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2009年12月18日 (金)

故郷の山 その一

 書いてほったらかしにしていた記事を載せます。

 東京二十三区出身の人には、ピンと来ない話かもしれないが、関東平野のように平地が続いて、山がほとんど見えない地域は日本では少ない。
 たいていは故郷の山というべき山々が見える。
 私は長崎で生まれ育った。長崎は極端に平地の少ないところである。山があって、わずかな平地があって、もう海である。諫早ていどの平地でも、格段にめずらしい。
 大阪で長く過ごした母は、長崎は閉鎖的閉鎖的とつねづね言う。たしかに、山と海に囲まれたわずかな土地が世界のすべてといった生き方をしている人も多い。
 その一方で、世界が狭すぎるために、山の向こうには何かがあるはず、海の向こうには何かがあるはずと、外の世界に目を向けて育った人も多いと思う。かくいう私がそうである。
 
 妻は熊本出身だが、熊本のよくないところは、平地が多くて、海か山で隔てられるところまで、あるていど見通せることである。ちょうど、見えるところまでを手に入れられそうなのである。(よくいえば)独立的な熊本人の気質はそこから生じるような気がする。

 昨年仕事の都合で総武線で千葉方面へ行くことが多かった。
 江戸川を渡るとき、ちょうど和洋女子大学の建物が見えるあたりに、国府台城趾があることを知った。
 国府台城は、歴史上の国府台合戦の城でもあるが、里見八犬伝の対関東管領戦にも登場する城である。
 江戸川を渡るたびに、目の前の景色と、脳内で展開する八犬伝の軍兵らが二重写しになり、心がわき立った。線路が高架なので、目の前は平地に大河である。

 馬琴は深川に生まれ育った。深川からは江戸初期に廃城になった国府台城がよく見えたはずである。八犬伝の対関東管領戦は、三国志を下敷きにすることもあって、日本の小説としては、珍しく壮大な合戦場面が描かれる。馬琴が平地で生まれ育ったからこそ、そういった場面が書けたのだと思う。
 馬琴にとって、見慣れた国府台城とその前の平地や川に、軍隊を展開させることなど、難しくなかったはずである。馬琴が猫の額のような土地に生まれ育ったのであれば、もう少しせせこましい合戦場面になったのではないか。

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