2007年9月26日 (水)

傘をつぼめて

 浮世絵の名所絵で、ときおり人が傘をつぼめながらさしている。からかさ傘お化けが二本足になった具合である。
 よく知られている歌川広重「大はしあたけの夕立」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%A4%A7%E6%A9%8B)を参照先にしておく。
 こういった傘の差し方に、いま傘を差そうというところ、という解説している本があった。もちろん、間違いである。
 なお、「大はしあたけの夕立」に関して、江戸は風も強かったからと、江戸の雨はななめに降るのである、と格好良く言い切った解説を読んだことがある。
 浮世絵なら、浪花百景「道頓堀太左衛門橋雨中」(http://fukeiga.library.pref.osaka.jp/kekka.phpから探してください)でもななめである。
 大坂の雨はななめに降るのだ、と言い切ってもなぜか格好良くない。
 他の名所絵にも、ななめの雨はいくらでもある。
 それにしても、いま傘をつぼめて差している人はほとんどいない。視界が保てるはずのビニル傘でもいない。なぜそうなのか不思議に思う。

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2007年4月21日 (土)

文楽2.0

 人形浄瑠璃とアニメは似ている。生身の人間が演じることを見せものにしない点で共通する。人が出てこないと、人が演じるよりも細かいことが表現できる。人間のできない演技もできる。人間が一人で演じれば済むのに、三人で一つの人形を扱うのは非効率である。にもかかわらず、三人遣いへと人形操りが進化したのは、その点につきる。
 また、人形芝居もアニメも外国では子どもが対象であるのに、日本では大人向けになっているのは、この利点による。

 人間が出る芝居は、どうしても役者に配慮しなければならない。千両役者をできるだけ多く集めればいい芝居になるかというとそうではなく、それぞれに見せ場を作ってやらねばならない。作劇に制約が多い。

 人が演じなければ、役者の見せ場に配慮する必要はなく、純粋に筋が洗練できる。元禄頃、まだレビュー色の強い初期歌舞伎に対して、人形浄瑠璃が近松門左衛門に見られるように、文学性の高い戯曲を持ち得たのはそのためである。

 人形浄瑠璃の魅力は文学性の高さであったが、歌舞伎も人形浄瑠璃から戯曲を移入し、作劇法を洗練させて、次第に追いついてくる。
 十八世紀を通して、人形浄瑠璃の人気が落ちるのと反比例して、歌舞伎の人気が上がっていったが、ともに文学性の高い戯曲をもとにするなら、人間が演じるほうが、観客を魅了する。

 「なんといっても歌右衛門でした」「私は海老様が大好きです」そういった、役者好きを生み出さない点で、人形浄瑠璃は負けている。
 劇場に行けば、上手の客席に座って、本舞台などそっちのけで、じっと大夫を見ている女の観客もいる。かつてはほぼ黒子だった人形遣いが、顔を見せるのも、人形遣いの地位向上とともに、観客の心を動かす要素の一つとして認められるようになった証しだろう。だが、人形が演じるという点で、人形浄瑠璃は歌舞伎に決定的な差を付けられている。

 この差を埋める方法が一つある。歌舞伎が「役者萌え」なら、人形浄瑠璃も「人形萌え」を作り出せばよい。現在、人形浄瑠璃の人形は、立役、女役など定型のものである。これを海洋堂に頼むとかして、もっと「萌える」人形にしてはどうだろう。
 義太夫は残すのも一手だし、現代風の音楽、声優を使うのも一手である。

 岡田斗司夫が、着物を着て、扇子と手ぬぐいをもって、座布団に座ってハナシをすれば、なんでもよいとする、落語2.0を提唱している。
 それと同じように、語り物つきの人形劇という形式を生かして、大人向きの現代的な人形劇、いうなれば文楽2.0を作れないものだろうか。

 残念ながら、以上のことは妄想にすぎない。落語は一人でするので、はじめやすいが、人形浄瑠璃には大勢の人が必要である。文楽はユネスコの世界遺産に登録された伝統芸能であり、既存の芸能者から、逸脱を期待するのも無理である。

 私が大金持ちなら、小林一三が宝塚歌劇を生み出したように、財を投じて、文楽2.0を実現させることも可能なのだろうが、今の身の上では宝くじにあたっても無理な計画である。

 とにかく、人形浄瑠璃とアニメは似ている。アニメはいろいろと姿を変えながら、世界に通用する価値を創造している。人形浄瑠璃が、その洗練にもかかわらず、もはや伝統芸能としてしか生きるすべがないことを、惜しむのである。

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2006年11月10日 (金)

ドローとペイント

 最近は森博嗣の本をエッセイに限ってだが、何冊か読んでいる。森博嗣『MORI LOG ACADEMY 1 』(メディアファクトリー、2006.3)の2005.11.15付日記で、ドローとペイントとは似ているが相容れない技能だと、パソコンソフトもそれぞれにわかれていることを例に挙げ、解説されていた。
 
 私は絵心はあまりないのだが、何年かに一度、絵を描こうと、鉛筆や色筆などを買い込んでくることがある。さいきんでは二年ほどまえに、ちょっとやってみる気になって、ステッドラーの鉛筆とHerlitzの色鉛筆を購入した。けっきょく、例によって、ちょっと描いて終わりになった。

 大人の塗り絵本が出始めたのはここ一年ほどの間だろうか。
 先の森博嗣の本によれば、ドローとペイントでは、線で物体を把握しなければならないドローの方がペイントより脳内で高等な処理が必要らしい。
 塗り絵本がドローをとばしてペイントだけをすればよいとしたのは、絵を描きたい、でもデッサンは苦手という人にとって朗報だろう。塗るだけだから塗り絵なのだが、大人向けに作ったのは、コロンブスの卵である。
 まだ塗り絵本を買ったことがないが、今度絵を描きたいという衝動が生まれた時に、塗り絵本もためしてみるつもりである。それまで、塗り絵本ブームは続くかな。
 

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2006年11月 1日 (水)

猫ファンの浮世絵

 妻の友人から歌川国芳の猫の絵だけが入った画集がないかと、聞かれたことがある。
 残念ながら、その要望を満たす本はない。鈴木重三編集『国芳』(平凡社、1992.06)という豪華大型本(税込45873円)なら、国芳の猫の浮世絵をかなりの数、見ることが可能である。ただし、すでに絶版で、古本屋でも手に入りにくい。

 先日、テレビ東京「美の巨人たち」(2006.10.14)が歌川国芳の「猫のすずみ」をとりあげた。

 ららぽーと豊洲に「UKIYO-e TOKYO」という、もと平木美術館のコレクションを展示する場所ができたらしい。知人によると、猫特集らしい。10月14日の「アド街ック天国」が「豊洲特集」だったそうなので、「美の巨人たち」とどれだけ連動しているのかもしれない。会場には浮世絵好き以外に猫好きとおぼしき人びとも集まったらしい。
 猫好きの人のための浮世絵画集、あれば売れるか否か。

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2006年10月 1日 (日)

吉田玉男が亡くなった

 九月二十四日に文楽の人間国宝吉田玉男が亡くなった。享年八十七。
 私が最後に観たのはもう五六年前の国立劇場小劇場。そのころ文楽は詳しくなかったので、吉田玉男はとくに気にしていなかった。今月の文楽を観たと人に言ったら、吉田玉男が出ていてよかったね。いつまで、出られるかわからないよ、と言われた。
 晩年は、老人ホームから通って人形を遣っていたと聞いた。
 人形浄瑠璃は伝統芸能だから、ずっと昔からおなじことをやってきたようだが、それは違う。近松門左衛門の時代など、人形はすべて一人遣いである。
 技術的にも、構成も、いまの文楽のほうが洗練されている。
 人形浄瑠璃史上、屈指の名人というのが毎日新聞の評だったが、嘘ではない。
 『人形は口ほどにものを言い』(小学館、2003.12)で吉田玉男を絶賛していた、赤川次郎が、どんな追悼の言葉を述べたか知りたい。

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2006年8月29日 (火)

なかんずく人形浄瑠璃

 ここ半年ほど、興味を持っているのは上方文化。落語や地誌に関心があったが、さいきんは、なかんずく人形浄瑠璃。関連する本を図書館から借りたり、自分で買ったりしている。以前から、観てはいたが、時代物がほとんどだった。世話物をもっと観てみたい。

 赤川次郎『人形は口ほどにものを言い』(小学館、2003.12)は、人形浄瑠璃でも世話物を中心にとりあげている。吉田玉男、竹本住大夫の組み合わせは大絶賛である。

 おもしろいのは竹本住大夫『文楽のこころを語る』(文藝春秋、2003.8)で住大夫が世話物を好いていないことである。住大夫に限らず、近松物の世話物が義太夫語りに好かれていないのは、近松物の人気を考えると面白い。

 私個人の趣味をいうと、世話物は嫌いである。心中の場面を観ていると、死ぬなよと思う(バカッぽい感想だが)。どうにかしよう、なんとかして生き延びてやるさという気分を大事にしたい。

 だが、もし世話物を観て、素直に感動できるようになるなら、自分が今まで見えてこなかった人間の部分が見えるのではないか。それを楽しみに、ひとつ関心を持っている。

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2006年7月 4日 (火)

若冲の絵はがき

 本日より伊藤若冲展(2006.07.04-8.27)が東京国立博物館で始まる。若冲は好きな絵師だが、おそらく観に行く余裕はないだろう。

 若冲といえば、鳥の絵がコロタイプ印刷された便利堂の絵はがきセットを持っていた。千葉市美術館の売店で、買ったものである。コロタイプ印刷の実力が発揮された美しい絵はがきだった。

 もう十年ほどまえのことだが、好きだった女の子に、このうち一枚の絵はがきを送ったことがある。

 だいたい親しくなる女の子とは、将棋でいえば寄るだろうとの予感があって、人生でほとんどはずれることがない。しかし、そのときはまったく読みがはずれて、二人の仲は進展しなかった。けっきょく、その子が、いまどうしているかもわからない。

 若冲の絵はがきは五枚組だったが、折を見てつかいつかい、今では一枚も手元に残っていない。残りの四枚をどんな機会に使ったか、まったく記憶にない。

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2006年6月10日 (土)

本物と偽物の間

 洋画家和田義彦が、イタリア人画家アルベルト・スギの絵に酷似した絵を描いたことがさいきんの話題になっている。
 二つの絵を並べるとあきらかに盗作なのだが、和田義彦はテレビに出演して、絵の具の質感や色彩が、スギの絵とは違って、別の作品だとわかるはずだと述べていた。
 つまらない意見だが、聞くべきところはある。よく出来た贋作は、真作と見分けるのがほとんど困難なほど似ているにもかかわらず、本物とは別の作品だと判断される。
 和田の絵とスギの絵とが似ている度合いよりも、さらに似ている絵同士が別物なら、和田の絵も、スギの絵とは別物といえなくないか。
 和田義彦は、おそらく盗作だとは本当に思っていないのだと感じた。でなければ、あれだけ多くの作品を真似てなおかつ公開するはずはない。
 だが、和田の言うとおりスギの絵に似ているにもかかわらずそれらが盗作ではなく違う作品だ、とは私も認めない。贋作の絵は、本物とは別物であるだけでなく、もとより盗作なのである。絵を構成する決定的な要素を真似ていれば、他の細かいところをいくらいじっても、その絵は盗作である。

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2005年9月10日 (土)

歌舞伎座「東海道中膝栗毛」

 平成十七年九月歌舞伎座公演「東海道中膝栗毛」を観た。愉しんで観たが、その内容に釈然としないものを感じる。お笑いの話だからと言って、全てを荒唐無稽にしてしまってよいのか、考えさせられる。
 私は、歴史考証家ではないが、今回の「東海道中膝栗毛」では不審な点がいくつかある。
 まず、日本橋に「にほんばし」「日本橋」と書いてあるはずがない。
 三百両の富くじに当った弥次喜多は、三百両を懐中携行しようとするが、いくらなんでも重すぎ。文政小判でも一枚13gで三百両では4㎏弱。仮に二分金の百両包みだとしてもかさばる。浪曲ではあるまいし、そうそう大金を現金で持ち歩くのはおかしい。為替にするのが普通である。それに貧乏でも旅に出た原作に比べて、三百両を手元に大名旅行では、本質が変わってしまう。
 口寄せの御礼に一両やっておつりはいらないよ、というのも、一両は現在の価値で十万円ぐらいなので考えにくい。
 終点「倶楽春館」(グローバル館)の門が外開きになっていた。内から外に人が飛び出てくるという芝居の展開上、外開きの方が都合がよかったのだろうが、時代物の扉は内開きでないとおかしい。
 ナンセンスなドラマ仕立てには、それなりの文法があって、上記の点に不審を抱くのは、重箱の隅をつつくようで、無駄だと思うかも知れない。だが、「東海道中膝栗毛」は新感線の芝居ではなくて、歌舞伎座の芝居なのである。今まで培ってきた歌舞伎のリアルさまで捨ててしまうのではもったいない。最低限の歌舞伎のリアルが守られてこそ、歌舞伎なのだと思うが。
 イヤホンガイドだが、見ればわかることしか言わず、じゃまになるだけなので外してしまった。今回、歌舞伎に通じていない人しかわからない他の芝居のもじり(パロディのようなもの)や台詞の流用が多々あった。「馬鹿め」は河内山宗俊の台詞だとか、「幡随院の喜多八というケチな野郎でございます」が幡随院長兵衛と白井権八の鈴ヶ森の出会だとか、イヤホンガイドが説明してくれればよかった。口寄せでの歴代役者とかもイヤホンガイドならもっと詳しい説明ができたはずである。台本が流動的で台詞の変更が多かったり、うがった台詞が捨て台詞(台本にないアドリブの台詞)だったりして、対応できなかったのかもしれないが、今回ほどイヤホンガイドが活躍できる芝居はなかったはずなのだが。
 筋書き(パンフレット)にある村松友視の解説もよくない。筆者に『東海道中膝栗毛』現代語訳本を出版した実績があるためだろうが、解説能力は大学院学生未満である。紙幅の関係もあってかほぼ通説と俗説で埋まっており、筆者の個性が感じられない文章なので、本人も書いていてそれほど楽しくなかったのではないか。
 「曲亭馬琴などは、『あんなものがなぜ売れるのか』と鼻白んだというが」と書いているが、馬琴を悪役に仕立てる俗説ではないか(原拠を知っている方ご教示下さい)。馬琴は一九に関して「一体一九とは、ふかくも交り不申候へども、気質は悪からぬ仁と見うけ申候」「一九は浮世第一の仁にて、衆人に嬉しがられ候故、遊歴の先々にても、餞別の所得格別なるべし」(文政元年十二月十八日鈴木牧之宛書簡)と記しており、一九の評価は低くない。
 一九が棺桶に花火を仕掛けた話が虚妄であることは、棚橋正博が『笑いの戯作者 十返舎一九』(勉誠社、平成11)で丁寧に論証したことだが、全く考慮に入れられていない。「発端」についても中山尚夫『十返舎一九研究』(おうふう、平成14)に考察があるが気づいているのか。『源氏物語』や漱石の研究なら見落としもあるだろうが、一九に関する本など、この十年間で数えるほどしか出ていない。文学研究者の研究成果が一般社会に及ぼす影響とは極めて微弱なのだと、今更ながら歎息してしまう。

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2005年9月 9日 (金)

イヤホンガイドとオペラグラス

 歌舞伎を劇場で観るときは、かならず筋書きを買い、イヤホンガイドを借りるようにしている。伝統芸能である歌舞伎は、解説がないとよくわからない場合が多いので、いささかなりとも知識面での充足が得られるなら、それを求めるのが初心者としては適当だと思っている。実際のところ、歌舞伎も本腰を入れて見始めて十年ほどになり、歌舞伎の書籍も少なからず持っていて、初心者からはなんとか脱出したようだが、イヤホンガイドはいまだに使っている。
 このイヤホンガイドというのは、仲間内の研究者の中では使っている人がほとんどいない。私以外では、耳がやや悪いことを理由に挙げた一人しか利用者を知らない。ある歌舞伎研究者に至っては、イヤホンガイドは一度も使ったことがないと言った。
 とはいうものの、舞踊の場合、私はイヤホンガイドを使わない。解説が親切すぎて、唄が消されてしまうからである。もっとも所作の意味を説明したりしているので、すべての意味を追うにはイヤホンガイドを使った方がよいのかもしれない。最近観た、平成十七年九月歌舞伎座昼の部の「豊後道成寺」(中村雀右衛門)のように、台詞がよくわかっている「道成寺」なら、イヤホンガイドなしで問題ない。
 イヤホンガイドに抵抗がない代わりに、オペラグラス(実際は双眼鏡なんですが)の使用はここ三年ほどのことである。小劇場から芝居に関心を持った私にとって、オペラグラスの使用は異例のことであった。まず、オペラグラスで舞台の一部分だけを見ることは、芝居全体を見損なうことに感じていた。また、ひとつの眼鏡を使って間接的にお芝居を観ることは、芝居の持つ「生」の感じを失わせることだと思っていた。
 ところが、父が埼玉に来て、西武ドームへ野球を観に行こうという話になったときに、父は双眼鏡がなくては嫌だといって、急遽双眼鏡を買うことになった。父が長崎に帰った後も、双眼鏡は手元に残って、ためしに観劇に利用してみたのである。
 私は歌舞伎座なら三等Aで通常見るようにしている。三等Aでは、衣裳の柄や表情など細かいところはあまり見えない。それが、オペラグラスなら詳細に確認できるのである。大喜びして以後、オペラグラスは大劇場での観劇のお供になっている。オペラグラスの使い始めが日常生活で眼鏡を使い始めたころと一致しているのも、オペラグラスへの偏見が減少した理由かも知れない。
 歌舞伎なんて爺さんが娘を演じたりするのを見なければならないので、ちょっとぐらい見えない方がいいんだなどという意見を聞いたことがあるが、先の「豊後道成寺」で八十五歳の中村雀右衛門はオペラグラスで見ても何の瑕疵もなく、その美しさと踊りを堪能できた。

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