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2007年3月18日 (日)

WhyHow補足1

 2007.3.16「Why思考とHow思考」で国文学の研究と英米文学の研究を比較した。
 そこでいう国文学は、私が専門とする近世文学が念頭にある。
 近代文学の研究者は、英米文学と同様に、なぜ研究するかに気を遣う。テクスト論、記号論でいくのか、カルスタかポスコロか、それともフェミなのか、ある研究手法をなぜ選んだか、自覚していないと、やっていけない。

 誤解のないように書いておくが、研究が社会と無関係であることは、必ずしも悪いことではない。優れた漱石研究者だった小森陽一は、さいきんではすっかり政治に関心を移してしまった。これは、小森個人の資質の問題ではなく、「誠実」に文学研究をやっていると、文学から離れて、そういった方向にむかってしまう危険性があることを示す。
 社会のことにまじめに向き合えば向き合うほど、のんびり「文学する」ことから離れていく。文学は、政治学や社会学の下僕ではないはずであるが。

 十年ほど前、定年間際だった近代文学のN先生が、いまの日本では文学を研究するさいに政治のことを考えなくていいが、そういったことは、時代的にも地域的にもめずらしいことなんだぞ、と学生に教え諭したことを思い出す。

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