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2007年5月30日 (水)

手筋問題の著作権

 ここ三月ほど、NHKの将棋講座テキストを購入しており、附録の手筋集を解いている。
 手筋集を解いて思うのだが、手筋問題の著作権はどうなっているのか。
 詰め将棋には著作権がある。誰かが作った詰め将棋を、私が自作のようにみせかけて、ブログにアップしたり、本に載せては、著作権法に違反する。

 私は渡辺竜王のファンなので、渡辺明『将棋・ひと目の手筋―初級の壁を突破する208問』(毎日コミュニケーションズ 、2006.08)を持っている。この本と、今年度の将棋講座附録と、問題の重複がままある。
 詰め将棋集なら、既出のものと重複をできるだけ避けるべきである。だが、手筋集は、局面が頻出するから手筋集なのであって、あまりにも稀な例ばかりでも役に立たない。

 手筋集なら、既刊の手筋集を何冊か使って新しい本が作れそうである。しかし、プロがやっても問題ないが、私が本にすれば訴えられそうな気がありありとする(そもそもアマ三級が監修する本を誰も買わないだろうが)。

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2007年5月29日 (火)

印象派でも

 昨日、飯島友治『落語聴上手』(筑摩書房、1991.11)のタイヤキの挿話を使って、飯島友治の落語評論を紹介した。
 今では、落語評論に関して、写実的な演技に偏執的な飯島友治へはシンパよりも、アンチの方が多いだろう。唐沢俊一などは、ことあるごとに飯島友治への悪口を書いている。
 私も飯島友治の落語評論にはほとんど共感しないのだが、それでも時代性というものをさっぴいて評価してやらねばならないと思う。
 戦後の文学界において、批評が実作をリードするという立場から、本多秋五・平野謙・佐々木基一・荒正人らの同人誌「近代文学」が生まれたように、批評が妙に偉い時代があったのである。飯島友治がいばっているのもそういう時代の人間だったからである。
 また、飯島が尊しとする写実的な演技は、そのころの演劇界がスタニスラフスキーシステムにもとづいた写実的な演技を尊しとしたことと、密接に結びついている。
 飯島友治の落語評論も、その時代らしい産物なのである。今の物差しからすれば、おかしいのは当然である。
 
 さきほど、飯島友治の落語評論にはほとんど共感しないと述べたが、裏を返せばわずかながら飯島友治には共感するところが実はある。
 「写実派」からのゆりもどしのせいか、今の落語界は「印象派」が優勢のようである。若い噺家はたいていそうだろう。そういった若い噺家の高座を見ていると、面白ければ演技なんてどうだっていいだろうと思っているのではないかと感じる。
 絵画の印象派だって、写実的な絵を描ける上での印象派なのである。
 1980年代のマンザイブームは、新劇で演劇の基礎を学んだ人たちが、マンザイに流れてきたからという意見もある。
 落語の面白さはストーリーやプロットだけではない。身振り声色、浮世物真似いらいの演技的な要素もある。もうちょっときちんと「演じ」てもいいんじゃないのと、ときおり思うが、これも古い資料の視聴のしすぎなのかもしれない。

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2007年5月28日 (月)

アンツルのタイヤキ、飯島友治のタイヤキ

 飯島友治『落語聴上手』(筑摩書房、1991.11)(よくもつけたりという書名)にある一節を紹介する。
 安藤鶴夫が桂三木助の『芝浜』を褒めたことについて、「安藤さんねえ、『芝浜』の褒め方はタイヤキのアンと同じだよ」と飯島は述べた(57頁)。
 以下がその下りである。

 安藤鶴夫が四ッ谷でタイヤキを食べて「この店のタイヤキはすばらしい、尻尾までアンが入っている」とカンドウスルオ〔記者仲間ではその感動ぶりに対してこう命名していた〕を発揮。尾までアンの入っているタイヤキのお披露目の元祖になってしまいましたが、評論家といわれる人の言としてはちょっと首をかしげた。
 「安藤さん、タイヤキは尻尾の部分にアンが入っちゃいけなんいだよ。あそこは口直しの部分なんだ。職人のおやつで腹っぷさぎに出されたもので、しっかりした家庭ではあんなものおやつには出しゃあしない。職人が汚れた手でそこをつまむ。アンが入っていないからそこが固くなっている。軟らかいところを食べているから最後の固いところで口を締めるんですよ。甘くなったアンをとり、口直しをする部分で、残りは捨てちまった。よしそこにアンが入ったところでなんグラム入る?二十粒かそこらのことでしょう」と話したら、「ハハァ」って言ってました。それ以後は、タイヤキの尻尾にはアンが入っているものとなってしまいましたが。

飯島友治は、安藤鶴夫をやりこめたと思って得意げだが、私は可笑しくてたまらなかった。飯島友治が生きていれば、「飯島さんねえ、あなたの落語評論はタイヤキのアンと同じだよ」と言ってやりたいぐらいである。
 タイヤキをどこぞの店がはじめたさいに、飯島友治が考えたような機能を尻尾にもたせるために、尻尾にアンを詰めなかったとはとても思えない。
 アンコを惜しんだのが自然であり、もっともな理由であろう。職人が尻尾をつまんで云々は、「江戸っ子は宵越しの金をもたない」のたぐいの、負け惜しみのこじつけとしか思えない。尻尾までアンが入っていないのを、かえって口直しになっていいやと開き直ったとしか思えない。
 飯島友治の落語評論を一言でいうと自然主義である。スタニスラフスキーシステムにもとづいた新劇のような、写実的な演技を尊しとする。

同著に落語での模範的な「食べる演技」が記されているが、

左手に椀を持ちます。指は椀を支える形を示し、重さも意識している。右手は箸〔扇子〕をもって構えます。吸い物では蓋があるからそれをとり、口元まで運んでちょっと留める。吸い物は昆布や鰹節でだしをとるので、蓋をとればそのにおいが漂う。口元でそっと留めることによって暗示します。(49頁)

と、万事この調子なのである。飯島友治は落語家を集めて、写実的な演技を指導したが、その飯島友治にまっこうから反発したのが立川談志である。談志の弟子の立川志らくが、『全身落語家』(新潮選書、2000.09。37・38頁)において「写実派」と「印象派」ということばを使って、写実的に演じればよい落語になるわけではないことを説明しているのが、要を得ている(談志自身も同じようなことはいっぱい書いているが、どれに書いてあったか、さっと出てこないので、志らくの文章を参照先にしておく)。

 今では、私自身も、写実的に演じることと、よい落語であることは必ずしも結びつかないと思う。
 理屈のないところに、無理な理屈をつけて、「正しい」ものをこしらえてしまうことが、飯島友治の欠点である。それをよく示すのが、先述のタイヤキの一話であるのに、本人がそれにまったく気がついていないのが可笑しいのである。

      **明日に続きます。**

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2007年5月24日 (木)

自分こそ正しいという文章

 咄家が書くエッセイとは、いかに自分が正しく立派な人間であるかを宣伝したものになりやすいようだ。立川談四楼『どうせ曲った人生さ―落語家Philosophy』(毎日新聞社、1994.07)や、柳家小三治『落語家論』(新しい芸能研究室、2001.07)がそうである。
 日ごろ人に笑われる商売ながら、そういったことには向いていない人がエッセイを書くと、自分の正しさや立派さを強調したくなるのだろうか。
 正直にいうと、先の二冊はあまり面白くない。とちゅうで辟易してしまう。
 小沢昭一なんかがうまいと思うが、エッセイとは、自分の失敗やいたらないところを、人に嫌な気持ちをもたせないようにしながら披露していくのがよいと思う。
 
 私も当ブログで、いかに自分が立派なのか、正義の人なのか、言い立てたくなるときがある。とはいえ、それはブログに向かないものだと、記事にしないかお蔵入りにしている。
 
 とはいえ、咄家がすべて型破りで、社会的な規範や倫理をやぶる傾向にあれば満足できるというわけでもない。林家木久蔵の弟子で実子のきくおは、マクラで自分の父をバカなんですと言っていたが、聴いていい気がしなかった。
 同じ木久蔵の弟子でも林家彦いちなんかは、自分の師匠がバカだなんて、決してネタにしていなかったと思うが。

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2007年5月19日 (土)

大仏餅の運命

 CD八代目桂文楽十八番集を図書館から借りて聴いた。CD七枚組みの大部のものである。第二巻に大仏餅が入っていた。録音時間は12分44秒である。

 私は落語をiPodで聴きながら寝るようにしている。15分で切れるタイマーも付けておく。だいたいの場合、三四分で寝てしまうが、ときには15分で寝られないこともある。

 録音時間が短いせいか、桂文楽の咄はどんどん展開していく。大仏餅を聴くのは初めてなので、うとうとながらも、寝らずに聴いていたが、突然目が覚めた。

 店のあるじに名前を聞かれた男が、「拙者の名は神谷幸右衛門」と答えたところである。文楽はすらすらと、咄を続けている。

 桂文楽が高座で絶句し、「申し訳ありません。勉強し直してまいります」と頭を下げて高座を降りたのは有名である。それが桂文楽の最後の高座になった。この「神谷幸右衛門」こそ、そのとき出てこなかった名前なのである。自分が聴いているのが、いわくの大仏餅だとはすっかり頭から飛んでいた。

 桂文楽の大仏餅はよどみがない。CDを聴いていると、とてもこれを絶句する日がくるとは思えない。CDは昭和37か38年ごろ、文楽が70か71歳のころの録音らしい。文楽の最後の高座は昭和46年8月、文楽が79歳のときである。そのとしの12月に没している。
 
 私が聴いている、完璧ともいえる鍛え抜かれた芸が、いつかほころびてしまうこと。そして、大仏餅の収録をしている桂文楽も、その運命にまったく気づいていないこと。それにぞっとしたのである。
 

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2007年5月18日 (金)

凡人の悲哀

 将棋指しのブログが増えているが、「キラリっ娘のそよ風日記」(http://kics.jugem.jp/)という女流棋士のブログもその一つである。
 里見香奈初段、室田伊緒一級、井道千尋一級によるブログなのだが、棋力でいうと、天才里見、秀才室田、凡人井道となる(女流棋士なのでそれ相当の棋力はあるが)。
 このブログだが、めきめきと頭角を現わす里見と棋力が伸びずに苦しむ井道の差が際だってきている。私も諸事に才能が欠けているので、井道の苦労がよくわかる。
 また、のびのびとしたこだわりのない里見を見ていると、天才とはこういうもんだと感じる。
 なやんではいけないのである。
 何の悩みもなく、自分のしたいことに没頭できることを才能があるという。
 羽生三冠や渡辺竜王は、自分が何故将棋をやっているのか、などまったく疑問に思ったことがないのではないか。
 ハンディキャップつきのお好み対局で、山崎隆之七段(崎は難しい字)を里見女流初段が破った際に、見ていた井道が涙したそうだが、
http://www.kansai-shogi.com/event/07ff-12.html
同じ凡人としてその涙はよくわかる。

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2007年5月17日 (木)

さあだれでしょう

 テレビに出ている女優や女子アナなどの名前は、一度聞けばそれなりに覚えている。妻は私より記憶力が悪いので、なかなか覚えられない。アレは誰?とよく聞かれるが、あまりすらすらと答えるのは、経験上よろしくない。
 知り合いにアイドル好きの人がいたが、結婚のさいには、写真集などすべて処分した(ただしくはさせられたらしい)。いまだにアイドル情報にはアンテナが立っているようだが、テレビを見て、連れ合いに「あの子、誰?」と名前を聞かれても、よくわからない振りをしているそうである。

 さて、渡辺明竜王の妻が開いているブログ「妻の小言」に、夫が中山美穂を知らなかったと書いてあった(http://inaw.exblog.jp/5443244/)。知らない振りをしたのか、本当に知らないのかさて。

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2007年5月16日 (水)

しらがのかくご

 ここのところ、白髪がめっきり増えた。
 一~三月と忙しかったためかもしれない。
 昔から髪が減ることには覚悟があった。それに、剣道のため坊主頭は慣れているので、いざというときにはすっぱり剃ってしまってもかまわないと思っていた。
 それに比べて、覚悟がなかったのが白髪である。黒いのに白いのがぽつぽつまじってくると、みっともない。
 さっさと染めればいいのだが、鏡を見るまで、自分で見えるものでもなく、普通の外出なら帽子をかぶることもあって、手間と金を惜しんでそのままにしている。
 六月に知り合いの結婚式があるので、そのときには染めて出席する予定ではある。

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2007年5月14日 (月)

人間は醜い

 むかし、大学院の学科旅行で写真を撮っていたとき、人がなるべく写らないように撮っていたら、どうしてそうするの、と源氏物語を専攻する同級生のKくんに質問された。
 人間が写ると醜いから、と答えると、Kくんはそうなのか、人間は醜いのかとやけに感心したようすだった。いやいや、そういう一般論の問題じゃないんだけどね、ととりなしたのだが、Kくんはそうかそうかとうなずいたきりだった。
 Kくんは修士を二年で出て、出身地に戻って高校の先生になった。善人だったので、きっとよい先生になっただろう。

 このようにむかしは観光旅行での写真に人が写っているのがいやで、できるだけ写りこまないようにしていたのだが、さいきんでは、人が写っていないと、なんだか旅行の写真じゃないようで、かまわず撮っている。
 そういう考えになったので、記念写真をとろうとしている人のために、わざわざどいてやろうともしない(さすがに撮る瞬間のカメラの前を横切りはしないが)。人がいる方が、味が出ていいでしょと思っている。

 また、ごくちかごろ、なんと同じ場面の写真を二枚撮ると、写真を合成して、観光客がいないようにできるサイトが海外にできたことを知った(ImpressWatchかITmediaのコラムで)。肖像権にひっかからないように、写真をアップできるようにするためらしい。
 そのサイトをつかえば、どの写真もウジェーヌ・アジェの写真のようになってしまうのか、一度は試してみたくはある(が、URLやサイト名がよくわからなくてできない)。

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2007年5月13日 (日)

つばめ

 私が住んでいた長崎のとある田舎町にも、昔はつばめがよく飛んでおり、街中のK書店の軒などに巣を作っていた。もともとつばめは人家の軒先に巣を作るものだが、その近所の田んぼが減ったせいか、ついぞ見なくなってしまった。

 先日、某温泉に行ったところ、川沿いの廃墟となったホテルのひさしにつばめがたくさん巣を作っていた。朝夕とつばめがとびまわり、ひさしぶりにたくさんのつばめを見た。
 ちなみに、つばめが低く飛ぶと翌日は雨。よく言われていることだが、本当である。

 なお、大都会にもつばめはいる。新宿紀伊國屋書店の裏の搬入口にはつばめの巣があったと思う。興味のある方は御覧あれ。

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2007年5月12日 (土)

三間飛車

 先日、子ども名人戦に長崎の小学生が出場していたので、てっきり将棋どころ佐世保の小学生だろうと思っていたら、なんと対馬の小学生。
 ネット将棋で腕を磨いたらしい。IT革命、高速道路、驚きである。

 さて、準決勝二つと決勝を見たのだが、定跡をよく知っていると感心する。大人になるまで本当に定跡をほとんど知らずに将棋を指していた。

 そういうわけなので、初めて石田流三間飛車を見たときは驚いた。私が小学校五年生の時、同じ小学校の四年生のNくんに早石田を指されて完敗した。
 棋書もないので自分で駒を並べて研究した。先手7六歩、後手3四歩、先手7五歩とくる石田流に対して、後手はつぎに5四歩を突くのが対抗策になることを、その後の変化も含めて、なんとか「発明」し、再戦で勝利した。

 石田流への対抗策として5四歩を突くのは、今の定跡ではほとんど選ばれない手である。
 だが、平成十九年五月七日八日に行われた名人戦第三局で、先手郷田九段の三手目7五歩に対して、後手森内名人が5四歩と突いたので、その記憶がよみがえった(ちなみに将棋は相振り飛車へ)。 
 今の私にとって、将棋は決まった手筋・定跡を覚えるものであり、何かを発明するものではない。石田流三間飛車への対策を練っていたあのころは、今と違った楽しみがあった。

 平成十九年五月九日の棋聖戦挑戦者決定戦で先手久保九段を後手渡辺竜王が破った。ゴキゲン中飛車の一戦で、途中までは渡辺竜王が講師をつとめるNHK将棋講座のテキストどおりの進行だった。これ以上は、難解で良し悪しがわからないと書いてあるところからの展開だった。
 本人は、その場で考えながら指したような書きぶり(ブログに)だったが、おそらく研究範囲だったのだろう。企業秘密だろうが、本当にどこまで読めていたのか興味がある。
 また、石田流三間飛車への対抗策を考えたついたときの感動を思うと、将棋を誰よりも楽しんでいるのがプロ棋士なのだと感じる。

補記:勝又清和『最新戦法の話』(浅川書房、2007.4)をやっと手に入れました。勝又六段は棋力はトップクラスというわけではないのですが、説明がわかりやすく、『消えた戦法の謎』(毎日コミュニケーション、1995.12。絶版は惜しい)など好著を残しています。
 こういう人がいるうちは、こういう本が出るうちは、将棋界もまだまだやれると思います。

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2007年5月11日 (金)

うらやましくない世界標準

 サッカーのACLだが、今年はそれなりに順当に勝ちを収めているようで、念願の世界クラブ選手権への出場権も夢でないようである。

 ACLといえば、中国や韓国などが当りが強く、またそれらの国のリーグはあまり笛を吹かないものだから、そのギャップに苦しむのがお決まりだった。Jリーグは世界的に見て、選手がよく保護されているようで、プレミアリーグなどを引き合いに、審判の基準をもっと世界標準にという話しはブログにそれなりにある。

 なんでも世界標準になっていなければ満足できない人もいるのだろうが、私にとってはうらやましくない世界標準である。ラフプレーが多くなって、結果として選手の怪我が増えてもそれでいいのだろうか。優れた選手が削られるのは、サッカーの本質とは別だし、妙味を感じるところではない。

 当りの強いサッカーを見たい人は、いっそのこと、サッカーではなくてラグビーを見ると満たされるのではないか。皮肉ではない。肉弾戦という観点では、ラグビーはサッカーより格段に面白い。自分の嗜好にあったスポーツを見た方が満たされるだろう。

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2007年5月10日 (木)

記憶力の低下

 息子にウルトラマン図鑑を読んでやっても、平成ウルトラマンの名前はちっとも覚えられない。忍たま乱太郎でも、乱太郎の同級生を完璧に覚えることができない。
 昔は、ちょっとしたことでも、ほぼ完全に覚えることができて苦労しなかった。最近ではなにか覚えようとしても、どうしても抜けが生じるようである。
 だが、悪いことばかりではないようだ。憂さ晴らしに酒を飲まなくてよくなったのは、記憶力の低下のためかもしれない。嫌なことはすぐ忘れるにこしたことはない。赤瀬川源平がこういうのを老人力と言っていたか。まだ老人には早いが、悪いことではない。

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