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2006年6月23日 (金)

正々堂々の敗戦

 剣道が柔道よりもサッカーに似ているのは、守勢をとりながら試合をすすめてよい点である。柔道は教育的指導があるので常に攻勢をとらねばならないが、剣道はとりあえず一本取られないよう試合運びをしてかまわない。

 相手から一本取っていかなければ勝てないのは絶対だが、作戦として相手が動いたところを狙う(カウンター狙い)のが可能なのである。また、団体戦なら、相手と自分の実力差、それまでの勝ち負けと本数の数を考慮して、引き分けも含めて、次につなげていく戦いができる。

 剣士も、身長の高さを生かす人、速さを持ち味とする人、機先をできるだけ制して積極的に打突を仕掛ける人、出鼻を狙っている人とその持ち味はそれぞれである。

 理想としては、特定の試合運びをあらかじめ念頭におくこともなく、自然体で相手と向かいあい、きれいなでまっすぐな剣道をして、相手に勝つことが望ましい。

 ボクシングの上位者のスタイルが様々なのに対して、剣道の場合、全日本選手権に出場する選手となると、みなきれいな剣道である。

 さて、前置きが長くなった。今朝、日本がブラジルに一対四で大敗した。それを観ていて、ああ正々堂々の敗戦と感じた。まともにやっては、ブラジルに勝てるわけがない。にもかかわらず、正面からやりあって負けた。

 剣道なら、相面(面を打つであろう相手に面で勝負する)で勝てないような相手に、相面を挑んで、一本は取ったものの、立て続けに四本取られたような具合である。

 ジーコという世界屈指の選手が監督となって教えてくれたのは、正々堂々戦う方法だった。剣道で言えば、きれいな剣道。王者のやりかたである。王者の様式がとれるかが重要であって、その結果は問題ではない。

 今大会は、日本の試合を除けば開幕戦のドイツ対コスタリカしか観ていない。コスタリカは引いて引いて守って、FWワンチョペのカウンター一本のチームだったが、もしコスタリカの戦術を日本がとっていたら、いくらなんでも嫌だと思った。

 SAMURAI BLUEが今回の代表の愛称だったらしい。勝ち負けよりも美学に殉じたこと、規律・訓練・戦術に支えられた近代的な兵士ではないという点で、今回の代表はたしかにSAMURAIだった。

余滴:
途中出場の高原の負傷はお気の毒。高原が負傷しなければ、その後、中村俊輔にかえて、遠藤が入っていたかもしれない。中村がかなりへたばっていたのは間違いないが、それより全選手に出場の機会を作ってやろうとジーコがしたかもしれないと思うからである。

午前一時半に寝て、午前三時五十五分に起きて、ものすごく眠かったものの巻のスタメンで目が覚めた。巻はよくやっていたけれども、その持ち味が生きる展開ではなかった。

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