2008年2月28日 (木)

料理がわれらを自由にする

 妻によれば、私が母の料理について語るさいごは、「そういう理由で母の料理はまずかった」となるらしい。母の味が恋しいとか、母の作ったアレが食べたいとか、言ったことがないようだ。
 母は料理が下手だった。戦中生まれで、食べられればいい時代に育ったので、ずいぶんとおおざっぱな料理だった。
 だしはたいていあごだしかいりこだしで、臭みをとる工夫をしていないので、鰹だしに比べて劣った。
 他の家庭で食べる料理がなんとうまいのだろうと何度も思った。
 母は料理の感想を聞くのだが、うまいと答えてしまうと、三日は続くので、「まあまあ」と答えることにしていた。
 大学に入って、自炊できて、自分の食べたいものが、自分の食べたい味に仕上げられることは大いなる喜びだった。
 母は、店の料理がうまいのは、化学調味料を使っているからの一点ばりだった。たしかに化学調味料の差はあったかもしれないが、母はすべてを化学調味料のせいにして、料理に対する気配りが欠けていた。
 自分で作るようになって、丁寧に作れば、おいしくなることがわかった。
 学問では研鑽が足りないのか、真理によって自由になったという実感がまだない。
 だが、料理に関しては、自分が料理できることによって、いろんなものから自由になったと感じている。

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2007年4月28日 (土)

麺一本を

 いささか旧聞に属すが、東池袋の大勝軒が閉店した。池袋に住んでいた時期があるのだが、ラーメンの名店と薦められて、大勝軒に行ったのが、もう十一年前(たぶん、このあたり)である。

 朝、何時に行ったかもう記憶がないが、とにかく開店前にもかかわらず、もうけっこうな列が出来ていて、30分以上待ったと思う。注文してから出てくるまではほぼ瞬間といってよい時間だった。

 味はいうまでもなく、たいへんけっこうで、量にも満足した。西池袋ではなく、東池袋に私が住んでいたら、そして午前中は寝ている生活を私が送っていなかったら、何度も通ったはずである。

 驚いたのは目の前に座った客で、つけ麺だったかラーメンだったか忘れたが、一本とっては食べ、一本とっては食べる。食べるのも、また目をつぶり、眉間にしわを寄せ、文字通り吟味するという感じだった。私と変わらない20代前半の若者で眼鏡をかけていた。

 この男性客に驚いた話を剣道の友人の女性にしたところ、あんたがやっていることは、それと変わらないことだよ、と言われた。
 なんにせよ、素直に楽しめばいいところをいちいちこねくりまわさねば気が済まないところがそう見えたらしい。
 たしかに研究のために、本を読むとはそういうことかもしれない。もっとも、女性が言っていたのはそれに限らないようだが。

**GW中は更新を停止します**

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2007年4月16日 (月)

審美に

 雁屋哲作花咲アキラ画『美味しんぼ』第98巻(小学館、2007.4)は「日本全県味巡り 長崎編」で、故郷長崎が扱われていることもあって久しぶりに購入。むかし(おそらく七年ほど前)、古本屋で60巻まで『美味しんぼ』を一括購入したことがあるが、それ以来。なお、そのときの『美味しんぼ』はバイト先に寄付した。

 内容だが、もはや「るるぶ」漫画版という感じ。駆け足で、名産・名物を紹介していくと、旅行雑誌に限りなく近くなる。

 『美味しんぼ』なので、山岡と雄山との料理対決がある。味覚は主観的なので、人それぞれだろうが、長崎の味を知っている身からすれば、山岡側の料理がうまいんじゃないかなというのが率直な感想。

 ド・ロさまそうめん(けっこう食べるが)、六兵衛などは救荒食だし、イギスもうまくはない。そのあたりが割を食って、ぎりぎり山岡側が勝っていると思う。

 勝負は、京極が「双方とも長崎の食文化を見事に掴んだと高く評価するよ。共に優劣付けがたい内容やった。」(219頁)というように、ほぼ互角ながら、

単純に食文化だけでなく、長崎で一番大事な”平和と国際友好”を我々に突きつけて見せてくれた点で、「至高のメニュー」のほうが抜きんでていた。(220頁)

という理由で雄山側の勝利となる。
 どちらかといえば、長崎でもマイナーな郷土料理を集めた雄山側を勝たせてやりたいという、筆者の配慮もあったのかもしれないが、「平和と国際友好」が審美に関係あるかと疑問に感じる。

 もちろん「平和と国際友好」は大事である。諸手をあげて賛成である。だが、絵のコンクール、作曲のコンクールがあったして、「平和と国際友好」が表現されているから、入賞となるとして、どう思うか。
 単なるグルメ合戦ではなく、「平和と国際友好」が表現されているから勝ち、という方針がお好きな方もいるだろうが、私は釈然としない。
 味で勝負しているのだから味で決めればよい。単なる味の勝負だけでなく、テーマがなければだめと作者がしていることは、絵画や音楽と比べて、料理が劣った芸術だと、作者が感じている証しではないか。
 いつもはどちらがうまいか、読むだけでは優劣がつけられないので、見過ごしてきたが、今回は故郷の長崎の料理が扱われ、味が想像できるものだっただけに、違和感があった。

補記:ブログ記事はストックもあったし、新記事も書いていたのですが、なんとなく億劫でなかなか再開しませんでした。

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2007年4月 2日 (月)

甘くない菓子は

 味覚というたいへん主観的な話を一つ。

 うちのマンションの近くにチョコレートとケーキの店があって、高級感を出して、チョコレート一個を二百円で売ったりして、このあたりでは流行っている。

 だが、私は行かない。ひとつは、むかし書いたが店員の態度が好きになれないから。

 二つめはうまくないから。そこのチョコレートは、あまり甘くないのである。妻は、甘くないのが最近の菓子の流行で、カカオの風味が強く感じられるほうが高級感があるというが、私はとうてい受入れられない。

 デメルのザッハトルテを食べてみろ。梅園のぜんざいを食べてみろ。一口食べれば、頭を殴られたほどの甘さだ。「うわー、甘い。甘い」と思いながら食べるのが、いい菓子である。カステラの甘さを減じても、玉子の風味がよくでていて、いつものカステラより美味しいわとは思えまい。
 甘くできないのは、まともな砂糖を使っていない証拠。

 私にとって甘くない菓子は菓子ではない。

補記:新年度だからではないのですが、ちょっとバタバタしています。一週間ほど更新を停止します。

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2006年12月 4日 (月)

たこ焼き

 ふた昔ほど前なら、地方におけるたこやきの販売といえば、スーパーの前の駐車場にあるプレハブの出店が定番だった。作る人の力量や材料の質に影響されやすく、それがうまいたこ焼きなのか、ベシャっとしたたこ焼き、生煮えのたこ焼きかどうかはほとんど運だった。丸山真男も「たこ焼きの味は食べてみるまでわからない」と言っているではないか(嘘です)。

 もちろん、いまもプレハブの出店たこやき屋はあちこちにあるが、次第に銀だこのように外はカリッ、中はフワッの高級高品質のチェーンたこ焼き屋が増えた。

 銀だこのような、高級高品質のたこ焼きを初めて見たのは、十年ほどまえの渋谷である。タワレコの下から東急ハンズに登っていく坂に何軒か出ていた。

 もっとも、学生だったその当時、貧乏だったので、自分で買ったことは一度もない。人が買ってきたものを一個二個食べて、その味に驚いたものの、いつも物欲しげに眺めながら傍を通っていただけだった。

 あるとき、そうしたたこ焼き屋で、五人の店員がいるのに、焼いているのは女の人一人だけで、他の四人の男はただにやにやと女性が焼くのを見ているだけという場面に出くわした。

 店が流行るので店員をたくさん雇い入れたが、けっきょくは古株の女性店員が焼くのが早くて、調理はそれに任せっきりとなったのだろう。

 手持ちぶさたにもかかわらず、所存なさげでもなく、仕事がないことに憤慨するわけでもなく、ひとり焼いている女性店員を後ろで見ながら、ただニヤニヤしていた男たちの表情がつよく印象に残っている。

 Uの結婚式の引き出物でたこ焼き器を買って、自宅でたこ焼きを作るようになったので、上記のことを思い出した。

 実家では、円盤形のたこ焼き鉄板があって、母がコンロで焼いてたこ焼きを作ってくれた。小学生のころは、たこ焼きをかえすのをよく手伝った。
 母のたこ焼きは、丸いお好み焼きという感じで固くもっさりしていた。それが家で作る限界なのだと思っていた。
 だが、自分で作っても、水加減を注意すれば、銀だこはともかく、プレハブのたこ焼き屋に近いものはできた。母のたこ焼きは水が少なすぎたのである。

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2006年11月27日 (月)

鯨の味

 まだ鯨漁が禁止されていなかったころ、長崎の江戸町あたりの魚問屋では、鯨を売っており、その鯨のにおいがプンプンしていた。
 江戸町のとなりの築町にある塾に、小学生のとき通っていたのでよく覚えている。
 小学校の給食でも鯨が出ていた。
 けっこう食べていたのである。
 そういうわけもあって、鯨が食べたいかと言われれば、ああ食べたいと答える。
 ところが、熊本育ちの妻はほとんど鯨を食べたことがないらしくて、鯨に執着心がない。熊本人が執着するのは馬刺しだが、逆に私は全然興味がない。普通に魚の刺身を食べたらどうかと思う。

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2006年11月25日 (土)

ちゃんぽん

 ちゃんぽんは、長崎の郷土料理であり、四海楼の陳平順の考案ということまでわかっているが、チャーハンと同じく、一般名詞のように受け取られている。
 チャーハンにいろいろな種類があるように、ちゃんぽんもいろいろな種類があって、店ごとに大きく違っていても問題ない。
 昔、ラーメンで有名な喜多方に行ったときに、ちゃんぽんがお品書きにあって、ちゃんぽんがあるなぁと言ったら、同行者に長崎のちゃんぽんと比較するなら食うなと、機先をさされた。
 何事もお国自慢の私のことだから、そう思われたのだろうが、先に述べたようにちゃんぽんは一般名詞なので、どんなちゃんぽんが出てきても腹が立たない。
 
 違うと腹が立つのは皿うどんであって、これは堅焼きそばであってはならない。どこがちがうのかというと、豚骨からとったスープを加えているか、片栗粉でとろみをつけた餡がかかっているかによる。

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2006年11月24日 (金)

熊本ラーメン

  さいきん、妻が故郷の熊本ラーメンを食べたがっている。埼玉の近所にも熊本ラーメンを標榜する店があるのだが、魚出汁や醤油が入っているらしくて、妻が求める味ではないらしい。
 熊本に店があったら、醤油ラーメンでも熊本ラーメンなわけと聞いたら、猛烈に怒られた。
 替え玉をしない。ニンニクチップがかかっている。ニンニク油が入っている。長浜ラーメンなどよりも太めの麺。もちろん豚骨だが、長浜ラーメンよりも油濃くない。
 のが特徴らしい。
 妻の職場でも九州の人はラーメンにうるさいですねと、暗に煙たがられているらしいが、食べたい欲がなくならないらしい。
 私なら、池袋に出たついでに桂花や味千に行けばいいのだが、妻は滅多に都内にいかないのでそうはいかない。しかし、むかし池袋の桂花で食べたら、熊本と味が違うと文句を言っていたので、満足しないのかも知れない。私も熊本で桂花を食べたことがあるがよくわからない。
 ホームシックのひとつか思っている。

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2006年11月20日 (月)

もちはもち屋?

 先日幼稚園でもちつき大会。もちの搗き手に呼ばれる。
 もちつき大会は、疲労で帰りに車のキーがまわせなくなるほどですよと聞いていたが、四つの臼で三十五人の搗き手なのできつくない。
 十回で交代。搗くごとに手を入れるのはおかあさんがたの役目。搗いたもちを丸めるのもおかあさんがた。
 もち米は庭に据え置かれた四基の羽釜で炊かれる。これはプロの方?が担当。
 
 なぜか、もちつきに習熟しているおとうさんもいる。
 でも、思ったのだが、もちつきに上手下手は関係なさそう。ちゃんと搗けていれば、普通にもちになる。
 で思ったのだが、もちはもち屋(物事にはそれぞれの専門家がある。「餅屋は餅屋」とも。『広辞苑』第五版)ってなぜ言うのだろう。
 もち作りにそれほど素人とプロに差が出るとは思えない。
 だいいち、今では機械でもちをつく。機械じゃ駄目だね、やっぱり杵と臼で人が搗かないとおいしくないよという人はいないので、機械で作っても変わらないのだろう。
 実家にもちつき機があるけれども、それで作っても変わらないし、むしろ簡便でよい。

 それとも、やっぱり専門家に任せた方がうまくいくという意味ではなくて、誰がやっても同じようなことでも専門として商売にしている人がいるということだろうか。
 ちなみに、江戸時代には師走にあちこちの家をまわってもち搗きを商売にしていた人がいた。

 なお、もちにまつわる江戸時代の慣用句として、提灯でもちを搗くがあるが、こっちはなっとくできました(バレなので解説はしません)。

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2006年11月12日 (日)

〆をコーヒーで

 酒を飲みに行くと、一次会、二次会、三次会とだんだんぐでんぐでんになってくるが、最後の〆を喫茶店でコーヒーにするとよい。
 もう十分酔っぱらっているのでそれ以上飲む必要もないし、最後にさっぱりとして帰ると気持ちがよい。二日酔いの予防にもなるようだ。
 東京ではあまりない習慣のようだが、地方では最後にコーヒーを飲むことが多いらしい。
 先日の結婚式の帰りに旧友Oと二人でプロントでコーヒーを飲んで〆にした。披露宴の午後二時から三次会がおわる午後十一時まで飲んでいたので、酒好きの私もさすがにもうけっこうということで、ブレンドコーヒー。
 翌日、二日酔いなしで子どもたちを遊びに連れて行けてよかった。

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