2007年6月 6日 (水)

靴底

 中学時代に剣道部でありながら陸上部に借り出されていた経験もあるし、歩き方には自信があった。歩くのが速いが、足音はうるさくなく、靴底の減り方は均等である。
 ところが、ここ一年半ほど使った靴の底を見ると、右足かかとの外側がものすごく減っている。車を運転すると、そこが下にあたるので、そのせいで減った可能性がまずある。
 つぎに、子どもを抱っこして歩き回ることが多いので、子どもを抱えている右側に余分な荷重がかかっているためかもしれない。

 靴底がたいへんすり減った靴を使うのは、腰への負担が増えるはずで、早めに買いかえるにこしたことはない。
 とはいえ、本ならお金は惜しまないが、衣料品にはお金をかけないので(十年以上着ている服がたくさんある)、思い切った買い換えができない。他に履く靴がある(これもボロボロだが)のも原因かもしれない。

 なお、これも十年ほどまえだが、秋葉原で靴底が斜めになるまですり減った人を見た。秋葉系というべき、とても太った男性だった。普通の人なら立っているのも不可能と思われるほど、急なすりへりかただった。不均等にすり減った靴底というと、それを真っ先に思い出す。

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2007年3月22日 (木)

手ぬぐい

 かつては、ハンカチとティッシュをいつもポケットにいれた半ズボンの小僧だった。今はハンカチをほとんど使わず手ぬぐいになっている。
 手ぬぐいのいいところは、ハンカチよりもたくさん拭けること。「かまわぬ」や「よきこときく」などが染めてある。六七年前から使っているのだが、最近になってブームのようで、手ぬぐいを使っている人をけっこう見る。
 例のハンカチ王子が手ぬぐいを使っていれば、もっとブームになっただろうに残念である。もっとも手ぬぐいだったら、王子ではないか。
 扇子と手ぬぐいは咄家のもちものだが、八代目桂文楽は、舞台ばえがするからという理由で、白ハンカチを使っていた。文楽の高座の映像はいくつか見たことがある。煙管に見立ててたばこをすうのが上手いので、扇子は強く印象に残った。だが、ハンカチの記憶はあまりない。白黒映像のせいかもしれない。

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2007年3月17日 (土)

スキーウェア

 いまさらの初雪にちなんで、お蔵入り記事から雪に関する話題をひとつ。

 冬のいい外套をもたなかったので、スキーウェアを着ていた時期がある。
 1992年に買ったものだが、当時流行の極彩色のものではなくて、緑のごく地味なもので、ぎりぎりのところで、日常で着られない服ではなかった(着るなと言われたこともあるが)。
 野外での大道具作成のときにも着たので、ペンキがところどころついた。にもかかわらず、その後数年のあいだ、スキーにはそれを持って行った。
 面白いのは、それがスノーボード用のスキーウェアだったこと。足回りが太くなっているのが特徴である。1992年にはスノーボードはまったく流行っていなかった。私が買ったのは、売れないで安くなっていた品である。その後の、スノーボード用ウェアとはまったくちがうデザインである。
 もう捨ててしまったが、スキーウェア史のなかでは珍品だったかもしれない。

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2006年11月15日 (水)

見たののはじめ

 ロリータファッションというのは、私自身、1997か1998年あたりに見たのが最初である。私が小屋付のアルバイトをしていた劇場で開かれた、ある講演会のお手伝いをしている女の子がいた。劇団関係では、演出家や劇団主宰者の、妻や娘が手伝いをすることが珍しくない。小柄なこともあって、さては講演者の娘さん、ちいさいのに感心感心と思っていたら、背は低いものの、実は二十四五ぐらいで、講演者の小説家のファンだとわかった。
 その当時と比べて、ロリータファッションの人をみる機会は多くなったが、最初に見た(*_*)という印象は忘れられない。

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2006年8月13日 (日)

お面

 ある夏祭りで、息子がせがむので、ボウケンジャーのお面を買ってやったが、なんと800円!!。道理で私が子どもの頃に一度たりとも買ってもらったことがないはずだ。
 まあ、息子もうれしそうに遊んでいるのでよかったが、お面で遊んだという経験が私にはない。息子を見ていると、人間にはお面をかぶりたいという欲求が本能的にあるのだとわかる。能も狂言もそういうことか。楽しいのかな。あの面かぶって。

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2006年7月23日 (日)

眼鏡屋と鏡

 先日、眼鏡を新調した。あまりに傷だらけになったためである。眼鏡屋にいって、ためしに眼鏡をかけて気づいたのだが、その眼鏡屋には全身が映る鏡がない。伊丹十三は、全身のうつる鏡のない靴屋は靴屋ではないと述べた。だったら、全身がうつる鏡のない眼鏡屋は眼鏡屋ではない。
 そう大上段に構えたいところだったが、ためしにあるフレームをかけて気づいた。度が入っていないと、全身はもとより、自分の顔すらはっきりしない。小さな鏡に、顔をうんと近づけて、似合っているのかやっとわかるぐらい。道理で大きな鏡がないわけである。
 ちなみに、店員といろいろ相談できたこともあって、その眼鏡屋では満足のいく眼鏡が作れた。接客もよかったと、満足した。

 私が眼鏡を作ってから一週間ほどのち、その眼鏡屋の前をほぼ午前0時ごろに通ると、店長が店員を集めて、なにやら訓示している。社員教育が行き届いているとか、商売熱心とかいう以前に、怖さを感じた。

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2006年3月20日 (月)

眼鏡の汚れ

 芝居の関係者でSさんという人は、いつも眼鏡が汚れていた。ほんのときおり、不織布で拭くのだが、それがとても楽しいらしい。そんなに楽しいのなら、こまめに拭けばよいものだが、眼鏡がいつも汚れていたのは、汚れをためていたのだろうか。
 また、Sさんはよく眼鏡をかけたまま横になって寝ていた。眼鏡のツルがじゃまになって寝にくいだろうが、ほとんど意に介することなく、Sさんは寝ていた。
 私は視力が弱かったものの、左右の視力が違うこともあって、それほど度の強い眼鏡が作れないので、コンタクトレンズを常用していた。眼鏡は家の中での読書用といった位置づけだった。
 最初の子どもが生まれてより、コンタクトレンズを悠長につけている暇がなくなって、自然と眼鏡を使うようになった。コンタクトレンズに慣れていたころには、眼鏡は重たく耳が痛くなると思っていたが、フレームが軽く、レンズの面積が小さい眼鏡を使うようにしたところ、長時間の使用でも苦にならなくなった。
 眼鏡を始終かけるようになるまで、眼鏡がこれほど汚れやすいとは知らなかった。私の眼鏡は、朝か夕方にクリーナーをつけて拭く以外は、ほったらかしにしてあるので、たいてい汚れている。不織布を買って、手元に置くようにしてみたのだが、いつの間にかどこかにいって見あたらなくなってしまう。
 息子が私の眼鏡をとって遊んだりするので、眼鏡が傷だらけになって、一度買いかえている。買い換えの際に、キズ用の被膜のあるレンズにした。だが、気休めなのか、子どもがよっぽど乱暴なのか、新しい眼鏡も一年たたないうちにキズだらけである。キズがあると、ますます眼鏡は汚れやすくなる。
 他人の眼鏡が汚れていたときには、そんなんでまともに見えるのだろうかと心配していた。ときおり、頭が痛くなるが、けっこう汚れていてもなんとかなるものである。
 眼鏡をつけたまま寝るのもよくやっている。ツルが形状記憶合金なのと、まくらが柔らかいのとで、なんとか寝られる。
 眼鏡も探し求めれば格段によい品が手に入るのだろうが、お金がないのと、消耗が激しいのとで、それほどよい品を使っていない。

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2005年12月21日 (水)

わが床屋遍歴

 今のところに引っ越して二年半になるが、床屋はずっと同じところを利用していた。マスターと徒弟二人で運営されているのだが、マスターは地元の人で、区画整理で交換した土地にビルを建て、貸しビルと床屋をやっている。そんなにあくせくしなくてよいのか、いつも気楽にやっていた。
 最近、マスターが再婚したのがよくないのか、マスターの姿を見ることがさっぱりなくなった。どうやら、パチンコかゴルフで日々を送っているらしい。
 マスターの腕は確かだが、徒弟の方はやや腕が落ちる。ここ半年ほど、マスターに切ってもらったことはない。
 その床屋は、ちゃっちゃと切ってくれるところがよくて、一回切ると四十五分ほどで終った。ところが、弟子だけの状態が長く続くと、規律が緩んでくるのか、私の髪の切り方も手抜きが目立ってくるようになった。
 その床屋に見切りをつけようか、かなり迷っていたのだが、前回とうとう弟子に三十分で、デタラメに髪を切られて、もうやめにすることにした。
 次回より、ものすごく安い床屋に行くつもりである。

 そもそも、東京に出てきて、自分の意志で床屋を探さねばならなくなった。東京の床屋の感想は、高いの一言に尽きた。久我山の橋のたもとにある床屋を使っていたが、たいしたことはしない割りに、四千円を超えていたと思う。私の髪型といえば、剣道をしていたこともあって、長い間スポーツ刈りだった。大学でもそうである。
 一度、教養学部の研究棟の一角にある床屋に行ったことがある。壁にかかっている「レイザー」など三点のメニューに疑問をもち、どんな髪型か質問したところ、「かかっているメニューはすべてお客さんよりずっと長い髪の人の髪型です」とぶっきらぼうに言われた。長い髪の大学生用のメニューが多いことに時代を感じた。その床屋はその後三年ほどして、研究棟の取り壊しとともになくなった。
 池袋に移ってからは、大塚近辺の安い床屋に乗り換え、豊島区立中央図書館に行くついでに切っていた。刑務所(今はないが)に近いところの床屋は、出所者を使っているので安いというのは、都市伝説だと思うが、なぜかそのあたりの床屋は安かった。
 お金と時間がなくなったころに、劇団の女の子に切らせたこともある。もちろん、左右非対称になってひどいものだったが、芝居にかかわっていたころは、いつも帽子を被って過ごしていたので平気だった。
 綾瀬に移ると、大塚には行けなくなったので、国会図書館にある床屋をよく使っていた。市場原理が働かない位置にある床屋なので、ハサミの切れ味や、腕前はそんなによくなかったが、調べ物のついで、あるいは時間つぶしに、髪を切ることが出来て便利だった。
 その後、金欠もあって、神田の日本古書会館のすぐ近くにある二千円程度の床屋で切ることが半年続いた。ここは、人の腕前にかなりばらつきがあり、とても我慢ならない人にあたって二度と行かなくなった。
 かわりに、綾瀬の住居のすぐちかくにある、おばさんひとりがやっているなんでもない床屋に通った。おばさんの亭主は、文字通り髪結いの亭主のようなもので、床屋の二階に旅行代理店を一人で営んでいたが、おばさんが床屋客を説得して、団体旅行をとらせていたりして、おばさんの力が大きいようだった。
 おばさんはデタラメに切られた私の髪型にとても同情してくれたらしく、部分パーマをあてるなどして、奇麗になおしてくれた。女一人でやっているので、ハサミなどはよく研いでいないようだったが、仕事が丁寧で私は大変満足していた。
 四年ほど前に埼玉のある地方都市に引っ越してくると、あまり考えずに、最寄りの床屋に通うことにした。ここの床屋は、あまり腕が良くなかった。いつも切られた後にぼやいていたのだが、そこにいる間は同じ床屋に通い続けた。ここの床屋の特徴は、店主がハゲていたことである。ハゲを隠すため、海賊のように頭を手拭いで巻いていた。店内にはロゲインなどの育毛剤の宣伝がいくつも掲げられていたが、どうやらその効果は薄いようだった。
 「オレの親父の遺言だ。ハゲの床屋は信用するな」という台詞がある映画を観たことがある。ダイハードだったような気もするが、はっきりしない。その次が最初に述べた床屋である。
 友人に、都内のどこに引っ越しても、幼少の頃から三十年近くずっと同じ床屋に通っているのがいる。そいつの髪型は大したことはなく、どこで切ってもらっても変わらないと思うのだが、同じ床屋に通いたい気持ちはよくわかる。

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2005年12月 7日 (水)

速乾下着

 今はもうすっかり冬だが、十一月上旬の埼玉は秋にしては寒く、九州は秋にしては暑かった。九州ももう寒いだろうと思っていたので、暑さにかなり悩まされた。埼玉と九州のいつもの気温差だけでなく、その時期だけ、向こうの人にとっても暖かだったそうで、本当に暑かった。
 若かりし頃は、汗をあまりかかなかったのだが、年を取ってから体重の増加にともない汗をよくかくようになり、さらには年のせいか汗が臭くなって面倒なことが増えた。
 今回の旅行は、荷物を減らすために下着類は少なめにして、ホテルで洗濯するつもりだった。普通は綿の下着を着ているのだが、一枚だけmont-bellの速乾半袖下着があって、それが旅行には便利だった。
 あまりに便利なので、旅先で速乾下着をもう一枚買うことにした。福岡のキャナルシティを巡り、ノースフェイスで茶色の長袖下着を買った。半袖でよかったのだが、冬には半袖はないらしく、主力商品も速乾から、防臭で暖かい下着に変わっていた。いつも通りLを買うつもりだったが、最近試着せずに失敗したことがあったので、念のために試着して、けっきょくMを選んだ。
 半袖でなく長袖だったのは、大正解で十一月の九州は長袖下着一枚で過ごせた。乾きが早いので二日にいっぺんは速乾長袖下着を着ていた。mont-bellはわずかながらチクチクするのが難点だったが、ノースフェイスにはそういったことがないのもその理由だった。
 あまりに便利だったので、もっと買おうかと悩んでいる。ただし、一枚五千円ほどでは、買うにはかなり気合いがいりそうだ。
 なお、ノースフェイスの速乾下着には不思議な点がひとつある。通常左胸にある小さなロゴが、前だけでなく背中側にもついている(背中の右側になります)のである。ついている理由をご存じの方はおしえていただけるとありがたい。

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2005年10月11日 (火)

ショートソックス

 踝までしかないショートソックスを誰が考えついたのか知らないが、非常に便利なものである。流行っているのは、何年か前から気づいていたが、下品だと思っていた。靴下とは、毛脛が見えないように長めのものを履いておくのが、フォーマルな着こなしだからである。
 だが、今年の夏は暑さに耐えかねて、ショートソックスを試しに買ってみた。涼しくて非常に快適であった。一度ショートソックスに慣れると、もう長い靴下を履くのは御免だという気になる。もともと靴下に脛がかぶれやすかったので、助かった。
 考えてみれば、足袋もそれほど長いものではなく、日本の気候に合っているのだと思う。

補記:以前書いて、あまりに平凡すぎてボツにしていたのですが、ショートソックスも今年はお役御免となると、名残惜しくて、ブログに載せることにしました。

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