦』(講談社文庫、2006.5)で先崎学と対談したので知った。
 MLAはもともとがブログの連載記事であり、
http://blog.mf-davinci.com/mori_log/index.php
で、読むことができる。
 だが、パソコンの前でじっくり読むより(毎日読んではいるが)、文庫本を気軽に持ち出して、ちょっと空いた時間に、頭の栄養を補給するのに適した内容である。
 バートランド・ラッセルは、自分の考えているようなことは、ウィトゲンシュタインがより巧妙になしとげてしまうので、生きる意欲が減退すると、愛人への手紙に書き記したという。私の考えているようなことも、森博嗣がよりエスプリのきいた文章で、形にしてしまうので、読んでいると、もうブログなど書かなくてもいいかと思ってしまう(手紙を送る愛人はいないが)。
 そういうわけで、意見が合致するHRや社会よりも、とてもじゃないが考えつかない、算数や理科の項が特に面白い。

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2007年4月17日 (火)

考えながら書くな

 太田直子『字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ』(光文社新書、2007.02.20)は、ブログならよいできだが、出版物としては、これを出版しなくてもという本である。内容は、本職の字幕制作の裏事情を除けば、それほど珍しい考察が書かれているわけでもない。だが、筆者の実直な人柄がうかがわれ、読後感は悪くない。
 なのに揚げ足をとって悪いが、気になる点をいくつかあげる。

 「そんなに叫んでどうするの ~「!」の話」の節は、字幕やテロップにかぎらず、「!」、「?」、「!?」(あわせて一字)の使いすぎをいさめた内容である。気になったのが、筆者がためしにつかった「かくて一億総ヒノタマ、みんなで叫べば怖くない!?」(66頁)の「!?」が行頭にきていることである。
 校正係の問題かもしれないが、出版物としては気持ち悪い。

 もうひとつは考えながら書いていること。「驚異の語学力」の節では、外国人力士の日本語上達法について、あれこれ考察したあと、「と、書いていたら、この疑問そのものをずばり書名にした本がすでに出ていた。」と宮崎里司『外国人力士はなぜ日本語がうまいのか』(明治書院、2001.3。2006.3に新装版)を紹介している。
 だったら、「驚異の語学力」の節は意味がないのではないか。ブログなら、他人と見解がかぶってもいいかもしれないが、本にするなら、すっぱりと内容を削って、別の面白い話を入れればよい。

 『ロード・オブ・ザ・リング』の字幕騒動について、原作ファンが文句をつけたのは、太田が指摘している字幕の長さではなく、ストーリーの改変につながる字幕の変更である。「You are not Boromir.」を「うそつき」としてしまったのが致命的だった。中学生でも翻訳できたし、字幕も問題がない長さだった。
 あの字幕騒動について、何が問題だったのか、太田が詳しく知らないのは明白である(196頁)。批判にさらされた同業者をかばってやりたい心情はわかるが、知らないことに関しては沈黙すべきである。

 「押し読ませ」の節や「売りたい ~胃痛編」の節で、映画配給会社がいかに字幕に介入しているかが、あきらかにされている。はなはだしい場合は、まったく制作者の意図を逆に取った字幕をつけるように強要する場合もあって驚く。

 『ロード・オブ・ザ・リング』の戸田奈津子も、話をわかりやすくししようとしすぎて失敗したのかもしれない。誤訳・珍訳と思える表現でも、字幕翻訳者の責任ではない場合があるとわかったのが、この本の収穫である。

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2007年3月26日 (月)

中国書籍の値段

 『今古奇観』を版本で読みたくなったのだが、その機会がない。ふと、「日本の古本屋」サイトで検索すると、影印本(版本を写真でとった本ぐらいに思ってください)が出ている。
『全図今古奇観』の掃葉山房1929年版を1988年10月に中国書店が影印にして出した本を買った。
 影印本は12000部を初版で刷っているらしく(本に書いてある)、値段は、はじめ6.0元、上にシールが貼られて6.2元。裏表紙には20元と刷ってあって、その上に$37の値札。そして古本屋から私が買った値段は3150円。

 2007年一月の平均レートで、日本円100円が6.46元である。あまりに安すぎるので、いまではこういった書物には、もっと高い値が元でついているのだろう。

 なお、37$なら、これを書いている2007年3月8日正午で116円13銭なので、4292円。
A5版厚さ三センチほど(総ページ数が書いていない)の影印本への対価として、古本とはいえ3150円は格安である。4300円でもまだ安い。いくら本の作りが、英語のペーパーバックのようであっても、日本ではこうはいくまい。

 すでに記したが、12000部という部数も、驚きである。白話小説だから現代人が読めるのかもしれないが、繁体字なので中国本土の人は読むのに苦労するはずである。市場が十倍なのかもしれないが、日本ならこの種の本は千部刷っても冒険だろう。

 戦後しばらくの時期は、日本の印刷費が安いからという理由で米国の雑誌が日本で刷られていた。中国で印刷すれば、学術書ももっと安く印刷できるのだろうか。さて。

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2007年3月15日 (木)

学力別クラス編成

昨日の続きです。

 山本直樹『極めてかもしだ』は学力別クラス編成への反抗が、後半の主題になる。読んでいたころは、かもしだたちの反抗にあまり疑問も抱かなかったが、いま読むと、それほど目の敵にすることか、と思う。現在の予備校など、ふた昔まえの変速自転車のような、過剰なまでの段階別クラス編成をうたっているところばかりである。

 私の出た高校では、数学や英語は進度に合わせてクラス分けをしていた。私は数学の出来が悪かったので、進度の遅いクラスに行って、ずいぶんと助かった。
 高校の非常勤をしたこともあるが、中高一貫校のせいか、上と下とおそろしく差がある学校で教えるのにとても苦労した。

 私は学力別クラス編成は悪いと思わない。一番下に進度をあわせるわけにはいかないから、どうしても中ぐらいよりちょっと上に授業の水準をあわせる。そうすると、一番下は「死んで」しまう。そういった生徒を見るのは忍びない。補講をするなり、特別クラスにして、今までの遅れを取り戻してやれないかと思う。

 もちろん、学力別クラス編成を悪いと思う人もいる。おたがいの学力をあらわにして、それでクラスをわけてしまうと、自分は下のクラスなのだと思って、努力しなくなってしまうと言われる。学力という明確な基準によって、人を分ける点が、「差別」として教育者このみでないのもある。

 偏見を含めていえば、学力別クラス編成が嫌いな教育者は、グループ学習が好きな気がする。たしかに、学力に差があるものどうしで、一クラスを作った場合に、もっとも有効なのがその仕組かもしれない。だが、グループ学習は教師の負担を優秀な生徒に転嫁するようで、どうしても好きになれない。

 十人程度のクラスであれば、国語力のとても劣っている生徒をかなりよくする技法を私は持っている。最近は、教育欲がないのでこんな挑発をいうのもなんだが、学力別クラス編成が嫌いな人は、分けたあとにどういう授業をすればいいのか、よくわかっていないのだろう。

 というのが、『極めてかもしだ』の感想かと、読み返して苦笑い。

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2007年3月14日 (水)

オキツカナメ

 山本直樹に『極めてかもしだ』という漫画がある。雑誌連載時代に不定期で読んでいた。1986年に有害図書指定をうけている。私が読んだのは十代のころなので、かなり性描写が過激な印象があった。最近、手にする機会があったが、それほど過激に感じなかった。漫画全体の性描写が次第にきわどいものになってきたのもあるし、私自身が大人になったせいもある。
 性描写よりも、なによりも、再読して驚いたのが、ヒロインの名前が沖津要(オキツカナメ)であること。
 オキツカナメといえば、落語ファンや国文学研究者は間違いなく、早稲田大学の教授で落語の著書のある、「興津要」と漢字変換するはずである。
 これは偶然ではない。山本直樹は早稲田大学教育学部国語国文科を出ている。ずばり興津要は、山本のいた学科の先生だったのである。興津要は1924年生まれで1999年に没した。1960年生まれの山本直樹が在学していたころ、興津は五十代後半である。
 書き忘れていたが、興津要は男である。ヒロインの名前に恩師(なんでしょうね)の名前を使おうとした理由が、『極めてかもしだ』最大の謎である。

『極めてかもしだ』の話、明日に続きます。

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2007年2月23日 (金)

先払い、後払い

 都内に出る機会がほとんどないので、最近は「日本の古本屋さん」サイトをよく使う。商品選びに値段はもちろん重要な要素だが、先払いか後払いかも同じぐらい重視する。
 私の場合、商品を見ないと、それに値するお金を払えないのではなく、時間が惜しいのである。本は必要だから注文している。一日でも早く手元におきたい。先払いだと、その分損する。古本屋のほとんどが、ネット振込がつかえる銀行振込ではなく、機械に並ばねばならない郵便振込を指定しているのも、面倒さを上げている。
 とはいえ、古本屋のほとんどが先払いを掲げている。私は絶対やらないのでわからないが、踏み倒される例も多いのだろうか。本が相手の元にいってしまえば、お金を強制的に回収することはかなり難しい。ネットオークションはすべてといってよいほど先払いだが、それと似た感覚なのかもしれない。
 先払いを掲げておきながら、ときおり後払いにしてくれる店がある。理由はよくわからないが、「日本の古本屋」サイトに顧客評価のリストがあると勘ぐっている。個人情報保護は大事だろうが、ブラックリストを作っておけば、損を防げるはずである。
 さいきんになって、「日本の古本屋さん」からの注文は後払い。店への電話やメールでの直接注文は先払いになっている店を発見し、その思いを強めている。

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2007年2月21日 (水)

図書館員の態度

 小谷野敦の『新編 軟弱者の言い分』(ちくま文庫、平成18・11)に「図書館と著作権」という一節がある。東大の図書館の対応の悪さをののしり、また理不尽な著作権法に異を唱えた内容である(どこが軟弱なのかわからないが)。
 私も調べ物のために、あちこちの図書館をまわるが、不愉快な思いをすることが少なくない。腹が立つが、波風をたてても損をするのは自分なので、じっと我慢している。「図書館と著作権」には非常に共感を覚えた。図書館をよく利用する人ならきっと心当たりがあるはずである。
 応対の悪いもの、むかし国鉄の切符売り、いま図書館員である(あ、昔もか)。
 利用者の利便性を考える職業でないのが理由だろう。競争原理、自由経済原理を適応して、なんとかやつらの尻をたたけないものかと常々考えている。

補記:全員が悪い人というわけではないのだが、不親切な人のいる確率がかなり高い職場だと思います。

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2007年2月19日 (月)

絶望した、感動した

 小説は人間の絶望を書くものなので、小説中に「絶望した」と書いてはならないと三田誠広が書いていた気がする。町田康の『告白』には主人公が「絶望した」と書いてあるのが何箇所かある。
 感想文で書いてはならないのが「感動した」である。感想文にその言葉を使わせないように生徒に教え込むのに、教師は苦労する。
 「感動した」を思いっきり文章につかって、さまになったのが安藤鶴夫である。名前をもじって「かんどうするお」と言われたほどである。もう、筆者が感動に感動しまくっていることが、十分に伝わっているのに、とどめのように「感動した」がやってくる。
 町田のも安藤のも、プロだけができる芸当である。

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2007年2月 3日 (土)

付箋はダメ

 図書館で付箋(ポストイット)を禁止しているところは多い。コピーのために付箋をつけておかねばならないときは、付箋の糊づけ部分を折ってから、本に挟むようにしている。
 図書館員に注意されたら、折っているんだぞと見せてやろうと待ちかまえている。付箋をつかって注意された人を何人も見たことがあるが、むこうも勘がいいのか、いまだ注意されたことがない。糊づけ部分を折った付箋は、そこを折り返して再利用している。
 図書館の付箋への対応はいささか過剰ではないかと思っていた。
 その認識を改めなくてはならないことが起きた。岩波の旧古典大系のある一冊に、いつも使っているのとは違う、幅五ミリ、長さ三センチほどのビニルの付箋を貼って、コピーに行った。コピーが終わって、付箋をいきおいよくはがすと、なんとその下の紙まで剥がれてしまった。字の部分が剥がれてしまい、そこはなんとも復元しようがない。
 不幸中の幸いは自分の本だったことである。

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2007年1月25日 (木)

最終巻その二 お言葉ですが……

 高島俊男『お言葉ですが……』の第十一巻が出ていた。
 第十巻で終わりと以前書いてあったので驚いた。第十巻までの文藝春秋社ではなく、連合出版を版元にして、2006.11.23第一刷と奥付にある。
 あとがきに、

当然まだまだ続くもの、と筆者勝手に楽観していたら、突然中止の通告を受けた。(中略)「なんでやめさせられたんだろう?」と以後考えつづけている。

とある。
 『お言葉ですが……』は、さいきんでは巻を重ねるたびにじわじわと内容が劣化していたので、あとがきから読んだ私は、何の強がりを、と苦笑したのだが、この最終巻は最後のきらめきなのか、今までの巻よりも魅力的な内容で感動した。
 まえによかったと教えてくれた人がいるが、たしかに「預言者」や「井真成」の解説はすごみがある。高島俊男これにあり、という文章である。
 とはいえ、誤用だとか嘘話だと一刀両断すればよいところを、何回もひっぱっるのはくどいかもしれない。ここらへんは趣味の問題だが。

 なにはともあれ、通巻索引つきで2200円。安い。文藝春秋社から出ていないので知らない人も多いのではないか。買うべし。

補記:私は若輩の身で言いたいことも思うように言えない。ああ畜生、言いたいいいたい、言ってやりたい。そういったことがたくさんある。高島俊男のように思うぞんぶん、腹の中のものを出せたら気持ちいいだろうなと嘆息。

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2007年1月24日 (水)

最終巻その一 ローマ人の物語

 塩野七生「ローマ人の物語」も第十五巻『ローマ世界の終焉』(新潮社、2006.12)で終巻。正直に言うと、ここのところ「ローマ人の物語」は低調だった。塩野七生のせいではない。歴史として退屈なのである。
 ハンニバル、カエサル、アウグストゥスといった英雄たちの時代はすぎ、五賢帝の時代も終わり、長期低落の時代に入ったからである。
 しかし、最後の巻は輝きを取り戻す。「最後のローマ人」スティリコの活躍はまず目を引く。一般的に教わる傭兵隊長オドアケルによる西ローマ帝国の滅亡だけではなく、その後のローマ世界の行く末を長期間にわたって描いているのもよい。
 題名が『ローマ世界の終焉』であるのももっともである。
 これをよみはじめたころ、私は高校生だった。
 この本に影響されてイタリア語学科に進んだ高校時代の友人もいた。いまは何をしているのやら。
 さいきんの巻は買っても読み返すことがなかったが、この巻は読み返すことがあると思う。

 「ローマ人の物語」の魅力は、塩野七生が数々くりだす警句にあった。それがまとまって一冊の本にならないかと思っている。ま、安易なビジネス啓蒙書みたいで本人が嫌がっているのかもしれないが。

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2007年1月19日 (金)

またやってしまった

 快楽亭ブラックの『快楽亭ブラックの放送禁止落語大全 2』(洋泉社、2006.12)が出た。私も正月に近所の本屋で買って、風邪ため熱のあるのもかまわず読み、熱に浮かされながら附録のCDを聴いた。
 第一巻もそうだったが、内容だけで十分面白いので、逆に高座にかかってもそれ以上には面白くはならないのではないかと思っていた。だが、CD『借金男』をいくつか買ってきて、活字だけでなく、音声でも楽しめるようになると、活字だけより音声化されているほうがとても面白いことがわかった。たとえば、『快楽亭ブラックの放送禁止落語大全 2』に収録されており、『借金男』#5に口演が入っている、「カラオケ寄席」は、聴いてみないと歌の部分など、その面白さが十分にわからないはずである。

 さて、本屋でこの本を買った。家で読むのでカバーはいらなかったのだが、四六判のカバーがうちになかったので、もらっておこうと思いカバーを頼んだ。四六判になれていなかったのか、女の店員さんは一度紙をあてたが、それを外して、次の紙を慎重にあてた。
 そのとき、店員さんが裏表紙にかかっている帯の文字に目をとめたことがわかった。
 裏表紙には「国営売春店・オマン公社というのはどうでしょうかね?」と書いてあった。
 口元もなんにもうごかなかったが、目が笑ったのがわかった。
 いかんなぁと思いつつ、私は下をむきながら、本をうけとってかえった。

補記:「ブラック本」(2006.7.17)にその一を買ったときの記録があります。

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2006年11月17日 (金)

朗読と会話文の位置

 森博嗣『MORI LOG ACADEMY 3』(メディアファクトリー、2006.9)の2006.5.11付「会話文」(241・242頁)に、小説における会話文で、誰がしゃべっているのかわからせるためにどういう形式がよいのかが書いてあった。

 冒頭に「誰某は言った。」とあって、その後に、カギ括弧で会話文がくるのは、森は不自然に感じるという。言葉が耳に入ってきて、それから誰がしゃべっていたのか認識するので、

 「あ、君……」と彼は言った。「ちょっと、いいかな」

にすると、認識の順番になるという。

 小説としては、もっともな意見である。

 ただ、絵本を朗読する場合は、誰がどのようにしゃべったかが先にわかるとありがたい。

 『三びきのやぎのがらがらどん』(マーシャ・ブラウン作、せたていじ訳、福音館書店、1965.7)では、トロル(北欧の鬼、としておきましょう)が番をしている橋を、小さいやぎの「がらがらどん」から、中くらいのやぎの「がらがらどん」、大きいやぎの「がらがらどん」の順番に渡っていく。

「だれだ、おれの はしを かたことさせるのは」と、トロルが どなりました。
「なに、ぼくですよ。いちばん ちびやぎの がらがらどんです。やまへ ふとりに いくところです」と、その やぎは とても ちいさい こえで いいました。

と、『三びきのやぎのがらがらどん』では、基本的に、どのようにしゃべったのか、その説明が、会話文のあとにくる。油断していると、普通に読んでしまって、しまった!ということになる。
 なお、「~が言った」は普段からよまないようにしているにしている。

 とはいえ、地の文「~が言った」の次に会話文がくるのでは、先の森博嗣のいうように、不自然なのであり、ここはひとつ、内容を覚えておくしか手がない。

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2006年11月16日 (木)

昔話を語る

 十一月の上旬に、一家で長崎にかえったのだが、荷物の関係上、子どもに読み聞かせる本をほとんど持って行けなかった。
 しょうがないので、寝る間際は暗くして、昔話を語ることにした。
 難しい話は覚えていないので、おなじみの桃太郎や浦島太郎を話したが、そらで語ってみるとなかなかたいへんである。
 まず、どういった筋にするかを決めなくてはならない。桃太郎は、川から流れてきた桃を割って桃太郎が生まれる筋だけでなく、流れてきた桃をおばあさんが食べて妊娠する筋もあるのだ。
 浦島太郎も筋の選択に困る。玉手箱を開けるのも、困った時に開けなさいにするか、開けてはいけませんよにするか。開けたあとも、おじいさんにするか、鶴になって飛んでいったにするか。いろいろである。
 語り口も難しい。浦島太郎の最後など、悲しい話にすればいくらでも悲しくなる。口調によって、怖い話の雰囲気をだすことも可能である。
 わかりきった話を組み合わせて、話をつくっていくのは、ちょっとした吟遊詩人の気分だった。

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2006年11月 7日 (火)

計画性と意外性

 私は小説を書かないのでわからないが、小説家は細かいストーリーやプロットを決めてから書き出す人は少ないのだろうか。
 劇作家の鴻上尚史は、結末を決めてから書き出さないと述べていたし、推理小説作家の森博嗣も題名が先決めでそれに合う内容にしていくと述べていた。
 論文、さらにいえば、このブログの記事のような単文でも、何を書くか決まっていないと、私は書くことができない。
 小説が意外性を必要とするのに、論文は計画性が重視される。

 マンガはどうなのだろう。編集者との打ち合わせがあるので、描く前にある程度の決まり事があるはずだ。考えながら取り組む要素は小説より低いかもしれない。
 私が高校時代を過ごした長崎は雑誌の発売が東京よりも二日ほど遅れる。高校時代に、東京に推薦入試にいったIが週刊ジャンプを読んで、ドラゴンボール(セル編だった)の続きがこうなると説明してくれたのだが、あまりに突飛すぎて、Iが私を担いでいるのかもしれないと、にわかに信じられなかった。
 

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2006年10月24日 (火)

CD-ROM版の寿命

 国文学もIT全盛であって、CD-ROM版(さいきんはDVD版も増えた)の出版物が少なからずある。CD-ROM版は高額で数万はざら、中には何十万とするものがある。
 にもかかわらず、発売時に主流だった古いOSにしか対応しておらず、今のXPでは簡単に閲覧できない場合が多い。
 たった何年かで見られなくなってはたまったものではない。
 出版元が閲覧のためのプログラムを公開して対応すべきだろう。だが、角川書店のような大出版社ならともかく、まだ続いているかも既に怪しい零細出版社のものもある。
 どうやっても見られるデータ(生のjpegやtxtファイル)にもとからしておくのがいいのだろうが、採算の面であわないのか。
 映像の場合、著作権侵害はともかく、できるだけ多く見られることが、制作者にとってハッピーなのだという意見を読んだことがある。
 つかえないCD-ROMは、あはれというもおろかである。

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2006年9月30日 (土)

前向き小町

 百人一首の小野小町の札が、後ろ向きの小町を描いていることは有名だろう。佐竹本三十六歌仙の小町も後ろ姿で描かれている。小町があまりの美人ゆえ、絵師も後ろ姿しか描けなかったというのがよく広まっている俗説である。

 山村美紗に『小野小町殺人事件』(光文社新書、1984.10)という小説がある。時価一億円ともいわれる前向き小町の絵をめぐる推理小説らしい。
 2001年11月9日放送の二時間ドラマにフジテレビがしている。
 ただし、『山村美紗サスペンス視聴日記』というHP

http://www.wakarazuya-soul.com/mystery/misa/drama/u_diary.cgi?start=6

によれば、内容はだいぶん違うらしい。だが、前向きの小野小町の絵が珍しいという点は共通している。
 

 結論からいえば、顔の描いてある小町の絵はある。しかも、江戸期でいえば全然珍しくない。
 浮世絵は顔を描いている。七小町といった小野小町説話は画題として確立していた。山東京伝『小倉山時雨珍説』(天明八年)など、黄表紙も普通に顔を描いている。古い例では、『本朝美人鑑』(貞享四年序)巻一「小野小町之事」の挿絵に、顔がきちんと描いてある。
 江戸期でどう描かれたか。夢を壊さないように、その画像は載せないでおく。

追記:これを書いた三日後にある古本屋で『小野小町一代記』の一巻一冊のみの端本を発見。これも運命と購入しました。口絵に小野小町像があります。

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2006年9月29日 (金)

小型書店の立場

 さいきん用があってとなり駅によく行く。ついでにそこにある中型書店に寄っていく。先日、とある新刊本を買うつもりで探したが、置いてなかった。近所に小型書店が二つあるので、ものはためしとまわってみた。

 一店目はこぎれいなのだが、単行本はほとんど置いていない。雑誌とマンガがほとんどである。雑誌もコンビニエンスストアでほとんど買えるものだし、何が主力商品なのかよくわからない。

 二店目は、駅前にあるのだが、ものすごーく寂れている。店内がまず暗い。配本された本が、横積みになったまま店のあちこちに置いてある。近所の某大学の工学部の大学生をあてにしているのか(女子学生が集まらないのか学園祭でミスターコンテストをやっているぐらいだ)、エロ系の雑誌、写真集がとても充実している。

 が、置いてある写真集など、私が独身時代(五年以上前)に知っていたアイドルのもので、どのくらい放置されていたのか、ほとんどの表紙が色あせている。

 店主を見ると、たばこ屋にいるのが似合いそうな眼鏡をかけた老婆である。道理で本の整理もままならないわけだ。
 なんとか潰れずにやっているのは、それなりに利益があがっているのだろうか。

 こういった小型書店の存在意義がよくわからない。どうやったら利益があがるのかもよくわからない。

 さいきん、近所で飲食店、文房具店など相次いで閉店しているので、商売は厳しいものだと感じる。

 ただ、こういった書店の文庫コーナーで、返本忘れで置かれている少し古い文庫本を探すのは楽しい。中村真一郎『王朝物語』(新潮文庫、1998.1)は埼玉の小型書店で買った本だが、とても当たりだった。

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2006年9月23日 (土)

知っているとこえられない

 芝居に関わっていたころ、演出家とはどうしてこうわがままな人が多いのかと呆れていた。いろいろわがままな要求があると、あんなスタッフワークのことが何もわかっていない奴が無茶いいやがってとぶつくさ私は言っていたものである。だが、私の上に立つプロの舞台監督さんはもくもくとそれをこなすのだった。
 さいきん、ある仕組みがわかった。

閃きの純度を高くキープする。自分でやるとなると自分でできるレベルまで閃きのレベルを落さなければならなかったりしますから。発注したり、アシスタントを養成したりしていると、自分ではできない閃きをあきらめなくてもよい。あきらめないで純度の高いものをひろえるチャンスを手に入れられるのです。
(村上隆『芸術起業論』、幻冬舎、2006.6。101頁)

演出家はスタッフワークのことをわかっていなくてよいのである。純粋に芝居としてどれがいいかを要求すればよい。

 思い出したのは、知り合いの学生劇団のOさんのこと。Oさんは、役者もできたし、舞台監督もできたし、脚本も書けたし、演出家もできた。非常に多才だった。また、Oさんの劇団でとても厚い信望を得ていた。
 だが、学生劇団仲間のわれわれにとって、Oさんは何をやっても二流の人だった。Oさんについて、話が出るときは、かならず「ダメだね」という文句が入った。どうして、Oさんが一流になれなかったのか。
 いまとなって、Oさんがスタッフワークのことも、役者のことも知りすぎていて、それぞれに対して一線を越えた「狂気」を要求できなかったからではないかと推測している。

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2006年9月22日 (金)

カバーの下

 本を買ってきたときは、一度はカバーを外して、本体がどのような装丁になっているかも確認する。カバーと同じ絵で、色刷りが減ったものが多いが、独自の意匠の本も多く、確かめるのは楽しみの一つである。

 村上隆『芸術起業論』(幻冬舎、2006.6)のカバーは、村上隆の顔が頭はもとよりアゴまで切って大写しになっている。正直、ウゲェっと思う。この下はおそらくカラーのカバーを二色刷におきかえたものだろうと思っていたら、裏切られた。カバーとおなじく、本体もカバーのまんまのカラーなのである。

 じゃあ、カバーいらないよ。
 と思ったのだが、それは芸術のことがわからない素人なのだろう。

 カバーとその下の本体との差は、まずカバーにあるバーコードがないこと。バーコードはカバーのデザインをはなはだ悪くする元凶である。

 それに、裏表紙側のカバー下半分側には「芸術には、世界基準の戦略が必要である。」からはじまる、目次を抜粋した宣伝文句が書いてある。これは普通なら帯に書いてある文句である。この文句は、本体にはない。村上隆の後頭部がすっきりとうつっている。

 さらに、カバーの見返し側には、村上隆のプロフィールが事細かに書いてある。気の利かない本ではプロフィールがカバーにしかない。そういった本は、カバーを捨ててしまう図書館では、筆者のプロフィールが失われてしまうので、わざわざ切り取って見返しに貼っていたりする。

 『芸術起業論』では、巻末にカバー見返しと同様のプロフィールがきっちりと記されている。

 これはどういうことか。『芸術起業論』は図書館に入って、保存されることを十分に意識しているのである。カバーが外されることを前提で本が作られている。村上隆の志は遠大なのであり、決して読み捨ての本として論を立てたのではない。

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2006年9月21日 (木)

世界で通用するために

 村上隆『芸術起業論』(幻冬舎、2006.6)は、世界で通用するために世界基準の戦略が芸術に必要であることを説いている。とても刺激があったが、国文学を研究する私にとっては、まったく関係ないこと、あるいは反対の教訓が有効である場合も多い。かといって、それは私の生きている世界の狭さを示すだけであって、村上の本の価値をまったく減らさない。

 対岸の出来事として、芸術(とくにここでは美術)の世界をながめていたのだが、ふと文学の世界、あるいは評論の世界ではどうなのだと感じた。
 英語で小説を書く、あるいは書いた小説を積極的に英語に翻訳してもらって売り出す。これも原理的には可能である。場合によっては、ハリー・ポッター並の大ヒットを生み出せるかもしれない。
 実際には、村上春樹ぐらいしか、自著の外国語への翻訳に関心を持っている作家はいないのではないか。

 評論の世界ではどうだろう。評論の世界は伝統的に横のものを縦にするだけでなりたっている。海外の現代思想の最先端をいちはやく探って、それの適応を日本にはかるのだ
 そんなのではなくて、自分で思想理論を組み立てる、そしてそれを世界に広めるということができるのか。マルクス、ニーチェ、ヴィトゲンシュタインといった世界的な思想家と肩を並べる天才は日本からは生まれないのか。

 私が大学一年生のときにお世話になっていたY先生は、世界の中でユダヤ人と日本人は特殊です。ユダヤ人は多くの思想家を出しています。日本からも世界的な思想家を出すことが可能です、とおっしゃった。
 残念ながらY先生のおっしゃったことは可能性にすぎない。だが、禅の思想の広まりを見ていると、日本独特の思想も、世界に広めるチャンスがあると感じる。
 とはいえ、世界的なカルト宗教をいくつか生み出している韓国の方が、現代思想についてもなにか世界的なものを生み出す可能性が高いのではないか。

 どうすれば、いいのかねぇ、などと出来もしないことをああだ、こうだと考えていると、ふと目の前の存在を忘れていた本に目がいった。
 その通り、村上隆が言うことは嘘ではない。
 「芸術には、世界基準の戦略が必要である(目次より)」。

補記:この本、心にしみるなぁ、自分にも経験があるよ、本当によくわかるという箇所がいくつかあるのだが、それを紹介するのは恥ずかしくて、見送ります。

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2006年9月15日 (金)

雑誌の目次

 小学生のころから不思議に思っていることがある。雑誌の目次はなぜ冒頭にないのだろう。
 学術雑誌の目次は冒頭にある。内容を探すために、それが最善だからである。
 しかし、週刊誌、月刊誌など普通の雑誌では、目次は冒頭にない。広告がくるか、記事が来るか、カラー頁がくるか、なにかあって、目次である。
 目次を使って何かの記事を探そうというときに、不便このうえない。にもかかわらず、どうして目次は冒頭にないのか。
 ひと目をひく見返しや冒頭の何頁かは、広告にまわして利益をあげたい、そういった可能性が高い。
 私が、ずっと昔から疑っているのが、立ち読み防止である。目次がさっさとみられて、目的の記事がどこにあるのかすぐにわかるのなら、いちいち買わなくても、立ち読みしてそこだけ読めばすむからである。目的の記事が簡単に見つけられなければ、購入してじっくり探そうという気にもなる。

 村上春樹か福田和也かだれだかうろおぼえだが、週刊誌はあっという間に読み終わる、なぜなら読みたい記事しか読まないからと、述べていた。私はケチなので、かつては雑誌ならどんな記事でも目を通すようにしていたが、さいきんではつまらなそうな記事はまったく読まなくなり、週刊誌はあっという間の読書対象となった。
 実を言えば、週刊誌など読みたい記事だけさっさと立ち読みして済ませたい。それで、目次のことを考えたのである。
 

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2006年9月12日 (火)

プロフィールの長さ

 NPOが出している熟年向けの季刊コミュニティ雑誌R(頭文字だけにしておきます)を、まれに母が買ってくる。K市にあるIという高級な鰻屋が広告を出しており、母がその店で食事をするついでにレジ横に積んであるのを買うらしい。

 書き手は高齢の人たちがほとんどで、そういった人生の熟達者から、含蓄の深い言葉を載せて、同じく高齢者を元気づけようといった趣旨のようだ。
 書き手の集め方だが、そうセンスが悪くなく。私が読んでもそれなりに楽しめる。

 が、あるときとても気になることがあった。
 Kという八十過ぎになる高名な歌舞伎研究者へのインタビュー記事があった。記事はA4版で四頁あり(うち一頁は写真)、末尾にK氏のプロフィールがあった。

 それが長いのである。K氏はいろいろな大学の職を経ており、またさまざまな団体の理事をつとめている。著作は八十冊をこえる。だから、その一部分を取り上げてもそうとうの量である。だから、一面三段の紙面のうち、プロフィールがいちばん下の一段の二分の一を占めている。

 思い出したのは知り合いのN先生のことである。N先生は、雑誌から原稿を頼まれると、いつもかなり超過した枚数を書き上げ、編集から苦情が出ることが有名だった。

 老舗の書店が出しているBという雑誌の××周年記念号に、N先生が文章を載せた。他の先生は「私とB」という感じで、それこそ雑誌Bの思い出を書いている。ところが、N先生だけが通常の論文なのである。記念号に花を添える回想を頼まれたはずである。にもかかわらず、まったく関係がないことを書いている。

 私は正直笑ってしまったのだが、私も学術雑誌への投稿が増えるにつれて、N先生の気持ちが少しはわかるようになってきた。言いたいことが言える隙間があれば、言いたいことはたくさんある。
 N先生も毒にも薬にもならない思い出を書くよりは、学問的に何かためになることを、少しでも人の目に付くところに書きたかったのだろう。

 長いプロフィールはもったいない。K氏のプロフィールなど、「歌舞伎研究者」の一行でいい。K氏の言葉をもう少し読んでみたかった。プロフィールを短くすれば、なにかまとまった見解がひとつは入れられたはずである。

 そういったことに気づかず、ありきたりのプロフィールでお茶を濁してしまった編集者は、ある一言が人間の人生を左右するかも知れないといった、言葉の力あるいは怖さを知らないのだろう。
 また、余白があれば、ためになる言葉をもう一言載せるよりも、長いプロフィールで読者をありがたがらせようという姿勢から、Rという雑誌が「終わった」人の雑誌なのだとわかった。

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2006年9月10日 (日)

小説での実名

 現代小説はほとんど読まないのだが、内田康夫『王将たちの謝肉祭』(幻冬舎文庫、2006.8。初出は廣済堂出版、1986.8)は、買ってしまった。推理小説の人気作家の作品だけあって、一気に読めた。もとより推理小説としての構成がすぐれている。升田幸三を柾田圭三、米長邦雄を吉永春雄、大山康晴を大岩泰明、中原誠を中宮真人などと、実際の人物をモデルにした仮想小説なのだが、それぞれの将棋指しの魅力的エピソードをうまく消化している。下手な人がやったらエピソードにひきずり倒されかねない。

 1986年の小説だが、バブルの状況は変わっても、棋戦の移籍問題やアマチュアへのインフレ段位の免状発行など、将棋界の構造とその問題は、今も変わらない。

 今井香子女流棋士は、おそらく林葉直子をモデルにしているのだろうが、いまとなってみると千葉涼子(旧姓碓井)女流王将の方が近いかもしれない。

 さて、この小説の中では、木村義雄、阪田三吉など古い棋士は実名だが、大山以降の棋士はほぼ仮名である。例外的に、唯一実名で登場するのが、羽生善治。十五歳の少年、四段として、本文でも「天才羽生」と呼ばれているが(羽生の1985.12.18に中学生で四段)、実に初々しい書かれ方。羽生三冠が知ってか知らずか、今のところクレームはついていないようである(クレームをつけたいのは、真鍋一雄として登場する真部一男だろう。さんざんな書かれよう)。
 いちばん新しい人が実名で、他が仮名というのも面白い。

 荒俣宏の『帝都物語』は三島由紀夫などが出てくる架空歴史小説だが、現実のどの段階まで実名を小説に用いてよいのか。時間が近ければ、あるいは生きていればだめなのか、出版社に秘密の規則でもあるのだろうか、などと考えていると興味が尽きない。

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2006年9月 9日 (土)

ペンネームの(変更)由来? 町田康

 『読売ウィークリー』(2006.08.20-27)号の町田康「テースト・オブ・苦虫」に格差社会への対応として名前を変えることをあげている。「桜木麗子」と「豚田笑子」とどちらの名前が得か損かということである。

 町田康のエッセーは、刊行物にまとめられたものは、たいがい読んでいるのだが、名前に関するエッセーが少なからずある。

 で、思うのは町田康本人の名前についてである。町田康は、パンクミュージシャン町田町蔵として1978年にデビューし、1995年に本名の町田康に戻している。戻した理由は、何かに書いてあった気もするが、面倒になったとか、かなり曖昧だったと思う。

 私が思うに、町田町蔵だと、町田市のご出身ですかと言われることが多かったからではないか。町田町蔵だと、町田の小僧というニュアンスがありそうである。

 大阪府堺市の出身で大阪育ちの町田康が、ペンネームをつける時点で、東京の町田市など知るわけもなかっただろうが、東京に出てきてみると、町田市ご出身ではなどと言われることが案外多かったと推測している。

 なにせ、1958年まで町田町である。古い東京の人で、町田と聞くと町田町ねと言うひとが本当にいる。

 こわもてのパンクミュージシャンとして知られた町田町蔵に、町田市のご出身ですかと戯れ言をいえる人間は少なかったのか。それとも、私の推測のように意外と多かったのか。本当のことを、いつかエッセーで語って欲しい。

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2006年9月 8日 (金)

ペンネームの由来 有栖川有栖

 雑誌『大阪春秋』平成18年夏号通巻123号は、上方落語特集なのでジュンク堂書店で買った。巻頭に推理小説家有栖川有栖と都市研究家橋爪紳也の対談があり、有栖川有栖がペンネームの由来を語っている。

 大学一年のときに、推理研でガリ版刷りの機関誌『カメレオン』をつくるにあたって、「キミも書くのだろう」と部内で言われて。日ごろから何か書きたい、作家になりたいと公言していましたらからね。学生が遊びでつくっている雑誌ですから、本名で書くのも恥ずかしいし、ペンネームを考えないといけない。大学(引用者注、同志社大学)の向かいは京都御所で有栖川宮邸跡というお屋敷の跡があって、そこらをぶらぶら歩いているときに、有栖川を名字に使おうかなあと思いついた。この名字で有名な人はいない、もう宮家もない。京福電鉄には有栖川という駅があって京都らしいし、使っていいだろう。そうすると下の名前が決めにくい。義夫や正雄など日常によくある名だと有栖川とのバランスが悪い。ミステリーはつくりものの世界だからつくるものらしさを強調した名前にしようと思って『不思議の国のアリス』のアリスをとりました。

とある。
 有栖川有栖には悪いのだが、有栖川と聞くと、偽有栖川宮結婚披露パーティー事件を思い出してしまう。
Wikipedia(2006.09.05)によれば、

偽有栖川宮結婚披露パーティー事件(にせありすがわのみやけっこんひろうぱーてぃーじけん)とは、2003年4月6日に大正時代に後継者がなく断絶した有栖川宮家の末裔であると偽り、東京の青山でニセの披露宴(2人には一切の恋愛関係、内縁関係、婚姻関係が存在しなかった)を開催して400人の「招待客」からご祝儀を搾取した事件である。

なお、自称「有栖川識仁(さとひと)」と詐称した被疑者(当時41歳)と、その「妃殿下」(当時45歳)は、10月になって警視庁公安部が詐欺罪で逮捕した。

ワイドショーがとりあげた事件だが、有栖川有栖にペンネームの由来を質問した局はなかった。有栖川有栖にペンネームの由来を質問した局がひとつもなかったのか、それとも、質問された有栖川有栖がうちは関係ありませんとつっぱねたのか、わずかながら興味があった。

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2006年9月 3日 (日)

泣ける話

 山本一力が、週刊文春で妻が「フランダースの犬」という言葉を聞いただけで、涙を流すという話を書いていたと思う。
 義理人情に乏しく、薄情さにはなかなか自信のある私も、土家由岐雄『かわいそうなぞう』(金の星社、1970.01)には弱い。新美南吉『ごんぎつね』にも弱いが、『かわいそうなぞう』が飛び抜けている。題名を聞いただけで涙腺に刺激を受ける。小学一年生か二年生かの教科書に使われていた気がする。そのころも大泣きである。

 なぜ、こんな話を書いたかというと、8月16日NHK教育「おはなしの国」で大高洋夫さんが、『かわいそうなぞう』を朗読していたから。
 ボウケンジャーでは個性的な悪役を演じて人気の大高さんだが、子どもたちは敵の大幹部神官ガジャだと気づいたかな。
 なお、ボウケンジャー、第二十四話で初音の鼓と源九郎狐を扱っている。シブイ。

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2006年8月21日 (月)

戦中戦後の本

 戦中、あるいは戦後二三年のうちに出版された本は、きわめて紙質が悪い。表紙から粗悪である。中の紙も黒いゴミのまじった酸性紙で、ひどく変色している。手にとれば、奥付をみなくても、その時期に刊行された本だとわかる。
 だが、外見はひどくても、今日明日も知れぬなか、出版されただけに、内容はこちらの心に響く本が多い。傾向として、大局から見た本、ものごとを総合的に、総括的に論じようとした本が多いと感じる。
 菅竹浦の『近世狂歌史』(日新書房、1940.10)、渡辺均『落語の研究』(駸々堂書店、1943.1)などがそうで、ここで言っておかねば、この先どうなるかわからないという気持ちが感じとれる。
 麻生磯次『笑の研究』(東京堂、1947.9)は、文学における笑いについて総合的な観察の本である。京城帝国大学の教授でもあった麻生が、戦後まもなく、今までの文学研究で評価の低い「笑い」の本を出したことについて、何か思うところがあったのではと感じとれる。
 このような私の印象について、結果から見たものの言い方で、本当は研究者としての成熟と、時代状況がたまたま一致しただけなのかもしれない。だが、このぼろぼろの本に、その外見と反する魂を、私は見る。

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2006年8月20日 (日)

CD付の本

 演芸関係でCD付の本が多くなった。手元にあるだけでも、以前紹介した、快楽亭ブラック『快楽亭ブラックの放送禁止落語大全』(洋泉社、2006.4。税込み1785円)のほか、春風亭昇太『はじめての落語』(東京糸井重里事務所。2005.5.16、税込み2300円)、技術評論社の「志ん生で味わう江戸情緒」のシリーズ(各税込み1974円。残念ながら録音がよくない)、よみがえる講談の世界全三巻島田大助編『水戸黄門漫遊記』・杉本好伸編『安倍晴明』・堤邦彦編『番町皿屋敷』(国書刊行会。2006.4~8。演者はすべて四代目旭堂南陵。各税抜き2400円)、『ご存知!清水次郎長伝』(二代目廣澤虎三、KKベストセラーズ、税抜き1980円)などいろいろ。そういえば白夜書房の『笑芸人』にもCDのおまけがついている。
 今時CDだけでも同じぐらいの値段がするだろう。書籍にすることで価格が下がるカラクリか。いずれにしても、大変お得である。

 私はもともとCDの管理が下手である。あるCDを聴いて、別のCDを聴くときに、もとのケースにもどさず、次聴くCDのケースに、かわりに入れてしまう。しばらくすると、ほとんどのCDとケースが一致しなくなる。
 これはいかんということで、CDだけを入れる本型のファイルケースを買ってきて、CDだけ取り出して入れることにした。これは便利だが、引っ越している内に、ケースをあけても中味がないが、ファイルケースを探しても見つからないというケースが増えた。なぜだかよくわからない。
 管理が楽になったのは、パソコンにぶちこめるようになってから。一度、パソコンに取り込んでしまえば、CDとケースは箱に入れて、収納してかまわない。

 さて、話は戻って、CD付本のCDはどう管理するか。これも以前は、本についてるビニールケースに戻していたが、今では、パソコンに取り込んだ後、100円均一店で買ってきたプラスチックのケースに入れて、他の音楽CDと同様に箱にしまっている。

 いつの日か知らないが、私もやがては死ぬだろう。そのとき、躊躇せずに、蔵書は古本屋に売るように、家族には言ってある。そしたら、CDと本は、泣き別れ。おそらく、均一台かなんかに並べられて、「CDがないのか、チェッ」なんて言われていることを考えると、今のうちから、本が不憫である。

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2006年8月11日 (金)

素人発想 玄人実行

 さいきん書いたちょっと遊びの要素の大きい論文の抜刷を、知り合いの先生に送った。すると、うちの学生の卒論に似たような内容のものがあったという葉書をもらった。
 ひょっとしたら、あんたの論文なんて卒論並みという揶揄がこめられているのかもしれないが、こちらとしてはニヤリ。
 金出武雄『素人のように考え、玄人として実行する ―問題解決のメタ技術』(PHP文庫、2004.11。初出は2003.6の単行本)が「素人発想、玄人実行」という標語を抱えているが、まさにそれで、発想は素人でも、それを証明する手際が玄人だから、論文になるのである。実行が玄人であれば、発想が素人であっても恥じることはないし、むしろ専門家の盲点に入りがちなところを突いていて悪くない。

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2006年8月10日 (木)

帯の字の大きさ

 高階秀爾『本の遠近法』(新書館、2006.5)について。前日の続き。

 私が買った初版本には緑地に白抜きで「しなやかな知性が実践する 読書術! 本が本を呼ぶ読書の醍醐味」とある。このうち「読書術!」だけがポイントが大きく、一字が3×3センチほどある。タイトルの「本の遠近法」は一字1.3×1.3センチほど。
 そのためか、途中まで「本の遠近法」ではなく「読書術」が題名なのだと、ぼんやりと記憶していた。

 前に紹介した快楽亭ブラックの『放送禁止落語大全』でも、本の題名より、帯の売り文句の方が大きい字を使っていた(思い違いで帯の字の方が小さかった。2006.08.18)。

 書店で少し注意してみると、帯の字が題名よりも多い本が、いつの間にか増えている。
 デザイン上、あまりに大きいタイトルはみっともないが、売りたい目立ちたいという根性はあって、どうせ外されるものと踏んで、帯に大きな字を使っているのだろうか。
 それにしても、新聞書評などで帯を外した状態で本の写真を載せている場合がある。書店売りに強い影響を与える新聞書評の性格からすると、書店での状態に近い帯付きの本の写真を使うのがよいだろう。

 私の知り合いの学者が学術誌に書評を頼まれた際に、本の写真を撮りたいのでお持ちなら貸してくださいと編集部にお願いされた。著者からの献本を持っているからと油断していたところ、献本なので帯がなかった。帯がないと不都合だと注文を受け、親切なその人は、書店で新品を買って渡した。
 

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2006年8月 9日 (水)

したたかな高階秀爾

 私と同じく三十代前半の年齢で、批評や書評に活躍する人が徐々に増えて、たのもしいというか、楽しみな状態だが、批評や書評に関しては、まだまだ年の功がでると思わされた本が一冊。高階秀爾『本の遠近法』(新書館、2006.5)は、老獪とかしたたかという印象をうける、書評集である。
 なにせ、筆者の知識の総体が巨大で、そこから小出しにネタをだしていくので、広がりと深みが感じられる。残念ながら、私と同世代の批評・書評家だと、なにかひとついい切り口を作って、さあどうだ、と見得をしたところで終わりになっている。まだ、浅い、狭い。
 高階秀爾がどう論じているか。尾本惠市編著『日本文化としての将棋』(三元社、2002.12)を対象とした「将棋の思考、チェスの思考」では、まず司馬遼太郎の『坂の上の雲』の日本海海戦直前の場面から話題を始める。
 戦争から疑似戦争の将棋へと話題をうつし、尾本惠市編著『日本文化としての将棋』の内容紹介。そして、将棋とチェスの起源と展開へと話を展開し、さらに将棋界ではよく知られたエピソードとして、升田幸三がGHQにチェスの非難をしてやりこめた話を紹介する。
 そして、自分自身の経験として、将棋をきっかけに、恩師にあたるフランス人の学者とした文化論の話題を述べ、将棋に西欧の論理におさまらないものがあったのであろうと語る。
 末尾は、こぼればなしになり、升田幸三とGHQとの折衝をめぐるエピソードについて、『日本文化としての将棋』の編者の一人小暮得雄が、「この種のエピソードがどの程度史実に即したものだったかは確かめるすべもない」と述べたことについて、升田幸三自身が『歩を金にする法』(講談社、1963)で詳しく語っているので、事実と見てよいであろう述べて締めくくる。
 わずか二千字程度の書評なのだが、目の付け所も展開もまったく見事で、非の打ち所がない。末尾も、他説を補いつつも、おのれの知識をひけらかすわけでもなく、嫌みのない書きぶりで、余裕が感じられる。
 高階秀爾には、もうひとつ「将棋に見る『役割意識』」という将棋本の短い書評が収められているが、これもよく書けている。美術について、語り合うのは無理だろうが、将棋なら大先達に一手御指南願いたいと思った。
 実を言うと、『本の遠近法』がとりあげている本に興味をもって、書店に行って、手に取ってみたのだが、そのほとんどが面白くない。もとの本より書評が面白いのである。こういった花のある書評を私が書ける日がくるのやら。

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2006年7月28日 (金)

藤原正彦『国家の品格』について

 昨年の冬、池袋の旭屋書店をぐるぐるまわっていると、ある白黒写真のポスターが目についた。毛髪芸で有名な海原かなた師匠が、怖い顔をして写っている。
 そうか、海原かなた師匠の本名は藤原正彦というのか。日頃、漫才をしながら、歌など唄ってのんきに暮らしているものと思いきや、「国家の品格」を論じなさっているのか。小生、いたく感じいった次第である。
 
 という冗談はさておき、いまさらですが藤原正彦『国家の品格』(新潮選書、2005.11)の話です。
 藤原正彦の本は新潮文庫で一時期あつめていて、『古風堂々数学者』(2003.04)以前の新潮文庫はいちおうすべて読んでいます。新潮文庫では『祖国とは国語』(2005.12)だけ読んでいないことになります。
 現在、『若き数学者のアメリカ』と『遙かなるケンブリッジ -数学者のイギリス』以外、手元にありません。実体験の報告であるこの二作は紛れもない傑作です。
 しかし、『父の威厳 数学者の意地』や『古風堂々数学者』のような、感想、意見を述べた本は、つまるところが、床屋政談。老人の繰り言と、微苦笑をおくらねばならないほどのものです。
 『国家の品格』も、推して知るべし。もれ伝わる評判もよいものではないし、と敬遠していました。
 
 ところが、ある人から勧められて読んでみることにしました。勧めたのは、ここ二年ほどアメリカ東海岸の大学で研究をしている友人A。Aが米国に行った冬に、あまりの気候の悪さと仕事の進捗のいまいちさに憂鬱になっていると聞いて、ためしに『若き数学者のアメリカ』を勧めてみたのでした。似た状況だし、そのうちいいことあるよと。
 幸いAもおもしろがってくれて、またA自身の努力の甲斐あって、すぐにAの状況も好転したのですが、つい先日一時帰国したAに『国家の品格』を勧められたのには驚きました。
 『国家の品格』の評価として、論理無視は知性の敗北とか、経済についてまったくわかっていないとか、はてまた本業の数学をつかった説明も怪しいとか、言われているのを知っていたからです。
 Aは知性的だし、論理的だし、『国家の品格』なぞおもしろがるとは思えませんでした。何に共感したのか聞くと、とにかくアメリカ人は理屈ばかりこねるらしくて、それに辟易しているとのことでした。
 
 実際に目を通してみると、なるほどなるほど。論理は大事でないと最初に言い切ってしまっているのがなによりで、それを言ってしまえば、いかなる無理も通ってしまいます。知性の敗北とか、そんな問題、歯牙にもかけないわけです。
 ある程度江戸時代を知っている人にとって、藤原正彦のいう武士道が、新渡戸稲造が創造した架空の武士道によりかかっているのは一目瞭然ですが、藤原自身わかっていて、あえて現実を無視して、話をすすめています。
 本書の、論理ですべては片づかないという主張には、共感できますが、事実を違えて意見を述べることは、品格を論じる本としてはあまりに品のない行為だと思います。
 もはや信念の問題なので、言い争っても無駄です。もののあわれとか日本的感性を重視しているところは国学者のようですし、武士道教の信者だとも思います。

 関心があるのは、むしろこういった本が受け入れられるようになった時代や社会状況のことです。『国家の品格』が売れているということは、それだけ日本が変革にさらされ、実際に多くの分野において曲がり角がきていることを示すのでしょう。

 国文学の研究者としては、国語重視、日本の伝統文化重視の論客が頑張っているのはありがたいことなのですが、その一方で、受け入れがたい気持ちも多分にあって、むこうが海原かなた師匠なら、こっちは昭和こいる師匠だと、「ヘーヘーホーホー、それはヨカッタヨカッタ」ととりあえず受け流すことにします。

補記:落語家は師匠、漫才師は先生だった気がするが、今ひとつ記憶がはっきりしないので、師匠を使っておく。

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2006年7月27日 (木)

全集本の工夫

 ある文章で、初出時に旧かな、旧漢字が使われていれば、全集でもそれを踏襲するのがよいに決まっている。私自身、語源の違うもの以外の旧漢字を新漢字に置き換えるのは容認できる(つまり藝を芸にするのは気にくわない)が、旧かなを新かなに置き換えるのはかなりつらい。
 版元は、売れないので旧かなをいやがるらしいが、どうしたらいいものか。

 全集のうち、売れるのが小説篇だけで随筆篇などがさっぱりなので、小説も随筆も編年体にして、同じ時期のものを一つの本にしてしまうのが、さいきん版元が編み出した手法。筑摩書房の『坂口安吾全集』(1998.5-2000.4)などがそう。それでも、『坂口安吾全集』は書簡篇が独立している。新潮社『安部公房全集』(1997.7-)全三十巻予定(現在29巻まで刊行)などは、詩、小説、戯曲、評論、エッセイ、講演など、お構いなしに時期ごとに一冊に入れたのは、この手法では究極である。
 ジャンルを問わずに作家の意識を年ごとに追っていけるのは便利といえば便利だが、こういった編年体全集は、近代文学研究をしている友人に聞くと、ものすごーく使いづらいらしい。
 近世で作家の全集本が出ることはめったにないが、馬琴の編年体全集があればと想像すると、近代文学研究者の苦労も具体的に想像がつく。

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2006年7月26日 (水)

京伝はトンデモ?

 『と学会年鑑 GREEN』(と学会編、楽工社、2006.6)を読んでいると、原田実という人が、山東京伝の黄表紙『箱入娘面屋人魚(はこいりむすめめんやにんぎょう)』を紹介していて、びっくり。『人間一生胸算用』から「悪玉」「善玉」の話も紹介されている。
 どうやら、「月着陸はなかった」といったのトンデモ理論系列ではなくて、「こーんな変な本がありますよ」という変な本系列で紹介されているようので、一安心なのだが、「と学会」といえば、トンデモ理論をまず思い出すので、驚いてしまった。
 「山東京伝の全集が今まで何ででなかったか(引用者注、現在刊行中の京伝全集を念頭におく)、これを見ているとわかるような気がします。つまり全集となるとこんな話もどんどん入れなきゃならないわけですね」が原田実の感想。原田の言うことはある程度正しいが、全集が最近まで出なかったのは、市場原理と学者の怠慢のため。
 毎月、驚くほどの数の時代小説が出版され、浮世絵の展覧会には大勢の人が集まるにもかかわらず、きっちりした翻刻本、解説本は売れない。

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2006年7月25日 (火)

左右学への不招待

 2006.07.02「DNAに組み込まれている」で、ある本の序文のトンデモ話をとりあげて、読んでいたら買わなかったかもしれないと書いたが、似たような話を一つ。
 尚左、尚右(右と左とどちらが大事か)の文化に十年以上前から興味がある。さいきんでは、『左右の民俗学』(礫川全次編、批評社、2004.10)を買った。
 また、脳科学の進歩にともなって脳の働きが解明されてきたためか、別冊國文學『左右/ひだりみぎ -あらゆるものは「左右」に通ず!』(学燈社、2006.02)という本も出ている。
 さて、そういったからみで西山賢一『左右学への招待 -世界は「左と右」とであふれている』(光文社知恵の森文庫、2005.12.15。『左右学への招待 -自然・生命・文化』(風濤社、1995)に加筆訂正したもの)をアマゾンで購入した。
 が、次の文章を読んで、読むのをやめた。
 

 右脳が直観的で、左脳が論理的だとすると、左側の視野から入った情報が右脳にいくので、左側の視野に飛び込むように商品を並べると、「衝動買い」も期待できる。
 この推論はデートにも応用できる。あなたが二人連れで並んで歩くとき、どちら側を選ぶべきだろうか。いま相手の左側を選んでささやきかけると、相手はそのささやきを左側から受け止めて、その情報を右脳に伝える。そして、右脳は直観的で感性的なので、あなたが試みる口説きも成功する確率が高まるだろう。(4頁)

この本は、三頁から始まっているので、次の頁でもう読む気がなくなったのである。筆者は大学に職を得ている学者であるし、パラパラめくると、もっともらしい筆法が使われているようだが、これ以上まったく読むつもりはない。ブックオフ行きを待っている状態である。
 この文章を書くために奥付をさがしたところ、奥付の二頁前に池内了の解説があって、「古代ギリシャ彫刻の陰嚢の左右不均衡に関する論文をネーチャーに発表しイグ・ノーベル賞を獲得した人もいる」との紹介が目につく。
 池内了の解説をよく読んでみると、「著者の蘊蓄を傾けた文章にはつい納得させられてしまう」、「宗教はおしなべて左右を使い分けて人を懐柔しようとしているのだ」、「他にも、式服の燕尾服とタキシード、扉の観音開きと片側開き、歌舞伎の浅葱幕と定式幕と、左右の対称性とその破れにさまざまの意味がありそうな現象が多くある」(このあとに先のギリシャ彫刻の例がくる)、「こんなふうに考え始めると、左右学もまだまだ奥が深い」などと書いてある。
 池内了が何をいいたいのか、私には十分わかるつもりである。

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2006年7月22日 (土)

次世代の辞書?

 文学研究の世界に導入された、ITのおそろしさというかすごさは全文検索にある。あるテキストファイルが手に入れば、それでの用例はきわめて容易に調べることが出来る。 

 たくさんの本を繰り、用例を拾うことで辞書は成り立っている。用例をあつめて辞書にする以前に、用例集めの対象とした本のテキストデータを全部あつめて、意味はともかく用例だけは、ご自由にご覧くださいといった形式がはじまるかもしれない。グーグルがやっていることをみると、あながち空想とは言えまい。こうなれば、収録語彙は、集めたテキストの語、すべてということになる。

 紙の辞書を引く作業は、私が死ぬまでなくならないだろうが、思えば遠くに来たものである。

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2006年7月21日 (金)

辞書の大きさ

 地元の図書館で『私が愛用する辞書・事典図鑑』(中沢新一監修、波乗社、1992.1)という本を見つけた。辞書事典類に日頃から興味があるので、借りて目を通した。この本の特徴は、学者・評論家以外の人たちが使っている辞書事典が載っているところである。どうやら、依頼原稿と募集原稿の両方をもって本としたためらしい。

 選ばれた辞書事典には『家庭行事なんでも事典』(富民協会)、『ことわざ医学事典』(朝日新聞社)といった雑書類が多い。辞書事典の世界の奥深さが見えるようだが、現在ではインターネットの力が大きくて、『私が愛用する辞書・事典図鑑』が収録したような雑学系の辞典事典を、いまあらためて出版するのは採算の面で難しいだろう。

 すっかり記憶からなくなっていたが、この本を私は高校三年生のときに読んでいる。二人目の栗本慎一郎が書いた「三省堂のコンサイス英和を使っていた。これは、小型で片手の中につつみこむことのできる大きさだった。辞書というものは、まずなによりも手に慣れるものでなくてはならない。掌にも慣れる必要があるのだ」という文章に見覚えがあった。

 使う辞書の物質的な大きさを、辞書選びの基準にしている選者は、栗本慎一郎の他にも少なからずいる。

 が、今ではそれも隔世の感がある。電子辞書により、大型の辞書を容易に携帯でき、素早く引くことができる。手になじむ大きさかどうかは問題ない。

 『角川古語大辞典』のCD-ROMをパッパパッパと回して、手早くゼミの発表資料が作れる時代である。私が修士の大学院生のころ、片手で『日本国語大辞典』を二冊わしづかみに持っているところを見られた同級生のNさんが、「内緒にしててね」と私に笑いかけたのは遠い昔である。

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2006年7月20日 (木)

通販専門店に

 近所にあった気の利いた古本屋がもう半月ほど店を閉めているので、ひょっとして潰れたかと心配していたが、ネット検索したところ、通販専門店に移行したことが、ホームページで報告されていた。
 日本の古本屋メールマガジン第41号(2006.06.07着)では、「現代古本屋の研究」として「目録とネット販売の兼ね合い」について、九店から原稿を集めて紹介している。
 目録やネット販売を古本業のどこに据えているかはさまざまだが、いずれにしても、ネット販売が無視できない商法であることは明かである。
 ネット販売の普及によって、消費者として、本を安く、また早く手に入れられるようになったのは確かである。かつては、地方出身の大学院生や外国からの留学生には、先輩の大学院生が神保町を案内し、どれがどの専門店だが教えたものだった。今では大学院に入っても、どの書店が専門店なのかほとんど注意していない学生もいる。また、奨学金が入ればとりあえず古書店巡りといった習慣もかなり失われている。
 今回のような、店舗そのものの消滅もその流れに位置する。この田舎でのささやかだった古本屋詣での楽しみも失われてしまった。
 なにごとも都合良くはいかない。

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2006年7月18日 (火)

時代小説の台詞

 江戸時代のことを研究していれば、時代小説は好きだろうと思うだろうが、実のところほとんど読まない。が、先日、将棋を題材とした時代小説を書店で見つけて、せっかくのことと購入した。
 パラパラめくったのだが、何かがおかしい。もう少し丁寧に読んでみると、会話文がしっくりこないことがわかった。
 快楽亭ブラック『快楽亭ブラックの放送禁止落語大全』の創作落語「英国密航」(講談と浪曲にネタもと)に侍同士の会話があるのだが、こっちの方がしっくりする。

 今回の記事は、江戸時代人の会話として、本当らしい型が落語家にしみついているので、落語家は創作でも、本当らしい台詞が書けるのだということを書くつもりだった。

 記事を書くために、ブラック本の解題を読み直すと、「英国密航」は、小佐田定雄に脚色を頼み、白浪五人男のパロディを用い、さらに真山青果の名台詞をちりばめて、つくったものらしい。
 他人様の手が入っているとなると、当初の結論と齟齬して、ちと具合が悪い。

 とはいえ、本文を読み返してみると、小佐田や真山の影響のないところの台詞も、もっともらしく、よく書けている(作れている)ので、私の予想もツブレとまではいかない。

 だが、それぞれの本から台詞を抜き出そうとして、困った。しっくりこないはずの、将棋時代小説の方が、よくよく読んでみると、歴史史料に載っていそうな会話文に近く、むしろ、ブラックの侍のしゃべり方は、いかにも時代劇な台詞回しに過ぎないのである。
 ここで当初のもくろみはまったくおじゃんになった。
 時代小説の台詞はどうあるべきか。私にはまだよくわからない。

 そういえば、四代目三遊亭円馬(1900~1984)や二代目三遊亭円歌(1892~1964)の演じる侍やお殿様は、今の落語家が演じるのと、ちょっと会話の感じが違う。古い円馬や円歌こそ、昔の本物の殿様のしゃべりかたを知っているというより、「らしい」しゃべり方が、違うのだと推測している。

補記:当初の目算がなりたたず、変な方向へ話が逸れて、何を言いたい文章なのかわかりにくいかもしれません。
 「リアリティーがある」という言葉を使えば、少しはマシだったかもしれません。使わずに頑張ってみたので、「本当らしい」「もっともらしい」では、わかりにくかったかと。「現実らしい」は、私が江戸時代のことを本当に知っているわけではないので、「『現実』らしい」としか書きようがなく、これでは使えません。

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2006年7月17日 (月)

ブラック本

 快楽亭ブラック『快楽亭ブラックの放送禁止落語大全』(洋泉社、2006.4)を買った。私が買ったのは、5月の二刷本。税抜き1700円でCDつき。とても安い。以前、長井好弘が『新宿末広亭―春夏秋冬「定点観測」』(アスペクト、2000.12)で紹介していた「川柳の芝浜」(川柳とは川柳川柳師匠のこと)が読みたかったのだが、その他もかなり面白い。芝浜以外に、道具屋・五人廻し・反対俥・文七元結といったおなじみの古典落語がうまく改変されていて、爆笑。もとの落語を知っている方が楽しめるのは確かだが、知らない人もたぶん楽しめるはず。
 この本は池袋の旭屋で買った。「カバーかけますか」「ええ、お願いします」といったおなじみのやりとりのうえ、カバーをかけてくれた店員さんが、キュッとした笑顔で対応してくれて、(旭屋には珍しく)可愛らしくて印象に残ったのだが、家で読了し、紙カバーを外して、帯をみて驚いた。
 赤地の帯に黒でおおきく「一発のオマ○コ」(伏字は原文通り)と書いてある。
 あの女の子の笑顔がその帯と関係あったのか、知りたいのだが、残念ながら、その後、その店員さんにはお目にかかっていない。

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2006年7月 2日 (日)

DNAに組み込まれている

 鈴木浩三『資本主義は江戸で生まれた』(日経ビジネス人文庫、2002.2.1。『江戸の経済システム』、日本経済新聞社、1995.7に加筆修正したもの)は、江戸時代の経済のしくみについてたいへんわかりやすく説明した好著である。税抜714円はかなり安い。
 とてもとてもよい本なのに、ケチをつけるのは心苦しいが、「まえがき」に気になる箇所があった。

(本書執筆の目的は)日本人のDNAには過去四〇〇年以上にわたる市場経済システムの経験が、しっかり組み込まれていることを示したかったからにほかならない。

をはじめ、

明治以降の急速な工業化や第二次世界大戦後の戦後復興においても、それらの日本人のDNAはいかんなく発揮された。

さらには、

「国際標準による市場原理」の前に、日本人は自信を失いかけている。そして、江戸時代から培われてきたDNAの存在も忘れかけている。
 もちろん、これからの国際競争を過去のDNAだけで乗り切ろうとすることは、単なる懐古趣味どころか自殺行為にほかならない。しかし、日本経済の再生に向けた将来への展望につなげるには、自らに備わったDNAの優れた部分とそうでない部分を認識した上で、新たな環境への積極的な適用を図っていくことがなにより求められている。

とある。
 ひょっとしたら、日本人の遺伝子情報を調べて、ある塩基配列が市場経済システムの受容と密接に関係していることが判明するのかもしれない。
 が、市場経済システムの経験がある人種のDNAと関係しているなどとは考えられまい。
 もちろん、鈴木の言わんとしていることは、比喩であることはわかる。五十年前なら「DNA」のかわりに「血」が比喩としてつかわれただろう。
 アマゾンで買ったので、「まえがき」のことを知らずに買ったが、もし書店で読んでいたら、トンデモ本と勘違いして購入をためらったかもしれない。

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2006年7月 1日 (土)

たばこのにおい

 たばこのみの蔵書家から借りた本に、たばこのにおいがすることは、以前書いた。
 さいきん、図書館から借りた本にもたばこのにおいの強い本があった。落語の本だが、二冊とも立川談志がらみの本だった。談志ファンに昔ながらのたばこ好きが多いのではないかと思った。
 本日より、たばこ一箱三百二十円也。私はたばこのみでないので、金の面では助かっている。

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2006年6月 9日 (金)

大谷晃一『大阪学』

 大谷晃一『大阪学』(新潮文庫、1997.1。初出は経営書院、1994.1)はたしかに面白いが、一人で広い範囲をうけもっているので、ところどころに無理がある。

落語では、与太郎などという少し頭の弱い人物を作って、そのしくじりのお話を落語家が第三者の目で見たように語る。演者は、だから高度な洗練された話芸を持っていなければならない。いや、聞き手の方もある程度の教養知識を持っている必要がある。通でなければならない。(36頁)

など、このひと本当にいちどでも落語(上方落語も含めて)を見たことがあるのかと思うようなむちゃくちゃな文章である。桂米朝師の名著『落語と私』(文春文庫、1986.3)ぐらい目を通していないのか。

大塩平八郎について、

大塩一党の放火で、天満と北船場の一万二千五百戸が焼けた。が、人びとは大塩に同情を寄せる。それは幕府の政治権力への大坂の批判であった。幕府の軍事力が案外にもろいのが暴露され、倒幕運動の口火となった。(178頁)

と支持されていたとするが、当時の瓦版や記録をみれば、大塩の行動は町人にとって、自分勝手な大迷惑で、まったく支持されていなかったことが明白である。自己陶酔的な武装蜂起にも民衆はついてきてくれるといった左翼青年的な心情をもって、勝手に歴史を解釈してはいけない。

それと、大阪人の性格描写が、東京人が一般的に考えるような大阪人に限られていて、一面的ではないか。木津川計『上方芸能と文化 -都市と笑いと語りと愛-』(NHKライブラリー、2006.3)は大阪の文化を、都市的華麗の宝塚型、土着的庶民性の河内型、伝統的大阪らしさの船場型、学術研究機能性の千里型と分類し、それが相互に浸透し混在して全体文化を形成しているとする。『大阪学』が扱う大阪人は、木津川がいう河内型に偏っている。
 なお、木津川計『上方芸能と文化 -都市と笑いと語りと愛-』は好著でお薦めである。
 かつて、大阪の劇団の人に、こっちにきて公演を手伝ってくれないかと誘われたことがある。まだ、学生でちょうど試験期間にあたっていたので行かなかったが、若いうちに大阪のことを知っておけばよかったと後悔している。

 閑話休題。いろいろと細かいキズはあるが、さまざまな切り口から大阪の社会・文化を考察した『大阪学』は大変な力作である。筆者が専門とする、文学史、とくに近代文学に関する章を楽しませてもらった。続編もいろいろ出ているが、きっと面白いのだろう。
 筆者は高齢で、大阪学はいずれ誰かが継承、発展させていくのだろう。私は近世文学研究が専門なので、弘文堂の『江戸学事典』の上方版のようなものが、今後編まれることを期待している。

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2006年5月24日 (水)

半純血とは考えたね

***ネタバレ注意、『ハリー・ポッターと謎のプリンス』を読んでいない人は読まないように!!***

 J・K・ローリング作、松岡佑子訳『ハリー・ポッターと謎のプリンス』(原題、"Harry Potter and Half-Blood Prince")が2006.5.17に静山社から刊行されました。

 この本は原書(US版)で読んでいて、2005.07.29に読書記を載せました。次に、2006.03.8-11にかけて、「"Half-Blood Prince"名義考」として”Half-Blood Prince”の訳語について、差別語特集の一環として、考察を加えています。

 では、松岡佑子さんはどう訳したかとみると「半純血」の語をあてています。さすが、プロの翻訳者、考えたねが感想です。

 ”Half-Blood Prince”を「軽蔑を受けとめつつ自らの出自に誇りを込めた表現」ではないかと、かつての記事で述べました。「半純血」だと、「半分でも純血だ」ということになって、視線が逆向きなのですが、かつての彼を考えると、そうとるのが正しかったようです(邦訳版下巻483頁の見解もありますし)。

 頓智に敬服したこともあって、”Half-Blood”が「半純血」でもいいかなと思っています。

 原書を読んだこともあって、邦訳本を積極的に読む意欲がないのですが(時間もないし)、パラパラめくると、懐かしい感じ。英語を読んで感じる世界と、日本語を読んで感じる世界は違います。

 Horcruxesが分霊箱と訳されて、なるほど。あの人の最期の"Please"は「頼む」。
 やっぱりプロは上手いもんですね。

 あとがき「最終章へのラブレター」には、

第六巻で魔法界に吹き荒れるヴォルデモート旋風を映すかのように、この一年はマグル界の私の周辺にも闇の帝王の気配が感じられ、私自身が何度か吸魂鬼に襲われた。

とあるので、差別語の問題も含めて、いろいろ苦労なさったとお察しします。

 私のブログのことなど知らないとは思いますが、

本文中がもし「謎のプリンス」で押し通されていたら、我慢するつもりはない。手持ちの邦訳版はすべて叩き売って、いかに私の英語力が貧弱といえども、以後英語版しか読まないつもりである。静山社および翻訳者松岡祐子には、適当な態度をとることを切に望む。

なんて啖呵を切っている私も吸魂鬼の一人だったのかもしれません。
 おつきあいも、あと一冊。お体ご大切に、頑張って欲しいものです。

おまけ:あとがきに「○○○○(引用者伏せ字)は果たしてどちらの味方か」とあるので、まだ期待していいんですかね。

補記:海外からのスパムコメントがなぜかつくのでコメント受付を停止しました。

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2006年5月23日 (火)

書きたがる脳

 四ヶ月ほど前から、茂木健一郎の書いたものには興味があった。ここにきて(もはやひと月ほど前)、金銭的余裕、時間的な余裕が少々できたので、本を集めてみることにした。本人の著述ではないものの、アリス・W・フラハティ『書きたがる脳 -言語と創造性の科学-』(吉田利子訳、茂木健一郎解説、ランダムハウス講談社、2006.2)がアマゾンで「茂木健一郎」を検索した場合に目をひいた。

 書き出したら止まらない「ハイパーグラフィア」と、書きたいのに書けない「ライターズブロック」を中心に脳のしくみについて、産後うつ病に悩まされた経験がある神経科医が書いた本である。

 筆者がそういう病を患う気質のためか、飯田真・中井久夫『天才の精神病理』(岩波現代文庫、2001.7。初出は1972.3、中央公論社)で、ダーウィンを例に示したような、躁うつ病圏の科学者の特徴である、挿入句や注が多くて回りくどい文章が書かれている。また、ダーウィンの『種の起源』を思わせるような(私は東京書籍版を持っています)、考え得るかぎりあらゆる面から検証する、フラハティの手法も、科学的だが、読んでいるほうにとって、本命が見えないきらいがある。

 とはいえ、とても刺激になる本で、さいきん読んだ本の中ではかなり面白かった。
 ライターズブロックは修士論文執筆時にひと月ほどかかって、苦しんだことがある。この本を読んだことが、今後の予防接種になったと願いたい。

 茂木健一郎の本は、それから集めて読んだが、内容はまあまあ。というのは、わからないことがまだ多すぎるから。スターウォーズのエピソード1を観たときの状態で、お楽しみはこれからである。脳科学のますますの進歩を期待している。

 ほぼ毎日、ブログを更新していることからすれば、私をハイパーグラフィアだと思うかもしれない。しかし、このブログは毎日書いているのではなくて、二三週間に一度の割合で書きためている。野球のセットアッパーが投球数が少なくても毎日きっちりと肩をつくらねばならないように、毎日更新するのなら、頭の中身をつねに整理しておき、文章が書ける精神状態を作っておかなければならない。

 そうではなくて、ときおりやっているだけなので、ハイパーグラフィアに私はほど遠い。本当に毎日書けるならすごいことだが、それはまず無理である。

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2006年5月10日 (水)

高島俊男の「お言葉ですが……」

 高島俊男の「お言葉ですが……」の最新巻が本屋にひっそりと並んでいた。毎回楽しみにしているので、すぐさま買って読んだ。なんと売れ行きが悪いので、週刊誌への連載はつづくものの、今回の第十巻で単行本は終わりらしい。
 惜しむ声はあるようだが、ここらで幕引きかとも感じる。
 目が悪くなって本が満足に読めなくなったと書いてある。塙保己一ではあるまいし、目がやられれば、学者としては終わりである。新しく情報をとりいれにくくては、第一線に立っていられない。
 高島俊男のすぐれていたのは、安易なネット検索でしか知識を得ようとしない社会の風潮に反して、一次資料を深く捜索して、それをしっかりと読解することで、確かな見解をうちだしていたことである。うわべだけのうすっぺらな理解ではなく、学問を修めた者だけがもつ、確固とした体系にもとづいて、情報を整理する姿に、人々は賛嘆した。
 しかし、簡単にネットで手に入る情報に気がつかないで、何かを論じることも増えてきた。「老中阿部正弘の死因」「朽木三助の手紙」で論じた内容を、猪瀬直樹が『ピカレスク』ですでに書いていることを文藝春秋の校閲部は知って伝えたようだが、人がすでに論じたことをあらためて書くのは、売文の業として、ほめられたことではない。
 山口瞳がコラムの要諦は三打数一安打と述べたことは有名だが、高島俊男の「お言葉ですが……」はその打率をきってきたと感じる。
 「筆者は三流、読者は一流」と高島は自身のコラムを評している。たしかに、多くの人の目にとまる内容であり、その指摘はありがたいことだろうが、最初から心待ちにしてはダメである。最初から、他人の意見をもらうつもりのゼミ発表・学会発表はろくなものがないのと同じで、自分が一番わかっているつもりで取り組まないと良いものは書けない。
 何巻だが忘れたが、そう古くない巻で、論じた内容が、使われている資料や論の運び方まで、ある研究者の紀要(論文)とそっくりだと、当の本人から文藝春秋に連絡がきたことがあった。できた人で、偶合であることを前提に指摘をしていたが、高島が「あとからひとこと」で認めているように、盗作だと非難されても仕方がない出来事である。ぼろぼろになる前に、そこらへんで終わりを考えてもよかったのではと思う。

補記:外国からのスパムコメントがひどいので、この記事のコメント受付を停止します。(2007.4.16)

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2006年5月 9日 (火)

くりかえしの文章

 山本夏彦の晩年の著述は、かつて述べた内容のくりかえしがほとんどである。山本夏彦のエッセイが好きでよく買っていたのだが、同じ本を買いはしないかといつもひやひやしていた。遺稿集となった『最後の波の音』(文春文庫、2006.03。単行本は2003.3)も、すでに読んだ本ではないか確認するのに、二三分かかった。
 芝居の知り合いだったJDNさんは、同じ話を何度もし続けるのでまわりの人間はへきえきしていた。私は、前にしたのと同じことをしゃべるのを嫌う。今思えば、JDNさんは自分がしゃべるという行為が楽しいのであって、聞いている人のことなどなんとも思っていなかったのだろう。
 世の中で、これぞ真実・真理といえるものは、数少なく、また短い内容である。そうそう文章にしていくつも発表できはしない。
 岩井克人『ヴェニスの商人の資本論』(ちくま学芸文庫、1992)はたいへんよい本だが、雑誌に書いたものを集めて本にしたせいか、内容に重複が多い。学術誌に掲載したのではないとしても、同じことをここまでくりかえして、よく原稿の二重売りと言われなかったなと思う。
 単行本から文庫本にする際に、単行本の読者のために、文庫本にあらたな付加価値をつけることはしない述べ、改稿や新稿の追加を行わなかった岩井克人だが、効率的だという点では、さすがに経済学者といえよう。

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2006年4月20日 (木)

物語の過多

 新刊書店をめぐりめぐって驚くのは、世の中にはかくも多くの本が次から次へと出版されていることである。小説も硬いものから柔らかいものまで、さまざまなジャンルの本が棚に並んでいる。
 新刊本が大量に刊行されるカラクリについては、山本夏彦がくりかえし紹介している(『最後の波の音』「本が出すぎる」など)。
 出さないとつぶれるから出しているのなら、需要以上の、供給過多である。だが、採算にあわなければ、その分野の本は出なくなる。それなりに採算がとれているから、どんどん売りに出されているはずである。世の中の人がかくも作られた物語を求めていることには少々驚く。
 人文系の大学院を出ておきながら、現代小説をめったに読まないことは以前書いた。あまり読まないわけで、皆無ではないのだが、人はどういったときに、作られた物語を求めるのか、私にはよくわからない。
 映画やテレビと同様に単なる娯楽という見方もできるが、私の場合は、印刷されたもの(版本にも関心があるので活字とは書かないでおく)は他のメディアに比べて、別格である。
 橋本治『大江戸歌舞伎はこんなもの』(ちくま文庫、2006.1)の世話物の解説に「人間はあまり自分のドラマを持たない」という言葉が出てきて、それが影響しているのかと最近では考えている。

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2006年4月18日 (火)

大人のための絵本

 大人のための絵本という分野が生まれつつあるようだが、好きではない。絵本を大人向け、子ども向けと分けるのが嫌いなのである。児童文学でも傑作なら、大人も十分に堪能できる。絵入り小説の可能性を開くために、大人向けの絵本に取り組むというのならまだましだが、書かれている内容が癒しだのに関わってくると、もう私には別の世界である。絵と文を組み合わせて、すばらしい内容を表現することは、マンガがすでにやっている。動きの表現が劣る点で、絵本はマンガよりも草双紙に近い。絵本で何か新しいことをしつつ、マンガにならず、かつおもしろいというのは難しい。

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2006年4月11日 (火)

鈴木眞哉・藤本正行『信長は謀略で殺されたのか―本能寺の変・謀略説を嗤う』

 鈴木眞哉・藤本正行『信長は謀略で殺されたのか―本能寺の変・謀略説を嗤う』(洋泉社、新書y、2006.2)は、本能寺の変に明智光秀をあやつる黒幕がいたという謀略説を徹底して論破した本である。
 この本が教えてくれるのは、歴史を検証するためには一次資料にあたらねばならないこと。さらに、正しい知識を用いて、一字一句正確な語釈をしていなければならず、一次資料を恣意的に解釈するのは決して許されないことである。これは国文学にも通じる。
 教養課程のころは史学に興味があって、そちらの本ばかり読んでいた。しかし、どうも史学には才能がないとあきらめて、好きな文学を専門に選んだ(もっとも国文学にも適性はなかった)。その点で、史学への畏敬の念があるのだが、玉石混淆は国文学とは比べものにならないほど甚だしいようだ。デタラメを書く人々がアカデミズムのポストについていて、本書の執筆者鈴木眞哉・藤本正行が、いわゆるアマチュア(教職に就いていないとアマチュアとするのは日本の悪い慣習)であるのには、一書生として励まされる。
 作家が狂言綺語を弄するのはあたりまえなので、作家は何を言ってもいいのかも知れないが、自分たちこそ真実を描いているという作家がなかにはいるのは、かなりどうかしている。
 また、『その時歴史は動いた』のようなでたらめな番組を作り、虚説をかついで、全国津々浦々に垂れ流しているNHKも許しがたい。もっと深く私の専門にかかわることで、このようないいかげんなことがあったら、受信料を払わなくなるかもしれない。
 

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2006年4月10日 (月)

書皮

 塩野七生が「ローマ人の物語」の文庫版で、表紙にカバーをかけずに持ち歩いてくれと、お願いしている。そのせいかは知らないが、実際、池袋のそば屋で通人めいた中年男性が、もとの表紙のままで文庫版「ローマ人の物語」を読むのを見たことがある。
 かつて友人の家でマンガを読んで、ページを開いたまま下に置くと、本が傷むと怒られた。そのくらい本を大事にしない私でも、文庫本・新書をもって出るときはたいていカバーをかける。私が「ローマ人の物語」を文庫本で読んでいたころも、カバーをかけていた。
 カバーは紙が一番である。皮は手触りはいいかもしれないが、頁が開きにくい。紙のカバーを愛用するのは、なにか思いついたときに、メモをカバーにかけるからである。電車で胸ポケットに油性ペンをさし、気になることや意見があったら、カバーに書き込んでしまう。
 書き込まれたカバーは、余白があればまた別の本にも使われる。先日、変な書き込みをしたカバーをつけた本を、そのまま人に貸そうとして、あわててそれをはずして渡した。

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2006年3月14日 (火)

大昔の動物

 さいきん息子(二歳十ヶ月)が私によく読んでくれとせがむ本に、ニューワイド学研の図鑑『大昔の動物』(今泉 忠明・松岡 敬二・高橋 文雄・吉田 彰著、学習研究社、2000.11)がある。今いない動物の本など読んでも無駄だと思って。最初のころは面倒くさかったのだが、何度も読んでいるうちにハマってしまった。
 地球の悠久の歴史における、生命の進化と淘汰の過程を見ると、藤村操ではないが、人類の歴史など小さい小さい、何をあくせくしているのだという気分になる。
 そう遠くないこともあるので、所沢のユネスコ村の大恐竜館に、二週間ほど前に家族で行ってきた。息子は喜んでいたが、まだ興味はあるが怖いといった反応だった。息子は化石が何か理解できず、別の動物に食われて骨だけ残ったのだと信じている。
 大恐竜館の売店にアンモナイトの小さな化石があって、欲しかったのだが、妻に買わないわよと機先を制されて見送った。残念である。地元に帰ったときに、住んでいる町の中学校の崖から、小さな貝の化石が出るので、それでも掘りに行くとするか。いやいや、億万長者になって、家の中に、ティラノサウルスの頭の化石などをドーンとおいてみたいと、子どもっぽい願望をする。
 また、図鑑が教えてくれるのは、生命は子孫を残し繁栄するために苛烈な競争を気が遠くなるほど昔から続けてきたということである。そう簡単に、世界平和が訪れないのもあたりまえというか、そちらの方が生命にとっては常態といえる。

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2006年3月11日 (土)

”Half-Blood Prince”名義考 おまけ(ネタバレあり)

    **注意、ネタバレがあるので未読の方は読まないように**

 手負いのダンブルドアはスネイプに死の呪文をかけられ死んでしまう。その直前で、ダンブルドアが”Severus...Please...”と言っているが、これは命乞いとは違うのではないか。実は「他に死喰人が三人もいて、どうせ助からないので、セブルスおまえが私を殺してくれ。ここで殺すことで、敵を欺いてくれ」ということではないか。ダンブルドアに命乞いは似合わない。また、今までのダンブルドアのスネイプへの評価が単なる読み違いというのも情けなさすぎる。

 最終巻で、スネイプがいざというときに、実は味方と正体をあらわして、ヴォルデモートと差し違えるのではないかと期待している。私はスネイプに近い感じの教師だったので、けっこうファンなのである。

 ヴォルデモート卿の一人称が「我が輩」は、いかがなものか。我が輩は明治に入って、薩長土肥の武士が役人になったときに使うという感覚がある。小役人の一人称ではないか。「朕は」はもう通じないのと日本固有性が強すぎるので見送るとしても、「余は」(そうでなくても「われ」)ぐらいが適当だと考える。

補記:「我輩」はスネイプで、ヴォルデモート卿は「俺様」でしたね。ぴぐもんさん(http://pigmon1038.cocolog-nifty.com/diary/)の2006.05.23の記事で思い出しました。「俺様」もかなりいかがなものかと思いますが。

外国からのスパムコメントがひどいので、コメント受付を停止します。(2007.4.16)

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2006年3月10日 (金)

”Half-Blood Prince”名義考 その三(ネタバレあり)

               **ご注意**
 この回にはきわめて重大なネタバレがあります。未読の方は読まないように気をつけてください。

 さて、前置きが長くなったが、やっと"Harry Potter and Half-Blood Prince"の話に入る。その一、その二で述べたように、「混血児」を蔑称だとうけとる人間がいるからこそ、"Half-Blood Prince"は「混血の王子」にしなければならなかったと思う。

 ”Half-Blood Prince”は、ハリーが見つけた薬草学の本の持ち主がした署名である。本の持ち主はセブルス・スネイプである。スネイプが「純血」ではなく、魔法使いの母親Eileen PrinceとマグルTobias Snapeの父親との「混血」の息子(王子)であったので、”Half-Blood Prince”なのである。

 ハリーポッターの世界では、純血主義者(純血を優秀だと思う)が「混血」を見下す場面が多々みられる。その世界では、現実の英国と同じように、Half-Bloodというのは差別的な表現である。

 しかし、軽蔑を受けとめつつ自らの出自に誇りを込めた表現が ”Half-Blood Prince”なのではあるまいか。また、「泥棒貴族」や「怪盗紳士」といった不釣り合いな言葉がつながって印象が強まっている言葉である。だからこそ、「混血の王子」と訳すべきだと思うのである。

 私は英語力不足から、言葉の感覚がうまくつかむ自信がなく、また本文中のスネイプの心情も十分に読み取れてはいないかもしれない。だが、本文中の”Half-Blood Prince”を日本語での「あいのこ王子(プリンス)」に近い感覚でスネイプが使っていたのではないかと思うのである。

 ハリーポッターの小説世界では、ハリーら「混血」が「純血」の圧力や差別に負けず、それをはねのける姿が描かれている。人種差別の愚かさを伝えているのである。また、実はヴォルデモート卿が「混血」であり、それがヴォルデモート卿の性格や精神に影響を与えており、だからこそあのような!といった、内面に深みのある敵役にしている。

 児童書なので、一番安易な解決策であるカタカナ表記の「ハーフ・ブラッド・プリンス」にしなかったのは賢明である。確かに謎なので、題名は「謎のプリンス」でいいだろう。
 
 しかし、”Half-Blood Prince”は、"Prince”に姓と王子の両方がかかっていて、それが重要な意味を持っている以上、本文では「混血の王子」で通さねば、原作者の意図を曲げることになる。5月17日の邦訳版は予約したが、本文中がもし「謎のプリンス」で押し通されていたら、我慢するつもりはない。手持ちの邦訳版はすべて叩き売って、いかに私の英語力が貧弱といえども、以後英語版しか読まないつもりである。静山社および翻訳者松岡祐子には、適当な態度をとることを切に望む。

補足:まあ杞憂だと思いたいのですが……。

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2006年3月 9日 (木)

”Half-Blood Prince"名義考 その二

 しかし、思うのであるが、けっきょくは今ある言葉が差別的だからといって新しい言葉を作っても、いずれはそれも差別的な意味合いが強くなる。敬語を使っても相手を侮辱できるように、差別的でないはずの新しい言葉を使っても、差別的な意味合いを含む文章を作ることは可能である。そういった文章が増えるにつれて、差別的でなかった言葉も、手あかがつき、いつの間にか差別語になってしまう。そのため、また新たな差別的でない表現を探さなくてはならなくなる。

  「合いの子」がダメなら「混血児」。それがダメなら「ハーフ」。それもよくないとなると「ダブル」。じゃあ、その次は?。「ダブル」や「国際児」が市民権を得たとして、それが永遠にその位置を確保しているとはとうてい思えない。

 こういった状況がいたちごっこだとしても、ある言葉がある時点で差別語として使えなくなった場合、たとえば、「混血」が差別語となった場合、いままで「混血」と定義されてきた内容について、表現することが困難に陥る。こういったすべての「表現の自由」の阻害は、ふつうの、あるいは建設的な議論・表現を妨げるのは確かであるが、差別的な意味合いを作る文章も作りにくくするのは確かである。

 とりあえずある事象に関する表現をすべて困難にするという点で、「言葉狩り」はテロ行為に似ている。とりあえずの破壊によって、いいも悪いもすべて止めてしまうことにすぎない。差別的な状況を解消する、または差別的な見方を変えるよう啓蒙する、といったことにはほとんど結びつかない。

 私としては、とりあえず差別語を増やして、新しい表現につぎつぎに変えていくことは、不毛だと考える。まず、その語を差別語ではないと定義する。そして、その語を使いつつも、その運用を差別的にならないように注意する。こうすれば、「差別語」が無限に増殖していく可能性も減らせるのではないか。悪くもなかったはずの言葉が「差別語」となり、奇っ怪な言葉が増えていくのに私は耐えられない。

 椎名林檎作詞の「意識」(CD『加爾基 精液 栗ノ花』所収)に「お母様 混紡の僕を恥ぢてゐらっしゃいますか」という歌詞がある。「混血」を「混紡」におきかえて、めでたしめでたしなのか。言葉を置き換えるだけでは根本的な問題が解決しないことは、あらためていうまでもないだろう。

 理屈をつけて「ダブル」という言葉を使うのだと主張したところで、それは「私は人権に配慮する人間です」ということを相手に伝えるだけで(その人にとっては、それで十分なのかもしれませんが)、理性的に振る舞っているとは限らない。「子供」が人権無視で「子ども」がよいだとかの主張のように、私にとっては「冗談がお上手」の範疇である。

補足:読み返すと陰鬱な気持ちになる。差別的な表現をつかわないようにしましょうというのは、人間の理性の発露である。だが、「差別語」の言い換えの問題、あるいはいわゆる「言葉狩り」の問題は必ずしも理性が十全に発揮されたものとは言い難い。山本夏彦のいうように「正義」あるいは「正義の人ほど始末におえない」とは思いたくないが、こういった状況が続くなら、人間の理性の敗北と感じざるを得ない。

 これを書いたのは、「差別語 その七」(2006.2.28)よりあとである。「私としては」以下はいまさらの繰りかえしだが、実行はかなり難しいとあらためて感じる。

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2006年3月 8日 (水)

”Half-Blood Prince"名義考 その一

          **ご注意**
 "Harry Potter and Half-Blood Prince"、邦題『ハリー・ポッターと謎のプリンス』にまつわる文章です。本編三回とおまけ一回の続きものです。第三回とおまけにネタバレがくるので、未読の方は注意してください。

 ハリーポッターシリーズ第六作"Harry Potter and Half-Blood Prince"は、『ハリー・ポッターと謎のプリンス』の邦題と決まった。”Half-Blood Prince"をふつうに訳せば「混血の王子」である。実際、ある時期まで書店には「混血の王子」と予告されていた。「混血」がのちに述べるような理由で、差別語として忌避される傾向にあるので、そのようになったのだろう。翻訳の難しさというものを"HalfBloodPrince"の一語に感じた。それを述べるのが、今回の目的である。なお、UK版とUS版では、人種問題に配慮して一部内容が変えられているそうである。私が読んだのはUS版である。

 手元にある辞書を見たところ、大修館の『ジーニアス英和辞典』初版(1988発行)では”half blood”の訳は「混血」。桐原書店の『ロングマン現代英英辞典』(手持ちの本には奥付がない。1990年に買ったと思う)では、なんと収録外。

 両親が違う人種である場合の子どもの呼び方は、今では「ハーフ」が優勢である。『ジーニアス英和辞典』で「混血」なのは、時代のせいか、それとも「ハーフ」と訳してはそもそも英和辞典とはいえないせいか。

 「浮浪者」が「ホームレス」になったように、「ハーフ」とおきかえて、めでたしめでたしかと思いきや、そうはいかない。Wikipediaでは、「混血」の説明に、「特に人(人間)を指してこのように呼ぶ場合は蔑称である危険性が伴う。(ただし欧米で使われるミックス(mix)という呼称はハーフより差別的でないとされる) 」と注意書きをつけている。つまり、英語の「half-blood」自体に差別的な意味合いがあると思われ、「混血」を「ハーフ」にするのは適切な置き換えとも言い難いようである。

 ネット検索にかけたところ、「ハーフ」にかわって「ダブル」という呼び方があるとのこと。私の芝居の知り合いにJDNさんという父親が日本人、母親が白人系アメリカ人という人がいた。十二年ほど前(1993)、また聞きで、JDNさんが「俺は血が足されている、ハーフではなくダブルだ」と言っていたと知って、皮肉屋のJDNさんらしい諧謔だと思ったのだが、家では英語をつかって生活しているだけあって(日本語も恐ろしく堪能でしたが)、時流にあった意見を述べただけらしい。

 私としては「ダブル」には違和感がある。「ハーフ」は半分に切っているからダメという意見が多いようである。「混血」が使われない理由は、血をまぜるという表記が、そもそも人種の違いがあることを強く意識させるからであろう。半分にしようが倍にしようが、「ダブル」も「ハーフ」も、「血」を操作した表現である点では「混血」とそう遠くない。ただ、一回英語をかますことで、その事実がかすんでいるだけである。

 「ダブル」に近い発想の日本語が実はあって、「合いの子」がそれにあたる。「合いの子」は、週刊文春編『徹底追求 「言葉狩り」と差別』(1994)が収録した(スッパ抜いたと称している)「大新聞『言い換えリスト』」では、「あいのこ」は「特別な場合以外は使わない方がよい」とされるBランク(ABCと三段階ある)の差別語である。「混血児」への言い換えを勧められている。今の「言い換えリスト」なら「混血児」も「ハーフ」になっているか。

 Wikipediaの「混血」には「動物に於いてこのように言われる場合は交雑種(雑種)ないしあいのこといい、家畜の場合は人間にとって都合のいい形質を作るために、人為的に行われる。 」とある。私の感覚でも「あいのこ」を使う場合は、「ラバがウマとロバのあいのこ」や、二つの機械の長所をとりいれて別の機械を生み出すときにいうなどである。洒落てはいるものの(江戸の戯作を研究してる私にとって洒落とはシャレ・ダジャレの言語遊技のことです)、人間には使わない。ちなみに「雑種」は英語では”Hybrid”。何でも英語にすればかっこうがよくなる日本語は便利便利(もちろん皮肉です)、ハイブリッドカーの正体は雑種車である。

「ダブル」を日本語に直すなら「ばいのこ(倍の子)」か。ふざけていると思うのなら、「ダブル」も同じぐらい私にとってはふざけている。また、英語圏で「ダブル」を使うからといって、日本語で「ダブル」を使わねばならない理由はまったくない。

 けっきょく、「ハーフ」の代わりに「ダブル」を使いましょうという運動・傾向が今後盛んになったとしても、私としては「ダブル」を使うのは、気持ち悪くて、絶対使用せよという法律ができない限り、まずやりたくない。「ダブル」にどうしてもしたいという人は、「ダブル」を広めるよりも「合いの子」を差別語ではないという見解を広める方が適当だと思う。

 先の「大新聞『言い換えリスト』」(1994)がよしとしていた「混血児」だが、堀田貢得『実例・差別表現 -糾弾理由から後始末まで、情報発信者のためのケーススタディ』(大村書店、2003)では、

 つい最近まで「あいのこ」は混血児を指す言葉で、侮蔑性が強いとして、「混血児」と言い換えるべきだとされてきた。または「ハーフ」と場合によっては呼称すべきとされていた。ところが二〇〇一年一月、NHKが放映したドキュメンタリー『アジア発見・日比混血児』という番組に対し、放映後、「コムスタカ」(移住労働者と連帯する会)という市民団体から、NHKに対して抗議がされたのである。「混血児という言葉は『純血』との比で差別性がある。混血児は『国際児』にするべきである。『ハーフ』という表現もイギリスにおいては差別表現、よって『ハーフ』は『ダブル』とするべきである」
 外国人との共生を標榜する人権団体「在日コリアン人権団体」や「全国朝鮮人(外国人)教育研究協議会」もこの主張を支持、すでに「国際児」「ダブル」という表現を使っている。国際化時代の新たな差別表現として配慮を必要とする言葉である。

としており、日本が島国であることや鎖国政策のため異民族との交流が少なかったことを理由にあげて、日本人にとって「民族差別の側面は難しい側面を持っていることを否定できない」としている。

 私としては「混血児」が差別的だという感覚はなかった。しかし、差別的だと、当人に抗議されたなら、考え込まざるをえない。「混血」が劣ってるという発想には「純血」が優位にあるという考えが土台にある。「混血児」に抗議した団体をみればよくわかる。「純血」のため圧力をうけていると感じている人たちが抗議しているのである。とはいえ、これを弱者のルサンチマンと片づけるのもすっきりしない。だからといって、ここで「混血児」をダメにしてしまうと、表現上の不具合が一気に増えてしまうので、そうもしたくないと二律背反の状態にある。

 なお「国際児」も私の感覚にはなじめない。『広辞苑』第五版で「国際」とは「 諸国家・諸国民に関係すること。もと『万国』とも訳され、通例、他の語の上に付けて用いる。」とされる。この「諸」がくせもので、二国に限った交流を「国際」とはふつう言わない。たとえば「日韓」「韓日」など、二国間の略称を冠につける。

 もちろん、いくつもの人種、国籍の血を受け継いだ人はいるはずで、そういった人のことを「国際児」というのは妥当なのかもしれない。しかし、両親で二つの国籍あるいは人種の場合が、「混血児」のなかで圧倒的に多いはずである。それなのにすべて「国際」とするのは無理がある。慣れの問題とも思えない。「彼はアメリカ人が父親で日本人が母親の国際児です」ぐらい、説明のともなった文章でなければ、納得はいくまい。

 また、すでに幅をきかせている語に「国際人」がある。英会話学校に通って「国際人」になろうとか、日本人ももっと国際的にならなければならないとかいう言説がある。ここでは、「国際」とは先天的な状態ではなく、ある時点で生み出される後天的な状態である。

 それに対して、Wikipediaが「混血(こんけつ)とは、何がしかの分類上に於いて、異なるグループ(種族・人種・民族等)に属する親同士の交配ないし性交の結果によって子が生れる事。またはその生まれた子を指してこう呼ぶ。」ように「混血」とは先天的なものである。

 「国際人」と「国際児」は実態が近いものなのだろうか。「国際児」が長じて「国際人」となるのか。いま、「国際人」という言葉が人口に膾炙している以上、「国際児」を広めるのは困難が伴うだろう。
 
 とりあえず名称については、より適当なものを模索する必要があるだろう。

補足:差別語特集もやっていると滅入ってくるので、もう打ち切りにしようかとも思うのですが、せっかく書いたのでいちおう載せることにします。ハリポタの話題にすぐはいるつもりが、「混血」が差別語かとの考察が長々と続いています。見返すとひどい文章です。「ダブル」や「国際児」への批判がかなり長くなりました。やや感情的になってしまったかもしれません。
 明日の文章は、逆接ではじまります。つっこみどころも多いかと思いますが、明日の記事を待ってもらえるとありがたいです。

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2006年2月20日 (月)

谷沢永一『冠婚葬祭心得』

 谷沢永一は健筆だが、良書と駄書の両方を残しており、その差の甚だしいこと、とても同一人物が書いたとは思えない。
 『冠婚葬祭心得』(新潮文庫、平成17.4。初出は新潮社、平成9.8)は、

 世には冠婚葬祭の手引き書が少なくありません。ただ、それらはこうこうすればよいのですよ、と親切に教える指南書です。
 しかし、この本では、もう少し踏みこんで、そういう幾つかの作法の根本にある、人間の気持に焦点を当ててみました。作法という形式に含まれている人間の気持はどういうものか、それがこの本の主題(テーマ)です。(「まえがき」より)

とあって、今ある作法やしきたりがどういった心情を背景になりたっているかまで説明している。作法やしきたりを形通り覚えても、それは虚礼になりやすい。根本から教えてもらえると、応用がきき、いざというときに自己で判断ができるようになる。谷沢永一の書いた本のなかでは、とびきりの良書である。
 題名は、『冠婚葬祭心得』だが、第一章「葬儀」、第二章「婚儀」と、葬儀の内容が先にくる。心に関しては、婚礼よりも葬儀の方が、「重たい」せいだろうか。
 それぞれの考察では、

 臨終は時に人を惑乱させる。その惑乱に何か意味を読みとる勘繰りはむしろ侮辱であろう。死は一切の消滅である。その瞬間にすべては無に帰する。死後に行われる葬儀その他は、死者とは関係のない空騒ぎである。それは生きている者にとってのみ意味をもつ行事なのである。(第一章「葬儀」、断絶)

 死者のためと称して行われてゆく葬儀をはじめとするすべての行事は、実は生者の側における必要に応じて、あれこれ考えだされたお祭り騒ぎにすぎない。それらのすべてあらゆる手続きは、世を去った人に格別の思いを抱いて嘆く者にとって、なんら本質的な意味を持つ救いとはならぬであろう。それゆえ混ざりけのない純粋な愛惜の情は、何人をも介しないひとり静かな沈思のなかで、反芻されるに留まるのが自然である。哀悼はあくまで心のなかの問題であって、いたずらに右往左往したところで何になろう。死者への酬いを心に決するところあれば、時いたるに及んでおもむろに気の済む計らいを致せばよいのである。(第一章「葬儀」、虚像)

と、谷沢調の筆致が冴えわたる。新潮文庫なら税別372円(初版本の値段)と高くないので、興味のある人は一度は手にとって損はない。世評の高い『人間通』などよりはるかによい。

補足:本の内容と、筆者の人格は別々に評価すべきであろうが、谷沢永一が知人の東大教授越智治雄が病気で再起不能であることを知りながら、学会で越智を名指しして批判する発表を行い、越智が反論できないまま病没したことを、あたかもおのれの弁舌に負けて憤死したかのごとく宣伝する本(『冠婚葬祭心得』のことではない)を出して、売文業の一助となしているのは、はっきりいってどうかしている。人間には、やっていいことと悪いことがある。谷沢の文章には、程度の大小はあれども、どこかにいやしさがある。それが谷沢の文章の香辛料になっていることは間違いないが、私はあくまでも感心しない。谷沢の文章に、興趣は感じても、酔うことは決してない。

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2006年1月29日 (日)

小説好き

 文学部の大学院にいる(いた)からといって、小説が好きとは限らない。研究室の先輩Tさんから、「何か面白い本があったら教えて下さいよ。ただし、小説は抜かして下さいね」と言われたことがある。Tさんは私と専攻する時代がまったく違うものの、同じく古典を研究している。古典の研究者はえてして、現代小説を読まない。
 私もそうで、先日旭屋書店で文芸の新刊本棚をじっとみてみたが、町田康の『告白』が手元にあるだけで、まったく知らない作家、知らない本ばかりである。
 小説好きというのは、おそらく文芸の新刊本をたくさん読み、現在の小説の傾向と特徴を熟知し、良作を見分ける目を持った人のことだろう。その点で、私は小説好きではない。古典を読む楽しみは現代小説から得る興趣とは少し違う気がする。

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2006年1月28日 (土)

読んでない本

 おそまきながら家の中を大掃除し、あちこちにちらかっていた本を整理し、いらない本は売り払うことにした。読んでいない本は一箇所にあつめ、優先して読んでいくことにしたが、数えてみると文庫と新書だけで三十六冊読んでいない。
 それを読むのに回す時間がないうちに、読みたいという気持ちが失せてしまったのがもっぱらの理由である。以前に比べて、通勤時間がないのも「積んどく(読)」本が増えた一因だろう。とはいえ、通勤で読む本は、通勤で読めるだけの本になってしまって、いきおいいらない新書を買ってしまっていたので、通勤時間で実のある読書をしていたとは、一概にいえない。
 読み進められない本の筆頭は小説である。小説はあたまから順にじっくりと読んでいかなければ筋が追えないので、時間がかかる。テクストとわりきって、途中から読む手もあるが、一回目の読書から好き勝手な箇所を読む人は少ないだろう。小説は放置される傾向にあるので、あまり買わないことにしている。
 溜まった本を消化しないと次の本を買わないと心に決めたのだが、三日目でさっそく破ってしまった。今は続々買っている。その後、市立図書館からも、何冊か借りている。本に関しては、私は相当な浮気性である。

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2006年1月 7日 (土)

読書の空間

 前日の続き。雑誌「男の隠れ家」(あいであ・らいふ)2006年2月号の質問のうち「気に入っている読書の空間」は、これを答えることが自己表出につながることを考えると難しい質問である。
 寝床・書斎・移動の乗物・山荘があげられるのはよくわかるが、とりたてて面白くはない。回答にトイレが意外と少ないのは、みんな気取ってのことか。
 そんななかで、山本一力(時代小説作家)が、

硬い椅子に座り、うまいコーヒーが手元にあれば、空間は問わない。柔らかい椅子だと身体が沈み、落ち着かない。

と答えているのは上手い。読むだけでなく、書くのも硬い椅子だろう。作風・外見からして、柔らかい椅子ではあわない。
 もっとも、この人の書いたものは雑誌のエッセイしか読んでいない。あとはテレビにコメンテイターとして出演していたのを見たぐらい。売れているようなので面白いのだろうが、『深川黄表紙掛取り帖』(講談社文庫、2005・11)なる小説が「元禄バブルの厄介事を若い四人がスカッと解決」という帯で売られているのをみると、考証面にはかなりの不安を感じる。

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2006年1月 6日 (金)

今までで最も面白かった本

 正月のつれづれに肩のこらないものでも読もうかと雑誌「男の隠れ家」(あいであ・らいふ)2006年2月号を買ってきた。特集は「156人の384冊」として、「2005年、最も印象的だった本」「今までで最も面白かった本」「気に入っている読書の空間」の三つを知識人を中心にきいたものである。
 こういった企画をやると、かならずそういったものは決められないと答える人が出てくる。最も面白かった本あるいはベスト**など決められないものをあえて決めるところに、お遊びとしての面白さがあるのであって、答えられないなら引き受けなければよいといった憤りを、唐沢俊一のホームページ裏モノ日記で読んだことがある(新聞書評の評者に対してだった)。
 唐沢俊一の怒りはもっともだが、そういった「困ったちゃん」がでてくることは編集者にとっておりこみずみのことなのだろう。答えられないというのなら、編集者の判断で外してしまえばよいのだから。むしろ、カラオケボックスに行きながら、いや私は絶対歌いませんといった不粋な人間を許容しないとかえって場がしらけてしまうように、読んだ本の最善を決められない人間をも含めてやるのが企画として幅が広くなる。
 ちなみに決められないと答えているのは田中優子(法政大教授)・四方田犬彦(明治学院大教授)・大森一樹(映画監督)。利口ぶった受けこたえをしている自分たちが実は晒し者だと理解できているか。その点、塩田丸男は「『一番面白い』なんて注文はムリですよ。」といいつつ、「強いていうなら三好達治『諷詠十二月』(新潮社)」ときっちり答えている。答える答えないは、売文が生活を占めている割合の違いによるのだろう。
 「今までで最も面白かった本」への回答は、純粋に娯楽としての絶対値が大きいことではなくて、回答者の個性をふまえて、いかにも影響をいそうな本が選ばれることが好ましい。
 紀田順一郎の「今までで最も面白かった本」が永井荷風『摘録 断腸亭日乗』(岩波文庫)なのは、さすがに読書家だけあって、この手の質問への回答は手慣れた感じ。わざわざ岩波文庫を選んでいるのも、啓蒙家としての自分のニンを知っている。書誌学者林望が「今までで最も面白かった本」に『源氏物語』をえらび、「ただし面白いのは原文のみ」としているのも、いかにもである。
 テリー伊藤の「今までで最も面白かった本」が堀江謙一『太平洋ひとりぼっち』であることや、乙武洋匡の「今までで最も面白かった本」が沢木耕太郎『彼らの流儀』であるのは、聞けば納得で、こういったちょっとしたことでも、自己表出に長けた人たちは違うのだと感じる。
 ついでに書いておくと、「今までで最も面白かった本」の回答をそのようにうがってみているので、他人があげているからといって、自分も買ってみようという気にはほとんどならない。今回でいえば、雑誌にあげられた384冊の内、持っている本読んだことがある本を除いて、長尾みのる(イラストレーター)が「2005年、最も印象的だった本」に選んだ礫川全次編『左右の民俗学』(歴史民俗学資料叢書、批評社、2004・10)だけが興味をひいた。
 中学生が「今までで最も面白かった本」ときかれて、ハリポタだよ答えてしまうように、娯楽として面白い本をあげているひともいる。夏目房之介の『指輪物語』や林文子(ダイエー代表取締役会長兼CEO)の吉川英治『宮本武蔵』がそうである。こういった回答ができるひとは、かえって心の直ぐな人だと感じる。
 『東大教師が新入生にすすめる本』(文春新書、2004・3)では、小説をあげている人が理系に多く、文系とくに文学系では小説はすくなかったと思う。小説への感動を素直にいうのは勇気がいって、なまじ文学系にいると、「ええっ、あんな本で喜んでいるの!?」といった他人の批判がこわくて、娯楽性の強い小説はあげられない。なお、『東大教師が新入生にすすめる本』だが、理系の先生の選んだ本には、かつては名著だったけれども、文系ではもうダメと烙印がおされている本が多くあって、真に受けては危険である。
 さて、他人を批判するばかりでなく、私もこの遊技に乗じてみよう。「今までで最も面白かった本」だが、性格に影響をあたえたという点で玉木正之『プロ野球大事典』(新潮文庫)をあげておく。「気に入っている読書の空間」は簡単で、これは寝床。「2005年、最も印象的だった本」がちょっと難しい。縛りはないが、自分としては2005年に出された本を選びたい。岩波書店「落語の世界」三部作をあげたいが、これは2003年の出版。面識のあった中込重明の絶筆『落語の種あかし』(岩波書店)も出版は2004年(もうそんな昔か)。洋書のハリポタをあげて、洋書も読めるぞと自分を誇示したいが(実は生涯で読んだ二冊目の洋書)、「面白い」ではなくて「印象深い」なので、小説本でないほうがよいか。大先生(師匠の師匠)にもらった本(2005年12月31日の記事参照)はいろいろな面で印象深いが、私の素性をふれてまわるようなものなので、書名が出せない。うーん、でもしょうがない。大先生の本としておこう。

補記:2006年1月22日の産経新聞(センター試験国語のため買いました)の「この本と出会った」で夏目房之助はカスタネダ『未知の次元』をあげている。現在では文化人類学者カスタネダの著述は創作だとの評価が固定されているが、それは承知らしく「フィクションに過ぎないといわれた。僕もそう思う。が、フィクションにしてもよくできていて、そこに出てくる挿話と『教え』には三十代の頃ずいぶん影響をうけた」とあげている。「男の隠れ家」の「最も面白かった本」が『指輪物語』で、『未知の次元』を温存しているのは、欄がせまくて誤解のない説明できないのもあるだろうが、したたかさを感じる。いや、それでも『未知の次元』をあげたところは、心が直ぐなことのあかしなのか。
 

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2005年12月31日 (土)

本の装丁

 私の大先生(師匠の師匠)よりご本を頂戴した。ある広報誌に連載していた随筆を集めた本だった。普通なら、お手紙でお礼を申し上げるところなのだが、たまたま電話する必要があって、電話でお礼を述べた。電話をかける前に、妻がその本を見た。妻は一年のうち、新聞一回分の活字も読まないのだが、本を見て、綺麗な本ねと言った。電話で、内容はまだこれから読むとして、本の装丁が綺麗だと伝えると、装丁には大変凝ったのだと、喜ばれた。
 本の大きさは四六判で、カバーは光沢のある白と光沢のある臙脂色が使われ、大先生が知り合いの先生から借りだした俳書の絵があしらわれていた。カバーを外すと臙脂と白の二色刷で、カバーとはまた絵柄が異なる。見返しは鶯色で、本文をかこむ罫線も同じ色だった。はなぎれも似た色を使っている。全部で百六十七頁なのだが、大先生知り合いの画家の絵が五葉ところどころに挟まっている。
 一頁につき、四百字で、さらに俳句が一句附けられている。古典籍をひきつつ、現代風俗を評しているのだが、語り口がなめらかで読みやすい。
 百聞は一見にしかずと、本をデジタルカメラで写して、ブログに貼りつければよいのだが、私が何者か大手を振って明かせる日までいましばらくご辛抱いただきたい(くるとは全く保証できないが)。
 なお、その本は、近頃経営危機の噂が流れたある零細出版社から出された非売品である。
 私のブログのデザインを見てもらえばすぐに理解できるだろうが(このころは灰色の「モノトーン」を使っていた)、私は本の装丁にほとんど関心がない。
 しかし、いただいた本をじっと眺めていると、あることに気がついた。非売品のためISBNコードやバーコードがないのだが、それが装丁の美しさの一因となっている。ISBNコードやバーコードは世の装丁家たちを悩ませ、苦しめているのは間違いあるまい。
 ISBNコードやバーコードが本の流通に役に立っていることは明白なので、ない方がよいとは、私は言わない

 ISBNコードやバーコードのない本は、昔の本を探せばあるが、新刊でそういった美しさを味わいたいのなら、谷沢永一『自作自注最終版 紙つぶて』(文藝春秋、平成17・12)を推す。ISBNコードやバーコードは、本文だけで九百四十一頁の大著をつつむボール紙のみにあり、本自体にはISBNコードやバーコードは一切ない。白と黒のみのカバーだが、気の利いたレイアウトになっている。カバーはクリーム色だが、本体の表紙は白である。凹凸のある紙を使っているところは共通している。本体はカバーと違って、谷沢美智子の筆で薄田泣菫の詩が引用されている。
 なお、私は、谷沢永一の本を数冊読んでいるが、『紙つぶて』は初めてである。私がブログに書いた内容と似たものもある。同想なのは誇って良いのかもしれないが、筆致が歴然と異なる。これについては、記事をあらためて、いずれ解説したい。

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2005年12月29日 (木)

子どもの本と飛行機

 十一月の旅行では、行きも帰りも日本航空を利用する必要があったにもかかわらず、息子は「ANAブーン」に乗るといい手こずらされた。バスでタラップ車まで移動する必要がなかったこともあって、JALの飛行機なのに、いまANAブーンに乗っているよと嘘をついてごまかした。息子が「いまANAブーンに乗っているよね」と何度もくりかえし、ああそうだよと相づちを打っていたので、かなり親切にしてくれた客室乗務員さんたちには悪いことをした。
 絵本や図鑑に出てくる飛行機は日本航空よりも全日空の方が多い気がする。うちにある本ではそうである。ポケモンジェットがあるように、全日空は子どもをひきつける作戦をとってるのだろうか。
 日本航空も負けずになにか考えて欲しい。
 なお、独身の頃、飛行機最後尾付近に乗った際に、そこに集められた泣き叫ぶ子どもたちに閉口した。大垣夜行で、寝ない子どもに苦しめられたこともあるが、「NO CHILD SEAT」があればいいのにと思っていた。因果は巡る糸車。いまは周りの人たちにただただ済まなく思うばかりである。

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2005年12月15日 (木)

藤本正行『信長の戦争 -「信長公記」に見る戦争軍事学』

 藤本正行『信長の戦争 -「信長公記」に見る戦争軍事学』(講談社学術文庫、平成15・1。原本は『信長の戦争軍事学』JICC出版局、平成5・2)は、講談社学術文庫に入っているように、ありがちな戦国時代本とは一線を画している。桶狭間や長篠合戦にまつわる伝説を、資料を駆使して吹き飛ばしていくのが見事であるが、それ以上に序章「太田牛一と『信長公記』」で異本を整理して、本文の成立過程をただしているのには感銘を受けた。
 資料の収集から翻字をして最終的に異本の校合をするまで、かなりの労力を費やしたことが容易に伝わるからである。
 戦国時代好きの人はもとより、書誌学とは何か知りたい人にもお薦めである。
 なお、本の内容と関係のないが、平成四年十一月二十七日付「結びにかえて」の次の一項には驚いた。

筆者の語った未発表の研究を、先に活字にしてしまった方がいるが、それらの研究について本書では、発表順序の先後に関係なく、筆者自身のオリジナルとして執筆した。

 「語った」の程度が学会発表なのか、普通の会話なのかで、かなり異なるとはいえ、先に活字にされてしまうと普通はおしまいである。いくら、自分が考えていたと言っても後の祭りにすぎない。
 私が知っている研究者でも、ネタをとられたことがあるので、人前では大事なことはいわないことにしていると言っている人もいるぐらいである。
 泥仕合にもならず、講談社学術文庫に収められたということは、筆者の正義が通ったことなのだろうが、自分がもしそのような立場におかれて、「自分こそがオリジナル」と言い切れるかは自信がない。
 

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2005年12月 3日 (土)

ちくま日本文学全集

 ちくま日本文学全集全六十冊は、平成三年だか平成四年だかに刊行がはじまった。毎月二冊ずつが配本され、初回は芥川龍之介と寺山修司だった。文庫版だが、安野光雅が表紙を描き、ボール紙の本体でなんとも感じの良い本だった。ちなみに、その後寺山修司にハマるきっかけともなった。
 一冊千円ほどだったので、姉に千円ずつ出し合って買わないかともちかけたが、断られたので一人で買い続けた。大学に入ってからも、ぼつぼつ買い続けて、全六十冊のうち四十冊ほど買ったのではないかと思う。大学院の修士一年生のころに、池袋サンシャインの古書展で、全六十冊揃いが二万円ほどで売られていて、残りの全冊を新品で買うのとほぼ同じだったが、金欠と、重複するのがいやで買わなかった。その後、めっきりとちくま日本文学全集を本屋で見なくなったし、バラ売りを古本屋で見ることも少なかったので、買っておけばよかったと後悔した。
 大学院での近代文学の演習で、このちくま日本文学全集を底本として発表した大学院生がいた。そのころ近代文学を担当してたN先生は、「こんな本は、OLが教養を得るために買うような本ですよ」と言った。
 前回の引っ越しの手伝いに来てくれた、近代文学を専攻する畏友K君に、ちくま日本文学全集を指し示しつつ、その話をしたところ、「OLはそんなもの読みませんよ」と言ってくれたものの、底本がはっきりしませんのでと、ひきとりはやんわりと拒否された。
 けっきょく、新居では置き場がないので、泣く泣くブックオフにちくま日本文学全集を送った。
 もし、研究書のたぐいを処分して悠々と余生を過ごすようになったら、ちくま日本文学全集をまた手元に置き、それを読んで過ごしたい。

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2005年11月30日 (水)

岡本綺堂の緊張と緩和

 岡本綺堂が、「修善寺物語」を書いた劇作家であり、銭形平次より暗くて人気のでない半七捕物帳の作家であり、江戸時代の考証家であることは知っていた。ちくま日本文学全集の岡本綺堂は読んでいたし、考証ものの『風俗江戸物語』(河出文庫、昭和61。初出は大正11)も持っている。しかし、私の中で岡本綺堂はとりたてていうべきほどの人物ではなかった。
 最近、『綺堂随筆 江戸の言葉』(河出文庫、平成15。大正2~昭和14までに書かれた文章のアンソロジー)を読んで驚いた。文章がうまい。岡本綺堂は人を没頭させる文章を書いている。以前、文章のメリハリについてこのブログに書いたが、岡本綺堂の文章の良さは、メリハリというより、故桂枝雀師が落語の本質としてとなえていた「緊張と緩和」にある。
 『江戸の言葉』に収録されていた「鯉」という話を例にとってみる。

 1.みんなで川魚屋に入る。(平穏)
 2.梶田老人だけ鯉を食べない(緊張)。その理由を話し出す。
 3.四尺の鯉がつかまる。大勢でどうするか話し合う。(やや緊張)
 4.旗本の次男桃井弥三郎と常磐津の師匠文字友が出てきて、鯉を買って食べることにする。(さらに緊張)
 5.弥三郎が鯉を殺そうとする(緊張頂点へ)。
 6.そこへ通りがかった札差和泉屋が金を払って助けようとする(緩和)。
 7.助けたものの、すでにある傷で鯉は何日か後に死ぬ(緊張)。
 8.最初に鯉をつかまえた者たちが病死する(さらに緊張)。
 9.和泉屋は鯉のために法要をする(緩和)。
 10.弥三郎は悪事をはたらき、お尋ね者になる(緊張)。
 11.ある家の二階で鯉のぼりに隠れて難を逃れる(緩和)。
 12.ところが、弥三郎は鯉のぼりの中で窒息ししていることがわかる(かなり緊張)。

と、緊張と緩和を交互に出すことで、読者の心を惹きつける。
 なに、怪談話だから当然というなかれ。綺堂の文章の基本は怪談である。今回、『江戸の言葉』の巻末年表で知ったが、綺堂は怪談のアンソロジストであり、また実作者である。だからこそ緊張と緩和がどの文章にもうまく用いられる。
 『江戸の言葉』から随筆「自作初演の思い出」をとりあげると、

 1.歌舞伎座の専務井上竹三郎に頼まれて、條野採菊・岡鬼太郎と三人で新作歌舞伎を頼まれる。(緊張)
 2.なんとか書き上げて歳末に渡す(緩和)。
 3.暮れの二十七・八日にもなって歌舞伎座に呼ばれる(すこし緊張)。
 4.座付作者竹柴某(竹柴其水のことか)が第三幕を全部書き直すように命じる(緊張)。
 5.やめるか迷うが岡鬼太郎と二人で三十分ぐらいでその場で書き上げる(緩和)。
 6.竹柴某がきて、番付のカタリを書くように命じ、断っても受け入れない(緊張)。
 7.意地を出して書き上げる(緩和)。
 8.綺堂は書いていた途中の戯曲をお蔵入りにしてしまう(やや緊張)。

と展開する。読者は、緊張を与えられて、ほっとしたところに、さらに災難がくるので引き込まれてしまう。
 岡本綺堂の文章術は示唆に富む。

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2005年11月21日 (月)

これをビジネスに適応すると

 羽生善治『決断力』(角川oneテーマ21、平成17・7)を読んだ。新書版であり、ちょっと見たところ、とても面白そうには見えなかった。
 しかし、ネットで羽生善治の

将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれたということだと思います。でも、その高速道路を走り切ったところで大渋滞が起きています。
http://blog.japan.cnet.com/umeda/archives/001909.html

という発言を読んで、それならと、『決断力』も読んでみる気になったのである。
 実際読んでみたところ、内容はまあまあ。同じ羽生善治のものなら『簡単に、単純に考える』(PHP文庫、平成16・10)のほうがよい(金出武雄との対談がよかった)。
 『決断力』で気になったのは、将棋の教訓を、ビジネスをはじめ、その他に応用しようとした箇所が顕著なことである。将棋界でもっとも多忙な羽生善治が、ゴーストライターを使って、この本を書いたことは明白で、ゴーストライターがおそらく付け足したのだろう。しかし、「将棋だけに限らない。ビジネスや広く人間関係においても、気持ちの差は大きいのではないだろうか。」(48頁)といったような、「将棋にかぎらず」「将棋だけに限らない」といった文句が頻出したのには閉口した。
 私が聞きたいのは将棋の話である。それが他にどう応用できるかは、私が考えれば済むことである。これは、他の読者にとっても同じだろうと思っていた。
 ところが、最近になって、近現代の戦史を研究した本について、アマゾンの読者評に「ビジネスへの適応は難しい」(星三つ)というのがあって仰天した。
 学問は学問のためにある。事件や事象をきちんと分析して、ちゃんとした説明がついているかが大事である。分析の結果がビジネスに適応できようができまいが、それが評価の基準にはなるまい。
 また、なんとも思っていなかった言葉が、経験を経た上で、その重みをかみしめることがある。この場合、あらかじめ決まった解説が用意されていても、身に沁みないものだ。自分の経験がその言葉を自分の血肉にすることが大切であろう。。
 しかし、世の中の趨勢はそうではないらしい。野村克也『野村ノート』にも(かつての野球本よりずっとましだが)、野球以外への応用を述べた文章があるのも仕方がないことか。

補記、それではこの文章をビジネスに応用します。社会人向けの新書を読んで拾い物の教訓を得たいと思っているようなビジネスマンはせっかちで、しかも頭が悪いので、そのようなビジネスマンの部下に上司が教訓を伝える際には、事象を単純化して、ビジネスに即応用できるようなことを言わねばならないということです。ぽっぺん。

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2005年11月17日 (木)

三島由紀夫と刺青

 松田修著作集第四巻「三島由紀夫華文学の死想」の中込重明による解題(756・757頁)では、松田修が毎日新聞(昭和47.5.10)「私の新刊」に次のような文章を書いたという。

「三島由紀夫は割腹自殺します」と八、九年前親交のあるドナルド・キーン氏にひそかに語った。自己顕示欲の強い作家が、肉体美を誇示したあとの行動は、刺青か切腹しかない、という算術的な判断にもどづくものだった。

これについて、中込が松田から聞いた話が補われる。

三島が死を避ける方法は二つ。一つは、三島が自分の作品をグロテスクによりグロテスクにそめあげてしまう方法。そして、もう一つは、自分の体に刺青をいれること。

 このことに関して、最近面白い本を読んだ。秋山真志『職業外伝』(ポプラ社、平成17・3)は、澁澤龍彦の『三島由紀夫おぼえがき』に三島に刺青願望があることをひきつつ、三島が自決のひと月前に彫師中野長四郎のもとにやってきたことを紹介している。三島は見学ののち、一人で中野のもとを尋ね、断られたのちも何度も電話で頼み込んだという。
 秋山真志によれば、飯沢匡に三島と刺青とマゾヒズムについて書いた本があるという(題名は示されず)。松田修が、飯沢匡の本を読んで、先述の発想をしたのかもしれないが、そうでないとすれば、三島と刺青を結びつけたのは、松田修の炯眼だといえよう。

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2005年11月15日 (火)

古本屋の客としての私

 近所に、絶版文庫や文学書などを揃えた、わりあい頑張っている古本屋がある。私は、月に二三回は立ち寄り、今まで『続燕石十種』三冊や江戸川乱歩『探偵小説四十年』(沖積舎、平5)などを買っている。私としては、その古本屋の上客のつもりだった。
 ある日、私が本を物色していると、帳場から「一万円になります」という声が聞えてきた。一万円の本を買う客はどんな人物なのか、そっと覗いてみると、何の変哲もない中年男性がポルノのビデオを買っていることがわかった。
 その後、注意していると何回か、そのようなビデオの大口客を見かけた。いっちゃぁ悪いが古本屋に置いてあるポルノビデオは古色蒼然としていて、そんなもの見て楽しいかと疑問に思うのだが、そういったビデオを買う客がその店では上客で、店の経営を支えている。
 毎回の買物で古めの中公新書や岩波新書を二三百円で買ったり、井上ひさし『手鎖心中』が二冊百円の棚で見つかったと喜んでいる私のような客は下の下の客だと気づいてしまった。とはいうものの、こればかりはどうしようもない。

補記、このあとに、その古本屋で買った舞台監督協会が出している雑誌について書こうとしたのだが、購入後五ヶ月ほどして探すと、見つからない。家の中の整理がつかなくなっているのはわかっていたが、落ち込む。
 

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2005年10月31日 (月)

文字禍

 中島敦に『文字禍』という短編小説がある(最近ではネットの青空文庫でも読める)。小説の最後では、文字の霊の災いをしらべた学者が、地震により落ちてきた文字の書かれた粘土板によって圧死する。
 私にとって、この最期はなかなか洒落にならない。現在、私のすぐ左側は、六尺たけの本棚のさらに上に、カラーボックスと業者がよぶ小型の本箱が二つ積み重なって天井まで届いている。それらを固定するものはないので、大地震がくれば私の上に箱ごと降ってくることになる。『歌舞伎細見』・『日本随筆索引』正続・高木元『江戸読本の研究』などが頭の上に落下すれば、助かりそうにない。
 もし、助かったとしても、部屋の一番奥にある私の机から部屋の出口まで、本と本棚がひっくりかえるわけで、部屋の中央にも本棚が立っていることもあって、部屋から脱出できるとも思えない。家人には、地震があったら見捨てるようにいってある。ちなみに地震保険はもとより生命保険にも入っていない。

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2005年10月25日 (火)

玉木正之『プロ野球大事典』

 私の高校時代の愛読書に、スポーツライターの玉木正之の『プロ野球大事典』(新潮文庫、平成2・3)がある。事典であるが、文庫本である。「悪魔の辞典」調の皮肉がきいた内容で、ひょっとしたら私の皮肉屋の気質を助長させたかもしれない。
 高校卒業後も長い間大事にしていたのだが、五年ほど前にアメリカの大学院に留学する野球好きの後輩Mへの餞別に、ほりのぶゆきのマンガ『荒川道場』とともに渡したのだった。

 先日、ブックオフで『プロ野球大事典』を百円で買った。この本も初版だった。私は『プロ野球事典』を本の小口が黒ずむほどに読んだのだが、ブックオフで買った本は、ブックオフ名物の本削りのせいか、ほとんど読まれた形跡がない美本だった。

 平成二年の刊行であり、選手はすっかり世代交代しているが、内容は少しも古びていない。玉木調にいえば、プロ野球界の変わらなさを示していると同時に、プロ野球がどの時代にも通じる普遍的な面白さを持っているという証しであろう。この本の面白さを伝えるためにいくつか項目を紹介しておく。

 まず、「えいきゅう【永久】」から、

長嶋茂雄は、現役を引退するときの挨拶で、「わが巨人軍は永久に不滅です」といったのであり、「永遠に」とはいわなかった。ところが、この名セリフがあらためて紹介されるときは、なぜか必ずといっていいほど「永遠に」と誤って引用される。「永遠」という言葉は、ニーチェの「永遠(永劫回帰)」、ライプニッツの「永遠の心理(ママ)」、のように、形而上の問題を語るときに使われる場合が多く、一方、「永久」という言葉は、「永久機関」「永久気体」「永久選挙名簿」といった具合に、形而下の問題を語るときに用いられる。したがって、「永久に不滅」といった長嶋茂雄は、「たとえわたしがいなくなっても、巨人というチームは勝ち続けますよ」と、ジャイアンツに対して気配りをしたのだった。が、「永遠に不滅」と思いこんでいるファンは、「長嶋茂雄のいたジャイアンツは、われわれの心のなかで、いつまでも生き続けている」と解釈しているのである。

 「永久」を「永遠」として引用する間違いは『逆境ナイン』の初版にもあるが、よく目にし、耳にする。普通に考えれば、世人が耳慣れない「永久」ではなく「永遠」と混同しただけの話である。ところが、それを語義を追って鮮やかに分析するのは見事だ。

 次は、「オリンピック【Olympic】」から

一九九二年のバルセロナ大会から、ベースボールがオリンピックの正式種目になった。となると、サッカーやテニスと同様、早晩、プロの参加問題も話題にされるだろう。日本のプロ野球のレベルがはっきりと認識されるのは、そのときである。

 重ねて言う。この本は平成二年の出版である。この項目は、高校生の頃はほとんど意識していないものだったが、今となってはプロ野球界にとって切実な問題で、玉木の予言が当っている。

 『プロ野球大事典』は皮肉が利いた内容が多いが、そのうち短いものを紹介する。「鬼コーチ【鬼coach】」では、

野球に対する理念や、野球技術に対する理論を何も持ち合わせていないため、怒鳴ってばかりいるコーチのこと。

とある。体育会系の無意味な精神主義、根性主義は玉木の嫌うところである。

 また、平素より公共の娯楽であるはずの野球が企業のために奉仕させられることに玉木は不平をとらえており、球団名がよく話題になる。「きょじん【巨人】」から抜粋すると、

<阪神、大洋、中日、広島、ヤクルト>と呼ぶなかで、<読売>と呼ばずに<巨人>といっている。この呼称が、すでに巨人の地位を特別なものであるかのごとき幻想を、ファンに与えているといっていいだろう。マスコミが、ジャイアンツ、タイガース、ドラゴンズ……と、球団名をニックネームで呼び記すようにすれば、それだけでも印象はかなり変わるに違いない。

 玉木の主張が通ったのか、ニュースステーションではある年から、ニックネームで球団名をいうようになった。私も、それにならってヤクルトと呼ばずにスワローズと呼んでいたのだが、最近はそれほど気をつけなくなった。名称に固執するほど、私を熱くさせるものがプロ野球になくなったのである。

 それでも、福岡ソフトバンクホークスには買収の際に、名称が福岡ホークスとなることをわずかながら期待していた。「東北」楽天ゴールデンイーグルスにもがっかりである。ホークスは、九州にあるので「福岡」とあっても長崎出身の私は自然に応援する。もし九州**ホークスとついていれば、かなりゲンナリする。東北のファン、特に仙台のファンを馬鹿にしすぎだと思う。それに広告費の名目の親会社の補填なしに、球団経営だけで黒字するつもりなら「楽天」や「ソフトバンク」はいらないだろう。
 最近、横浜ベイスターズがUSENに買収されるという話が出ているが、間違っても横浜USENベイスターズなんて名称になってほしくない。広島とて然り。松野大介が「笑芸人」のコラムで、ニューヨーク・ヤンキースがペプシコーラ・ヤンキースという名称だったら誰が応援するのだと書いているが、そういったことを球団関係者は考えて欲しい。
 
 閑話休題。平成二年三月が『プロ野球大事典』の刊行年であることは、少し惜しい。平成二年のシーズンより奪三振という魅力をもった野茂英雄があらわれた。野村ID野球と古田敦也の登場も平成二年である。これらはもちろん言及されていない。平成四年に入団したイチローが平成六年には大ブレイクするが、この不世出の名選手についてコメントがないのも時期からして当然とはいえ、何と評するか『プロ野球大事典』の論調で聞きたかった。

 実のところ、私は玉木正之がとても好きだというわけではない。コメンテイターとしてテレビに出ているときは、いやみたらしくて嫌いだ。著書の内容も、理想が先走ってしまうことが多い。『プロ野球大事典』の後、Jリーグにすりより、その後はラグビーの平尾にすりよったが、そのあたりはうまくいかなかったように感じる。

 『プロ野球大事典』では、記録の神様宇佐美徹也のデータ、沢木耕太郎の初期のスポーツノンフィクションが多く情報元になっている。また、のちのちはやらなくなってしまった(球団にけむたがられてできなくなってしまった)玉木自身のルポが多く使われている。そのため、理想論に傾きがちな玉木としては、きわめて絶妙なバランスで仕上がっている。『プロ野球大事典』は玉木正之の一番の著作だと思っている。

補記、長いので一行あけを多くしてみました。

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2005年10月23日 (日)

変わらないことに意義がある

 生徒に読書を勧めると、角川スニーカー文庫のようなライトノベルではダメかと聞かれることがたまにある。大塚英志のように分析的に読む手もあるが、けっきょくはどれも基本構造がほとんど一緒だから数を読んでも意味がないよ、と答えていた。 だが、ライトノベルの読者にとって大事なところは、どれもさほど変わらないというところにあるのだと気づいた。コカコーラの味を知っているからといって、二度とコカコーラを飲むことがないかというと、そうではあるまい。よく知っているから、読むのではないか。ライトノベルの内容は、それほど変わらないことに意義がある。 日本に持ってくる韓流ドラマもようやくネタ切れで、ひといきついた感があるが、韓国の映画・テレビ関係者は、『四月の雪』のように今までと違った路線を打ち出すのではなく、くどく同じ路線を続けた方がよい。『天国の階段』は露骨なまでの『冬のソナタ』の「パクリ」だったが、それと同じように、第二・第三の『冬のソナタ』を作ればよいのである。物語構造が同じでも、好きな人は何度でもそれを味わえるし、またそれを期待している。 

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2005年10月22日 (土)

畢竟サムライ・フィクション

 『SF サムライ・フィクション』(中野裕之監督、1998)という映画がある。布袋寅泰の出演が話題になったが、その他風間杜夫、夏木マリ、吹越満、谷啓、緒川たまきらが出演しなかなか豪華である。私は三原橋の下にある銀座シネパトスで観ている。
 御家の宝刀の紛失をめぐる時代劇なのだが、内容以上にこの題名が秀逸である。時代劇はいくら考証をしっかりしても、史実に忠実にはできないからである。嘘だと思う人は、時代考証の大家三田村鳶魚の『大衆小説評判記』や『時代小説評判記』を読めばよい。この本は、江戸時代小説を書く人の必読書である。
 島崎藤村、吉川英治、直木三十五、菊池寛、大佛次郎、白井喬二、長谷川伸、林不忘、中里介山、子母澤寛ら時代小説の大家が、完膚無きまで叩きのめされている。この本を読んだ後では、疵のない時代小説を書くなど不可能ではないかと思うようになること間違いない。
 言葉づかい、職制、身分意識、当時の人たちの思想、生活様式など隅から隅までつつきまくっているのだが、鳶魚が気にしているのは、身分意識である。江戸時代は身分階級がはっきりしているので、下のものが上のものに不敬な振る舞いをしたり、不遜な言葉を使うのはもってのほかということになる。
 直木三十五『明暗三世相』について

三回のところで婆さんが、お紺のことを「奥様」といつてゐる。二回にも「奥様」はありますが、妾のことを奥様といふやうなことは、江戸時代には決して無い。それから又お紺の心持を書いたところに、「ほれた同志で一所に成るのが、何故、いけないんだい」とあるが昔の妾といふものは、惚れたの腫れたので妾になつたのではない。妾として抱へられた家来なのである。かういふことも江戸時代といふものを知らず、武家の生活を知らず、すべてが階級仕立であつたことを知らないから起るので、何程作者が無知であるかといふことを暴露するものであると思ふ。

というのが好例である。
 江戸時代は儒教思想に基づく身分社会なのだが、この儒教思想を誰もが守っていれば、何も事件は起らない。君主が暴虐をなさず、家臣が謀叛の心をもたず、娘は大奥に慫慂として向かい……とあれば、どこにも小説のタネは拾えない。
 このあたりは、鳶魚がいうほど厳格に適応しなくてもいいのではないかと思っている。
難しいのは言葉づかいで、吉川英治『宮本武蔵』の批評では、

一方農民などの言葉を見ると、「今こつちへやつて来るだぞ」といふ調子になつてゐる。言葉の姿をうつすなら慶長度の農民の言葉がどんなであつたか、といふことを考へて見なければなりますまい。江戸の半以後の、然も落語などによく用ゐられてゐる田舎言葉を、どこでも構はず用ゐるといふやり方は、一通りの吟味をしたものとは思ひにくい。

とある。慶長から慶応に至るまで267年だから、江戸時代といっても千差万別である。言葉づかいの批判は鳶魚がよくするのだが、ではどういう言葉づかいをすればいいのか書いていないのがきわめて惜しまれる。
  
 ほとんど不可知の領域はともかく、時代小説を書く人には、調べればわかることはちゃんとやってほしい。職制は「武鑑」を読めばよいし、地誌は「名所図会」や古地図を見ればよいし、さらにはそういったものを解説した本もたくさん出るようになった。ない職名、ない地名を書くのは、現在ではかなりの恥である。
 江戸時代の生活もかなり詳しく解説されるようになった。そういった本をたくさん読んでいれば、鳶魚が批判している、宮本武蔵がそばを食べていたり、お杉婆さんが提灯をもっていたりといった過ちや、自身番、辻番、木戸番を混同する危険性はかなり減るだろう。
 とはいえ、このあたりも味つけが難しいらしく、池波正太郎が、木戸があるので夜中にむやみに出歩けないことや武士が勝手に旅をすることはできないことは知っているが、守らせると小説にならないといった趣旨の文章を読んだことがある(出典なんだったかなぁ)。
 結局のところ、江戸時代のことを小説にしても、畢竟サムライ・フィクションにならざるをえないのである。作者が知ったかぶりをしている時代小説よりも、映画『SF サムライ・フィクション』や町田康『パンク侍、斬られて候』といった、虚構とわりきってわれわれに馴染みのある時代劇の味わいを追求した作品に、私は好感を持つ。

 先日、J・P・ホーガンの『星を継ぐ者』を探しに行った際に(なかった……)、早川文庫の宮本昌孝『もしかして時代劇』(1988)が復刊されていることに気がついた。内容を思い出すのにしばらく時間がかかった。読んだのは高校生になるやならずやといった頃だが、その融通無碍な時代小説のあり方に、酔うような心地よさを感じた気がする。江戸時代への好印象を与えた点で、今の私に影響を与えているのかもしれない。
 が、かつての読後感を壊すかもしれないのが怖くて頁を開くことができなかった。私はいらんことを知りすぎたのである。

補記
 私が読んだのは、『大衆文芸評判記』(汎文社、昭8)、『時代小説評判記』(梧桐書院、昭14)の、平成十年に出された沖積舎の復刻版である。ジュンク堂書店の自由価格本コーナーで、それぞれ定価5040円(税込)のところ、各1300円で買いました。

 『もしかして時代劇』は早川文庫にあるのが不遇である。タイムスリップがあるとしても、『もしかして時代劇』は現在の感覚ではSFよりも時代小説である。早川文庫は、時代小説が好きな人は、まず意識しない。それにしても、裏表紙の紹介文(アマゾンに載っている内容説明とほぼ同じもの)はもっと書きようがあったろうに。売り上げに貢献しているとは思えないのだが。
 

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2005年10月21日 (金)

読まれざる書物

 もう五年ほど前になるが、ある夜、ある大学の医学部附属図書館の書庫にいた。実験教室を改造したのか、ところどころに流し台がついていた。油断して出窓に座るとべったりと埃がついた。世間から隔絶された別世界だったが、窓から外を見ると、大学前の大通りには深夜にもかかわらず車がどんどん走っていた。
 実験教室の準備室になっていたのだろう、裏手の小さな部屋にも本棚がおいてあった。ふと、興味をもって、昭和ひとけたの年号がつけてある製本された雑誌を手にとった。中は独逸語で書かれていて、まったく理解できなかった。
 先日、ある文学史用語の発生がいつなのか気になって、明治二十年代に書かれた文学書から逐一ひもといていった。学問の進歩はあるとして、それでも昔の文学書には読まれる可能性が少しはある。だが、医学部附属図書館に取り残された、独逸語で書かれた医学雑誌が今後読まれる可能性は果たしてあるか。
 私はさびしさというと、医学部附属図書館でねむっているあの雑誌を思い出す。

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2005年10月20日 (木)

ダルタニャン物語

 私が中学三年生のころ(1988かな)に、長崎の好文堂書店の隣にある古本屋(名前を覚えておらず、『全国古本屋地図 ’96』では文録堂書店だが、いまネットで調べると見つからない。なくなったか)で、全十一巻のうち四巻と九巻がないアレクサンドル・デュマ「ダルタニャン物語」(鈴木力衛訳、講談社文庫)を見つけた。
 ちょうど、アニメ好き(今ならアニヲタか)の友人Oが入院していて、OはNHKでやっていた『アニメ三銃士』が好きだったので、これ幸いと、ビニール紐に縛ってあるままお見舞いの品とした。高いとは思ったが、お見舞いの品としては洒落になるし、今も昔も、そういったことに見栄をはりたい性格だったのでエイヤっと買った。とはいえ、私の持ち金で買えたので、四千円しないはずである。

 小説『ナインスゲート』(アルトゥーロ・ペレス・レベルテ、大熊栄訳、集英社文庫、2000)は映画と違って、「ナインスゲート」の事件だけでなく「デュマ倶楽部」の事件が入り交じっている。なにせ原題が”El Club Dumas”で、映画公開までは小説も『呪いのデュマクラブ』で売り出されていたほどだ。
 二年程前、小説『ナインスゲート』で扱われる「三銃士」の話題に興味を持って、「ダルタニャン物語」を探したが、とっくに絶版で古本屋でもお目にかかっていない。最近になって、復刊ドットコムで、復刊されたようだが一冊2100円で、これは買いきれない。
 かつてどの機会だったか忘れたが、最終巻だけ拾い読みした。多分、『アニメ三銃士』にあわせて講談社が文庫を再版したのを立ち読みしたのだろう。ポルトスが「ここはオレに任せろ!」的死に方(わかります?)していたとような気がする。そこで、小説の視点は逃げていった者たちに移り、その場を任せられたのちのポルトスがどういう最期を迎えたまでは書いていなかった気がする。この記憶は、復刊ドットコムの紹介「ポルトスはここで壮絶な最期を遂げ」という文言とも、『ナインスゲート』の中でけなされていた頭の悪い最期ともうまく結びつかない(『ナインスゲート』は売り払ってうろおぼえだが)。
 この夏は、近世小説ジャンルの読本を珍しく読んでいたのだが、冒険的活劇のありかたとして、三銃士にも興味をもっている。

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2005年10月19日 (水)

紙という媒体

 長く保存できる媒体は紙である。CDが半永久でないことがわかったように、デジタルものは案外もろい。デジタルのよさは保存の良さではなく、複製の速さにある。紙は保存状態がよければ千年以上もつ。昔の紙は虫損が大敵で、それに気をつけれてあれば、よく残っている。今の紙は酸性紙で百年経てばぼろぼろになるというが、中性紙を使えば問題ない。私が使っているノートには中性紙を使っているので「1000年ペーパー」と豪語してある。
 機会があって、明治期の大学講義が記録してあるノートブックを見た。万年筆を使ったらしく、細字で几帳面に書かれていたが、もともと青色とおぼしきインクはすべて黄色に変色していた。黄表紙がもともと青色の表紙だったように、青が褪色すると黄色になるのか。
 「趣味の文具箱」という雑誌が、インクの耐久テストをしていたが、一週間天日に晒しただけで、ほとんどのインクは色褪せしてしまう。耐久力が高いと言われるブルーブラックでも、無理である。
 私は今、「1000年ペーパー」のノートに、LAMYかPLATIUMのブルーブラックで書いている。よって、百年後は読めなくなっている可能性が高い。とはいえ、惜しまれるような内容は書いていないので、それで平気である。
 紙と墨でかなりもつのだが、草紙洗い小町ではないが、墨は水に万全ではない。水に強いのは、えんぴつである。こすれたり、消せたりと一見弱そうだが、褪色もしないし、劣化もしない。
 この間の米国の大台風でニューオーリンズの町が水浸しになっていたが、水の引いたジャズクラブで、店の持ち主が水に濡れた五線譜ノートをとり出した。そして、鉛筆で書かれていたから、大丈夫だったと言った。なお、水でやられた紙じたいは、現在の古文書修復技術なら水に浸ったとわからないように修復できる。
 

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2005年10月18日 (火)

展覧会図録

 手に入れにくい本に展覧会図録がある。いったん品切れになると、本なら増刷されることがあるが、図録はそれで終りである。いずれ観に行くからと油断していると、会期中になくなることもある。絶対数が少ないので、古本屋に出回ることも少ない。また、古本屋の目録にある図録が出た場合に、題名で興味を持ってもそれが立派な図録なのか、単なる小冊子なのかわからない(そういうときは電話して聞くんですよと古書蒐集家のFさんは言っていたが)。
 たばこと塩の博物館「寛政の出版界と山東京伝」などは欲しいのだが、古本屋で見たことがない。逆に千葉市美術館の「歌川国芳展」の図録は持っていていい気分である。

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2005年10月14日 (金)

小学生向けの電子辞書

 英語教師が辞書を授業に持っていくのは当然だが、国語教師も国語(古語)辞書を持っていくべきである。この点、電子辞書ができたのは画期的である。ゆくゆくは小学館『日本国語大辞典』(第二版)や『角川古語大辞典』が収録されるようになって欲しいが、いま現在、広辞苑程度のものが簡単に持ち運べるようになったことは大きい。
 生徒にとっても、簡単に辞書を引けることは学習の大きな助けになる。塾では持ってきている生徒は多い。高校でも私が使っていたときは、その影響か、年度の途中で電子辞書を使う生徒が増えた気がする。ただ、心配なのは、電子辞書が学校に持ってくるにしては高価な品だということだ。うっかり、なくせば何万の損である。
 シャープが小学生向けに五万円ほどする(オープン価格になっている)電子辞書を開発したそうだが、学校に持ってこいとは、すこし言いづらい値段である。

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2005年10月 2日 (日)

本棚準拠目録

 出久根達郎が三島由紀夫の蔵書目録について、三島の関心がわかるので、本棚にならんでいた順に目録化して欲しかった旨を述べている(『いつのまにやら本の虫』か『本のお口よごしですが』かのどちらか)。もし、私が本棚順で目録を作ってくれと頼まれても、決して決して受け入れない。内容別とアイウエオ順を組み合わせて作る。
 少し本を持っている人ならよくわかるはずだが、本棚の本が所蔵者の関心に沿ってきちんと分類されているとは限らない。購入の順序や、そのときの本棚の都合に左右される。私の先生は、引っ越ししたときに引っ越し業者がデタラメに本を配架したまま十年以上過ごしている。われわれ教え子を使えば、きちんと並べ直せるのだろうが、それをさせたくないのは、自分の本棚を見せたくないのもあるのだろう。とにかく、よほど注意深く自分の棚を管理していた人物の蔵書でなければ、本棚準拠目録はほとんど意味を持たない。江戸川乱歩は分類魔なので、きちんと本を分類して棚に収めていたが、それでも目録は内容別とアイウエオ順で作り、棚の写真でもつけておけば済む話である。
 出久根達郎が本棚順の目録に着目したのは、出久根達郎が古本屋で常に棚に気を配っていたからである。また、出久根達郎にとって目録が引くものではなく、読むものだったからである。
 私についていえば、またぞろ本の置き場がなくなってきた。本の置き場に困っていない人はそうそういないと思うがいかが。

追記:国書刊行会が澁澤龍彦(彦は旧字だがパソコンで出ない)蔵書目録を本棚準拠目録で刊行(2006.10)。蔵書家は死ぬ前に本棚の整理をしてから死なねばならないようだ。(2006.10.17)

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2005年10月 1日 (土)

乱歩の土蔵

 池袋に住んでいた時期がある。池袋西口の立教学院のグラウンドの近くだった。池袋駅から歩いていく途中、すこし寄り道をすれば江戸川乱歩邸が見えた。江戸川乱歩邸には土蔵があった。子どもの頃に読んだ本には、江戸川乱歩は土蔵にロウソクを灯して執筆していると書いてあり、あれが乱歩の土蔵かと思いながら、四年ほど池袋で暮らした。
 実際のところ、土蔵は書庫であり、執筆は書斎で行ったとは、「サライ」か何かの雑誌で、江戸川乱歩特集が組まれたときに知った。乱歩が気球の綱をつかんだ写真が表紙になっているその雑誌はまだ家にあるはずだが、どこに行ったかわからない。
 乱歩作品は子どもの頃少年探偵団ものをポプラ社の本で読んで、映画『RAMPO』が上映された頃に角川文庫の古本をいくつか読んでいるはずだが、内容はあまり覚えていないし、乱歩が特に好きだというわけではない。だが、乱歩の蔵がうちに近いということで、蔵には関心を持っていた。
 その後、新保博久と山前譲によって『幻影の蔵―江戸川乱歩探偵小説蔵書目録』(東京書籍、平成14)が刊行された。付属CD-ROMによって、乱歩邸と乱歩の蔵の内部がわかるというすぐれものだったが、興味があった古典籍の目録がないので、見送っていた(その後、蔵書を移譲された立教大学によって古典籍も目録化される)。しかし、喜国雅彦『本棚探偵の冒険』『本棚探偵の回想』を買うにいたって(ハードカバー版を買いました)、ついに『幻影の蔵』にも手を出してしまった。知ることのできなかった乱歩邸とその蔵について知ることができて満足だった。
 平成十七年の夏に、乱歩邸に入り、庭から書斎を眺め、土蔵も入り口から見学する機会を得た。急なことで写真機を携帯していなかったのはつくづく無念である。現在は、乱歩邸の裏にはマンションが立って外から土蔵はよく見えないが、私が見ていた頃の乱歩の蔵は白かった。案内の人によれば、建設時は黒だったので、修復の際に黒く塗り直したのだそうだ。入り口はガラス張りになっていて、そこから見るしかなかったのだが、CD-ROMで見たのと同じであった。しかし、CD-ROMではかなり広いように感じたのだが、目の当たりにした蔵は思ったよりこぢんまりとしていた。
 案内の人は、乱歩もこうして自分の蔵書が持っていたままの状態で公開されるとは思ってもみなかったでしょうと言った。
 ちなみに乱歩については
http://www.rikkyo.ne.jp/~koho/ranpo/index.html
のサイトからいろいろ見てまわれるようである。インターネットさまさまの時代である。

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2005年9月 7日 (水)

面白いばかりが

 面白いばかりが本ではない。つまらない本も有効である。江川達也がNHKの育児番組で自分の息子を寝かしつける際に、つまらない絵本をつまらなそうに読むのがコツと述べていた。具体的な書名まで知りたかったが、さすがに言いはしなかった。
 山下明夫作、渡辺三郎画『いいゆめを』(ポプラ社、平成17年)は貰った本で、当時一歳半だった息子に読み聞かせたところまったく面白そうでなかった。二歳四ヶ月となった今でも面白くなさそうなのだが、眠そうにしているところに、読み聞かせると効果覿面、実によく寝るのである。ここ三ヶ月ほどは、おやすみ前の読書の切り札となっている。暗い色調の夜の絵ばかりに、おだやかな内容の文章で、題名からして読み聞かせで眠らせるために作られた本ではないかと思っている。アマゾンのランキングからすると、あまり売れていないようだが、「子どもが寝る絵本」を謳い文句にすればもっと売れるのではないか。
 

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2005年8月30日 (火)

ジュンク堂書店再び

 ジュンク堂書店に八月二十五日に行ってきました。四月から七月まで池袋東武の旭屋書店が工事による改装中であったこともあって、ジュンク堂書店には二度ほど足を運んでいたのですが、ちょっした買物しかしなかったので、ここで書くほどでもありませんでした。二十五日の買物は目的があって、しかも万単位の買物だったのでここに記します。
 欲しい本はだいたい揃ったものの、検索では一冊在庫ありだった文庫本が二冊見当たらなかったので、近くの棚で本を並べていた店員さんに聞いたところ、そこになければないとのこと。まあ、普通の対応でした。
 これは私の失敗ですが、井上ひさし『円生と志ん生』が、三階の文学ではなく九階の戯曲の棚にあることがわかって、三階からエスカレーターで戻ったものの、一階の新刊本の棚にあってギャフン。
 午前中に行ったせいか、店員さんの数は少なく、配架もしなければならずいそがしそうでした。いろいろ見て回っていると、店員さんがお客さんの質問に答えて、本を探してあげている場面を三ヶ所見ました。やっぱり探しにくいんでしょうね。
 レジにいた研修生のバッジをつけた店員さんたちは、動きが固く手順もぎこちないものの、となりにいた店員さんがうまく助けて、ほほえましい感じ。時間帯なのか、レジも人手がやや少なめでしたが、端を見ると「副店長福嶋」のバッジをつけた背広のおじさんがなんだか楽しそうレジ打ちをやっている。ある小劇場出身の中年演出家が本来なら打ち上げに行ってもいいのに、わざわざ残って後片づけを手伝っているのを中劇場で小屋つきのアルバイトをしていたときに見たのを思い出しました。
 本は頑張れば持って帰れない量ではなかったものの、台風が近づいていて雨が降っていて、なおかつその後古本屋も回る予定だったので、配送を頼むと、明後日午前に着くとのこと。今は午前中だし、埼玉までなら、翌日中に着くだろうにと思ったものの、文句のでないようにきっちり梱包するとして、それを当日の閉店間際にまとめてするとしたら、まあそんなものかと思っていました。実際には、翌日の午前中に着いて、大喜びしました。もちろん梱包もよく出来ていました。

補足 平成十七年五月八日に関連記事があります。 

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2005年8月17日 (水)

小説のわかる年ごろ

 小説とはある年ごろになって、よくわかるということがある。三田誠広は、志賀直哉の『和解』を例に挙げて、子どもを持つ身とそうでない身とでは、理解に差が出来ると述べている。
 私と漱石作品の場合を例にあげると、『三四郎』のことがよくわかると思ったのは、三四郎と同じく二十三歳になってからである。『坊ちゃん』が面白いと思ったのは、教育実習に行った二十四歳の時である。『それから』がよくわかると思ったのは、結婚を考えていた二十八歳のころである。かつて全く面白くなかった『道草』を最近再読した。今年で三十二歳になる私にとって、とても面白い内容だった。
 日頃読書などしない父は、漱石だけは読んでいて、つまらぬ文学的権威への盲信から漱石でも読んでいるのだろうとかつては思っていたが、父として何かしら漱石に感じるところがあって、読んでいたのではないかと思う。
 漱石以外では、太宰治の作品は年を経て読む返すごとに、より深い鑑賞ができたと感じる。村上春樹の『ノルウェイの森』は、私が高校生の頃に、同級生の間で流行っていたが、軽佻浮薄なそのもてはやしぶりにどうも馴染めず(当時村上龍と並べて、ダブル浅野ならぬダブル村上という言葉があったような)、村上春樹作品を初めて読んだのは、二十二歳になってからで、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』だった。いろいろと考えさせられると同時に、高校生の頃に読んでも面白くなかっただろうと感じた。それ以降、村上春樹作品はほとんど読破している。
 このように、作品鑑賞の上で、ある年齢・境遇までいかなければ十全に理解できない作品は多いのだが、それでは、中学生や高校生のうちにそういった本を読むことあるいは読んだことが無駄かというとそうは思わない。
 良質な作品であれば、その時点の読者にはその時点なりのなにかを教えてくれるのである。その見解があとになって不足していたことがわかったとしても、何の問題もない。再読して見解が新たになったとしても、それは年を経て、さらに三読、四読するうちに変わっていく可能性があり、そのたびごとに違う見解が楽しめればいいのではないか。そういった変化を楽しめることは、若いうちに読んだ者だけの特典であるし、奥深い名作とつきあう喜びでもある。

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2005年8月16日 (火)

小説問題の原本

 現代国語の問題集やテスト問題で使われる小説は、ほとんどの場合、一部分だけが切り取られて出題される。その一部分に興味を持って、出題元の小説を探して読むこともある。私は田舎の高校生だったので、通うような国語の塾などなく、Z会の通信添削をうけていたのだが、Z会の添削課題は、小説選択の趣味がよくて、原本を読みたくなるものが多かった。高校時代に、島尾敏雄の『死の棘』など、自分の日頃の読書傾向では出会うことのない名作を知ることができたのは、有意義だった。
 高校で教えていたときに、塾に行く時間的余裕がないがお金にはまだ余裕がある人にはZ会を薦めていたが、実際にZ会の通信講座をとった男子生徒から、出題された小説の残り部分が読みたいので持っていないか聞かれたことがある。武田泰淳の『蝮のすゑ』だった。私は持っておらず、新刊本では手に入らない状態となっていたものの、学校の図書館にもなかった。その生徒には読ませたかったが、高いお金を払って『蝮のすゑ』が収められている本をあらためて探すのは、時給の安さを考えるとつらかった。ふと、思いついて、ブックオフに行ったところ、『蝮のすゑ』を収録している、講談社の日本現代文学全集『武田泰淳集・中村眞一郎集』が百円で売られていて、ことなきを得た。私自身読了の上、その生徒にはその本をやった。その生徒がいうには出題されたのは冒頭のあたりだったそうだが、たしかに続きを読みたくなる内容だった。
 武田泰淳・丹羽文雄・舟橋聖一などかつて文壇を席巻していた作者たちの小説も、時代を経てほとんど相手にされなくなった。最近私は、舟橋聖一が書いた江戸時代小説に興味を持っているのだが、集めるのはなかなか手間がかかりそうである。

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2005年8月11日 (木)

近所の新刊書店

 近所の中型書店には夏休みの課題図書の平積みができていたが、すべてビニールがかけてあった。立ち読みで済ませようというクチも少なくないのだろう。
 中型書店は、昨年出来たのだが、それまでに近所にあった小型書店三つをつぶしてしまった(一駅先の本屋がなくなったのも含めると四つ)。機械的に日販・東販が本を書店に送り込む今の配本制度を考えると、中型書店に配本されていない本を、小型書店で見つけることはほぼありえないのであり、絶対的に大は小を兼ねる、新刊書店の世界では、凡百の小型書店は対抗できない。よほど気の利いた書店員がいるか、あるいはエロに特化するかしないと生き残りは難しい。
 私の実家のある長崎県の郡部にある人口四万人程度の町では、二軒の小型書店があったが、1989年に中型書店ができたことで、翌年には二軒とも店をたたんでしまった。ところが、その中型書店も景気がわるかったのか、何年後かに撤退してしまった(1998年だと思う)。それ以降、私の住んでいた町には新刊書店がないのである。古本屋はもとよりない。
 私が小学生の頃(1980年代前半)は、しょっちゅう小型書店に出かけて立ち読みしていた。漫画のビニールがけがほとんどされていなかったころで、かなり大量の漫画を読ませてもらった。また、今では考えにくいことだが、暇と体力に任せて文庫本一冊を立ち読みすることもよくあった。夏場は、当時一般家庭にはほとんどなかった(んでしょうね。すくなくとも実家には1997年までなかった)クーラーが利いていたのも、繁く足を運んだ理由だった。店を訪れる割には、買わなかったことがその書店の寿命を縮めてしまっただろうから、後悔はするが、子どもだった当時はいかんともしがたいことだったと思う。
 今は大人であるから、故郷に戻っても、アマゾンで本を買ったり、車に乗って都市部の大きな書店に本を買いに行くことは簡単にできる。だが、私が小学生の頃に、町に一軒の新刊書店もなかったら、今の私とは多少違った自分になっているだろう。。
 息子も絵本を見るのを楽しみにしているようであり、近所の中型書店がつぶれないようできるだけそこで買うようにしている。

 町立図書館についてはまた別の機会に書きます。

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2005年7月31日 (日)

SFの凋落

 高校一年生を教えていたときに、漢字テストの余白を使って、よかったら最近読んだ本をおしえてくださいとアンケートを採ったことがあるのだが。一学年百二十人程のうち、SFをあげてくれたのは一人だけで、ハインラインだった。自分の周りを見ると、昔はもっとSFが読まれていた気がする。アシモフ、アーサー・クラーク、ハインラインの御三家はもとより、早川SFや創元社の文庫本はよく読まれていた。今の高校生の読書は、流行しているものを読んでおく傾向があり、それ以外ではミステリが圧倒的な割合を占めている。当初はマニア向けだったスターウォーズやガンダムが市民権を得たのに対して、本格派のSFはほとんど相手にされた無くなった。モダンホラー作家D・R・クーンツもSF作家のレッテルは損であり、それを剥がすのに大変苦労したと述べているほどである。
 かく言う私もSFは全く読まないようになってしまった。2004年一月号のSFマガジンがスタニスワフ・レムを特集しており、十年ぶりぐらいにSFマガジンを購入してみたのだが、字が小さいことにまず難渋した。内容だが、日本人ライターが書く文章が特につまらなく感じられ、そういった人間のより集まりでやっている限り、SFマガジンをまた買うことはないだろうと思った。

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2005年7月30日 (土)

ハリー・ポッターとアーサー王伝説

 『ハリー・ポッターと賢者の石』が公開された頃、「世界ふしぎ発見」のようなテレビ番組で、英国人の文学研究者がハリー・ポッターの面白さは、ハリー・ロン・ハーマイオニーの関係が、アーサー王伝説のアーサー王・騎士ランスロット・ギネヴィア妃に相似することにあると解説していた。
 なるほどとは思ったが、騎士ランスロットがハーマイオニーで、ロンがギネヴィア妃なのだと私は考えている。もしハリー・ポッターシリーズが十九世紀に書かれたのなら、勉強熱心で知識が豊富な秀才は、男の子になっていたはずであり、能力では劣るが肝腎なところで自己犠牲を厭わない勇気をみせるのは女の子になっていたはずである。だが、現代ではその配役はあまりに古風すぎる。ロンとハーマイオニーの性別が逆になっていたなら、ハリー・ポッターシリーズはこれほどの人気を得られなかっただろう。
 ロンがギネヴィア妃なので、「炎のゴブレット」ではあのような扱いをうけるのである。愛情に似たハリーとロンの友情は、英国人の友情だからというより、ロンという登場人物の占める位置にあるのではないか。もちろん、ロンとハーマイオニーが結ばれたとしても、アーサー王伝説とは何も齟齬しない。

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2005年7月29日 (金)

”Harry Potter and The Half-Blood Prince”(ネタばれなし)

  ”Harry Potter and The Half-Blood Prince”(US版)を読了した。七月十六日の発売日に届くようにアマゾンで予約し、七月二十七日未明に読み終わった。私は国文科の出であることもあって、日頃洋書を読むという習慣は全くなく、ハリーポッターを原書で読んだことはかつてなかった。しかし、US版は$29.99が元値で、それを四割引で売っていることもあって、2069円なら読めなくてもお得と買ってみたのである。作者が英国人なのでUK版が読みたかったのだが、UK版は元値の三割引の2458円で、US版より少々高かったこともあって、US版にした。のちに書店でUK版を手にとったが、US版の方が造本が綺麗でかつしっかりしており、また各頁の上に通し番号つきの章題があることもあり、US版を買ってよかったと思った。慣れもあるのだろうが、活字もUS版が密で読みやすかった。
 私は極めて貧弱な英語力しか持っていないのだが、さすがに児童書ということもあって読みやすかった。仮定法が使われているので、中学生では厳しいだろうが、高校三年生なら十分読破可能である。当初は、電子辞書をまめに引いていたのだが、すぐさま面倒になって、辞書は滅多にひかなくなってしまった。章が終るごとに、気になっていた単語を辞書で引いていたのだが、文脈で推測していた意味とは違うことが多かった。しかし、辞書を引かなくても十分楽しめたのである。
 全部で三十章立てを、一日二章ずつ、一章につき一時間ほどの速度で読み進んだ。急ぎの用事があって読めない日もあったが、逆に最後の五章はやめることができず一気に読み進めた。読了まで、睡眠時間を削って読書時間を確保していたので、終ってほっとしている。
 ネタバレしないように内容には全く触れないでおくが、題名の”The Half-Blood Prince”が日本語版ではどう訳されるかが見ものである。
 原書を読んでみて気づいたのだが、章ごとのあらすじはたいしたことがないのである。「九紋龍 赤松林に剪径し 魯智深 瓦罐寺を火焼す」といったたぐいの、あらすじを説明している、白話小説の章題(回題とでも言うべきか)をつければ、各章がそのまま説明できそうである。神は細部に宿る。ハリーポッターシリーズの面白さは、魔法世界の面白さを事細かに伝えることにある。
 しっかりと洋書を読んだのは、大学一年生時に課題で読んだ"Sun Also Rises"以来、十三年ぶりだが、中高時代に覚えた単語を今でもほとんど忘れていないのには我ながら感心した。そのかわり、辞書を使って新しく覚えた単語は、もはやなかなか身につかない。英語を駆使して世界を股にかけて仕事をしている知人の数は、軽く十指に余るが、私自身英語を使うことは日常ではありえず、人生の中で、わずかながらの海外旅行で使った程度なので、ひょっとしたら大学まで含めた八年程の私が受けた英語教育は、全てこのハリーポッター一冊のためだったということに、今日明日私が死ねば、なってしまう。

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2005年7月23日 (土)

新書の質

 かつて、生徒には小説ではなくて新書を読むように勧めていた。受験に出てくる文章の難易度は新書程度だからであり、また専門家にしか理解できないのではなく啓蒙的な内容を含む新書は、受験の文書として出されやすいからである。
 ところが、最近はそうもいえなくなってきた。かつて新書といえば、岩波や中央公論社(理系ならブルーバックスもか)が定番だったが、今はほとんどの大手出版社が新書を出している。その内容も硬軟とりまぜてというより、かなり柔らかいものが多くなっているようである。執筆者も、老大家から博士論文を書き上げたばかりの気鋭の学者あるいはそのあたりの年齢で現場の第一線にいる人へと主力が移り変わり、博士論文を一般読者向けにやさしくしつつ、ふくらませたもの、あるいは実務経験をわかりやすく説明した感じのものが増えた。
 最新の学問の成果や現場の感覚が反映されている点で、よろこばしいとは思うのだが、反面底が浅いと思う本も多い。老大家が、自分の知識のうちの一部を選りどって書いた本や、その道の練達の士が書いた本には、背後の深みが感じられる。一方、博士論文を増補して書かれたとおぼしき本や最近の若手の実務者が初心者に向けて書いた本は、非常にかつかつの内容で、場合によっては論理に無理を感じるものも少なくない。
 そういうわけで、新書はピンからキリまでといった具合で、無条件に生徒に勧めることはできなくなった。しょうがないので、古い新書を読むようにと言っている。
 もう五六年程昔の話だが、新書と文庫の違いについて、文庫は本の天が揃っているのに、新書は天が切られていないという話を、岩波新書はすべて揃えているという新書蒐集家から聞いた。今は、新書でも天が揃っているものばかりである。天が揃うようになってから、新書の質が落ちたと感じる。一杯引っかけた程度のサラリーマンが通勤電車で読める内容を目指しているとしか思えないような新書を出す出版社もある。かつて名作揃いだった岩波でも中公でももはやこの出版社ならと安心して買うことは難しく、よくよく内容を吟味してから買わないとつまらない思いをすることになる。

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2005年7月22日 (金)

新潮文庫の百冊

 「新潮文庫の百冊」という企画は、1976年から始まっているそうだが、意識しだしたのは中学生に入った1985年ごろである。中学二年生のときに夏休みのうち何冊読めるか試した覚えがあるが、結構読んだと思ったにもかかわらず、過半数にも達しなかったと思う。その後別の文庫も百冊企画を始めたことや私の中で「新潮文庫の百冊」というものにひとくぎりがついたため、「新潮文庫の百冊」のことはほとんど意識しなくなっていた。
 昨年(2004年)、久方ぶりにパンフレットをとると、当たり前だが収録される本の異同が目についた。以前は、古典的な名作がほとんどであったのに対し、現在では島崎藤村や志賀直哉などが消え、かわりに今売れている本、さらにいえば、新潮文庫でしか扱っていない本の割合が増えた気がする。
 「新潮文庫の百冊」なのだから、新潮社しか契約していない作家の本を出しても文句は言われまい。とはいえ、文庫の王者は新潮文庫。岩波、角川に同じ本があろうが、読者はうちのを買うぐらい思ってどっしり構えて、名作を入れておいてほしい。

これを書いた後、検索して調べたのだが、
「新潮文庫の百冊」に関しては
http://www.geocities.jp/technopolis2719/9810sin.htm
というホームページが大変詳しかった。力作である。そのホームページによれば、「新潮文庫の百冊」は当時から流行りの作品をとりいれているようで、1985~1988年ごろは古典的名作が多かったというのは、島崎藤村・志賀直哉・大岡昇平・中島敦・堀辰雄らが2004年度にないことからくる思いこみのようだ。
 また2005年度は志賀直哉・樋口一葉・高村光太郎らが復活し、武者小路実篤・坂口安吾・与謝野晶子らと交代しているそうである。
 また、このホームページにより、キャッチコピーがあったことを思い出した。はまっていた時期でもあって、1985年度「インテリゲンちゃんの、夏やすみ。」(糸井重里だったか)、1986年度「拳骨で読め。乳房で読め。」(写真に緒方拳を使ったのがぴったり)がかなり印象深い。ここのところの「YONDA?」なんてやめて帯のキャッチコピーも復活させてくれないかな。

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2005年7月16日 (土)

ものの値段

 本ならば必要なものは迷わず買うことが多い。さして必要でなくとも、ぼやぼやしていると店頭から無くなってしまうことも少なくないので、できるだけ買うようにしている。値段だが、五千円でも高いとはさほど思わない。本一冊を作るのにどれだけの労力と手間がかかっているかはわかるので、それに見合ったものだとわかれば一万円を超してもぽんと払う。和本なら、下手をすると一生お目にかかれない可能性も高いので、迷っていられない(が、贋札を作る人の気持ちが少しわかる)。
 だが、CDの購入となると二の足を踏むことが多い。値段は三千円程度でもためつすがめつ眺めた上で結局買わないことが多い。買ったCDをくりかえし聴く回数は、買った本をくりかえし読む回数に比べると格段に多いので、CDの方が役に立っているのかもしれないが、それでもCDは私にとって高い買物である。

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2005年7月13日 (水)

『津軽』は小説か?

 太宰治の『津軽』が高校一年生の国語教科書で小説として扱われていることが気になったので、太宰治研究の大家であるA先生にお聞きしたことがある。『津軽』は小説とされているが、はじめて読んだ人はそれを小説と思うだろうか、何も気にしない場合はノンフィクションの紀行文として読んでしまうのではないだろうかと思ったからである。
 A先生の意見を簡単に要約すると(時間がかなり空いたのでうろ覚えですが)、次のようになる。『津軽』と並んで発表された他の作家の紀行文と比べて『津軽』の内容は独特であり、虚構性が強く構成にも工夫が見られ、小説といってさしつかえない。ただし、自分としては教科書に『津軽』を採録するのには反対である。
 学者でありかつ評論家として高名なN先生が江戸時代の学者鈴木桃野の随筆に、近代小説と同様の小説性を見出せるとした講演会に列席したことがあるのだが、そのとき『津軽』のことが思い出されたのである。近世随筆からでも紀行文とおぼしきものからでも、「小説」を感じられるとすれば、その人は-詩を感じられる人間を詩人というなら-「小説人」だろう。おのれがそういった小説を感じる心があるかというと、非常に心許ない。A先生にはついぞ話し損ねたが、実は『津軽』は授業で扱わなかったのである。

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2005年7月12日 (火)

クーラーのない生活

 以前、「古書蒐集と六十干支」で紹介した古書蒐集家Fさんは東北出身でありながら、クーラーがないまま生活を上京以来続けている。それを話すときのFさんからは、クーラーに使うお金があれば本代に回すという決意がひしひしと伝わってきた。Fさんはぎちぎちに本に囲まれて暮らしているのだろうか。Fさんが見せてくれる本は、Fさんが吸うたばこの匂いが常にする。
 私もできるだけクーラーを使わないようにしているのだが、コンクリートの陋屋では蒸し焼きになりかねないので、いたしかたなくつけている。だが、家にある電気の容量の問題で使うのをためらうときも多い。ブレーカーが落ちた後、パソコンがなかなか復旧せずにかなり青ざめたことがあるからである。幸い内部放電というやりかたで、再び動くようになったが、最近そのときほど心労を感じたことはない。

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2005年7月 9日 (土)

文庫本の値段

 文庫本の値段も、二十年程前はおおよそ五百円内に収まっていたのが、最近は結構な値段がするようになっている。中公文庫の柳宗悦『蒐集物語』が復刊されていて、前々から読みたい本だったので、喜んでレジに持っていったが、税込み千五百円と言われて仰天した。ちくま文庫をはじめ、そのくらいの値段がする文庫本は昨今では珍しくないが、『蒐集物語』は二百六十四頁とそれほどの厚さがないので油断していたのと、近所の古本屋に千円で売っているのを知っていたからである。
 やっぱりやめますと言おうかと思ったが、こういった本を復刊しようという中公文庫の心意気に感じて買うことにした。
 中学生の頃、歩きながら本を読むほど、本好きだった同級生のSは、毎食昼飯を抜かして、星新一などの文庫本を一日一冊ずつ買っていた。私も毎食抜かすわけではないが、昼飯を安いので済まして、本代にまわしていた。インフレ率もあり、出版不況もあり、本の値段があがるのはやむを得ないのかも知れないが、文庫本は安くあってほしい。ちなみに最初の中公文庫版『蒐集物語』が1989年に刊行されたときの値段は、税抜き四百八十四円である。

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2005年7月 5日 (火)

大学生協書籍部

 どこの大学でも生協書籍部というのはバランスがとれていてよい。どこの大学に行っても書籍部は見るようにしているが、東大駒場が特によかった覚えがある。教養学部があるためだろう。昔よく利用していて、最近また覗いてみた立教大学もなかなかであった。広さの割には、あらゆる分野に渡って定番があり、めぼしい新刊がありと、神経が行き届いていた。ただ配本されてくるものを並べている本屋ばかりでなく、小作りでも読書人に教養を与えるような本屋がもっと増えてくれないものか。

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2005年6月24日 (金)

ブックオフ

 ブックオフに本を売った。143冊で8770円である。一冊六十円だから、元値からすれば雀の涙であるが、家に置き場がないのでしょうがない。好き嫌いを言わずに買い取ってくれることがなによりである。また、宅配便で本を査定してくれるのもありがたい。本を査定されるのは、自分を査定されるようなもので、面と向ってされるのはたまらない。
 ネットオークションに出すという手もあるそうで、これはなかなか儲かると聞くが、メールのやりとりや梱包・郵送の手間を考えると、まめな人向きである。
 われながら、私の売った本はいい本なので、早く売れるのではないかと思っている。ブックオフは不思議であれだけ本があるのに、私の欲しい本はほとんど見つからないのである。よい本もたまに出るようだが、すぐにはけてしまって、店に置いてあるのはより抜きのつまらない本である。私の住んでいる埼玉の小都市よりも都内のブックオフの方が、まだ私が欲しい本があると感じている。
 あるとき気が向いて司馬遼太郎の『坂の上の雲』を探してみたが全くといってよい程見つからない。村上春樹・椎名誠といった人気作家もあまりない。作家別に、新刊本の数と、ブックオフに持ち込まれる本の数を比べてみると作家の価値が見えてくるかもしれない。

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2005年6月 4日 (土)

古書蒐集と六十干支

 名うての古書蒐集家として知られるF氏は、和暦の年が西暦の何年にあたるかをそらんじていることはもちろんのこと、十干十二支の組み合わせである六十干支のどの年であるかも暗記している。
十干とは『広辞苑第五版』では、

甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の総称。これを五行に配し、おのおの陽すなわち兄(え)と、陰すなわち弟(と)をあてて甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)などと訓ずる。普通、十干と十二支とは組合せて用いられ、干支かんしを「えと」と称するに至った。

と説明されている。
十二支は大丈夫だと思うが念のために、『広辞苑第五版』を引いておくと、

暦法で、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の称。中国で十二宮のおのおのに獣をあてたのに基づくという。すなわち、子は鼠、丑は牛、寅は虎、卯は兎、辰は竜、巳は蛇、午は馬、未は羊、申は猿、酉は鶏、戌は犬、亥は猪。そのおのおのを時刻および方角の名とする。

ということになる。
 西暦のように一直線の時間の概念が入っていなかった頃は、十干と十二支を組み合わせて、六十年で一回りとし、時には年号と組み合わせて年をあらわした。壬申の乱の壬申や戊辰戦争の戊辰などがそうである。また、六十年で一回りということは、還暦を祝う風習が今でも残っているので知られていることだろう。ちなみに今年平成十七年は平成乙酉(いつゆう)年である。

 前置きが長くなったが、F氏は「文化丙寅」とか「安永庚子」とかみただけで、それが文化三年で1806年だとか、安永九年で1780年だとかわかるのである。これが古本集めに役に立つのは、古書の成立年(刊記・奥付・序文・跋文などが手がかりとなる。刊年と書かなかったのは写本の場合があるから)が数字でなく六十干支で書かれている場合があるためである。ある本が何年に書かれたあるいは出版されたかが本の貴重さを教える重要な情報であることは簡単に想像がつくだろう。六十干支で本の成立年次をつかめることは、古書展の蒐集で生き馬の目を抜くための必須技量なのである。

 覚え方のコツをF氏に少しだけ教えてもらった。自分がよく覚えておきたい年号の元年が十二支の何にあたるかをまず覚えることがよいらしい。天明元年が丑、寛政元年が酉、享和元年が酉で、文化元年が子といったことを覚えておくと、あとは各年号が何年続いたかという知識と照らし合わせれば、判明するというわけである。
 私はというと、記憶力に自信が全くないので、六十干支つきの和暦・西暦対応表一覧を常日頃携帯していて、必要な場合はそれをとりだすことにしているのだが、そういった悠長なことではつとまらないのが、古書蒐集の世界なのである。

追記 厳密に言うと、和暦と西暦の年がぴったり同じになるというわけではないことはわかっています。

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2005年5月22日 (日)

傍線

 『三四郎』には、図書館のどの本にも書き込みがあることに三四郎が驚嘆する場面があるが、コピー機が普及したせいか、最近は図書館の本への書き込みが減ったと思う。とはいえ、傍線が引いてある本は少なくない。
 傍線は、日本の場合、縦書きの文の右側に引く。ところが、韓国・中国・台湾では縦書きの文の左側に引くようである。アンダーラインという考えからすると縦書きでも左側に引くのが正しい気もするが、やはり目に慣れない。図書館の本に引いてある、縦書きの文の左側の傍線を見ると、外国人留学生が苦学している様が目に浮かぶ。

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2005年5月19日 (木)

草双紙の値上がり

 古書会館で開かれる古書展で、草双紙の端本の値段がめっきり高くなった。以前なら、一冊300円~500円程度のものがあったのに、刷りや程度の悪いものでも1000円以上するようになった。聞くところによると、ネットオークションのせいらしい。古書展で買ったものを、すぐさまオークションに出す手合いが増えて、そんなことならと、草双紙の値段は全体的に高騰しているという。草双紙は絵入なので、オークションでは見場がよくて売れるのだろう。
 小銭を稼ぐためにせどりをやっている人たちに本への愛情があるかないか聞くだけ無駄なのだろう。端本を買って帰ることは楽しみの一つだったのだが、今の値段ではちょっと買う気にはならない。せめて、草双紙の値段が上がることで、今まで以上に大事に保管されて後世に伝えられること期待しておく。

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2005年5月17日 (火)

本の帯

 喜国雅彦の『本棚探偵の冒険』によれば、本の帯の有無は推理小説の古書価を大に左右するものらしい。それでなくても、本の帯にある献辞は、著者の交友関係を示すもので、研究上有用な資料らしい。
 帯を大事にする人がいるかと思えば、箱はもちろんのこと、帯もカバーも捨ててしまう人もいる。私はどちらかというと、進んで捨てはしないものの、帯に執着する方ではない。帯があると読みにくいのは確かで、しばしば破れて失われてしまうが、それを防ごうという努力もしない。私の研究する近世の和本には当然のことながら帯はなく、和本を大事にする習慣はついたが、帯がそこに含まれていないことも理由の一つかもしれない。
 スティーブン・キングの『小説作法』には、川上弘美が「私はこの本を読んでたいそう感心した。けれど同時にものすごく悲観した。私は一生キングにはなれないと痛感してしまったから。作家・川上弘美」という献辞を寄せていた。私の持っている初版第二刷本ではそうである。だが、本屋に並んでいる本は、いつの間にか「野口悠紀雄氏推薦」といった帯に替ってしまった。これは野口悠紀雄が『「超」文章法』で、キングの『小説作法』を誉めているので、出版社が、野口悠紀雄から推薦の言葉をもらって、帯の文句を新しくしたのだろう。
 『小説作法』を読む人は、どこかに小説あるいは文章を書く参考にしたいという下心があるだろう。結果的に「私ですらキングになれないのにましてや」といった冷や水を小説作法の読者にあらかじめ浴びせている川上弘美の帯の文句が売り上げに貢献しないのは確かで、交替もやむを得ないとは思う。
 なお、川上弘美がどこに悲観したのか具体的に書いていないので、推測するしかない。厳しい環境で育ち、書くことに苦しみつつも、その執念を捨てない態度を持っていたキングと比べると川上弘美の人生はお嬢ちゃんの人生としか言いようがなく、とてもかけ離れた存在だったということではないだろうか。
 野口悠紀雄は、戦中・戦後に幼年期を過ごしており、タフな人生経験はキングと遜色ない(野口悠紀雄も片親だったか。記憶が曖昧)。また、野口悠紀雄は学者であり、結局のところ小説家として、キングと自分を比べるという必要性がない。そのため、悲観する必要などどこにもないのだろう。私は、野口悠紀雄が薦めているので、手に取ったのだが、悲観するようなことは感じ取れなかった。
 川上弘美が将来研究される作家になるかわからないが、スティーブン・キングの『小説作法』の帯の文句は、研究資料として有用なのではないかと思う。

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2005年5月 8日 (日)

ジュンク堂の弱点

 私は埼玉のS市に住んでいて、東上線を利用しているので、一番使う大型書店は東武デパートにある旭屋書店である。都内に出る機会があまりない場合は、アマゾンを使う。ジュンク堂は三番手というところだが、非常に重宝している。専門書の在庫では抜きんでており、在庫数がネットで確認できるのも便利である。アマゾンとジュンク堂の両方を比べて、ジュンク堂に在庫がありなおかつ池袋に両日中にでる機会がある場合は、ほとんどジュンク堂を使う。旭屋はネットで店舗の在庫までわからないので不自由である。
 昨日、欲しい本があってジュンク堂に出かけた。ジュンク堂は、本がぎっしりとつめこまれているので、本棚を見てからあれこれ選ぶには不向きである。目的が決まっていて欲しい本を探しに行く本屋である。たいていの場合、日本文学・日本史・伝統芸能に関する棚を見るので探しやすいのであるが、今回は少し違って、社会学のカルチュラルスタディーズや記号論に分類される棚から目的の本を探さなくてはならなかった。
 以下、ジュンク堂の弱点を列挙する。
 検索で調べられるのは棚単位であるが、棚一つが大きいので、ひと棚探すのもかなり手間がかかる。その上、カルチュラルスタディーズのようにメディア・ポストコロニウム・フェミニズムといった下位分類がさらに設けられ、全部で六棚になっている場合など、検索でカルスタと出てきても、該書を実際に探すのはかなり困難である。理想としては、何番目の棚の何段目にあるかまでわかるとよいのだが、すくなくともある棚の上半分、下半分のどちらにあるかまでわかるようにならないだろうか。
 また、各階のエレベーター付近にある各階の見取り図は大まかな分類(社会学など)しか書いていない。各棚の一番上に貼ってある細かい分類(社会学一般、日本社会学など)まで書いていてくれるとありがたい。棚の配置をどんどん換えるので、そこまで記してしまうと、融通が利かないこともあるのだろうが、どの棚がどこにあるのか実際に探し回らないと見つからないのは大変である。せめて、各通路の入り口に表示してくれないか。
 また、一階に二台、各階に一台ずつ検索機があるが、この数は少なすぎる。タッチパネル式の検索機は入力に時間がかかる。並ぶのも嫌だし、人を待たすのも嫌だ。各階に三台ぐらい配置できないのか。
 困ったときは店員に聞くのが一番なのだろうが、ジュンク堂の店員は恐ろしく無愛想という印象がある。古本屋が愛想が悪いのとは違う。古本屋は客への愛想は悪くても、売りものの本は自分のものという、本への愛着があることは伝わる。ジュンク堂の店員の場合、そもそも公共機関並の愛想しかなく、客に関心がないのはもとより、商品知識からして本への愛着もなさそうである。各階にレジがあった頃はもう少し親切だった気がする。あまりに嫌そうに探されると、ちょっとお尋ねいたしますがというわけにはいかなくなる。また、実際に棚にあるのにそれを自分が探しきれないというのは悔しいということもあって、二の足を踏みがちなのである。
 確かに、本の数が膨大であるだけでなく、図書館と違って入れ替わりが激しい。その商品知識に難が出るのも仕方がないと思う。愛想が悪いというのは、あくまで印象であって、被害妄想的に解釈しすぎなのかもしれない。ジュンク堂の池袋副店長である福嶋聡という人が書いた『劇場としての書店』をかつて読んでいるので、期待しすぎているのかもしれない。
 「買える図書館」がキャッチフレーズのようだが、本を探すことに関しては店の機能があまりにも脆弱すぎる。図書館の本は、すべて分類と番号があるのに対して、本屋の本は棚のどこの並んでいるのかまではわからない。図書館規模で本があっても、探し出すまでに非常に時間がかかる、あるいは探し出せない。これではアマゾンで頼んだ方がましである。ネットで検索した本をとりあえず取り置きしてもらって、引き取りの際に実物の内容を見て、つまらなかったものはやっぱりいらないとそこで断ればよいのだが、私にはそういった度胸はない。
 あとは細かいことをいくつか。一万円以上の買い上げでもらえる喫茶店のチケットに期限がついたのは残念(そういや昨日はもらっていなかったが、そのサービスはなくなったのかな。研修生だったので忘れたのか)。また、一万円少し手前の合計金額になってしまうこともあるが、その時別の本を買い足したい衝動に駆られる。他の業種、たとえば服飾業なら、あと○○円でチケットサービスですが、あと一着いかかですかと言いそうなものである。カウンター前にもう少し魅力的な本が置いてあれば買ってしまうかもしれない。
 よい話を一つしかできないのは残念だが、紙袋から布の袋に買い物袋が替ったのはとてもよい。

追記1 五月十日の記事「クレーマー」に本記事と関係することを書きました。

追記2 平成十七年八月二十三日
トラックバックがつくのはありがたいことですが、トラックバックをつけてくださったボビー様の記事にちょっとだけ言いたいことを書いておきます。

(ボビー)
ジュンク堂とは私が知る限りでは世界最大の書店です。
ここでいう世界最大(※注)の書店とはジュンク書店池袋本店を指します。他の店舗のジュンク堂には行ったことがありません。また、世界最大の書店というのはボビー調査によるもので、ギネス記録とは一切関係ありません。
※注
少なくともジュンク堂池袋本店は床面積2000坪で国内最大です。私は海外に行ったことがないので、これ以上巨大な書店に足を踏み入れたことはありません。

これは、
「床面積2000坪を誇るジュンク堂池袋店は私の知る限り日本最大の書店です。おそらく、世界最大の書店なのではないでしょうか。」
と書けば済むことです。

いろいろとご論考なさっていますが、

(ボビー)
そもそも国会図書館は書店ではありません。書店としては文句なしでジュンク堂池袋本店が世界最大ではないでしょうか?

とご本人もお書きになったように、国会図書館とジュンク堂書店を比べようというのがどだい無理なのです。
絶版となった本。また、明治や江戸時代以前の本はジュンク堂では見られません。
鶯亭金升『狂句の栞』(明治35)や芝全交『時花兮鶸茶曾我』(安永9)がジュンク堂書店にありますか。
現在ある版元が売る本を扱う新刊書店と、保存を目的とした国会図書館は性質が違います。ジュンク堂書店で欲しい本が全て揃うなら、幸いです。

馬琴風に感想を述べるならば、この人の書くもの、他は推して知るべし。 

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2005年4月29日 (金)

坊ちゃんと山嵐

 漱石の『坊ちゃん』で、山嵐と坊ちゃんは、停車場別れたきりそれきりの関係となる。山嵐と坊ちゃんが揃っていれば、それから先にいろんな活劇が引き起こされただろうと、子どものころ、それが非常に惜しい気がした。しかし、今となってはそれがとても「現実らしい」と感じている。現時点の私にとって、今までの人生でじゃあで別れたきり、これから将来二度と会えない人の数の方が、また会う人の数よりも、多いはずである。井伏鱒二のいうとおり「サヨナラダケガ人生ダ」。

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