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2006年4月22日 (土)

学者の足払い

 阿刀田高『コーランを知っていますか』(新潮文庫、2006.1。初出は2003.8)は単行本のときから興味があったので、新潮文庫に入ったさいには、迷わず買った。阿刀田高の「~を知っていますか」のシリーズは『ギリシャ神話を知っていますか』をはじめ、いくつか読んでいて、大変おもしろかったからである。
 解説を新進気鋭のイスラム研究者池内恵が書いているので、それから読んだ。充実した解説だったが、最後にいたって、阿刀田高の本文を読む気力をくじく毒が含まれていた。
 私はよく知らなかったが、コーランとは批判が許されない聖典なのである。よって、池内恵は末尾あたりに、次のように書いている。

 阿刀田流の取り組み方は、非常にオトナである。納得がいかない部分についてまず、コーランの内側の論理や、イスラム教徒の側からのよくある解釈を示す。それをまず最大限理解しようとする。そのうえで、ぼそっと疑問をつぶやいてみる。
   「それにしてもかしづくのは乙女ばっかりで……」
   「ーー都合がよすぎるんじゃない?ーー」
   「ーーそりゃあんまりなーー」
   「ーーそれでいいのかなあーー」
   「ーー関係ないんじゃないのーーと考えたくなるけれど、」
   「あと追いの理屈のような気がして、少し釈然としないところもあるけれど」
 これらはいずれもそういった絶妙なつぶやきである。もちろんこういったイスラム教徒のカンに触りそうな記述をしてしまった後には、急いで「不敬かもしれないが」「……と思ったが、これは素人のあさはかさ」といった言葉を付すのを忘れない。場合によっては、
   「さすがマホメット。いや、ちがった。さすがアラーの慧眼」
   見通しのよさとして感服するべきだろう。
 とまで絶賛してバランスを取ってみたりする。聖典批判の許されていない世界と向き合う際に、踏んでしまいかねない危険な地点を嗅ぎ取るツボを、しっかりと心得ている。

 これは皮肉と解釈してよいのだろう。実際に、本文を読み始めたのだが、どれもイスラム教徒からの批判をおそれて、迂遠な表現をしているのではないかと、疑心暗鬼にとりつかれてしまった。結局、『コーランを知っていますか』は百頁あたりで、挫折してしまった。
 その後、デンマークの新聞がマホメットを題材に漫画を書いて、大騒動となる事件があったので、阿刀田の配慮もちゃんと理由があってのことだとは、理解できたが、なんとなく釈然としない。
 池内恵は解説で次のように述べている。

 本来なら専門研究者がこういう入門書を書いておくべきだったのに、まったく門外漢の流行作家に先を越されてしまったという、悔しさも感じている。正直に言ってしまえば、私自身がいつかこういう本を書いてみたかった。

池内恵は、いつか入門書を書くべきだろう。阿刀田高の『コーランを知っていますか』と比べて、やっぱり専門の学者だと思えるようなものを書いて欲しい。その日を私は楽しみにしている。

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