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2006年10月22日 (日)

野球のエース  その一

 2006年9月24日の北海道日本ハムファイターズ対千葉ロッテ戦のあと、金村曉が首脳陣批判をして問題となった。
 
Wikipedia(2006.10.17)は「金村曉」項目に「2.1舌禍事件」として、事件の顛末を載せている。
 長いが
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%9D%91%E6%9B%89
より全文を引用する。

2006年9月24日の千葉ロッテ戦では上記の通り5年連続2ケタ勝利の記録がかかっていたが、立ち上がりから投球が安定せず、4-1で日本ハムの3点リードで迎えた5回裏に二死満塁のピンチを迎えるとトレイ・ヒルマン監督に交代を命じられた。ちなみに交代した押本健彦は、このあとロッテ・今江敏晃に走者一掃となるタイムリーツーベースを放たれ、4-4の同点となった(結局試合は4-8で敗戦)。が、金村は勝ち投手の権利を得るには1アウト足りない4回2/3で降板したため、どちらにせよ降板の時点で金村には白星はつかず、また今季の登板予定も無いことで、今季は9勝6敗という成績が確定した。

そしてこの試合後、マスコミ各社は『金村が「絶対に許さない。外国人の監督だから個人の記録は関係ないのでしょう。顔も見たくない」と監督批判を繰り広げた』と報道した。

この発言が原因で、球団は「出場選手登録抹消」「翌25日に行われるチーム練習への参加禁止」を即日決定した。また、25日には罰金200万円と、プレーオフ終了までの出場停止という厳しい処分を下された。その後、レギュラーシーズン終了後に選手・首脳陣などに謝罪し、ひとまず事態は収拾された。日本シリーズでの復帰も検討されている。

 この事件を聞いて、思い出したことが二件。ひとつは、山際淳司の名ノンフィクション『江夏豊の21球』(初出は文芸春秋社、『Sports Graphic Number』創刊号、1980.4)と、江本孟紀のベストセラー『プロ野球を10倍楽しく見る方法』(ベストセラーズ、1982.5)である。

 前者の詳細は(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%9D%91%E6%9B%89)で知ることが出来る。
 1979年11月4日、広島対近鉄の日本シリーズ第七戦九回裏。一点リード、ノーアウトの場面から、広島のリリーフエース江夏が登板し、無死満塁のピンチを招くが零点に抑えるというのが経過である。
 その途中に、
Wikipediaから引用すると、

 江夏がアーノルドに四球を与えたときに(引用者注、無死一、三塁となる)、広島の古葉監督はブルペンに北別府学を派遣した。ブルペンでは既に池谷公二郎も投球練習をしていた。これを見て江夏は「自分のことを信用しないのか」と憤り、マウンドに内野手が集まったとき、「自分を信用しないのならば辞めてやる」と言い放った。
 後で一塁を守っていた衣笠祥雄が一人で江夏のもとに向かい、「(信用されなければ辞めるという)おまえの気持ちと自分も一緒だ、気にするな」と声をかけた。これで江夏は吹っ切れた。

 という事件がおきた。
 山際淳司による古葉監督にインタビューでは、同点となり延長になったことを古葉監督は考えていたという。山際淳司はこの判断を妥当としながらも、その合理的な判断がエースの気持ちを傷づけたと評している。

 「江夏の21球」について、江夏自身が、自分で招いたピンチだからねと、のちに『Number』で語っていたと思う。
 客観的に見れば、古葉監督がブルペンに投手を送るのは当然であり、文句を言うのは間違っている。

**中途半端ですが、明日に続きます**

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