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2008年2月28日 (木)

料理がわれらを自由にする

 妻によれば、私が母の料理について語るさいごは、「そういう理由で母の料理はまずかった」となるらしい。母の味が恋しいとか、母の作ったアレが食べたいとか、言ったことがないようだ。
 母は料理が下手だった。戦中生まれで、食べられればいい時代に育ったので、ずいぶんとおおざっぱな料理だった。
 だしはたいていあごだしかいりこだしで、臭みをとる工夫をしていないので、鰹だしに比べて劣った。
 他の家庭で食べる料理がなんとうまいのだろうと何度も思った。
 母は料理の感想を聞くのだが、うまいと答えてしまうと、三日は続くので、「まあまあ」と答えることにしていた。
 大学に入って、自炊できて、自分の食べたいものが、自分の食べたい味に仕上げられることは大いなる喜びだった。
 母は、店の料理がうまいのは、化学調味料を使っているからの一点ばりだった。たしかに化学調味料の差はあったかもしれないが、母はすべてを化学調味料のせいにして、料理に対する気配りが欠けていた。
 自分で作るようになって、丁寧に作れば、おいしくなることがわかった。
 学問では研鑽が足りないのか、真理によって自由になったという実感がまだない。
 だが、料理に関しては、自分が料理できることによって、いろんなものから自由になったと感じている。

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