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2006年4月 2日 (日)

デフォルメ

 草双紙の挿絵や浮世絵を見ていると、文化年間(1804~1818)以前のものと、文政(1818~1830)なかごろ以降のものとでは、ずいぶん絵柄が違うことに気づく。
 初代歌川豊国や喜多川歌麿の描く人物は、スラッとした八頭身なのに対し、三代歌川豊国や歌川国芳の描く人物は、顔が大きくなって、手足も丸々とした五頭身である。
 五頭身の頭でっかちで、手足がずんぐりむっくりした描き方を、私は好いておらず、見るたびに、なんでこんな描き方になってしまったのだろうと、不思議に思っていた。
 もう二年ほど前だが、ある古書籍の展覧会に行ったところ、私と同じく、江戸後期の文芸を研究している知り合いの女性研究者と遇った。私がどちらかといえば、文政以前に関心を持っているのに対し、その女性は文政よりあとを得意領域としていた。
 一緒に、浮世絵と和本の挿絵を見てまわったのだが、その女性が、天保(1830~1844)の合巻(絵の余白に地の文があるマンガのような小説)の登場人物を指さしながら、「私、この丸っこいのが、大好きで、とってもかわいいって思ってしまうんですよ」と言った。
 丸っこく人を描く手法は、幕末までつづく。受け入れられなければ廃れてしまうわけで、その女性の感覚の方がまともなのだと悟った。
 今、萌え産業が殷賑をきわめている。アニメやマンガで、頭が大きく、目は顔の半分ほどあって、跳ね上がったような髪型をし、リボンや帽子などがひっついている萌えキャラが一派をなしている。そういうのをみるたびに、可愛いかぁ?と思うのだが、大多数に受け入れられなければ、消えているわけで、私の好みがマイナーだといえる。
 今の萌えキャラをみると、知り合いの女性研究者の言葉を思い出す。

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