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2008年4月28日 (月)

箸をおとすほどでは

 『三国志演義』第二十一回で、曹操が劉備とともに英雄を論ずる場面がある。劉備が袁術、袁紹をはじめ、各地の群雄の名をあげるものの、曹操はことごとくとるに足らないと評したうえで、「当今、天下の英雄と申せるのは、それ、貴公と、このわしじゃよ」(立間祥介訳)と述べた。劉備はその一言で箸を取り落とすものの、ちょうど鳴った雷のせいにして、曹操の気をそらせた。

 十代の頃に読んだときは、曹操という英雄が劉備という英雄についてちゃんと知っていることを示すよいエピソードだと思った。
 しかし、三十代もなかばになって読み返すと、まったく違った感想しか得られない。

 いま読むと、曹操が劉備に語ったのはまったくのリップサービスであり、真に受けるのはどうかしているとしか思えない。

 私はたいした人物ではないので、他人からもたいした評価は得ていない。それでも、ごくまれに評価するお言葉を目上の人からいただくことがある。若い頃は、欣喜雀躍して、これからも頑張ろうと素直に思っていた。
 ところが、自分の人生をふりかえってみると、あのときのほめ言葉はお世辞だったかと思う場合がほとんどである。かつて喜んだ以上にがっかりする。

 あまり後ろ向きに考えてもしょうがないので、期待の割には、自分の努力が足りなかったと考えるのがよいのだろう。

 なにはともあれ、他人に決して空世辞を言うまいと心がけている。

追記(2008.06.27):高島俊男『お言葉ですが……』別巻一(連合出版。2008.05)で知ったのですが、もとは『資治通鑑』にあるエピソードのようです。

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2008年4月26日 (土)

名跡あれこれ

 ずいぶん昔、藤浦敦『三遊亭円朝の遺言』(新人物往来社、1996.7)で、六代目三遊亭円生が三遊亭円朝の名跡を継ぎたがっていたことを知り、とてつもない野心だと思った。
 しかし、円生について詳しくなればなるほど、円朝の名跡を継ぐなら円生しかいなかったのでは、と思うようになった。三遊亭円生ほどの咄家は不世出である。円生を育て上げた江戸・明治の名残のある時代環境が雲散霧消していることを考えると、円朝と円生の差は、今後あらわれてくるどんな咄家と円朝の差よりも小さいのではないか。
 
 ポッドキャスティングのお台場寄席に出た川柳川柳が三遊亭円丈について、「あいつは最近古典をやっている。円生の名跡を狙っているんだ」といって笑いをとっていた。
 川柳はもちろん冗談で言ったのだろうが、けっこう悪くないとじわじわ感じている。
 三遊亭円丈は新作落語の雄である。柳家金語楼いらいの落語芸術協会の咄家が得意とするような、古い落語の世界を今に移した新作落語ではなく、ドラマの世界を再現するかのようなまったく新しい落語を生み出した。
 円丈流の新作落語の薫陶をうけた、柳家喬太郎、春風亭昇太ら新作派の若手咄家たちは「円丈チルドレン」と自称している。
 八木忠栄『落語新時代』(新書館、2008.1)や雑誌『一個人』2008.5号でようやく円丈も評価されるようになったが、円丈の評価はこれからあがる一方でさがることはないはずである。
 円丈は、現代の新作落語のある系統に祖にあたり、その流れは時代が経つほどますます広がっていく。
 百年後に円丈が円朝ほどに評価されていることも充分ありうる。
 
 初代三遊亭円生は、三遊派の祖にあたり、現代につながる落語の最初期(寛政ごろ)からある由緒正しい名跡である。
 六代目(昭和の名人)の円生は(笑点の)円楽に継がせる気があったのだろうが落語協会からの脱退騒動を経て、円生と円楽は疎遠になってしまった。
 三遊亭円窓は、五代目円生(六代目の父)と六代目円生の前名である。よって、今の六代目円窓も円生を継ぐだけの資格があると、六代目円生は思っていたかもしれない。
 三遊亭円丈といえば、落語協会脱退騒動の暴露本『御乱心』を出し、その中で自分の心の中の円生は死んだと記したので、円生を継ぐことなどありえないだろう。
 それにしても、2008年でおおよそ、川柳77才、円楽75才、円窓68才、円丈64才である。円生の名も継がれることのないまま、弟子たちも相当歳をとってしまった観がある。
 無理は承知で、円丈が円生になったりしないかなと、夢想する。

 人間国宝の五代目柳家小さんを息子の三語楼がついで、六代目柳家小さんになったことについて、非難するひとはそれなりにいる。実力が重視される芸の世界で、血縁でなったことに対する嫌悪感があるのかもしれない。
 名跡というものは、あとの人がどんどん継げばいいと思う。たとえ、今の人がセコくても、先代はよかったと言われるだけで、価値がある。名跡そのものが忘れさられるよりはマシである。
 分不相応な襲名であっても、先代に近づこうと努力するきっかけとなり、結果として、先代に負けない名人になったという例は、歌舞伎を見るとよくある。
 名跡を継いだプレッシャーというものは、継いだ本人しか味わうことがない。芸を観る者は、プレッシャーによる精進の結果だけを楽しめるのだから、たいへん得といえよう。

追記(2008.6.27):円生の名跡は三遊亭鳳楽が継ぐことでおさまりそう。

私は名跡を次の人が継ぐことに積極的な態度です。堀井憲一郎『落語の国からのぞいてみれば』(講談社新書。2008.06)も同様な態度のようです。

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2008年4月25日 (金)

口約束の世界に生きているので

ひと月前ほど、ウイルスセキュリティ会社のS社から、ソフトNについての自動更新のお知らせがきた。ほうっておくと、ソフトの使用が自動更新されて、お金はクレジット会社から自動引き落としされるらしい。
すでにNの使用はやめて、プロバイダー会社のセキュリティソフトに変えていたので、メールにあるURLをたどって、停止の手続きをした。

ところが、S社から自動延長をおこなって、クレジット会社に請求の手続きをしたとのメールが来た。
仰天して、前に来たメールを読み返すと、
メールには「自動延長(▲▲・オンゴーイングプロテクションというらしい)をとめるURL」と、「『再ダウンロード保証サービスの期限自動延長』をとめるURL」があって、私がとめたのは後者だけだったのであった。

あわててS社のサポートセンターに電話したが、いまさらどうしようもなく、S社のソフトを使ってくださいとのことだった。

5985円の損失である。

はらわたが煮えくりかえって、またぞろこのブログに文句を書こうかと思ったものの、先日A社に腹を立てたばかりであるし(2008.1.08の記事)、メールをよく読んでいなかった自分が悪いものと思って(少なくともこの記事を匿名にすることで)我慢することにした。

S社としては、ウィルス対策ソフトが期限切れで勝手に止まっては悪かろうとの親切心でそういった仕様にしているのだろう。
だが、ネットで検索したところ、私同様に意志に反して更新されて、泣き目を見た人も少なからずいるようである。

S社の件といい、A社の件といい、契約書をよく読まずに失敗するのはなぜかと考えてみると、ひごろ口約束の世界に生きているからだと思い至った。
今年度も相変わらずの非常勤暮らしだが、非常勤先の口が今年度からひとつ増えた。非常勤だが、その口はもちろんのこと、今の今まで非常勤をはじめる際に、賃金をはじめ、契約らしい契約をしたことがない。辞令はもらうことがあっても、契約が書いてあるわけではない。
採用にあたって、労働条件や賃金報酬を書いた契約書を抜きにして、働いているのである。

本の出版もそう。なんとなく約束して、やっている。執筆料とか印税とか、ある場合もあるが、出るまでよく知らされない。契約書などない。もっとも、執筆料や印税がまったく入らない場合は、通知だけはしっかりくる。
しめきりもいちおうはあるが破った場合の罰則など、あるのかないのかわからない。締め切りが守れなかったことは多々あるので、その点は助かっているのかもしれない。

私がちゃんとした会社につとめていたりすれば、すべてのことに契約書を要求し、また手元にくる文書にぬかりなく目を通して、損をするようなことはないのだろう。
さいきん、商社出身の方が主催するセミナーで定期的に講師をしている。まず最初に、ちゃんと契約書を渡されたので、とても気持ちがよかった。

私は今後も口約束の世界に生きていくはずである。それで、どれだけ損をするのだろうとふと考えてしまった。

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