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2006年2月15日 (水)

新聞を読め、日記を書け

 現代国語の教師が生徒によく勧めるのが「新聞を読め」と「日記を書け」である。これは風邪の時に医師が「充分食べて」「よく寝なさい」というのと同じで、真実をついていると同時に意味のないアドバイスである。
 新聞は無駄に量が多い。じっくり読むには文章が多すぎる。三面記事は読む必要がない。署名記事でしっかりと論がたてられている文章だけ読めばよい。その点では、天声人語のたぐいは、読む必要はない。あえていえば、社説もそうである。社説はその新聞がどちらを向いているかを示すに過ぎない。
 文章は書けば書くほど上手くなるのは確かなので、「日記を書け」とは楽な注文である。ただし、自分がいままで身につけているしゃべりことばに近い文章で日記を書いても無駄である。文章語で日記をつけなくてはならない。
 本当に役に立つのは、感想を文学的につづった日記(日記文学のようなもの)ではなく、備忘のために記録することを重視したつまらない日記(日誌にちかいもの)である。野口悠紀雄も勧めていたが、社会人になって、仕事に役立てたいなら後者の日記をつけるべきだろう。
 とはいえ、感傷的な日記をつけたい気持ちはよくわかるし、現代国語の学力の向上にはそれで十分役立つと思うので、どちらを選ぶかは本人次第である。
 実を言えば、私は新聞を定期購読していないし、日記も書かない。いちおうは、「新聞を読む、日記を書くというのも一手」と指導しているが、そのやりかたには具体的に注意をしている。

補足:「日記を書く」より「日記をつける」が耳慣れているか。ただし、グーグル検索では、「日記を書く」が217万件、「日記をつける」が47万9千件である。『土佐日記』に「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとしてするなり」とあるように、古くは「日記す(る)」でよかったか。ちなみにグーグル検索「日記する」は、該当1万2千9百件。

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