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2006年9月22日 (金)

カバーの下

 本を買ってきたときは、一度はカバーを外して、本体がどのような装丁になっているかも確認する。カバーと同じ絵で、色刷りが減ったものが多いが、独自の意匠の本も多く、確かめるのは楽しみの一つである。

 村上隆『芸術起業論』(幻冬舎、2006.6)のカバーは、村上隆の顔が頭はもとよりアゴまで切って大写しになっている。正直、ウゲェっと思う。この下はおそらくカラーのカバーを二色刷におきかえたものだろうと思っていたら、裏切られた。カバーとおなじく、本体もカバーのまんまのカラーなのである。

 じゃあ、カバーいらないよ。
 と思ったのだが、それは芸術のことがわからない素人なのだろう。

 カバーとその下の本体との差は、まずカバーにあるバーコードがないこと。バーコードはカバーのデザインをはなはだ悪くする元凶である。

 それに、裏表紙側のカバー下半分側には「芸術には、世界基準の戦略が必要である。」からはじまる、目次を抜粋した宣伝文句が書いてある。これは普通なら帯に書いてある文句である。この文句は、本体にはない。村上隆の後頭部がすっきりとうつっている。

 さらに、カバーの見返し側には、村上隆のプロフィールが事細かに書いてある。気の利かない本ではプロフィールがカバーにしかない。そういった本は、カバーを捨ててしまう図書館では、筆者のプロフィールが失われてしまうので、わざわざ切り取って見返しに貼っていたりする。

 『芸術起業論』では、巻末にカバー見返しと同様のプロフィールがきっちりと記されている。

 これはどういうことか。『芸術起業論』は図書館に入って、保存されることを十分に意識しているのである。カバーが外されることを前提で本が作られている。村上隆の志は遠大なのであり、決して読み捨ての本として論を立てたのではない。

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