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2007年9月30日 (日)

兄弟と兄弟愛

 親の立場からすれば子どもは多ければ多いほどよい。その方が幸せである。だが、子ども同士にとって、兄弟が多いことは幸せとは限らない。兄弟が四五人ぐらいになると、仲の良い悪いが必ずでてくる。源平なり、戦国武将なりを見ればよくわかるように、兄弟喧嘩が殺し合いにまで発展することは珍しくない。

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2007年9月29日 (土)

返信のマナーは

 文系(私の関係する国文学)でほぼ暗黙の了解となっているメールのマナーに、メールを返信する際に、前のメールの文章は消すこと、題名を「Re:(前のまんまの題名)」にしないことがある。
 野口悠紀雄も、自分の文章が返信の文章と一緒に載っていたり、同じ題名で返ってくるのは気持ちが悪いといったことを本に書いていた。

 だが、理系ではそうではないと察している。
 理系の友人とメールのやりとりを複数すると、そのつど前のメールの文章が増えていくが、いちいちそれまでのメールを探して見返さなくてよいので楽である。それに、件名が変わってしまうと、何のメールだかわからなくなることも多い。美意識に問題がなければ、複数人とのやりとりが、複数回になればなればなるほど、メーラーの返信機能を使って、題名や前の文章に手をつけないほうが便利といえる。

 そういうわけで、国文学関係のメールではどちらで返信すべきか、いつも悩む。

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2007年9月27日 (木)

大統領制にでも

 参議院選挙に勝った自信からか、だれが首相になろうとも民意をうけた首相ではないと民主党は言うが、違うのではないか。
 民意をうけた国会議員が選んだ総理大臣なのだがら、それでいいのではないか。
 はっきりいって、民主党のその発言は、総理大臣を間接選挙で選ぶという現在の政治体制の否定である。
 民主党は、一院制でも、大統領制でも提案すればよい。

 それはともかく、大統領制に日本もすればと思う。そうすれば、大統領選挙候補者の間で、年金の財源は今後どうするのか、外交はどういった政策をとるのか、膨大な額になった国債はどうするのか、消費税はどうなるのか、といった重大にもかかわらずなぜかだれも議論しない政策が、きちんと話し合われるかもしれないと思うからである。

 先日、自民党の総裁選挙があって、福田、麻生の両氏が消費税や福祉財源の問題をとりあげたので、上記の考えを強くした。

 なお、ねじれ国会が問題になるなら、一院制がいいのではないか。現在の衆議院選挙は比例区もあるし、参議院はいらないのでは。

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2007年9月26日 (水)

傘をつぼめて

 浮世絵の名所絵で、ときおり人が傘をつぼめながらさしている。からかさ傘お化けが二本足になった具合である。
 よく知られている歌川広重「大はしあたけの夕立」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%A4%A7%E6%A9%8B)を参照先にしておく。
 こういった傘の差し方に、いま傘を差そうというところ、という解説している本があった。もちろん、間違いである。
 なお、「大はしあたけの夕立」に関して、江戸は風も強かったからと、江戸の雨はななめに降るのである、と格好良く言い切った解説を読んだことがある。
 浮世絵なら、浪花百景「道頓堀太左衛門橋雨中」(http://fukeiga.library.pref.osaka.jp/kekka.phpから探してください)でもななめである。
 大坂の雨はななめに降るのだ、と言い切ってもなぜか格好良くない。
 他の名所絵にも、ななめの雨はいくらでもある。
 それにしても、いま傘をつぼめて差している人はほとんどいない。視界が保てるはずのビニル傘でもいない。なぜそうなのか不思議に思う。

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2007年9月23日 (日)

朝青龍と花筏

 私がブログを休んでいる間に、朝青龍の巡業すっぽかし事件があって、大騒動になった。いろいろな識者が巡業は、土俵入りをするだけでもいいから出なくては駄目だと述べた。また、武蔵丸がインタビューに答えて、一年間土俵には登れなかったが、巡業には同行したという話をした。
 それを聞いて思い出したのは、落語「花筏」。
 巡業に横綱の花筏が行けないために、花筏にそっくりな提灯屋が、座っているだけでいいか らと、巡業に呼ばれる。ところが、相撲を取らねばならないことになり……、という咄。
 朝青龍は「花筏」を聴いたことがあっただろうかと、少し考えた。

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2007年9月21日 (金)

松野正子文・瀬川康男絵『ふしぎなたけのこ』について

 何年か前の正月、実家に帰ると、たしかトヨタがスポンサーになって、エジプトについての歴史番組をやっていた。ピラミッドは公共事業であり、雇用を作り出していたという趣旨だったのだが、折しも小泉政権が道路事業をはじめ、公共事業を削減していたころだったので、自動車メーカーであるスポンサーのあまりに露骨なメッセージに苦笑した。
 さて、実家に置いてあった、私が子どもの頃読んでいた絵本を、今の住居にもってきて、子どもに読んでいるのだが、そのなかに、松野正子文・瀬川康男絵『ふしぎなたけのこ』という作品があった。
 梗概は次の通り。

山の奥深くの村に住む「たろ」が自分の誕生日のお祝いのためにたけのこを掘りに行き、近くのたけのこに上着をかけるとそのたけのこがぐんぐん伸びだした。たろはあわてて、たけのこにしがみついだが、たけのこはぐんぐん伸び続け、空高くまで伸びた。たろの親や村人たちがたけのこを切り倒すと、たけのこは山を越え、谷を越えて倒れた。倒れたたけのこにそって、たろの親たちが行くと、おおきな湖のほとりにたろが倒れているのを見つけた。
 湖は実は海であり、たけのこのおかげで、何百年の間行き来が絶えていた海と安全に往復できるようになった。

民話のようだが、れっきとした近代に入ってからの作り話である。
 大人になってびっくりしたのは、この話のたけのこが露骨なまでに高速道路の隠喩になっていることである。高速道路のおかげで、山奥の僻地の村が遠くの人たちと、人の交流、物流ができるようになって栄えましたという話といって間違いない。
 『ふしぎなたけのこ』は福音館から、1966年9月に単行本が出ている(今も入手可能)が、もとは1963年の「こどものとも」(福音館が毎月発行している読切りの絵本)の一冊であった。
 そして、この1963年は、日本初の高速道路である「名神高速道路」の栗東-尼崎間71.4kmが開通した年なのであった(全面開通は1965年)。有名な列島改造論は1972年であるが、高速道路の発展が念頭にあるはずである。

 今は道路事業は見直され、道路公団も分割民営化された。問題となっていた、巨額の高速道路建設費用のことを考えると、きわめて金のかかる高速道路が、手前勝手に伸びたたけのこに置き換えられているのは、ほほえましい。現実をみていない絵空事とは、そういうことをいうのだ、と思っていた。

 ところが、最近になって、高速道路をふしぎなたけのこに置き換えたのは、意外とぴったりしていると思うようになった。高速道路も地方政治家と官僚が勝手に造り始めたもので、土地土地の人たちの意志の反映というには弱い。また、建設資金は、国がほとんどを負担するものであり、それこそ天の恵みといってよいものだからである。
 

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2007年9月20日 (木)

靴底でとまっていたわけ

 停止前の記事が「靴底」(2007年6月6日)でした。
 この記事でやめようと思ってやめたのではなく、この記事の後に続きをのせるひまがなくて、結果的に「靴底」で止まっていました。まだ、記事の在庫はありました。中途半端な内容で、やめますよという意志をはっきり出した記事を書いておけばよかったと、そのあとひと月からひと月半ほどは思っていました。
 しかし、その記事でよかったのではないかと今では思っています。
 きちんと歩いているようで、意外と偏っていたことを暗に示していて、今の自分にふさわしいかと思いました。

 なお、靴はティ○バーランド(広告よけに一字伏せ)の一万五千円ほどの靴を買いました。はきごこちがよくて満足しています。

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2007年9月19日 (水)

パソコンが故障しましたとは

 近世文学研究者の深沢秋男が、2007年6月21日日記に原稿遅延の言い訳とパソコン故障について述べている(http://www2.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=147679&log=200706)。
大部分を引用して申し訳ないが、

●今日も、若い研究者から、原稿遅延の理由にパソコンの故障を告げられた。以前は、原稿が仕上がらない理由は、体調不良とか、関係者に不幸があったとかが多かった。ところが、最近は、PCがダウンしてしまったというのが多くなった。メールも万全ではない。と言うよりも、不安定そのもの。
  (中略)
●時、アタカモ、ボーナスの季節、若い研究者は、予備のパソコンを購入して、こんな機械のために、自分の仕事が遅延しないよう、準備をしてもらいたい。機械に使われるのでは無く、利用する意識が大切だと、思いオリマス。

というもの。引用しなかった部分も含めて、すべておっしゃるとおりである(念のため書くが、「若い研究者」は私ではない)。
 実は、今回のパソコンの故障で、いろいろと差し障りが出て仕事が遅れた。
 編集者にも謝らねばならなかった。用事の言い訳の「法事」ではないが、おそらく仮病ならぬ仮故障と思われたに違いない。
 妻のノートパソコンを借りつつ、ちょっとずつやったのだが。使い慣れていないのと、画面が小さいのとで、苦戦。
 それに、パソコンを直すという手間がなくなるわけではない。
 けっきょく、パソコンが直ってから、全部の仕事を済ませた。

 どんなときでも、プロは二つ道具を持っている。プロカメラマンがカメラを二丁掛けにしているのは有名だろう。
 友人の剣道家は俺はプロだからと、六十万円(八十万だったか)する防具を、二組持っていた。
 パソコンもそうしたいが、システムを含め、データをいつも同期できないので、難しい。

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2007年9月18日 (火)

痛かった辞書ファイルの喪失

**おとといに続いてパソコン故障の愚痴**

 ほとんどのデータは今のところ大丈夫みたいだが、ATOKの辞書ファイルが損傷したのが、とてもとてもとても痛かった。
 私のATOK辞書には、変な読みの戯作者の人名や黄表紙をはじめ、難読の江戸小説の題名が登録してあったからである。まっさらに戻った辞書で書くと不便で不便でしょうがない。
 一太郎ユーザの研究者の知人に、頼めば何とかなりそうだが、辞書ファイルをもらって、のぞいてみれば、この人誰って人名が載ってたり、差別語がたくさん載ってたり、変な言葉がいっぱい登録されている可能性もあるわけで、そう簡単に頼めはしないかと躊躇している。

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2007年9月17日 (月)

SNSに書いていました

 しばらくブログを書くのをやめていたのですが、某SNSに書いていました(mixiじゃないです)。それは、ほぼ日記です。
 「友だち」は、そのSNSに招待してくれた昔からの友人Aだけです。増やす予定もありません。前に書きましたが、日記なんて人に見せるもんじゃありません。ただ、私の場合、誰も読んでいないと書かないので。

 昨年の五月に始めたので、ブログと平行して書いていたことになります。ブログでは、どうしても世の中を呪ったり、毒づいたりという文章は書けないので、日記はそのぶんストレス発散になりました。なにより備忘録として役に立つのがよいです。

 なお、忙しいのがブログをやめていた最大の理由です。忙しいのはちっとも解消されませんが、書いた方が生活にリズムが出てきていいような気がするので、しばらく書きます。

 ブログを書かない間、ネタだけは手帳に書き留めていました。約三十ほどです。けっこうおもしろいのもあれば、まあちょっと書けないだろうなというものもあります。これだけ書くのかと思うと、ちょっとうんざりしてしまうのですが、お好きな方はおつきあいください。

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2007年9月16日 (日)

デフラグの馬鹿野郎

 2006年2月にパソコンを買い換えて以来、一度も全体的なバックアップをとっていないので、することにした。

 マイドキュメントのファイルは、USBタイプのフラッシュメモリに定期でバックアップしていたのだが、iTune用の音楽ファイルや、家族写真などの映像ファイルが増加して、それをとっておこうとの判断である。
 以前使った外付けHDDに、バックアップソフトのライフボートのLB8を使おうと、マニュアルを読むと、まずデフラグをかけましょうとある。
 でもって、デフラグをかけると「遅延データの書き込みエラー」が頻発して、HDDの調子がおかしくなってしまった(T_T)。
 くそ暑い部屋を閉め切ってパソコンを動かしたせいなのか。
パソコンを買って、一年と七ヶ月、いくらなんでも壊れるのが早すぎる。

 DELLのパソコンなので、マニュアルを読んで、HDD診断をかけるとエラーコード7というのが出て、サポートに問い合わせると、HDD換装が必要とのこと。
 それにしても、今のパソコンは二つHDDを積んでいて、幸いCドライブのあるほうが生きていたので、動作不自然ながらもインターネットができたのは助かった。

 セーフモードでたちあげてアクセスをできるだけ少なくして、こわれかけのHDDから、外付けHDDにデータを移す。
 DELLからHDDを送ってもらって、自力で換装。HDDの箱に換装のやりかたが全く書いていなかったのは困ったが、そこはインターネットで情報を得てなんとかやる。
 HDDを積みかえて、データを戻すが、プログラムで動かないものがちらほら。そこで思い切ってXPから再インストール。
 付属のマニュアルがあるので再インストールもできるだろうと、出たとこ勝負で始めてみると、全然マニュアルにない画面が出てきて、どうすればよいかわからず、戦慄。
 PHSからインターネットの検索をつかって、なんとかやりかたを調べて、再インストールも済ませる。

 HDDの費用は一万円ほど。なぜか、交換前のHDDを返さねばならないので、とりはずし前に、念のため市販のデータ完全削除プログラムにかけておいた。

 前はプログラムとデータとがひとつのHDDに混在していたので、今回はデータ専用と、プログラム専用とわけるつもり。
 それで定期的にバックアップをかけるつもり。
 BIOSとは何ぞやとか、パソコンの内部はどうなっていて、どういう働きをしているのか、わかったのが、収穫といえば収穫。推理作家で工作マニアの森博嗣がパソコンは自作できませんと言った理由がわかった。パソコンとは、システムや機械の設定がとても不自由で、構造がほぼ決まっている。プラモデルより不自由かもしれない。
 それにしても、もう生涯、デフラグはかけないぞ、

     **しばらくパソコンの愚痴を書きます**

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