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2010年8月23日 (月)

勘三郎の佐野次郎、吉右衛門の佐野次郎

備忘に手帳に書いた内容を見つけた。せっかくなので、記しておく。本当は一度頭のなかでまとまっていたのだが、都合により、書くには至らなかった。このブログも近いうちに消すつもりだけど。

平成二十二年二月六日歌舞伎座夜の部を観劇。
籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのよいざめ)

BSで二年ほど前(だったかな)に放送していた中村吉右衛門版の佐野次郎を見ていたので、その対比から、中村勘三郎版の佐野次郎を興味深く見ることができた。

勘三郎版と吉右衛門版の違いは、殺しの場面に一番よく現れている。
勘三郎の佐野次郎の方がはるかに用意周到である。刀であることがわからないように掛け軸に刀を入れてきたり、いざという時に畳に足がすべらないように足袋を脱いだりなど(これはカメラ割りで写っていないだけで吉右衛門版にもあるかもしれないが)、準備に余念がない。
前々から八ツ橋を殺す気が満々である。勘三郎の佐野次郎は殺しのきっかけがはっきりしている。美男の栄之丞と醜い自分が比べられていたことへの怒りである。勘三郎の佐野次郎にとって、自分の外見が醜いことは一番触れてほしくないことであるはずである。アバタのコンプレックスが殺しにつながるという点で、佐野次郎という登場人物の設定が生きている。
栄之丞と目があって、すべてを悟った瞬間から、勘三郎の佐野次郎は八ツ橋を殺すことしかすでに考えていない。駕籠を呼んでいるときも、すでに頭はそれでいっぱいである。

吉右衛門の佐野次郎は、本当にいい人である。あんないい人がどうしてという、いい人殺人である。吉右衛門の場合、佐野に帰ってから、うじうじと悩み続け、とうとう殺意をもつに至ったような印象をうける。
吉右衛門版の籠釣瓶では栄之丞(梅玉)も従来の型どおり、悪い人ではなく、子どもっぽさを残す人物として演じる。

それに対して、勘三郎版の片岡仁左衛門の栄之丞は、ワルであって、坂東玉三郎の八ツ橋とあったときも、腕組して、離れてじっと見ている。
八ツ橋も吉右衛門版の福助が、素人から身をおとした女という感じがよく出ているのに、玉三郎の八ツ橋は太夫として手練手管に長けた女という感じである。

勘三郎の佐野次郎も、吉右衛門の佐野次郎と比べて蔭がある。
大学生のころ、クロネコヤマトの荷分けの徹夜バイトのあと、早朝の池袋のてん屋で天丼を食べていると、水商売らしき若い女性が三人入ってきた。ある女性が**さんはいい人よねというと、別の女性がお客で来る人ってどんなにいい人に見えても、どこかおかしいところがあると力説していたのを思い出した。
佐野次郎はいいお客だとみんながいうし、吉右衛門はそう演じるものの、実際のところ、勘三郎の佐野次郎のようにどこかおかしい感じがする(化粧でまずそれがわかる)のが自然なのかもしれない。

吉右衛門版の中心人物たち(佐野次郎・八ツ橋・栄之丞)が基本的に悪人ではなくて、釣鐘権八という小悪人の讒言から、ひどい方向に運命が転がっていくのに対して、勘三郎版は八ツ橋も栄之丞もひと癖もふた癖もありそうな感じである。

吉右衛門版では中村福助の八ツ橋は「今さらのこのこ出てくるなんて。ああ危ない」と思わせるのに、玉三郎の八ツ橋は自分の美に自信があって、あれほどひどい目に佐野次郎をあわせておきながら、自分ならこれからもなんとかできると思っている様子がうかがえる。

殺したあとは、吉右衛門は従来の型どおりに、刀を見ている。自分が殺したことに意識がある。刀を見つめながら「オレは殺した、殺した、殺した、殺した…」と思っているのであろう。吉右衛門の佐野次郎は自分の暴力を見つめている。
BSの対談で、吉右衛門が「満座の中で恥をかかされた男がいったいどういう行動に出るか」という話と、籠釣瓶を解説していた。吉右衛門の佐野次郎は「満座の中での恥」が心から拭えなかったのである。吉右衛門の佐野次郎は縁切りから四ヶ月のうちに思いつめた感じがする。

一方、勘三郎の佐野次郎は、周りは関係がない。連れていった商人仲間がやいのやいのと自分を馬鹿にしたことなど関係がない。コンプレックスの一番痛いところをついた八ツ橋だけが憎い。自分が八ツ橋にどう復讐できるか、できたかが問題である。だから勘三郎の佐野次郎は、死んだ八ツ橋を見つめているのである。
勘三郎版の佐野次郎は、シェークスピアのオセロを想起させた。男のコンプレックスに火がついてたいへんなことになる点が似ている。きっかけが小悪党(籠釣瓶では釣鐘権八、オセロではイアーゴー)の讒言なのもそうである。
籠釣瓶花街酔醒は救いようのない悲劇である。勘三郎はいろいろと新しい演出を試みたようだが、それぞれ合理的でよく効いていたと思う。

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