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2006年4月21日 (金)

決闘文学史観

 決闘文学史観と私が呼ぶものがある。曲亭馬琴と山東京伝とは、読本で覇を競い、ついに馬琴が勝利するに至った、といったように、文学史にライバル関係を見いだし、その競争によって文学が進展していったとみるのが、決闘文学史観である。江島其磧と八文字屋との抗争などは、決闘文学史観にきわめて合致する事態である。
 戦前の文学研究者には決闘文学史観を持つ人がわりあい多い。重友毅や山崎麓の書いたものをみると露骨にそうである。文学史において、角逐が行われ、一方が凱歌を上げるに至ったというのは、劇的で、それ自体がひとつの小説である。
 馬琴と京伝が読本の執筆で競争したとか、馬琴と式亭三馬が反目し合い、読本では勝負にならない三馬が滑稽本に活路を見いだしたといった、ライバル関係ですべてをとらえるのは、見てきたような話のたぐいだと思う。

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