« 差別語 その七(結) | トップページ | 余一の日 »

2006年3月 1日 (水)

あまりにマンガ的な

 事実は小説よりも奇なりというが、トリノ五輪でのフィギュアスケートは、マンガ以上にマンガらしかった。キャラがそろっているのである。

 これはマンガだなぁと思ったのは国内予選で中野友加里が台頭してきてからである。フィギュアスケートの状況を、安藤美姫を主人公にしたマンガと解釈するとおもしろい。
 2006年の全日本選手権までの「ここまでのあらすじ(Our Story Thus Far)」を書いてみると、

 スケートが好きな少女安藤美姫は、幼くして父親を交通事故で失う。その後、家族や周囲の人たちの助けもあって、安藤は才能を開花させ、日本そして世界のジュニア選手権で優勝する。女子の公式競技会で、史上初という四回転サルコウをきめた安藤にとって、トリノの道は確約されたものだった。
 しかし、マスコミへの露出が増え、プライバシーが犯されるようになると、安藤は調子を落としていく。精神的な不安をかかえたまま、安藤は全日本選手権を迎えるのだった。

ということになる。

 ここでの中野友加里の役割は主人公のライバルの小ボスなのである。『エースを狙え』だとか『ガラスの仮面』でもいいのだが、(スポーツ)マンガには「主人公よりも能力はやや劣る。しかし、気力が十分で主人公をおびやかす」というキャラがよく出てくる。中野友加里をみたときに、わぁマンガにいるなぁと思ったのである。

 実を言うと、フィギュアスケート選手の中では中野友加里を応援していた。得意技の高速ドーナツスピンは、私にもわかりやすい技だし、何より低い点がついたときの「えっ、何で」という表情がよい。これがマンガだったら、中野友加里は負けることになるのだけど、全日本選手権の直接対決に勝って、切符を手にすることを期待していた。もし出場すれば、不調だった安藤よりもよい成績を残したのではないかと思う。

 じゃあ、その他の選手はというと、荒川静香が大ボス(外国人選手がもっと強かったら中ボス)である。浦沢直樹の『YAWARA!』だったらテレシコワである。『HAPPY!』でもなんでもいいのだが、荒川静香は浦沢直樹マンガのボスキャラの雰囲気がある。一度苦難を乗り越えてきているというのも、キャラとして深みがある。子どもっぽい雰囲気の選手が多いフィギュアスケートの中では、クールな女王としてキャラが立っている。「トゥーランドット」を演技の曲に使っているのも、「氷の」といったイメージを増幅させる。本人のHPやインタビューを見聞きする限り、実際の荒川は、もっと柔らかみのある性格のようだが、マンガだったらそういった扱いである。

 村主章枝や恩田美栄に、マンガだったらどういった位置が待っているかというと、主人公の友人である。癒し系と、『とくダネ!』で分類されていた村主章枝は、『YAWARA!』ならジュディである。明るい年長者として、主人公を励ますのが役割である。実際のところ、安藤と村主に交友関係があるわけでなく、頂点を目指す競技選手なので、現実には単なるお人好しではないとは思うのだが、村主と荒川は仲がよくないらしいし(中つり情報だが)、マンガだったらそういう立場である。

 天才少女浅田真央は、通常のスポーツマンガの公式から、はみ出すキャラなのだが、安藤にとって「そのすがたは何もしらぬ、以前までの私」(異邦人)、というこのキャラが、松本大洋の『ピンポン』風に、作品世界に深みを与えることは間違いなく、こういったキャラの登場も、ある意味マンガだと感じる。

 (ここまでは、全日本選手権の直後に書いた文章に手を加えたもの)。

 さて、トリノ五輪には安藤・村主・荒川が出場し、安藤が十五位、村主が四位、荒川が金メダルとなった。

 安藤の十五位は、実力から言えば不本意なものだったろう。私としては、無難にまとめて入賞を目指すよりは、四回転ジャンプに挑戦して悔いの残らないようにやってよかったと思っている。

 さて、この安藤の成績をマンガ的にみると、なんと大正解なのである。『はじめの一歩』の幕之内一歩が簡単に世界チャンピオンになっては、話が簡単に終わりすぎて困るように、ここで安藤が金メダルをとってしまっては、マンガの連載が終わってしまう。安藤は一敗地にまみれて、今後もかくやといったほどがマンガとしてはちょうどよい。

 次は四位に終わった村主である。現実の村主に関して、素人の意見ながら四位でももっと点差は三位と小さい四位ではなかったのか、スルツカヤやコーエンよりも村主がよい点を取るはずがないという審査員の先入観があったとみるのはひが目か。

 村主は、マンガ的にはどの順番でもかまわない。けがで低い順に終わる。あとちょっとでメダルを逃す。ライバル荒川を押さえて見事金メダルをとる。どれでもよい。とはいえ、安藤が低い順位で終わるのがすでにマンガ的だとすると、現実の四位というのが、一番(悲)劇的でマンガらしい終わり方なのである。

 荒川だが、国内選考での大ボスなので、マンガ的には五輪でもよい成績を収めた方がよい。強いキャラが次の強いキャラに簡単にスイープされて、次のキャラの強さを際だたせる手法も有力だが(すでに浅田にはこのメにあっているのだが)、五輪はなにしろひっぱれないので、『はじめの一歩』の伊達のように、主人公よりも強いキャラとして、トリノではある程度の成績を収めたほうが読者にとってはよい。また、一度挫折しそこからはい上がってきた荒川は、日本代表のトップとして十分に絵になるキャラである。

 金でも他のメダルでもよかったのだが、荒川が金の場合は、ライバルキャラとしてスルツカヤやコーエンはバンクーバーには登場できず、その二人のうちどちらかあるいは両方が荒川を破れば、勝った者が次の五輪のライバルとして残ることになる。

 年齢のことがあるので、いずれにしても、荒川と村主がここで引退して「トリノ五輪篇」を終え、安藤に浅田に中野が中心となり、それにけがに泣かされている太田由希奈、未知の新選手などを加えたのが、「バンクーバー五輪篇」になる。

 トリノ五輪金メダルの荒川に二連勝している浅田がいるので、少なくとも安藤を主役にしたマンガでは、ライバルに困らない。

 誰の目にもわかるように安藤の弱さは精神力であり、そういった弱さを支える男性が出てきて、ロマンスが起こるのがマンガなのだが、そこらへんが現実にどうなるかどうか。安藤の受けた重圧は私には想像もつかないほど大変なものだろうが、まずはスヌーピーの出てくる『PEANUT』がいかにブラックなユーモアを含むか知るところから、精神面を鍛えていってはどうだろうか。

 今回のフィギュアスケートの持つドラマ性はかなりのもので、もしトリノ五輪を知らない人にフィギュアスケートの話をしたら、お話すぎると言われるのではないか。深田恭子を主人公にしてフィギュアスケートを題材にドラマが作られるようだが、なまはんかなものでは現実はこえられない。

 なにはともあれ、荒川静香の金メダルはとてもよかった。五輪になると「感動をありがとう」という文句が飛び交う(実はまったく好きな言葉ではない)。ふつうの五輪では努力して勝利を得た姿が感動の対象であるのに対し、荒川の金メダルは通常の感動に加えて、荒川の技術・演技が作り出す美が感動の対象になっている。

 全日本選手権前後から、週刊誌でのフィギュアスケートに関する記事は、読んでいてぞっとするような書き手の嫉妬や揶揄の含まれたものが増えたが、そういった記事を書いた人たちは、見識をあらためて欲しい。とはいえ、もう週刊誌は荒川の醜聞を集める(でっち上げる)のに必死のはずである。とはいえ、私のこの記事も、当の選手がみたら(特に中野選手とか)、なにいってんのよと怒りだすような内容なのではあるが。

補足:差別語特集の真っ最中でしたが、荒川が金メダルを取った翌日に、途中割り込みして、これを載せようかかなり迷いました。差別語特集はまだつづきますが、もう我慢できませんでした。

|

« 差別語 その七(結) | トップページ | 余一の日 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/103175/8885157

この記事へのトラックバック一覧です: あまりにマンガ的な:

« 差別語 その七(結) | トップページ | 余一の日 »