箸をおとすほどでは
『三国志演義』第二十一回で、曹操が劉備とともに英雄を論ずる場面がある。劉備が袁術、袁紹をはじめ、各地の群雄の名をあげるものの、曹操はことごとくとるに足らないと評したうえで、「当今、天下の英雄と申せるのは、それ、貴公と、このわしじゃよ」(立間祥介訳)と述べた。劉備はその一言で箸を取り落とすものの、ちょうど鳴った雷のせいにして、曹操の気をそらせた。
十代の頃に読んだときは、曹操という英雄が劉備という英雄についてちゃんと知っていることを示すよいエピソードだと思った。
しかし、三十代もなかばになって読み返すと、まったく違った感想しか得られない。
いま読むと、曹操が劉備に語ったのはまったくのリップサービスであり、真に受けるのはどうかしているとしか思えない。
私はたいした人物ではないので、他人からもたいした評価は得ていない。それでも、ごくまれに評価するお言葉を目上の人からいただくことがある。若い頃は、欣喜雀躍して、これからも頑張ろうと素直に思っていた。
ところが、自分の人生をふりかえってみると、あのときのほめ言葉はお世辞だったかと思う場合がほとんどである。かつて喜んだ以上にがっかりする。
あまり後ろ向きに考えてもしょうがないので、期待の割には、自分の努力が足りなかったと考えるのがよいのだろう。
なにはともあれ、他人に決して空世辞を言うまいと心がけている。
追記(2008.06.27):高島俊男『お言葉ですが……』別巻一(連合出版。2008.05)で知ったのですが、もとは『資治通鑑』にあるエピソードのようです。
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