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2006年4月10日 (月)

書皮

 塩野七生が「ローマ人の物語」の文庫版で、表紙にカバーをかけずに持ち歩いてくれと、お願いしている。そのせいかは知らないが、実際、池袋のそば屋で通人めいた中年男性が、もとの表紙のままで文庫版「ローマ人の物語」を読むのを見たことがある。
 かつて友人の家でマンガを読んで、ページを開いたまま下に置くと、本が傷むと怒られた。そのくらい本を大事にしない私でも、文庫本・新書をもって出るときはたいていカバーをかける。私が「ローマ人の物語」を文庫本で読んでいたころも、カバーをかけていた。
 カバーは紙が一番である。皮は手触りはいいかもしれないが、頁が開きにくい。紙のカバーを愛用するのは、なにか思いついたときに、メモをカバーにかけるからである。電車で胸ポケットに油性ペンをさし、気になることや意見があったら、カバーに書き込んでしまう。
 書き込まれたカバーは、余白があればまた別の本にも使われる。先日、変な書き込みをしたカバーをつけた本を、そのまま人に貸そうとして、あわててそれをはずして渡した。

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