« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »

2006年9月30日 (土)

前向き小町

 百人一首の小野小町の札が、後ろ向きの小町を描いていることは有名だろう。佐竹本三十六歌仙の小町も後ろ姿で描かれている。小町があまりの美人ゆえ、絵師も後ろ姿しか描けなかったというのがよく広まっている俗説である。

 山村美紗に『小野小町殺人事件』(光文社新書、1984.10)という小説がある。時価一億円ともいわれる前向き小町の絵をめぐる推理小説らしい。
 2001年11月9日放送の二時間ドラマにフジテレビがしている。
 ただし、『山村美紗サスペンス視聴日記』というHP

http://www.wakarazuya-soul.com/mystery/misa/drama/u_diary.cgi?start=6

によれば、内容はだいぶん違うらしい。だが、前向きの小野小町の絵が珍しいという点は共通している。
 

 結論からいえば、顔の描いてある小町の絵はある。しかも、江戸期でいえば全然珍しくない。
 浮世絵は顔を描いている。七小町といった小野小町説話は画題として確立していた。山東京伝『小倉山時雨珍説』(天明八年)など、黄表紙も普通に顔を描いている。古い例では、『本朝美人鑑』(貞享四年序)巻一「小野小町之事」の挿絵に、顔がきちんと描いてある。
 江戸期でどう描かれたか。夢を壊さないように、その画像は載せないでおく。

追記:これを書いた三日後にある古本屋で『小野小町一代記』の一巻一冊のみの端本を発見。これも運命と購入しました。口絵に小野小町像があります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月29日 (金)

小型書店の立場

 さいきん用があってとなり駅によく行く。ついでにそこにある中型書店に寄っていく。先日、とある新刊本を買うつもりで探したが、置いてなかった。近所に小型書店が二つあるので、ものはためしとまわってみた。

 一店目はこぎれいなのだが、単行本はほとんど置いていない。雑誌とマンガがほとんどである。雑誌もコンビニエンスストアでほとんど買えるものだし、何が主力商品なのかよくわからない。

 二店目は、駅前にあるのだが、ものすごーく寂れている。店内がまず暗い。配本された本が、横積みになったまま店のあちこちに置いてある。近所の某大学の工学部の大学生をあてにしているのか(女子学生が集まらないのか学園祭でミスターコンテストをやっているぐらいだ)、エロ系の雑誌、写真集がとても充実している。

 が、置いてある写真集など、私が独身時代(五年以上前)に知っていたアイドルのもので、どのくらい放置されていたのか、ほとんどの表紙が色あせている。

 店主を見ると、たばこ屋にいるのが似合いそうな眼鏡をかけた老婆である。道理で本の整理もままならないわけだ。
 なんとか潰れずにやっているのは、それなりに利益があがっているのだろうか。

 こういった小型書店の存在意義がよくわからない。どうやったら利益があがるのかもよくわからない。

 さいきん、近所で飲食店、文房具店など相次いで閉店しているので、商売は厳しいものだと感じる。

 ただ、こういった書店の文庫コーナーで、返本忘れで置かれている少し古い文庫本を探すのは楽しい。中村真一郎『王朝物語』(新潮文庫、1998.1)は埼玉の小型書店で買った本だが、とても当たりだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月28日 (木)

イヤホン

 iPodのイヤホンを買いかえようと思うのだが踏み出せない。
 音漏れしにくく、なおかつ外の音が聞こえにくい、立派なイヤホンがShureをはじめ、いろいろ出ている。イヤホンから音出して、外の音を消すノイズキャンセリングイヤホンというのもあるらしい。

 ウォークマンと音漏れの問題は、カセットのころから言われていたが、音量の大きさだけでなく、イヤホンの形状も関係がある。先日、図書館で宅建の勉強をしていた若者のクリエイティブのZENの音がどうしても気になって、音を下げてもらうように頼んだ。誠実な若者で、一度下げてからどうでしょうと確認をとってくれたのだが、残念ながらまだ音漏れするので、首を振った。まだですかと若者は驚いて、こちらのほうが悪いことをした気持ちになった。音量よりもイヤホンの形が問題なのだろう。開放型のイヤホンは、隙間が大きいのである。

 かつて、ICレコーダーを使って、電車に乗っている間、英語の勉強をしてみようか思い立った。だが、電車の音が騒々しくて、とてもじゃないがやっていられなかった。
 私がiPodで聞くのは落語なので、多少大きな音をたてても、高低音が音漏れすることはない。だが、音量を大にして使うのは耳に悪いと感じる。

 一万円~一万五千円ぐらいの予算でカナル型イヤホンを検討している。。
 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年9月27日 (水)

優勝旗のリボン

 ここのところ、廃墟ブームとやらで端島(軍艦島)が注目を浴びている。
 私は長崎出身だが、1973年の生まれなので、端島に行ったことはない(1974年1月15日の閉島なのだが、もし行ったとしても記憶に残っておるまい)。1981年に公共広告機構が行った資源問題キャンペーンのCMは強く印象に残っている。だが、実物は高島から眺めたことがあるぐらいである。まだ高島炭坑が閉山する前(1986.11以前)だったと思う。
 NHKのドラマ『深く潜れ~八犬伝2001~』で、ロケ地に使われたのは知っているが、ドラマ自体がいまひとつ私の趣味に合わなかったので、ほとんど記憶にない。

 私は西彼杵郡の中学校に通っていた。長崎の中体連は郡大会をまず勝ち抜かねばならない。
 中体連剣道の郡の優勝旗をみたときに、端島中学のリボンがかかっていた。昭和三十年代のものだったと思う。
 いま端島は長崎市に所属しているが(2005年より)、かつては西彼杵郡に所属していた。九州は剣道どころであって、どんな大会にせよ簡単に勝ち抜くことはできない。
 郡部の大会で勝ち抜けるだけの人材が集まっていたことに、往事の隆盛がしのばれた。私の端島の思い出は島そのものではなく、優勝旗にかかっていた色あせたリボンである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月26日 (火)

かき氷の終わり

 今年の夏は、かき氷器をつかって、うちでよくかき氷を食べた。かき氷器はmade in TAIWANだった。さすがに暑いところだけに、お手のものか。
 市販のいちごやレモンのシロップを使った。ご存じの通り、かき氷のシロップは中味はまったく一緒で色や香料の違いだけで、味の差を出している。うちの息子の好みは、いちご。毎晩食べていた。
 ケーキなどに比べて、それほど甘くなくて、糖分の取りすぎに注意する立場としては、悪くないおやつだと思う。
 九月も終わりが近づき、お店からかき氷のシロップが消えてしまった。何度以下に平均気温が下がったら、あるいは何月何日以降はシロップは撤収というきまりがあるのだろうか。
 しょうがないので、カルピスをシロップに使っている。
 ここのところ、夜はめっきりとすずしくなった。息子がいつまで、かき氷を食べるのか興味がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月25日 (月)

旭山動物園の成功の秘密 その二

                       **前日の続きです**

 このような発想は、どこから生まれたのか。広告代理店が考えついたのか。
 飼育舎の増設が段階的に行われており、資本の投下が小出しであることからすると、広告代理店ではなく、動物園の従業員が智恵を絞って生み出したのだろう。では、従業員は、何か参考にするものがあったのか。

 参考にするものがあったのだとすれば、それは水族館であろう。ぺんぎんもあざらしもホッキョクグマも水族館にいる。鴨川シーワールド、八景島シーパラダイスなどある程度大きな水族館ならいる。水族館で、あざらしやぺんぎんたちは、すいすい泳いでいる。行動展示は動物園のお株ではない。

 公的な施設が多い動物園(サファリパークとか除いて)に比べて、水族館は商業資本で運営されている場合が多い。それは、まわりを遮蔽して、ある建物に入れて、ある魚や海獣など動きを見せるという仕組みの水族館が、商業資本が工夫をこらしやすい仕組みになっているからである。

 もし、動物園を活性化させることを望むのなら、小手先の飼育舎の改造ではなく、動物園そのものを、ディズニーランドや大型水族館などと対抗できるテーマパークへと改造しなければならない。それを、ディズニーランドなどに比べてずっと小資本で達成した旭山動物園は賞賛に値する。

 旭山動物園にある遊園地は、もはや盲腸である。すべからく撤廃して、あらたな飼育舎を設けるべきだろう。来園者は動物を目当てに来るので当然である。観覧車などもってのほか。ディズニーランドが従来の遊園地と違ったところは、観覧車を置かなかったことである。夢の世界を俯瞰する存在。それがいかに、観客(げすとっちゅうんでしたっけ)を現実に引き戻してしまうことか。
 私が観覧車に乗って、旭山動物園のカラクリに気がついてしまったのも当然なのである。

 とはいえ、混み混みの動物園中心地から離れて、ゆったりと観覧車に乗った時間は、心落ち着くひとときだった。今後、旭山動物園がどんなに発展して、テーマパーク化が進んだとしても、観覧車だけは残してくれないかと願っている(このひねくれもの)。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月24日 (日)

旭山動物園の成功の秘密 その一

 旭山動物園は、平成十七年に二百六万人の入園者があった。これは、上野動物園の三百十万人についで、日本第二位の数字である。旭山動物園には全国から動物園関係者が視察に訪れているという。

 だが、視察に訪れた動物園関係者は、意外とたいしたことがないなと思ったのではないか。

 動物に与えられた空間は広い。その空間で動物たちを積極的に動かす。行動展示は旭山動物園の代名詞である。クモザルなどは、クスリでも与えられたのではないかと思うぐらい、ぐるんぐるんと動いている。アザラシにペンギン、それにホッキョクグマ。積極的に動く姿をみると、動いてこそ動物と感じる。

 しかし、それなら日本のどこの動物園でもできるはずである。うちも飼育舎を改造してみよう。テレビドラマになったり、バラエティ番組でとりあげられたから、こんなに人気になっていいね。などと、視察した人びとの思いはさまざまだろうが、局所的なものの見方をしていては、旭山動物園がここまでお客を集めるようになった理由はわからない。

 旭山動物園には、遊園地がある。観覧車やジェットコースター、ゴーカート場がある。来園者のほとんどが動物目当ての今となっては、古びたそれらはとても場違いな感じを与える施設である。それでも1983年に約六十万人が来園し、その後の「冬の時代」を迎える前に、旭山動物園が入園者のピークをつくったさいの原動力に遊園地はなっている。

 私は妻と子ども三歳三ヶ月と一歳三ヶ月を連れて、2006年の八月に旭山動物園に行った。そのとき、子どもの希望もあって、遊園地で遊び、観覧車に乗った。観覧車から動物園を見下ろして、ああ小さいと驚いた。上から眺めると、旭山動物園はそう広くない。

 旭山動物園の地図を紹介しよう。
http://www5.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/
から、「園内マップ」を選び、拡大図を見てほしい。

地図中央の「あざらし館」の左上の「遊園地」の字のあたりに観覧車がある。そこからの眺望なのだが、「ぺんぎん」「あざらし」「ホッキョクグマ」「もうじゅう」「チンパンジーの森」のあたりに主要な動物は固まっている。それぞれの建物が縦に大きく、下にいては、建物にさえぎられて動物園そのものの広さは感じなくなっている。

 旭山動物園は正門から東門まで、勾配がつづく丘陵地にあるので、唯一正門側は開けているが、正門から東門を結んだ線に九十度にまじわる方向は、よく見えない。

 そのときに、悟ったのである。旭山動物園の成功は、動物園のテーマパーク化にあると。

 そりゃあたりまえでしょ。動物園は動物をテーマにしたパークなんだから、と思ってはいけない。

 私がいうテーマパークとはディズニーランドやUSJのようなものである。すなわち、旭山動物園にあるのは、飼育舎ではなく、パビリオンあるいはアトラクション施設なのである。ディズニーランドやUFJである建物に入って、そこでピーターパンの冒険やショーを見たりするように、旭山動物園はある建物に入って、動物が動くというショーを見るのである。

 建物内に入るところが多いのも特徴である。ディズニーランドの一つ一つのアトラクション施設が他のアトラクション施設との結びつきを断ち、それぞれの建物の中で一つの世界をつくる。旭山動物園の「ホッキョクグマ館」「ぺんぎん館」「あざらし館」はずばり、テーマパークのアトラクション施設の発想でつくられている。

 旭山動物園は、さすが動物園だから広いことは広い。しかし、その広さも、旭川という都市の規模に比例するものであって、日本には旭山動物園よりも広い動物園がたくさんある。

 しかし、旭山動物園はその適度な狭さを利用して、アトラクション施設と化した飼育舎を集中的に配置することで、時間のない(バスツアーなどの)観光客にも満足できるようになっている。

 たとえば、埼玉子ども自然動物公園をみてみよう。
http://www.aya.or.jp/~sczoo/map/mapf.htm

この動物園は目玉のコアラの部分方向と、西門へ向かう(坂になっている)方向と、来園者の動線が二つに分かれている。
 だから、それぞれの飼育舎を行動展示できるようにしても、旭山動物園と同じような建物を作っても、お客は集まらない。
 旭山動物園は、発想がもう動物園ではない。動く生き物を見るテーマパークとして再生したのである。

**翌日に続きます。推敲が十分でないので、後日書き直すかも知れません**

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月23日 (土)

知っているとこえられない

 芝居に関わっていたころ、演出家とはどうしてこうわがままな人が多いのかと呆れていた。いろいろわがままな要求があると、あんなスタッフワークのことが何もわかっていない奴が無茶いいやがってとぶつくさ私は言っていたものである。だが、私の上に立つプロの舞台監督さんはもくもくとそれをこなすのだった。
 さいきん、ある仕組みがわかった。

閃きの純度を高くキープする。自分でやるとなると自分でできるレベルまで閃きのレベルを落さなければならなかったりしますから。発注したり、アシスタントを養成したりしていると、自分ではできない閃きをあきらめなくてもよい。あきらめないで純度の高いものをひろえるチャンスを手に入れられるのです。
(村上隆『芸術起業論』、幻冬舎、2006.6。101頁)

演出家はスタッフワークのことをわかっていなくてよいのである。純粋に芝居としてどれがいいかを要求すればよい。

 思い出したのは、知り合いの学生劇団のOさんのこと。Oさんは、役者もできたし、舞台監督もできたし、脚本も書けたし、演出家もできた。非常に多才だった。また、Oさんの劇団でとても厚い信望を得ていた。
 だが、学生劇団仲間のわれわれにとって、Oさんは何をやっても二流の人だった。Oさんについて、話が出るときは、かならず「ダメだね」という文句が入った。どうして、Oさんが一流になれなかったのか。
 いまとなって、Oさんがスタッフワークのことも、役者のことも知りすぎていて、それぞれに対して一線を越えた「狂気」を要求できなかったからではないかと推測している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月22日 (金)

カバーの下

 本を買ってきたときは、一度はカバーを外して、本体がどのような装丁になっているかも確認する。カバーと同じ絵で、色刷りが減ったものが多いが、独自の意匠の本も多く、確かめるのは楽しみの一つである。

 村上隆『芸術起業論』(幻冬舎、2006.6)のカバーは、村上隆の顔が頭はもとよりアゴまで切って大写しになっている。正直、ウゲェっと思う。この下はおそらくカラーのカバーを二色刷におきかえたものだろうと思っていたら、裏切られた。カバーとおなじく、本体もカバーのまんまのカラーなのである。

 じゃあ、カバーいらないよ。
 と思ったのだが、それは芸術のことがわからない素人なのだろう。

 カバーとその下の本体との差は、まずカバーにあるバーコードがないこと。バーコードはカバーのデザインをはなはだ悪くする元凶である。

 それに、裏表紙側のカバー下半分側には「芸術には、世界基準の戦略が必要である。」からはじまる、目次を抜粋した宣伝文句が書いてある。これは普通なら帯に書いてある文句である。この文句は、本体にはない。村上隆の後頭部がすっきりとうつっている。

 さらに、カバーの見返し側には、村上隆のプロフィールが事細かに書いてある。気の利かない本ではプロフィールがカバーにしかない。そういった本は、カバーを捨ててしまう図書館では、筆者のプロフィールが失われてしまうので、わざわざ切り取って見返しに貼っていたりする。

 『芸術起業論』では、巻末にカバー見返しと同様のプロフィールがきっちりと記されている。

 これはどういうことか。『芸術起業論』は図書館に入って、保存されることを十分に意識しているのである。カバーが外されることを前提で本が作られている。村上隆の志は遠大なのであり、決して読み捨ての本として論を立てたのではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月21日 (木)

世界で通用するために

 村上隆『芸術起業論』(幻冬舎、2006.6)は、世界で通用するために世界基準の戦略が芸術に必要であることを説いている。とても刺激があったが、国文学を研究する私にとっては、まったく関係ないこと、あるいは反対の教訓が有効である場合も多い。かといって、それは私の生きている世界の狭さを示すだけであって、村上の本の価値をまったく減らさない。

 対岸の出来事として、芸術(とくにここでは美術)の世界をながめていたのだが、ふと文学の世界、あるいは評論の世界ではどうなのだと感じた。
 英語で小説を書く、あるいは書いた小説を積極的に英語に翻訳してもらって売り出す。これも原理的には可能である。場合によっては、ハリー・ポッター並の大ヒットを生み出せるかもしれない。
 実際には、村上春樹ぐらいしか、自著の外国語への翻訳に関心を持っている作家はいないのではないか。

 評論の世界ではどうだろう。評論の世界は伝統的に横のものを縦にするだけでなりたっている。海外の現代思想の最先端をいちはやく探って、それの適応を日本にはかるのだ
 そんなのではなくて、自分で思想理論を組み立てる、そしてそれを世界に広めるということができるのか。マルクス、ニーチェ、ヴィトゲンシュタインといった世界的な思想家と肩を並べる天才は日本からは生まれないのか。

 私が大学一年生のときにお世話になっていたY先生は、世界の中でユダヤ人と日本人は特殊です。ユダヤ人は多くの思想家を出しています。日本からも世界的な思想家を出すことが可能です、とおっしゃった。
 残念ながらY先生のおっしゃったことは可能性にすぎない。だが、禅の思想の広まりを見ていると、日本独特の思想も、世界に広めるチャンスがあると感じる。
 とはいえ、世界的なカルト宗教をいくつか生み出している韓国の方が、現代思想についてもなにか世界的なものを生み出す可能性が高いのではないか。

 どうすれば、いいのかねぇ、などと出来もしないことをああだ、こうだと考えていると、ふと目の前の存在を忘れていた本に目がいった。
 その通り、村上隆が言うことは嘘ではない。
 「芸術には、世界基準の戦略が必要である(目次より)」。

補記:この本、心にしみるなぁ、自分にも経験があるよ、本当によくわかるという箇所がいくつかあるのだが、それを紹介するのは恥ずかしくて、見送ります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月20日 (水)

横のものを縦に

 国語教師として、現代国語の試験問題をたくさん扱ってきた。読んだものの中には、一読して、これってフーコーだね、これってベンヤミンだよ、これはバフチンの理論だ、などとわかる、有名な現代思想をまんま使っているものが少なからずあった。こっちもプロなので、現代思想の主なものは当然知っている。
 偶合の場合あるだろう。原典がそんなに硬くない内容の出版物で、いちいち援用した思想の出典を述べる必要がなかったのかもしれない。また、問題に採用される時点で、解答者の頭をわずらわせないように、「××の○○によれば」という箇所を省いてしまったのかもしれない。
 だが、人が知らないだろうと思って、横のものを縦にしたものがいちばん多いようだ。そういうものを読むと鼻で笑ってしまう。

 もうひとつ、困ったパターンに、「××の○○を日本にあてはめると」といった文章がある。外国の思想をちゃっかりと自分の意見のようにして分析を行うのに比べると、正々堂々として立派でよい。
 そういった文章は、「○○を日本に適応する場合に注意しなければならない点がある」とよく書いてある。現代国語の問題に使われている場合、たいていその「注意しなければならない点」を答えるようになっている。
 ここで笑ってしまうのは、程度の差もあって、なんとか適応の誤差範囲になっていることもあるのだが、「注意しなければならない」のは、適応に無理があるからと思わせる場合もそれなりにあるからである。
 「あんた、もともと無理なんだよ」と、試験問題を手に心の中でつぶやいている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月19日 (火)

相談と答えそれと占い

 相談とは、相談する側に多分答えてくれるだろうという答えを聞きたいからするのである。
 さいきん、あることで相談をうけた。奇をてらった答えをしようかと思ったが、平凡に答えておいた。あとになって、私ならそう答えるだろうという、答えが聞きたかったのだと察し、変な答えをしなくてよかったと安堵した。
 
 ところで、妻の友人で、いろいろ人生に悩んでいる人がいた。AとBと二つ選択があるが、傍目ではAがいいと思う。妻はおりおり相談されていて、そのときAがいいんじゃないのとさりげなく薦めておいた。結局、その人は、よく当る占い師さんに相談します、と言った。
 占い師がAとBどちらの答えを告げたか、今のところ知らない。
 
 占い師とは答えてもらいたい答えを読みとって答えるのか、それともまったく偶然の確率で答えを出すのか、まずわからない。
 さらに、そんな占い師に相談してみたい人は、いったいどのような答えを求めているのか、それも謎である。

 私が芝居に関わっていたころ、よく寝泊まりした演出家Dさんの家の棚にタロットカードがあった。占いするんですか、と聞くと、占いなんてすべてインチキだ。相手の顔を見て、相手が答えてもらいたいことを言うんだ、といった。
 タロットカードを使った占いで、ある女の子を占って、好きなように言ってたら、その女の子が泣き出しちゃって、その女の子を傷つけちゃって、それから占いはやっていないんだ。
 Dさんは、そういってカードをパタパタさせてから、棚にしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月17日 (日)

それはレゴだよ!

 レゴ・ブロックは、レンガの文明を築き上げた西洋的なおもちゃである(メソポタミア的なおもちゃなのかもしれませんが)。ちいさなブロックをひとつひとつ積み重ねて巨大ななにかを作り出すのは、レンガ建築に似ている。
 積み木は世界中にあるだろうが、レゴまでマニアックなものを生み出すのは、レンガの家に住んでいないとできないのではないか。
 私が子どものころ遊んでいたのは、レゴではなくて、学研のニューブロック(http://www.gakkentoys.co.jp/category/nb/index.html)のような、大きなパーツを組み合わせるおもちゃ。ひとつひとつが大きいので、組み立てやすい。平台やパネルを利用する舞台装置には、こっちが近い。
 先日、妻の友人宅に遊びに行ったのだが、置いてあったレゴに息子が興味を持った。レゴを買うか迷ったのだが、レゴは高いし、ニューブロックにしたところ、レゴが欲しかったんだバカァとまで言われて、立腹。
 その後、息子はニューブロックで遊んでいて、めでたしだけれど、折りをみてレゴも買う予定。

 Wikipediaで調べてみたところ、レゴの特許が1988年に切れて以来、レゴと互換性のあるブロックメーカーが多々出現したらしく、経営は左前らしい。
 たしかに高いもんなぁ。
 フィギュアスケートの大会で、浅田真央選手の演技がおわると、レゴの袋がかならず投げ込まれたが、これはテレビにそれがうつることを考えたレゴ社の陰謀だと思っていた。実際はどうか知らないけれど、Wikipediaによれば競合メーカーが多くて、レゴも大変らしい。

 かつて、テレビでみた世界不思議発見のような番組で、デンマークに本社があるレゴ社では、つくってはいけないものがあるというクイズがやっていた。正解は、人魚姫。これは自主規制なのだろう。
 レゴでモスクってつくっていいのやら。下手につくって、宗教的な冒涜とかなるとたいへんだろうけど。

補記:これを書いてから二週間近くたつのですが、クレジットカードのたまったポイントを利用してレゴの赤バケツをもらいました。息子は喜んでいます。
 この記事は、「レゴとレンガの家」の題名で載せるつもりだったのですが、きまぐれで違うのにしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月16日 (土)

総額表示

 近所に、ちゃんとした酒屋があって、何か記念の時には、そこで日本酒を買ったりシャンパンを買ったりする。かつてはよく行って、焼酎を買っていたが、ここ一年ほど飲んでいる場合ではなくなったので、ほとんど行っていない。
 先日、誕生日の記念にヴーヴクリコのホワイトラベル360mlを買った。2900円と値付けされていたが、レジに持って行くと、3045円。この店、いまだに外税表示だよ。表示形式があらたまったときに、現在移行中ですと断り書きがあったのだけど、あれから二年経っても総額表示になっていない。
 総額表示は税の負担感がわからなくなって、増税されやすいと言われているけれども、総額がいくらなのかパッと計算しやすいのは確か。
 この店、消費税分安く思わせておいて、消費者をあざむいているんじゃないの、と勘ぐっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月15日 (金)

雑誌の目次

 小学生のころから不思議に思っていることがある。雑誌の目次はなぜ冒頭にないのだろう。
 学術雑誌の目次は冒頭にある。内容を探すために、それが最善だからである。
 しかし、週刊誌、月刊誌など普通の雑誌では、目次は冒頭にない。広告がくるか、記事が来るか、カラー頁がくるか、なにかあって、目次である。
 目次を使って何かの記事を探そうというときに、不便このうえない。にもかかわらず、どうして目次は冒頭にないのか。
 ひと目をひく見返しや冒頭の何頁かは、広告にまわして利益をあげたい、そういった可能性が高い。
 私が、ずっと昔から疑っているのが、立ち読み防止である。目次がさっさとみられて、目的の記事がどこにあるのかすぐにわかるのなら、いちいち買わなくても、立ち読みしてそこだけ読めばすむからである。目的の記事が簡単に見つけられなければ、購入してじっくり探そうという気にもなる。

 村上春樹か福田和也かだれだかうろおぼえだが、週刊誌はあっという間に読み終わる、なぜなら読みたい記事しか読まないからと、述べていた。私はケチなので、かつては雑誌ならどんな記事でも目を通すようにしていたが、さいきんではつまらなそうな記事はまったく読まなくなり、週刊誌はあっという間の読書対象となった。
 実を言えば、週刊誌など読みたい記事だけさっさと立ち読みして済ませたい。それで、目次のことを考えたのである。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月14日 (木)

近距離のタクシー利用

 近距離のタクシー利用には、やましい気持ちがある。昨今、規制緩和でタクシーの数が増えて、ただでさえタクシー運転手の生活は楽でないと聞く。駅前から乗るときなど、せっかく長いこと行列を作って、お客を乗せたら近距離だったらと、運転手の気持ちを察するだけで悪い気持ちになる。
 かといって、心付けを渡してやるほど、裕福でもない。
 私の住んでいるあたりでは、タクシーの運賃は次のように定められている。

初乗り660円で2000mまで、以後296m毎に80円加算 9000円以上 10%割引
深夜料金は22:00~05:00で20%増し

 また、子どもの頃から、タクシーなど使わないように育てられ、ちょっとした距離なら歩くようにしつけられたので(まあ、貧乏だっただけなんでしょうけどね)、二キロ程度の距離なら、とうぜん歩くものと思っている。これしきの距離でタクシーとは、この根性なし、という刷り込みがある。
 が、さいきんはそうもいかなくなってきた。若い頃なら二キロどころか四キロ、六キロ苦にせず歩いていた。二児の父となって、子どもを連れて(場合によってはベビーカーも持って)の移動を公共機関のみに頼るととても大変である。
 ここ一年のうち、ちょっとの距離を移動するのに疲労困憊したり、距離を軽く見ていたら約束の時間に間に合わなかったりして、つまらない思いをしている。
 タクシー運転手の損は自分の得と、くりかえし心の中でつぶやいて、エイッとタクシー利用するように、最近ではしようと思うのだが、なかなかそうはいかない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月13日 (水)

オシムブームの真実

 八月下旬より、スポーツ雑誌はオシムブームである。『サッカーマガジン』や『サッカーダイジェスト』のような専門誌が扱うのはともかく、『Number』や『Sportiva』や『Yeah!』までオシム特集を組んだのには驚いた。
 これはセリエAの開幕が遅れて、欧州特集が組めなかっただけではない。ある構造の転換が隠されている。

 W杯ドイツ大会までは、いわゆる海外組を重視するジーコが日本代表の指揮をとっていた。これは、外国のリーグや欧州CLを売り物にするメディアと広告代理店が糸を引いている。
 どんなときでも海外組をジーコが使うことは、Jリーグに対して、海外のリーグが優越することを伝える格好の材料である。また、使われない国内組に、海外移籍を決意させる要素となる。
 ジーコが代表選手を固定したことも、メディアや広告代理店には有利である。その選手を露出させて、スターに祭り上げることは、海外リーグの放送のためだけでなく、CM契約などにも有利である。

 しかし、この体制は転換を強いられていた。ひとつは、海外リーグで活躍した選手が少ないためである。海外で活躍したもっとも著名な選手である中田英寿にしても、1998・1999年のペルージャ、2000・2001年のローマまでは調子がよかったが、その後パルマではいまひとつ活躍できず。2003年のボローニャ期限つき移籍以降、フィオレンティーナ、ボルトンと徐々に居場所を失っていった。
 稲本、中村、柳沢、高原、ここ三年のうちだれが十分な活躍ができたのだろうか。レギュラーをとれた選手のリーグは今ひとつマイナーである。中村はスコットランドリーグ。中田浩二はスイス。松井大輔のみフランスリーグと大国だが、おととしは二部、昨年やっと一部でプレーしている。
 BSでヤンキースの松井を観る。マリナーズのイチローを観る。といった状況にほど遠い。
 スカパー!、WOWOWなどが、「WorldSoccerこそすばらしい」とここ十年の間、売り込んだ結果、日本人選手がいようがいまいが、バルセロナやアーセナルの試合を楽しみにする、海外サッカー専のサッカーファンが、日本にある程度根付いたのはたしかである。
 しかし、海外リーグの試合の視聴率が今後伸びていく保証はなく、先に述べた状況を考えると、見通しは暗い。
 2006年のW杯で、日本代表が一次リーグ敗退したことも逆風を吹かせている。

 だが、W杯の前から、すでにメディアはその後の戦略を立てていた。
 W杯後のメディアの戦略をひと言でいうと「Jリーグ重視」である。

 2005年4月より、スカパー!はもっているサッカーコラムの執筆者に木村元彦を入れている。木村元彦は『オシムの言葉』(集英社インターナショナル、2005.12)の執筆者であり、もともと木村はオシムと親しい。

 いや、『オシムの言葉』もメディアが戦略として、木村元彦に書かせたものであり、コラムの執筆者への抱え込みもその一環であろう。(逆に、『世界サッカー紀行』の著書がある海外通でありながら、浦和の外国人は五人発言などでJサポに嫌われている後藤健生の「蹴り捨て御免」にかわって、海江田哲朗のコラムがはじまったこととも平仄が合う)。
 もともとオシムの発言は「語録」の名称で知られている。『オシムの言葉』は『毛沢東語録』のような教典の役割を果たす目的で生まれた。そして、現在に至るまで、『オシムの言葉』はその効果をあげている。

 言うまでもなくオシムはJリーグのジェフ千葉の監督であった。Jリーグにいる世界的な名将を使わない手はない。使えばJリーグに国民の目がいく。

 オシム自身も極端なまでに国内組重視の代表選手起用である。そして、起用選手はW杯ドイツ大会ジーコと大きく異なる。

 国内組を重視しながら、さらに今まで違う選手を選考するのは、国民の目をJリーグにもっとむけさせるためである。新しいスターを増やそうとしているのだ。オシムのJ重視は、メディアの方針にあっている。

 メディアの方針がはっきりしたのはJリーグの放送権のゆくえである。

サッカーのJリーグは15日、理事会を開き、CSのスカイパーフェクTV(スカパー)と、J1、J2全試合を生中継する権利を与える放映権契約を結ぶことを決めた。

 契約期間は2007年から5年間。これにより、Jリーグ放映の軸が、これまでのNHKからスカパーへと移行することになる。地上波、放送衛星(BS)はNHKとTBSが引き続き放映権を持ち、スカパーと合わせた放映権料は年間約50億円となる。
(2006.08.15。読売新聞)

 五年契約とは先物取引である。Jリーグに人気が出れば(そして契約者数が増えれば)、安い買いものだったことになる。スカパー!は、CLと海外リーグ、そしてJリーグの三本の柱を立てようとしている。スカパー!にとってはなにがなんでも、Jリーグが注目される必要がある。

 代表とJリーグを結びつけることで、代表人気をJリーグ人気に転換させるために、オシムは適任であり、メディアもオシムを大いに持ち上げているのである。

 では、”独裁者”川渕三郎は、どうしているのか。さすがの”独裁者”とはいえ、この方向転換にいいなりになるしかないのである。
 週刊ポストの徹底追究によれば(http://kawabuchi-kikaku.com/ を見てください)

 日本サッカー協会から講演料として1講演100万円を川渕三郎の秘書(日本サッカー協会所属)を通じて、川渕企画に振り込ませていた事実に対して文部科学省が捜査の手をいれる。

 3000万円の講演の金銭授授に関して、やはり、文部科学省が調査をしている。

などと、文部科学省がプレッシャーをかけている。
 一見、文部科学省など関係なさそうだが、実は大ありである。
 文部科学省は、toto(スポーツ振興くじ)の勧進元である(独立行政法人日本スポーツ振興センターがtotoを実施しているが、これは文部科学省の所管である)。
 totoが凋落傾向にあるのは有名なことで、
 Wikipedia(2006.9.5)では、

こういった努力にもかかわらず、2005年度の売り上げが過去最低を更新し約149億円と採算ラインの421億円を大幅に割り込んでおり、累積赤字も2005年度末に約224億円と2004年度末の約154億円から増えている。

とされている。文部科学省はtotoをなんとかしたい。そのためにはJリーグにもっと目を向けさせたい。日本代表を利用して、Jリーグを活性化させる、それが文部科学省の狙いである。

 川渕三郎はのど元に短刀を押しつけられている。今後、オシム体制の日本代表がうまくいかず、Jリーグに光が当らず、totoへのてこ入れがきかなければ、文部科学省は川渕三郎をやめさせ、その後釜に天下り官僚を据えようとするかもしれない。

 川渕三郎は『オシムの言葉』の著者木村元彦との対談を拒んでいる(スカパー!コラム「地球を一蹴」第29・30・31に詳細。http://mobile-emu.goo.ne.jp/cgi-bin/imode2.cgi?SY=2&MD=2&FM=1&TP=http%3A%2F%2Fmobile.skyperfectv.co.jp%2Fimode%2Fsport%2Fsoccer%2Fcolumn%2Findex.html)。
 『オシムの言葉』に感動したのなら、木村に会うはずである。本当はオシムが嫌いなのだろう。例の「失言」も技術委員会をはじめ、圧力の元となっているもろもろへの嫌がらせである。
 もっとも、代表が勝つことは、川渕にもそれ以外の者にも、すべてよい結果をもたらす。その点で利害は一致している。2010年W杯のために、川渕は呉越同舟をいとわない。

補記:裏づけのなーんにもない戯文です。私の記事の「五輪サッカーの放送」(2005.7.18)、「西野朗の名誉回復」(2005.12.27)と同様のメディア陰謀説です。こういう妄想を書くのは楽しいもんです。
 個人的には、海外リーグよりJの方が好きでしたのでいい傾向です。ケーブルテレビに入っているので、今後も視聴は安泰です。
 メディアにのせられているわけではないですが、オシム監督になって、日本代表の試合をとても熱心に見ています。雑誌も買っています。
 ただ、前々から応援していたジェフのホーム六連敗はガックリ。臨海のころは臨海不敗神話とか呼ばれていたのに……。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月12日 (火)

プロフィールの長さ

 NPOが出している熟年向けの季刊コミュニティ雑誌R(頭文字だけにしておきます)を、まれに母が買ってくる。K市にあるIという高級な鰻屋が広告を出しており、母がその店で食事をするついでにレジ横に積んであるのを買うらしい。

 書き手は高齢の人たちがほとんどで、そういった人生の熟達者から、含蓄の深い言葉を載せて、同じく高齢者を元気づけようといった趣旨のようだ。
 書き手の集め方だが、そうセンスが悪くなく。私が読んでもそれなりに楽しめる。

 が、あるときとても気になることがあった。
 Kという八十過ぎになる高名な歌舞伎研究者へのインタビュー記事があった。記事はA4版で四頁あり(うち一頁は写真)、末尾にK氏のプロフィールがあった。

 それが長いのである。K氏はいろいろな大学の職を経ており、またさまざまな団体の理事をつとめている。著作は八十冊をこえる。だから、その一部分を取り上げてもそうとうの量である。だから、一面三段の紙面のうち、プロフィールがいちばん下の一段の二分の一を占めている。

 思い出したのは知り合いのN先生のことである。N先生は、雑誌から原稿を頼まれると、いつもかなり超過した枚数を書き上げ、編集から苦情が出ることが有名だった。

 老舗の書店が出しているBという雑誌の××周年記念号に、N先生が文章を載せた。他の先生は「私とB」という感じで、それこそ雑誌Bの思い出を書いている。ところが、N先生だけが通常の論文なのである。記念号に花を添える回想を頼まれたはずである。にもかかわらず、まったく関係がないことを書いている。

 私は正直笑ってしまったのだが、私も学術雑誌への投稿が増えるにつれて、N先生の気持ちが少しはわかるようになってきた。言いたいことが言える隙間があれば、言いたいことはたくさんある。
 N先生も毒にも薬にもならない思い出を書くよりは、学問的に何かためになることを、少しでも人の目に付くところに書きたかったのだろう。

 長いプロフィールはもったいない。K氏のプロフィールなど、「歌舞伎研究者」の一行でいい。K氏の言葉をもう少し読んでみたかった。プロフィールを短くすれば、なにかまとまった見解がひとつは入れられたはずである。

 そういったことに気づかず、ありきたりのプロフィールでお茶を濁してしまった編集者は、ある一言が人間の人生を左右するかも知れないといった、言葉の力あるいは怖さを知らないのだろう。
 また、余白があれば、ためになる言葉をもう一言載せるよりも、長いプロフィールで読者をありがたがらせようという姿勢から、Rという雑誌が「終わった」人の雑誌なのだとわかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月11日 (月)

亭号の使用権

 落語を扱ったドラマや小説では噺家の亭号は、架空のものが多い。『タイガーアンドドラゴン』では林屋亭である。田中啓文『ハナシがちがう! 笑酔亭梅寿謎解噺』(集英社文庫、2006.8.25。単行本は『笑酔亭梅寿謎解』として2004.12)では、桂、林家は使われていたが、主人公は笑酔亭になっている。内輪のネタばらし本、金原亭伯楽『小説・落語協団騒動記』(本阿弥書店、2004.12)が桂を桜、林家を森家、柳家を柏家に変えているのは、しょうがないとして、その他の本で亭号が使えないのはどうしてか。
 ひとつは、それぞれ登録商標に入っていて、それらを勝手に使うことはできないというのが有力な推測である。
 読者としては、実際にある亭号が使われた方が現実味がわく。また、亭号にはそれぞれの色があるので、まったくデタラメでは面白くない。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月10日 (日)

小説での実名

 現代小説はほとんど読まないのだが、内田康夫『王将たちの謝肉祭』(幻冬舎文庫、2006.8。初出は廣済堂出版、1986.8)は、買ってしまった。推理小説の人気作家の作品だけあって、一気に読めた。もとより推理小説としての構成がすぐれている。升田幸三を柾田圭三、米長邦雄を吉永春雄、大山康晴を大岩泰明、中原誠を中宮真人などと、実際の人物をモデルにした仮想小説なのだが、それぞれの将棋指しの魅力的エピソードをうまく消化している。下手な人がやったらエピソードにひきずり倒されかねない。

 1986年の小説だが、バブルの状況は変わっても、棋戦の移籍問題やアマチュアへのインフレ段位の免状発行など、将棋界の構造とその問題は、今も変わらない。

 今井香子女流棋士は、おそらく林葉直子をモデルにしているのだろうが、いまとなってみると千葉涼子(旧姓碓井)女流王将の方が近いかもしれない。

 さて、この小説の中では、木村義雄、阪田三吉など古い棋士は実名だが、大山以降の棋士はほぼ仮名である。例外的に、唯一実名で登場するのが、羽生善治。十五歳の少年、四段として、本文でも「天才羽生」と呼ばれているが(羽生の1985.12.18に中学生で四段)、実に初々しい書かれ方。羽生三冠が知ってか知らずか、今のところクレームはついていないようである(クレームをつけたいのは、真鍋一雄として登場する真部一男だろう。さんざんな書かれよう)。
 いちばん新しい人が実名で、他が仮名というのも面白い。

 荒俣宏の『帝都物語』は三島由紀夫などが出てくる架空歴史小説だが、現実のどの段階まで実名を小説に用いてよいのか。時間が近ければ、あるいは生きていればだめなのか、出版社に秘密の規則でもあるのだろうか、などと考えていると興味が尽きない。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006年9月 9日 (土)

ペンネームの(変更)由来? 町田康

 『読売ウィークリー』(2006.08.20-27)号の町田康「テースト・オブ・苦虫」に格差社会への対応として名前を変えることをあげている。「桜木麗子」と「豚田笑子」とどちらの名前が得か損かということである。

 町田康のエッセーは、刊行物にまとめられたものは、たいがい読んでいるのだが、名前に関するエッセーが少なからずある。

 で、思うのは町田康本人の名前についてである。町田康は、パンクミュージシャン町田町蔵として1978年にデビューし、1995年に本名の町田康に戻している。戻した理由は、何かに書いてあった気もするが、面倒になったとか、かなり曖昧だったと思う。

 私が思うに、町田町蔵だと、町田市のご出身ですかと言われることが多かったからではないか。町田町蔵だと、町田の小僧というニュアンスがありそうである。

 大阪府堺市の出身で大阪育ちの町田康が、ペンネームをつける時点で、東京の町田市など知るわけもなかっただろうが、東京に出てきてみると、町田市ご出身ではなどと言われることが案外多かったと推測している。

 なにせ、1958年まで町田町である。古い東京の人で、町田と聞くと町田町ねと言うひとが本当にいる。

 こわもてのパンクミュージシャンとして知られた町田町蔵に、町田市のご出身ですかと戯れ言をいえる人間は少なかったのか。それとも、私の推測のように意外と多かったのか。本当のことを、いつかエッセーで語って欲しい。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2006年9月 8日 (金)

ペンネームの由来 有栖川有栖

 雑誌『大阪春秋』平成18年夏号通巻123号は、上方落語特集なのでジュンク堂書店で買った。巻頭に推理小説家有栖川有栖と都市研究家橋爪紳也の対談があり、有栖川有栖がペンネームの由来を語っている。

 大学一年のときに、推理研でガリ版刷りの機関誌『カメレオン』をつくるにあたって、「キミも書くのだろう」と部内で言われて。日ごろから何か書きたい、作家になりたいと公言していましたらからね。学生が遊びでつくっている雑誌ですから、本名で書くのも恥ずかしいし、ペンネームを考えないといけない。大学(引用者注、同志社大学)の向かいは京都御所で有栖川宮邸跡というお屋敷の跡があって、そこらをぶらぶら歩いているときに、有栖川を名字に使おうかなあと思いついた。この名字で有名な人はいない、もう宮家もない。京福電鉄には有栖川という駅があって京都らしいし、使っていいだろう。そうすると下の名前が決めにくい。義夫や正雄など日常によくある名だと有栖川とのバランスが悪い。ミステリーはつくりものの世界だからつくるものらしさを強調した名前にしようと思って『不思議の国のアリス』のアリスをとりました。

とある。
 有栖川有栖には悪いのだが、有栖川と聞くと、偽有栖川宮結婚披露パーティー事件を思い出してしまう。
Wikipedia(2006.09.05)によれば、

偽有栖川宮結婚披露パーティー事件(にせありすがわのみやけっこんひろうぱーてぃーじけん)とは、2003年4月6日に大正時代に後継者がなく断絶した有栖川宮家の末裔であると偽り、東京の青山でニセの披露宴(2人には一切の恋愛関係、内縁関係、婚姻関係が存在しなかった)を開催して400人の「招待客」からご祝儀を搾取した事件である。

なお、自称「有栖川識仁(さとひと)」と詐称した被疑者(当時41歳)と、その「妃殿下」(当時45歳)は、10月になって警視庁公安部が詐欺罪で逮捕した。

ワイドショーがとりあげた事件だが、有栖川有栖にペンネームの由来を質問した局はなかった。有栖川有栖にペンネームの由来を質問した局がひとつもなかったのか、それとも、質問された有栖川有栖がうちは関係ありませんとつっぱねたのか、わずかながら興味があった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 7日 (木)

帝王切開という名称

 帝王切開とは名付け方がよい。
 母体がなんらかの事故で死亡した際に、まだ生きている胎児をとりだすのに、慣習的に行われたとか、暗ーい話だけだったら、おなかを切るのだけはやめてください、という人も少なくないだろう。
 ローマの大英雄カエサルが、母のおなかを切って生まれたので、帝王切開とは、誤伝らしく、さらにいうなら帝王切開じたいが、誤訳らしいが、「帝王」という豪華な修辞が、印象をよくしている。

 ちなみに語源について、詳しい考察をしているのは下記のページ。
http://home.att.ne.jp/wind/alchemist/dict/teiousekkai.html

 開腹出産とか切腹出産とか名前がついていたら、妊婦はだれでもしりごみするだろう。
 もし、『国家の品格』で有名な藤原正彦の家なら、「切腹出産」の必要があっても、うちは武士道を信奉しているので、「切腹出産」などもってのほかと言うに違いない。ちなみに、藤原家ではうなぎは背開きしか食べないという(また、勝手なことばっかり書いてしまった)。

 なにはともあれ、秋篠宮妃紀子様が無事出産なさったのはめでたい。昔だったら前置胎盤は、子どもは生まれたけれども、母親は出血多量で死亡の確率が高かったはずである。本来、出産とは母の命がけである。この世に生を受けたわれわれは、母に感謝しなければなるまい。
 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年9月 6日 (水)

危険運転致傷

 通常、人間は人間を殺す精神構造になっていないのだから、人殺しをする人間には、どこか精神に異常なところがある。殺人事件がおきると、犯人の精神的な状態云々がとりざたされるが、当然のことであり、かつ無駄な議論である。

 飲酒運転の事故で、飲酒した運転者により、被害者が出ると、過失致傷か危険運転致傷か、飲酒の程度が問題になる。が、どのくらい飲めば、どのくらい判断力が失われるのか、というのは個人差があり、現行犯逮捕以外はその検査のしようもない。

 飲酒運転で被害者が出れば、結果として危険な運転だったことは間違いないので、危険運転致傷とすべてみなすのが妥当ではないか。今のようなやりかたをしている限り、現場からの逃走者はなくならない。

 なお、危険運転致傷の加害者は禁固刑以外に、事故時に出していた車のスピードで轢かれるかどちらかを選択できることにしてはどうか。あたら二十年の禁固刑よりも、ひょっとしたら重傷で済む可能性があるなら、そちらを選択する者も少なくないのではないか。私としては禁固刑はなくして最初からそれだけにすればいいと思うんですがね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 5日 (火)

つばぜりあい

 息子が生まれてからもう三年ほど、剣道の稽古をしてない。
 先日、HDDレコーダーに録画していた、剣道の高校総体を見てみた。かなりひさしぶりに剣道を見て、剣道はつばぜりあいが見苦しいと感じた。
 十代の頃は、引き技は嫌いでなかったし、つばぜりあいで相手の体力を奪いつつ、自分が休むのを得意としていた。二十代半ばになると、もうつばぜりあいはどうでもよくなり、前に出て面が決まるかどうかしか関心がなくなった。
 稽古でつばぜりあいになると、すぐ切って離れてしまう。これは試合のことを考えると稽古としてよくないのだが、試合に出ることもないので、勝手である。
 実際に刀を持って戦うとしたら、古武術ではないけれども、近くに寄ってしまったら、相手に組み付いて倒し、脇差しを抜いて首を掻くはずである。つばぜりあいは起きない。
 まあ、そこはスポーツであって、ボクシングが相手をつかまないように、剣道もつばぜりあいでいいことになっているのだろう。でも、だったら、つばぜりあいでなくて、すぐ離れるようにできないかとも思う。
 高校総体だったせいもあるが、つばぜりあいは見ていて面白くない。

 なお、北海道を旅行したとき、テレビの少年剣道大会の宣伝CMの最後に、栄花直輝さんが出ていて、さすが北海道ととても感心。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 3日 (日)

泣ける話

 山本一力が、週刊文春で妻が「フランダースの犬」という言葉を聞いただけで、涙を流すという話を書いていたと思う。
 義理人情に乏しく、薄情さにはなかなか自信のある私も、土家由岐雄『かわいそうなぞう』(金の星社、1970.01)には弱い。新美南吉『ごんぎつね』にも弱いが、『かわいそうなぞう』が飛び抜けている。題名を聞いただけで涙腺に刺激を受ける。小学一年生か二年生かの教科書に使われていた気がする。そのころも大泣きである。

 なぜ、こんな話を書いたかというと、8月16日NHK教育「おはなしの国」で大高洋夫さんが、『かわいそうなぞう』を朗読していたから。
 ボウケンジャーでは個性的な悪役を演じて人気の大高さんだが、子どもたちは敵の大幹部神官ガジャだと気づいたかな。
 なお、ボウケンジャー、第二十四話で初音の鼓と源九郎狐を扱っている。シブイ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 2日 (土)

富良野

 北海道旅行は、旭川と富良野を中心にまわった。道南は新婚旅行でまわったので、今回は見送り。次に行くなら、道東か。
 さて、富良野といえば『北の国から』。しかし、私も妻も『北の国から』をほとんど観たことがない。だから、ロケ地を巡ったりしなかったが、思ったのは、やっぱりドラマは田舎を強調しているということ。私も妻も都市部の育ちではないのでわかるのだが、富良野も日本にいくつもある地方都市のひとつである。
 とはいえ、富良野のゆったりとした環境はきもちよくて、ブルートレインを使って帰る際に札幌駅に行くと、人混みにげんなり。雪国では暮らせないとは思うが、ひと夏ゆっくり過ごしてみたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 1日 (金)

北海道はアイヌで

 北海道旅行の際に、旭川出身の剣道の後輩から、見どころを指南してもらった。だいたいが、ガイドブックに載っていたのだが、アイヌ関係のものは本になかったので、ありがたかった。
 旭川の川村カ子トアイヌ記念館に行ってきたのだが、道路から一歩はいると別の空気が流れている。遊んでいる子どもたちもどことなく雰囲気が違う。
 記念館に入って、置いてあるアイヌの歴史のビラを手にとったのだが、岩手であったアテルイの乱から書いてある。
 いろいろと参考になったし、知的な関心は満たされた。でも、残念ながら、全体的に暗いなぁというのが印象。
 私のような旅人は、北海道ならアイヌ!ぐらいの結びつきと宣伝がされているのか、と思っていた。全然控えめ。私は無知なので、北海道の人にとってのアイヌは、長崎人(私がそうです)にとっての「唐人」や「阿蘭陀人」のようなものかと思っていた。予想はまったく外れた。
 歴史に苦難があって、いまさらアイヌを全面に押し出すのも商業利用であって、アイヌの人たちもいやなんだろう。
 また、北海道の人たちも、全然それまで土地にいた人たちとの連続性を感じていないようである。すぐ青森まで南下すれば、寺山修司的な土着の世界が展開するのに、北海道は、よくもわるくもカラっとしている。
 それにしても、なんだかもったいないと思ってしまうのは、観光で立県している長崎に私が生まれ育ったせいなのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »