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2006年4月23日 (日)

長崎歴史文化博物館

 昨年十一月に、長崎歴史文化博物館に行った。建物のある立山の地はもともと長崎の奉行所があったところで、奉行所がなくなったあとは、知事公舎と県立美術館が建っていた。県立美術館の老朽化にともない、その地が再開発されて、黒川紀章の設計による、奉行所の復元を含んだ博物館ができた。
http://www.nmhc.jp/index.html
 前の県立美術館への愛惜は以前記事に書いた。新しくできた博物館を見てきたが、それはそれでよかったと思った。その割り切りのよさは、私もやはり長崎人ということなのかもしれない。
 よいところを先に述べると、奉行所が持っていた文書など貴重な資料が目につくところに置かれているのはかなりよい。今までは死蔵されていた資料を公開する場ができたわけでどんどん活用して欲しい。
 私にとって、これはいかがなものかと評価に悩むのは、長崎奉行の一年を描いた「長崎奉行所立体劇場」と、当時の御白洲を再現した寸劇である。
 私は史学が専門でないので、ひょっとしたら間違っているかもしれないが、「長崎奉行所立体劇場」で風間杜夫演じる遠山左衛門尉景晋がわずか一人の供を連れて赴任するのは、おかしい。長崎奉行とはかなりの役得があった人気職なのである。サンピン侍がなれるものではない。たくさんの供揃えがあったと思うのだがどうか。
 再現された御白洲は、それこそ時代劇である。江戸時代の裁判を説明した本で、手に入りやすいのは、山本博文『江戸時代を<探検>する』(新潮文庫、2005.2。初出は1995.12)である。「大岡越前の裁判 ー資料とテレビ・ドラマの間」が、裁判の実態をわかりやすく説明している。
 江戸町奉行と長崎奉行では、違いがあるのかもしれないが、演じられていた寸劇は、どうも時代劇としか言いようがないものだった。
 もっとも、見ていたおばちゃんたちは大喜びで、そういうのを見ていると、いまさら史実にできるだけそうように再現するのもよけいなことかもしれない。
 教養課程の頃、尊敬していた日本史の先生に、発見されたばかりの吉野ヶ里に行ったが単なるあなぼこだった話をしたところ、それがいいんですよと言われた。何事も至れり尽くせりでなければ、歴史を実感できないのは、想像力以前に探求心の貧困である。

補足:昨秋に書いたものの、満足している人がいるならいいかと、放置していました。ここにきて、なんとなく腹が立ってきて、改稿して載せることにしました。

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