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2006年12月27日 (水)

助六が最強

 私が歌舞伎の本を広げていると、息子が興味をもった。いろいろと登場人物のことを聞かれたが、助六がお気に入りになった。鉢巻しめて、刀を差して助六の真似をしている。三尺(ちょっと)のわらべの心も、助六は動かすかと、市川のお家の芸に関心。
 
 なお、暫はビデオを持っているので、息子に見せた。NHK教育テレビ「にほんごであそぼう」にも、「怪傑しばらく」が出てくるので、大喜びしている。

 助六は、BSの放送をVHSに録っていたはずだがみつからず。私の持っているVHSの画質や録音レベルは悪いので、DVDを思い切って買うか検討中。

 それにしても、困るのが、助六と他の歌舞伎の登場人物を比べて(写真を指さしして)、助六のほうが強いかという質問。
 助六が髭の意休よりも強いことはわかるが、鎌倉権五郎景政よりも強いのか、平知盛より強いのか、熊谷直実より強いのか、矢の根の曽我五郎より強いのか(同じなんでしょうね。本当は)。これは専門家でも簡単には答えられないのでは。とりあえず、子どもの夢を壊さないように助六が最強だと答えている。

**ここのところ、片頭痛がひどいなど、体調が思わしくないので、年末年始はブログの更新を休んでゆっくりします**

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2006年12月26日 (火)

一目上がり

 落語に「一目上がり(ひとめあがり)」という噺がある。

八公が掛け物のほめ方を習うが、
「立派な賛ですね」。「いやこれは詩だ」。
次は「一休禅師の悟(ご)だ」と言われ、「三だってば四、四だってば五、ははあこれは一目上がりだな」と、
今度は「こりゃ六だな」とやると、「馬鹿、七福神だ」(さらに句まで続ける場合もある)。

他愛もない噺だが、割と知られているのではないか。

 さて、無学な八公でも数字が一つ増えれば、次が何の数字になるかはわかる。

 私には三歳七ヶ月の男の子がいるが、これが一から十までは言えても、七の次がなにかがすんなりとでてこない。八という数字は知っているにもかかわらず、七の次が出てこないのは、聞いている方として面白い。これは、特定の数にかぎらず、どの数でもいえる。
 うちの子どもは賢くないので、同年の子どもで、すらすらと言える子もいるだろう。だが、発達教育学が明らかにしていることだが、小さい子どもは数字が一つずつ加算されて増えていく、一目上がりの概念が、早い時期にはわからないのである。
 
 また、数字に関して子どもが面白いのは、二桁の概念がよくわかっていないところである。ゼロの概念も位取りの意味もわからなければ、二桁の数字をうまく処理することはできない。
 息子が、なにか大きな数を表すさいにつかう数字は十である。うーんと早いスポーツカーも十キロ。箱一杯のみかんも十個。とにかく、大量であることをすべて十で表現する。

 あたりまえのように理解している数字の概念も、子どもは十分に理解していないことが多く、ふとしたことで数字の世界の奥深さに気づかせられることが多い。

 とはいえ、息子はだんだん賢くなっているようで、楽しい観察も長く続かないのが残念である。

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2006年12月25日 (月)

すべてはやる気

 学習において、最重要視すべき要素は、学習者のやる気である。よって、指導者も学習者のやる気をいかに引き出すかをまっさきに検討しなければならない。

 すばらしいメソッドに、すばらしい教材をつかっていて、快適な建物をはじめ、すばらしい環境で教えていようとも、学習者にやる気がなければ、身につかない。

 やる気を引き出すために、金銭的な見返りをほのめかしたり、あるいは将来手にはいる名誉をちらつかせるのは、無駄ではなく、ときにはかなり有効である。

 だが、学習がとても嫌なのに、褒美とひきかえに、学習を実行させている状況は、学習者はもとより、指導者にとっても、不幸な状況といわざるをえない。

 教えられた対象を、学習者が知るに従って、学習者自身の興味が増大していくことが望ましい。勉強だからつまらなくてあたりまえ、なのではなく、勉強はすればするほど、知識が増大するので、広い視野、高度な視点からとりくむことができ、以前よりも楽しくなるのが正しい。もちろん、解くべき問題も難しくなるので、頭をより悩ますが、解けたときの喜びは、簡単な問題より、大きなものになるはずである。

 指導者にとって、学習者に適切な負荷をあたえることが必要である。これは指導者が、うけもつ学習者の人数が少なければ少ないほどよいことを意味する。理想は、一対一であるが、そのような状況はなかなか得られない。
 
 指導者にとって、多種多様である学習者がどのような段階にあり、どのような課題をあたえていけばよいか、常に気を配っておかねばならない。

 何かを教えるという経験がいささかなりともある人にとって、上記の内容は自明である。よって、このようなことを書くのはきわめて面はゆいのだが、教育に携わっているにもかかわらず、よく理解していない人もいるようなので、このつぶてもどこかであたることもあるかしらんと、あえて記した。

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2006年12月21日 (木)

電話応対

 悪徳商法への対策本を読んでいたときに、電話ではいちいち応対せずに、不要な電話だったら即切っても、何の故障もないことがわかって、以後そうしている。

 電話をとって、
 「はい」
 「わたくし、○○不動産の△△ですけれども、このたび……」
というやりとりがあるとして、
 「わたくし、○○不動産の△」
で、もう切ってしまう。
 
 電話をとっても、とりあえず黙っていて、相手に「□□さんですか」と先に口を切らせる手もある。
 が、これだと、「はい、そうです」と返事せねばならず、そのあとに電話を切るので、電話に関わっている時間が、わずかながら長くなる。
 「はい」と答えた段階で、切られる電話も少なくないのだが、心理的な痛手はほとんどない。

 不要な電話をすぐに切るのはなかなか快感である。私の家に、用があってかかる電話などほとんどないので、電話をとる時点で、すでに切るものと思っている。そのため、幼稚園の連絡網など必要な電話を、ときどき切ってしまいそうで危ない。

 なお、電話をとった際に「はい、□□ですけれども」と、受けた側が名乗るのが以前は普通だったが、いまは名乗らなくても無礼にあたらないと、NHKの番組で説明されていた。

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2006年12月20日 (水)

携帯電話で連絡は

 携帯電話とは、肌身離さず着けているのだから、これに電話すればほぼ確実に連絡がとれるものと、携帯電話を持たないころは思っていた。

 実際に、携帯電話を所有するようになってわかったが、家の中では充電のため、普段の生活から遠いところに置かれている。家の外では、授業、研究会、運転などのときにマナーモードにしてある。

 日ごろから、携帯電話を頻繁に使用し、部下に指示を出すなり、上司から指示を仰ぐなり、使っていればよいのだが、せいぜい一週間に二度ぐらい、家人から電話があるぐらいなので、いざ電話が鳴ったとしても、音に気づかないでいる。

 ここのところ、携帯電話に至急の連絡をいくつかいただいたのだが、気づかないでお役に立てなかった。電話をかけてきた人はさぞやきもきしていただろう。申し訳ない。

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2006年12月19日 (火)

四谷怪談の仕掛け

 先日、某大型書店の演劇書の棚前にいると、大学生らしき男性とその親御さんらしき男性の二人づれがきた。どうやら、四谷怪談の提灯抜けなどの仕掛けが知りたいらしい。ここで、「お若い人、お困りのようですが……」と声を掛ければ、柳家喬太郎の「寿司屋水滸伝」だが、私はとても内気なので、少し横の棚で謡曲の本を手に取りながら、二人がそういった本が調べられるかどうか、ちらちら横目で見るだけにした。

 江戸時代の本だと三亭春馬『御狂言楽屋本説』に詳しい。国立劇場芸能調査室が、影印に服部幸雄の解説を加えて『歌舞伎の文献』シリーズの第二巻として、出版しているが、これは新刊書店では手に入らない。
 新刊本なら、釘町久磨次『歌舞伎大道具師』(青土社、1991.9)が実際に舞台で使用する立場で解説を加えている。
 また、服部幸雄編『歌舞伎をつくる』(青土社、1999.1)でも、八代目坂東三津五郎、藤浪与兵衛、長谷川勘兵衛、服部幸雄の座談で、四谷怪談の仕掛けが解説してある。

 さて、二人連れはどうなるかと、やきもきしたが、店員を呼ぶということで落着。入れ替わりに去ったので、店員が二人の質問に答えられたかどうか、私は知らない。
 

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2006年12月17日 (日)

乗車あれこれ その二

もうひとつお話し。

ひとつのグループ(三人×N列)がある電車乗ると、となりで待っていた次のグループが移動して、次の電車を待つ(『大阪学』で、そんな整然と電車を待てるとは大阪では信じられないと書かれていた)。

そのとき、

ABC
DEF
GHI
J…

と並ぶとする。

あるとき列の最後尾にいた私が、座れそうにないのでつぎの電車に乗ることにして、そのまま歩いてBの位置に入ったところ、となりで並んでいたのだろう。ある男性に、私はその位置でとなりで待っていたんですといわれた。男性の言うことはもっともであるし、別に、空いていることだし、すんなりとCの位置に私は移った。
私にとって、Bは待っている間にAとCに圧迫されるので、AやCよりもよくない場所という感覚があったので少し驚いた。

実際に電車が来て、なぜ男性がBの位置にいたかったか、わかった。電車は中央から両開きなので、Bの位置が最初に乗れる。件の男性は、扉が開くやいなや電車に飛び乗った。

最前列に立っていれば、AだろうがCだろうが確実に座れる。また座席選択もほぼ自由である。にもかかわらず、Bじゃないと嫌だ、というのはこだわりである。

とはいえ、男性の気持ちも少しはわかる。AやCが早く乗ってくれないと、当然その後列のDやFは乗れない。AやCがおばさんとか老人の場合は、自分は乗れるという安心感からか、非常にゆったりと乗る場合がある。

DやFの位置にいて、EやHよりも遅く中に入ることになると悲しい。またAやCがすぐ入り口の席にゆったりと座って、奥に行くのがEやHよりも遅れることも悲しい。
いちばん早く乗れば、誰にも影響されずに座ることができる。

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2006年12月15日 (金)

乗車あれこれ その一

一列 四人+七人+四人の座席で、入り口が二つある電車があるとする。
一人分を○で示すと、次のようになる。

○○○○  ○○○○○○○  ○○○○
○○○○  ○○○○○○○  ○○○○

座れる人の合計は、 8+14+8=30人
だから、
ひとつの入り口に横一列三人で並ぶと五列目の人まで座れることになる。(車両の片側しか乗車できないとする)

東武東上線の場合、実際の電車は乗り口が四つ(総座席も、より多い)だが、基本的にひとつの入り口に十五人ていどという目安はかわらない。(車いす用の場所があって、座席がない入り口では、三列と二人まで乗れる。)

補記:万大『通勤電車で座る技術!』(かんき出版、2005.3)という本があるらしいが未読。上記の内容は、いちおう自分で考えた。
とはいえ、アマゾンによれば先の本は191頁もあるらしく、また70ものアイデアが出ているらしいので、おそらくこのていどの内容は書いてあると思うのだが。

   **明日も電車の話**

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2006年12月14日 (木)

子どもは見られる

 市民講座として、能の舞のお稽古があって、その発表会をみたことがある。
 演舞者は、下は小学生低学年から上は社会人まで幅広かった。
 で、思ったのは、子どもは見られる。
 子どもは下手でも面白いのである。
 大人がやると、あーあもういいよ、という気持ちになる。
 全国各地の地芝居で子どもが歌舞伎を演じるところがあるが、なぜ子どもがするのかよくわかった。
 

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2006年12月13日 (水)

自然との闘い

 息子が消防自動車が好きなので、11月9日あたりに、消防署公開のイベントに行った。広報が徹底していなかったらしく、閑散としていた。おかげさまで、精悍な若い消防署員に、つきっきりで消防自動車の説明をしてもらえてよかった。息子はすべての車両の運転席に座らせてもらって大喜びだった。
 
 いまどきの消防自動車だが、外側にシャッターがついていて、装備の大半をそこに収容するようになっている。装備がむき出しの消防自動車は減っていると説明された。
 下の消防自動車メーカーのHPをみるとよくわかる。
http://www.morita119.com/fire/index.html

 車両にシャッターが装備されるようになったのは、阪神大震災が関係しているらしい。消防署員ははっきりいわなかったが、被災地において、消防自動車の外側についている道具や工具などを持って行く例が頻発したらしい。盗難を防ぐための、シャッターらしいのである。

 何巻目に何頁に書いてあったか、記憶がはっきりしないのだが、森博嗣『MORI LOG ACADEMY』に、現在は自然の脅威が薄れてそれへの対処を常に考えなくてよくなった。そのために、対人関係へと闘争心がふりわけられているといった趣旨の文章があった。
 
 自然と闘わなくてよくなったので、人間同士ギスギスと争っているというのは、もっともらしい意見である。だが、先の消防自動車の例を考えると、自然の脅威の有無に関係なく、人間同士は争うようだ。
 人間も自然の一部だから、当然か。

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2006年12月10日 (日)

七人掛け

 冬になると着ぶくれして、電車の座席七人掛けに七人で座るのが苦しくなる。下手すると、となりからの圧力をうけて、立っているよりも疲れる。山手線なり東上線なり、新型車両が七人がけを三と四にわけるように棒をもうけているのはありがたい。

 小谷野敦『新編 軟弱者の言い分』(ちくま文庫、2006.11)「俵万智は電車に乗らない」(226頁)では、俵万智が「七人が七人掛けに腰掛けるそんな窮屈な世の中を生きる」という短歌の選評として「ちょっと詰め合って八人が掛けるということはない。合理的だが、ぬくもりに欠ける風景だ」と誤読したことについて、「金持ちの有名人だから最近は電車を使わないからだろう。」と皮肉が述べてある。

 私は貧乏だから電車を使うが、金持ちになったら真っ先に、電車の代わりに車(できれば運転手付)を使いたい。道路公団がハイヤーをかかえて理事らに優先的に使わせていたことが、無駄遣いとしてテレビで報道されていた。
 が、都会の通勤族にとって、自家用車通勤というのは、将来達成したいひとつの夢ではないか。

 私の高校の英語の先生は、地方大学を卒業して、東京で新卒サラリーマンをはじめたものの、通勤電車が耐えきれず、辞めてしまった。その先生は、学校にタクシーを使って通っていた。

 先の俵万智の評に戻るが、「ちょっと詰め合って八人が掛ける」には、やっぱり苦笑してしまう。とてもじゃないが、八人座れるとは思えないからである。

 小劇場芝居に「よいしょ」という習慣がある。スズナリのように、桟敷(あるいは長椅子)の芝居小屋で、観客を詰め込むために、「せーの、よいしょ」のかけ声ですでに座っている観客に詰めてもらうのである。
 やっている側としては、たくさん詰まっている客席のほうが、芝居がもりあがるのでよろこんでやっていた。精神的に充実感のある行為である。
 座っている観客にとって、迷惑このうえないはずだが、ある種、小劇場の名物であって、自分が「よいしょ」されて、窮屈な状態で芝居を観ることがあっても不快に感じたことはなかった。若かったからだろうか。

 小谷野敦は先の文章で、七人掛けに七人で座ることをいやがる者に不快感を示している。私もとても同感である。

 七人掛けに六人ですわっているところ、かりに人をアルファベットで示して、
 ABCDEF
としよう。
 それのCとDの間に誰か座ってくるさいに、AやFがちっともつめるそぶりをしないとCやDは苦痛である。現実として、AやFが協力的につめてくれる場合の方が少ない。私は、冬場寒いのが嫌なので、扉側(AやF)には座らないようにしている。そのため、CやDの立場によくなる。

 また、せっかく入れてやった人が、詰めてもらった恩を忘れて(まあ、七人で座るのが当然なので感じる必要がない。むしろ、いままで六人で座りよってからにと思っているんでしょうね)、ぐいぐいとプレスをかけてくるのも勘弁である(これもほんとうによくある)。

 そういうわけで、七人掛けに六人で座っているところに、誰か座ってくるとき、すでに掛けているすべての乗客がきちんと詰めるように、「せーの、よいしょ」と言いたくなる。
 

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2006年12月 9日 (土)

hhh

 舞台に上がる前に、掌に人を三つ書いて呑むとあがらない、というまじないは初代中村仲蔵がはじめたと記憶している。仲蔵はこの人三つの模様を自分の衣装につけていた(紋というわけでもなくあれはなんなのだろう)。人人人と並ぶのだが、見たところhhhに近い意匠である。

 噺家では、古今亭志ん朝が高座の前に、人の字を呑んでいるのが有名だった。先日も立川志らくが、志ん朝師匠は出番の前に佃煮でも食べているのかと思ったと述べていた(NHKだったので遠慮したが、本当は錦松梅でもといいたかったのだろう)。

 CD『落語秘宝館3』で柳家喬太郎が人の字を呑んでいると知って驚いた。あがりとは無縁の人だと思っていたからである。

 吸気に関係があるので、深呼吸と同じ効果があるのだろうか。科学的には、その効果はよくわからない。

 機会があったら、自分でもやってみようかと思うが、授業の前にやっているのも変だし、学会発表も当分予定がないので、その実験はまだまだ先である。
 あがりよけになるかどうかより、人にそれを見られたとしても気にせずやれる気持ちを作れるか、が問題である。

補記1:『DVDワザオギ落語会 Vol.1』に柳家喬太郎が人の字を呑んでいるところが写っています。手拭に扇子で、人と一字書いては呑み、一字書いては呑み、するんですね。

補記2:なんともみっともないことに、志ん朝師匠の亭号を、三遊亭と記していました。ご指摘をいただいたので訂正いたします。それと名前を「(オレの名前を手のひらに)三べん書いて飲めば(一生女郎に振られる気遣いがねぇ)」(うろおぼえ)というのなら、歌舞伎の「助六」にありますね。まじないとしては、ちゃんと調べればいろいろとルーツがわかりそうなところですが。(2008.01.25)

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2006年12月 8日 (金)

メンテナンス終わり

 ブログが更新できないなぁと思っているとメンテナンスで、50時間かかって終わり。

 パソコン通信のころのニフティでは、月に一度はメンテナンスがあって、使えない夜があった。そういうときに限って、メールで連絡したい時があるんだよなとは、友人の言葉。今から八年ほど前か。
 けっこうさいきんまでニフティのメールメンテナンスはあった気がするのだが、いつなくなったのだろう。

 いま、メールが月に一度でも深夜の何時間使えないなら、そのプロバイダーは簡単に見切りをつけられるだろう。
 ブログのメンテナンスについても、そう言われる日が遠くない気がする。

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2006年12月 4日 (月)

たこ焼き

 ふた昔ほど前なら、地方におけるたこやきの販売といえば、スーパーの前の駐車場にあるプレハブの出店が定番だった。作る人の力量や材料の質に影響されやすく、それがうまいたこ焼きなのか、ベシャっとしたたこ焼き、生煮えのたこ焼きかどうかはほとんど運だった。丸山真男も「たこ焼きの味は食べてみるまでわからない」と言っているではないか(嘘です)。

 もちろん、いまもプレハブの出店たこやき屋はあちこちにあるが、次第に銀だこのように外はカリッ、中はフワッの高級高品質のチェーンたこ焼き屋が増えた。

 銀だこのような、高級高品質のたこ焼きを初めて見たのは、十年ほどまえの渋谷である。タワレコの下から東急ハンズに登っていく坂に何軒か出ていた。

 もっとも、学生だったその当時、貧乏だったので、自分で買ったことは一度もない。人が買ってきたものを一個二個食べて、その味に驚いたものの、いつも物欲しげに眺めながら傍を通っていただけだった。

 あるとき、そうしたたこ焼き屋で、五人の店員がいるのに、焼いているのは女の人一人だけで、他の四人の男はただにやにやと女性が焼くのを見ているだけという場面に出くわした。

 店が流行るので店員をたくさん雇い入れたが、けっきょくは古株の女性店員が焼くのが早くて、調理はそれに任せっきりとなったのだろう。

 手持ちぶさたにもかかわらず、所存なさげでもなく、仕事がないことに憤慨するわけでもなく、ひとり焼いている女性店員を後ろで見ながら、ただニヤニヤしていた男たちの表情がつよく印象に残っている。

 Uの結婚式の引き出物でたこ焼き器を買って、自宅でたこ焼きを作るようになったので、上記のことを思い出した。

 実家では、円盤形のたこ焼き鉄板があって、母がコンロで焼いてたこ焼きを作ってくれた。小学生のころは、たこ焼きをかえすのをよく手伝った。
 母のたこ焼きは、丸いお好み焼きという感じで固くもっさりしていた。それが家で作る限界なのだと思っていた。
 だが、自分で作っても、水加減を注意すれば、銀だこはともかく、プレハブのたこ焼き屋に近いものはできた。母のたこ焼きは水が少なすぎたのである。

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2006年12月 3日 (日)

ドコデモ

 ドコモという会社名について、ドコモではおかしい。ドコモと「も」を使っては「どこも、かからない」「どこも、つながらない」と否定の文章になると、国語学の先生が文句をつけていた。ドコデモにすべきだ。「どこでもつながる」「どこでもかかる」となるという意見だった。
 96年ごろの話である。ドコモは、今に至るまで隆盛でなにより。

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2006年12月 2日 (土)

それが落語や

 岡田斗司夫が落語のことで息巻いている。
http://putikuri.way-nifty.com/blog/2006/12/20_954e.html

 落語の型やきまりごとについて、なまじ知識があるぶん、私はいろいろ気になるほうだが、それでも、話芸は自由でいいんじゃないのと思う。

 それは近世文学の研究者として、三笑亭可楽や朝寝房夢羅久といった落語勃興期(正確には中興期だが)の噺家が行った、素朴な話芸のありかたを知っているからでもある。延広真治『落語はいかにして形成されたか』(平凡社、1986.12)が、そういった人前で話したいという人びとが、いかに情熱をもって、人前まで話し続け(さいしょは不人気で三日で高座をたたんだこともある)、今にいたる落語を形作っていったかを詳細に描いている。

 関西には笑福亭笑瓶のようにほとんど落語をしない落語家もいる(笑瓶の所属プロは東京だが)。笑瓶について、笑福亭鶴瓶が落語はしたくないが、面白い話をしたいんですというやつが入門希望にきているけど、弟子にしていいものかと師匠の六代目笑福亭松鶴に相談したところ、「面白い話をする、それが落語や。鶴瓶とったりぃ」と松鶴は言ったらしい(なにに書いてあったかなぁ)。

 革新的なことをやろうとするので、見ている人の疳にさわるような作りもあるのだろうが、それは落語じゃないと、若い人たちが保守的な感想を残しているので、驚いた。
 むしろ、いつも寄席にきているじいさん連中のほうが、これもありさと、まったく気にしないのではないか。じいさん連中は感性が鈍磨しているのではなく、経験が豊富なので、何を見ても動じないはずである。
 
 人前で話をしたいという人がいて、それが面白ければいいんじゃないの。柳家小三治の長いマクラだって落語のうちである。岡田斗司夫がしているのは、高尚な芸ではないかもしれないが、話芸のうちとして、それもありだと言ってやればいいではないか。
 面白ければ続くし、そうでなければ、止まる。そのうちはっきりするだろう。芸の世界の見えざる手に任せておけばよい。

補記:さいきんの落語ブームにもかかわらず、延広真治『落語はいかにして形成されたか』(平凡社、1986.12)は絶版らしく、惜しい。きっと著者が増補して再版したいと思い、増刷をひかえているのだろう。そうでなければ、ちくま文庫とかが入れてくれないか。
部分的に
http://www.ojw.or.jp/edo/edorakugo/rakugowaikani.html
で読むことができる。

**岡田斗司夫にエールを送ろうとトラックバックを試みるが何度やっても駄目。嫌われている?それともシステムの問題?**

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2006年12月 1日 (金)

お芝居と携帯電話

 携帯電話が登場した時(登場したと言うより、やっとこさ手にはいるようになった92、93年ごろ)に、これからドラマはどうなるのだろうと、知り合いの演劇人同士で話題になった。

 「君の名は」式(古い!)のすれちがいドラマがなくなってしまう。AとBという人間がいつでも連絡がとれるという状況が、劇的な状況を解消させてしまう。おきまりの型のいくつかが使えなくなってしまうからである。

 その前に、ポケベルというものがあって、ドコモが相手とうまく会えなくて泣いている女の子のポケベルの宣伝(この説明じゃわからないね。このまま、きみだけを、奪い去りたい~という曲がかかっていた)をやっていた。関西の遊気舎がポケベルの暗号めいた番号のみの題名の芝居をやっていた(96年ごろか)。

 が、すぐに誰でもケータイの時代がやってきてしまった。
 劇団キャラメルボックスが携帯電話会社に協賛をうけて、劇中で携帯電話を使用し、「いやー携帯電話って便利だな」という台詞を入れたことについて、大人計画の松尾スズキが絶対にやらないと息巻いていたのを覚えている(『演劇ぶっく』でだったか)。たぶん96年頃である。

 その後、携帯電話会社はテレビドラマのスポンサーとなった。はっきりいって、携帯電話が使われないドラマはなくなったといってよい。話の筋と関係なく携帯電話が登場することも多い。落語のドラマ『タイガーアンドドラゴン』でも、西田敏行演じる師匠が、携帯電話を使い始める場面があった。

 『タイガーアンドドラゴン』には携帯電話がよく使われていて、まあそれはそれで、現代の生活の現状を反映しているのだから、だいたいの場面で違和感がない。が、どのドラマでも、スポンサーを意識して無理に電話を使っていると感じる場面もあって気になる。
 

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