2006年7月15日 (土)

ニフティのブログは

 おやおや、気がつくともう一週間も更新していません。
 それは、ニフティのブログの管理画面が、七月の五六日あたりから非常に重たくて、九日以降は昼にもログインできず。そして、十一日から十三日までは、ニフティがメンテナンスをして、まったく投稿できなかったからです。
 私は文章を書くよりも手直しするのが好きなので、いちいち管理画面に入るたびに、また何かの操作をするたびに、三十秒近く待たされるのは、我慢がなりません。
 メンテナンス後に、操作感がよくならなければ、もうニフティのブログを使うのはやめようかと思っていました。
 また、ブログも更新しなければしないで、なんともないもので、ここのところ暑さにやられていることもあって、面倒だから、ブログそのものもやめようかと考えていたところでした。
 幸いメンテナンス後の操作性は向上して、我慢できるほどになりました。また、ここ二日ぐらいで気分が上向きになって、なんとか気力が戻ってきました。ネタも思いつくようになってきましたし。
 とはいえ、どこかで仕切り直すのもいいかと、このブログ休みのあいだ思ったのはたしかです。

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2006年6月 7日 (水)

しなくなったネット検索

 ブログをはじめたころに、記事を書く前にやっていたが、いまではまったくやらなくなったことがある。
 当初は、同じネタを書かないように、ネット検索で似たような話がないか確認してから書いていた。
 やらなくなったのは、ネット検索すら面倒になったのと、けっきょく自分が書きたいから書いているのであって、話題がかぶってもかまわないと開き直ったからである。
 論文なら、書く前に同じことを書かないか、発見上の優先権を侵害することがないか事前調査を念入りにしなければならない。学問として誠実な態度をとるなら、ブログでもそうすべきだろうが、ブログはブログである。
 もし、他人と同想のものがあっても、それはたまたまである。
 また、もし他人が私の書いたのと、極めて似たような文章を書いていても、それもたまたまと思う。

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2006年5月25日 (木)

日記は人に見せるものじゃない

 題名を書いたら、もう言いたいことが尽きた(山本夏彦調)。SNS(ソーシャルネットワークサービス)やブログで日記が個人の日記が公開されているけれども、日記とは本来人に見せないことが前提ではないか。
 もちろん、日記文学というのがあるのは知っている。『広辞苑』(第五版)をひくと、

作者自身の体験・感想を年時順に記した文学。国文学史上、普通平安時代から鎌倉時代を中心に和文で書かれたものを指し、女性の手になったものも多い。「土佐日記」「蜻蛉日記」「紫式部日記」「十六夜日記」の類。

と、このとおり。
 こじつけを承知で言えば、日記文学はブログかSNSの文章である。「かな」という新しい表現手段が、日記文学を生んだように、ブログやSNSという手段の誕生が日記の公開をあたりまえのものとした。
 ブログに女性の書き手が多いのも、日記文学からの流れを汲む。また、ブログで日記を書く女性は、みな、なかなかの書き手である。
 私は「いわでもの記」を毎日更新しているが、これは日記ではない。日記として公開するなら、まず面倒で続けられない。中味もいまよりもっと面白くないだろう。日常は、とりたてて見るべきものがないから日常なのである。それを公開して、面白くできるのは感性だろうが、私にはそういったものがない。
 作家といえば、日記をつけている人がほとんどだが、多筆で有名のわりに日記をつけなかったのは太宰治。この人は筆まめで大量の手紙を残しているが、日記はつけていない。つけなかった理由ははっきりしないが、全身虚構の世界にはまっている人だから、日記を書くのは似合わない。

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2006年4月 7日 (金)

愛猫家

 漠然とした印象だが、ブログを開いている人は、愛犬家よりも愛猫家が多いようである。愛猫家の数が多いのか、愛犬家よりもマメなのか、猫は犬よりもその愛らしさをみんなに教えたいと思わせる何かがあるのかはわからない。私が犬しか飼ったことがないからかもしれない。
 1996年か1997年ごろに、富士通パソコンのコマーシャルで、「私のネコ日記」のホームページを作っているところを見せるのがあったと思う。そのころはホームページ作りが盛んになり始めた頃である。
 そのころから、愛猫家とWebの相性はよかったのだろうか。本質的に、Webは愛猫家をひきつける要素があるのかもしれない。
 日本独自のOS作りの中心人物であるS氏の講演を、そのころ聞いたことがある。S氏は「私は別に『私のネコ日記』に恨みがあるわけではないが」と前置きしつつ、「ホームページとは『私のネコ日記』のためにあるわけではない」とくりかえし述べていた。
 確かにIT革命の「革命」はダテではなく、ネット環境の整備によりいろいろなことができるようになった。今や、Web2.0の時代になりつつあって、インターネット環境がもたらす利便性はますます向上している。
 つまらない情報を載せたブログが、検索語の関係で、検索ページの上位にくるなど、庶民的なブログは目の敵にされている面もある。とはいえ、「私のネコ日記」めいたことを紹介するのは趣味として許容されるべきであろう。なにごとも、趣味のレベルにならないと広まらない。
 このブログだって、毒にも薬にもならない、趣味の産物である。

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2006年4月 3日 (月)

ハンドルネームの由来

 HNの由来バトンという遊びで masapfさん(http://masapf.exblog.jp/3355016)からまわってきたものです。私は基本的にブログを書きためてから小出しに載せているので、ふられてから、遅くなりました。

【Q1.貴方のハンドルネームの由来は?】
 本名が岩出茂だから(大嘘)。
 ブログをはじめたときに、コメントのやりとりがあることすら、頭になかったので、ハンドルネームも決めるどころか、意識もしていませんでした。ブログを開設して、最初にコメントをくださった(「グランドホステス?グラウンドホステス?」<2005.05.25>)、「カタカナ語のゴタク」の筆者の方が、「gotaku」の名で書き込んでいたので、お返しのコメントをつけるときに、あまり考えずに「Iwademo」にしただけです。

【Q2.他に別のハンドルネームを名乗っていたことはありますか?】

 友人Aのホームページにコメントを書き込むときに「無用の人」を使ったぐらいです。

【Q3.他の方にどのように呼ばれていますか?】

 本名を知っている人は、たいてい名字です。私の名字が珍しいからでしょう。妻や親は下の名前で呼びます(あたりまえだって)。

【Q4.全く同じハンドルを使っている人を見つけた。さてどうする?】

 まずいないと思いますが。まあ、いるという仮定なので考えてみますが、偶然の一致ならほっておきます。騙りなら、さすがに注意します。

【Q5.ぶっちゃけ、改名しちゃいたかったりしますか?】

 ブログの看板と関係していますから、そう変えられるものでもないですし、今のところ、「Iwademo」で満足しています。

【Q6.ハンドルの由来が気になる人にバトンを渡してください。】

 ぴぐもんさん(http://pigmon1038.cocolog-nifty.com/diary/)でしょうか。ウルトラマンのピグモンを最初に連想しますが、本当のところはどうなのでしょうか。もし、ごらんになっているならば、気が向いたらでいいのでお願いします。

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2006年4月 1日 (土)

プロフィール

 四月一日で身分が無職から、大学の非常勤講師になりました。プロフィールもそれに従って、あらためました。

以前に、

国文学の大学院を出て、現在無職です。

と書いていたのは、世の中への怨嗟や卑下慢がこもっている感じで、結構好きでした。最近は、あまり文句を書かないようにしているのですが、鬱屈した人間の、鬱々とした繰り言としてこのブログをはじめたつもりです。

国文学の大学院を出て、現在大学の非常勤講師です。

となると、平凡というかおりこうさんすぎておもしろくありません。大学の先生なの、しっかりしたご身分ねと感じるかも知れませんが、金額の面でも、天下の英才を集めて教育している点でも、塾講師のころが上でした。

 無職で、家事と育児と研究をしながら暮らしていることに、劣等感はあまりなかったのですが、一年その身分で過ごしていると、肩身の狭い思いをすることがそれなりにあって、ちょっとした身分でも得られてよかったと思っています。
 自分の専門に近いことが教えられるので、それも楽しみにしています。

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2006年1月14日 (土)

アクセス解析

 アクセス解析はホームページあるいはブログ開設の楽しみの一つといわれる。このブログでもアクセス解析をすれば、いまどのくらいの人が私のブログを読んでいるのか、どの記事がよく読まれているのかなどわかって、愉しいだろうとは思う。
 しかし、今にいたるまで一度もアクセス解析はやっていない。アクセス解析のできない、無料のベーシックコースでブログを開設しているためである。税込み473円足してプラスコースに入ればそれができるようになる。金額のため手が出ないわけではまったくなく、いろいろと分析することで有意義な情報を得られることからすれば、むしろ安い。
 アクセス解析をしない理由は、アクセス解析をすれば、アクセス数の増減に一喜一憂するのが目に見えているからである。また、なんとかアクセス数を増やそうと、人気にある記事と同じ分野の記事を多く書くようになるのは間違いない。
 アクセス解析をして心が乱されるよりは、今のままでよい。もともと誰も読まない論文を書いているので、読者が少ないのは平気である。ブログも誰も読まなくても、一向につらくない。
 アクセス解析の楽しみは編集者の楽しみである。少なくとも私にとって、手を出してはいけないもののように感じる。

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