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2006年2月28日 (火)

差別語 その七(結)

 さて、私の立場を述べなくてはなるまい。近世文芸を扱っている以上、現代に比べて差別的な表現のある文章を何かの資料として使うことは避けられないと感じる。使用にあたっては、西尾秀和が批判しているような、「本書の文中で、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句・表現が見られますが、時代背景と作品の価値を鑑み、そのままとしました。当時の社会状況を充分にお考えいただき、ご賢読いただきますようお願いいたします」(西尾本70頁の用例)といった形式的なことわりにならないようにしたい。雑誌論文では、字数制限の問題もあって、そういった注釈をどのくらいつけられるか難しい面もあるが、西尾が適切と示した案のように、どの箇所が差別表現なのか、具体的な注釈を積極的につけるよう心がけたい。

 以前は、「めくら」や「びっこ」や「片手落ち」といった差別語をいったんすべてリセットして、「すべて差別語とみなさない。差別語とみなす人を処罰する」としてはどうかと思っていた。

 しかし、差別語について学習してわかったのだが、「浮浪者」のように以前はどうとしたことがなくても、差別語になってしまった言葉も多いのだが、もともと侮蔑の意がある言葉も少なくないのである。それを用いることが、蔑意を示す意図とつながりやすい言葉があるのである。「すべて差別語とみなさない。ただし、差別的な意図をもって使う人。差別的な意図をもって使われていない場合でも差別表現とみなす人を処罰する」と修正しなければならないのだが、こうなってくると今の規制と変わらない。

 難しいのは、何をもって差別的な意図として使われたかの判断である。結局、哲学の他我問題のように、差別と思うかどうかはそれぞれである。

 差別語については、西尾秀和のように主体的に判断しなければならないとは思うのだが、主体的な判断とは、主観的な判断であり、誰にでも使えるものではない。

 結果として、クレームがついたら、絶対使わないという、誰でもわかるデジタル式の基準がまかり通ることになる。

 私が育った長崎県というのは角岡伸彦『はじめての部落問題』(文春新書、2005・11)が紹介している部落解放研究所編『図説 今日の部落差別 第3版』(解放出版社、1997)所収の1993年総務庁調査によれば、被差別部落の数が三つしかない。これは全国最小である。ちなみに最多は福岡の606。今住んでいる埼玉は274。(もっとも、被差別部落であると政府に申告していなくても、実際にそう見られている、あるいはそうである場合が多いことは、角岡伸彦の本のとおり)。そういうこともあって、長崎のどこが被差別部落なのか知らなかったし(今でも知らない)、東京に来るまで「四つ」に侮辱的な用法があることすら知らなかった。そもそも長崎の学校教育は被爆問題教育が盛んで、被差別部落問題教育は割を食っている。

 「その六」で述べたように、差別問題の本は、今回読んだ本だけでなくて、関東に来てより、きっかけのあるたびに何冊か読んでいる。幸い、被差別部落問題は、日本の経済的な発展にともない厳しさがゆるんできているらしい。部落解放同盟も、良識路線をとって、むやみやたらに「糾弾」するわけではないようである。

 その一方で、差別語の問題は被差別部落に限らないわけで、世の中には「人権を守る」ために差別語を「生産」しているグループ・組織があることもわかった。「人権を守るために差別語を検討する」会を作れば、「いかがなものか」という言葉が増やす方向に行くのはあたりまえである。

 私の知り合いで親が地方都市で広告業をしている人がいた。その人の親の会社に、ときおり「人権を守る」団体の職員がきて、広告に難癖をつけてたかっていくさまを、具体的に教えてもらったことがある。

 また聞きのことになるので、ひょっとしたら、私の知り合いの作り話かもしれない。だが、末端のところで、今回読んだ本などには出てこない、きれい事でない問題がまだあるのではないかという気持ちがぬぐいされない。

 差別語をとりまく環境は江戸時代の警察体制に似ている。江戸時代の警察体制は、奉行所があって与力・同心がいるのだが、いかんせん人数がたりないので、岡っ引きをつかってすみずみまで網を張り巡らせることになる。江戸時代の岡っ引きというのは、正義の職務をする一方で、ときにはやくざまがいのことをして余得を稼ぐ者もいた。部落解放同盟を奉行所にたとえて、中央本部の人員が与力、支部が同心だとすれば、どうやら今も「岡っ引き」がいるようなのである。だから、解放出版社が新聞広告に「部落」の字の入った本を載せるのが、「その筋に禁じられていますので」などということになるのではないか。最近の解放同盟が柔軟路線であるのは間違いないが、差別語に過剰反応している出版関係者をいちがいに弱腰よばわりするのも早計であろう。

 差別語問題は知れば知るほど難しい。

 差別語を扱った本では全然ないのだが、橋本治『大江戸歌舞伎はこんなもの』(ちくま文庫、2006.1)に、

ルールに関しては必要最低限にとどめておく-そうじゃなかったら、ルールによってがんじがらめになります。がんじがらめを避けるようにして出来たルールは融通がきくんです。そうしておいて、今度はそのルールを守るんです。

という記述があった。この精神を差別語にも発揮すべきだろう。

補足:この回はつけたしつけたししながら書いたので、まとまりが悪いです。しかし、まずはこれでひとくぎりです。

 角岡伸彦『はじめての部落問題』は、原稿を書いている途中に見つけた本。「はじめて」というだけあって無難な内容です。文献紹介でもしてくれていれば、さらにありがたかったのですが。角岡伸彦『はじめての部落問題』が陽とすれば、一ノ宮美成・グループ・K21編集『同和利権の真相 (4)』(別冊宝島Real、2005.10)は陰の本。何か特定の悪者を決めて、全部それのせいにすることは、差別語については問題解決しないので、この手の本は見送っていました。しかし、きれいごとですまない問題について、知り合いから聞いた以上に知る必要があったのと、シリーズ第四作目にあたるこの本が、同和教育にまつわる内容を含んでいることがあって、買ってみました。内容は酸鼻なもので、同和問題について根が深いことがうかがえます。

 『同和利権の真相 (4)』を読んで思ったのは、「確認」「糾弾」とかの方式が、左翼(学生)運動のやり口によく似ているということ。1960年代にこの方式が主流となったのは、当時一世を風靡していた左翼運動をまねた面があるのでしょう。だから、それが差別をなくすのに本当に有効だったかはかなり疑問ではなかったかと。

 日本における差別の問題は、被差別部落の問題を中心になされています。差別語や差別の問題は、それに限らないにもかかわらず、有効に議論されていません。このことについては、ハリー・ポッターの”Half-Blood Prince”に関する記事でまた述べます。むしろ、そっちの方がまとまりのある意見が書けたかもしれません。

 ルールについての基本的態度を示して終わりましたが、実はこれこれが差別語で出版・放送に使うべからずという法律があるわけではありません。すべて自主規制なのです。そもそも本当のルールがないのです。「人権擁護法案」とやらにいいことが書いていないかと思ったのですが、残念ながら私の期待したようなものとはほど遠い内容でした。

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2006年2月27日 (月)

差別語 その六

 森達也『放送禁止歌』は2003年に読んだ本。五年ほど前埼玉に引っ越してより、私の記事「西方三百里より」(2005.07.26掲載)のようなことがあり、差別問題に関心が高まった時期があった。図書館(埼玉で一度ひっこしたので今利用しているのとは違う)にあった差別に関する本を読み、差別問題の概要と何が差別用語・表現なのかまでは覚えた。

 埼玉移住以後そういった関心の高まりもあったし、初出本『放送禁止歌』の書評をどこかで読んでいて興味があったこともあって、三年前に知恵の森文庫で見かけたときはすぐさま買った。

 岡林信康『手紙』や赤い鳥『竹田の子守歌』といった「放送禁止歌」がなぜそんざいするのかを追及しているが、私のように本で解決するのではなく、いちいち関係者をあたって調べていった労作で、凄味がある。差別用語問題だけを扱った本ではないが、値段もそう高くないし、こういったことに関心のある人はかなりお薦めする。結局、責任不在のまま、放送禁止歌が増えていく状況がわかり愕然とするはずである。

 この本に「放送禁止歌」として挙げられた曲のうち「ヨイトマケの唄」(三輪明宏。もちろん今は美輪)は、この本を読んでから(私の記憶が正しければ)、テレビ東京の「誰でもピカソ」で、美輪明宏が歌うのを聴いたことがある。よい歌だと思った。テレビ東京の英断に拍手したい。

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2006年2月26日 (日)

差別語 その五

 次は西尾秀和『差別表現の検証―マスメディアの現場から』について。西尾は堀田と同じく「出版・人権差別問題懇談会」に参加しているにもかかわらず、堀田とは姿勢が異なる。高木正幸と同じく、差別語かどうかその使用状況への判断を重視している。次の西尾の意見は傾聴に値する。
 

 どういう表現が、なぜいけないのかを深く考えようとせず--つまり、あることばや表現を使う場合に、その必然性や正当性、論理をあまり考えないまま、ただやみくもに、”ヤバそうな表現はかえる”という安易な発想で「言いかえ」をしている現状がある。このことは別の視点から考えると、差別問題に関する無関心の変形ともいえるだろう。結果、いつまでたっても差別表現についての真の理解が深まらない。(第一部マスメディアの現状、1過剰な自主規制と混乱、11・12頁)

 本文は実例をあげて、差別語のいいかえが過剰か適切か、西尾自身の見解が記されており、読むと頭を使う訓練になって良い。小説では、会話文での使用はあるとしても、地の文の使用は差し控えるべきというのももっともな意見。読み物としてなかなかだが、用例事例事典としては堀田や高木の本よりも分量が少ないのが玉に瑕である。

補足:だいたい良識派の意見はこのあたりに落ち着くようです。問題は、そういったことを多くの人が理解しつつも、現状がそれとは異なることです。

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2006年2月25日 (土)

差別語 その四

 高木正幸『差別用語の基礎知識』は、差別用語の実例の収集の面では、堀田貢得『実例・差別表現』と大差ない。しかし、姿勢が根本的に異なる。
 長くなるが、25・26頁より一部を引用すると、

 「差別語」「差別表現」問題が起こるのは、被差別部落問題や人種問題などの「差別」の現実が、存在しているからである。差別するものとされるものとが、社会、日常生活の中できわめて明確になお存在し、対峙している現実を否定出来ないからである。(中略)そのような差別を生み出している社会構造、社会関係そのものを変革することが必要である。いわゆる差別表現があたかもそれ自体として実在しているかのように信じ込まされている意識、生活状態の克服、解放が必要だということである。
 そういう人間関係、社会関係そのものの変革がない限り、「差別語」「差別用語」問題は解決しないに違いない。ある言葉、ある表現だけを「差別語」だ「差別表現」だ、と言挙することは、言葉を基盤とする自由な社会にタブーをつくり、隠微な関係を醸成するだけである。(中略)
 「差別語」「差別用語」問題は、差別語、差別表現とされる言葉を単に使ったからではなく、差別語、差別表現を使って差別しているかどうかが問題だということである。(中略)必要なことは、差別され、低位にみなされている人の心を傷つけず、偏見を与えぬ心くばり、思いやりであり、差別されたとして抗議、糾弾する側にも、相手に差別の意思が明確にあるかどうかを十分に判断する、慎重さと雅量が期待されるのである。

とある。もっとも、実例は収集にとどまり高木正幸の判断が付け加えられることはない。この本で興味を引くのは資料編の筒井康隆断筆宣言の経緯だろう。筒井康隆の断筆宣言が、てんかん協会への批難ではなく、過剰な自主規制を行う出版業界に向けられたものであることがよくわかる。

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2006年2月24日 (金)

差別語 その三

 週刊文春編『徹底追及 「言葉狩り」と差別』は、編集現場へのアンケート、読者からのお便り、部落解放同盟のマスコミ担当との「誌上対決」、安岡章太郎・筒井康隆らの文章など、さまざまな面から取り組みがなされている。他の「差別語」本との違いは、読者からのお便りや編集者へのアンケートが盛り込まれていることである。編集者へのアンケートでは、編集者たちが納得はしていなくても、都合により表現を変えている場合が多いことがわかる。読者からのお便りでは、マスコミの配慮による言い換えが必ずしも、功を奏していないことがわかる。

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2006年2月23日 (木)

差別語 その二

 まず、堀田貢得『実例・差別表現 ―糾弾理由から後始末まで、情報発信者のためのケーススタディ』(大村書店、2003・6)の検討から。

 差別語、すなわち放送および出版で忌避され、使用された場合に「不適切な発言」とされる言葉だが、これは年々増加・拡大する傾向にある。

 これに対して、触らぬ神に祟りなしと、できるかぎり使用を控える態度がある。堀田貢得『実例・差別表現 ―糾弾理由から後始末まで、情報発信者のためのケーススタディ』はその典型である。堀田の考えでは、「心の痛みを感じる」と受けとめられた場合は、すべて禁止にむかう。

 たとえば、片手落ちは、「片手」+「落ち」ではなく、「片」+「手落ち」だとするのが語源としては有力なのだが、現在では片手のない人たちに配慮して、放送では「片手落ち」は禁止用語になっている
 この「片手落ち」に関して、堀田貢得は、

 しかし、私見を述べるならば、「峠の群像」などの時代劇や時代小説ではやむを得ない使用と思うが、「片手落ち」という言葉の音や印象だけで、現実に片手を失う障害をもってしまった人には、「心の痛みを感じる」表現と受け止められるかもしれないのである。「不公平である」という意味もあるのだから、現代表現の中では言い換えてしかるべきと考える。「表現の自由」を御旗に大反論すべき言葉ではない。

とする。その堀田貢得が「出版・人権差別問題懇談会」の代表幹事であることを考えれば、差別語・差別表現が増殖していくのもよくわかる。

 堀田貢得の『実例・差別表現』は、実例が豊富で索引もある。ただ単に「NGワード」を避けたいだけの人にとっては、これで十分だろう。

補足:実は言うと、マスコミ関係者から差別語ではないかを問い合わせる電話がかかってくることを、自慢気に紹介している箇所があったので、この人はマスコミから相談料をうけとっていて、それで差別語を増やそうとしているのではないかと、いっときは勘ぐっていました。同じく「出版・人権差別問題懇談会」に関係する西尾秀和が、堀田貢得とは異なる見解をとっているので、そんなことはないのだろうと今は考えています。

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2006年2月22日 (水)

差別語 その一

 ある年、学会発表の予行演習を、出身の研究室で行う機会を得た。内輪での予行演習は十分な時間の元に忌憚なく意見がもらえて、学会発表そのものより研究の進展の面では、有意義なことが多い。そのとき、もらった意見に、私の発表資料(ある本に引用された歌舞伎の台詞だった)に「めくら」と「いざり」という言葉が含まれていることの是非を問うものがあった。

 そのときは、これでいいんだとつっぱねたものの、純情可憐な後輩の女性に言われたからではないが、資料の構成を変更して、「めくら」「いざり」が含まれる資料は本番では使用しなかった。

 その後、発表した内容は、ある雑誌への投稿原稿にまとめなおし、、私の先生に目を通してもらった。かの資料は、論文では復活させていたのだが、先生からは編集者の手をわずらわせるなよと言われたので、結局その資料は使わないよう書き直した。ある本における歌舞伎の台詞利用の面を説明する意図で、その資料を使うつもりだったが、具体例なしの解説ですませることにした。

 現在では、古典における差別語は、巻末に注意書きをつけることで、出版物にも収録されているが、こういった差別語の問題は今後も出てくると感じたので、いくつか本を集めて学習することにした。

今回集めた本は、四冊。既に手元にあった本が一冊。

堀田貢得『実例・差別表現 ―糾弾理由から後始末まで、情報発信者のためのケーススタディ』(大村書店、2003・6)。
週刊文春編『徹底追及 「言葉狩り」と差別』(文藝春秋、1994・9)。
高木正幸『差別用語の基礎知識〈’99〉―何が差別語・差別表現か?』(土曜美術社出版販売、1999・7)。
西尾秀和『差別表現の検証―マスメディアの現場から』(講談社、2001・2)。
(紹介は私の手に入った順)。

既に手元にあったのは、
森達也『放送禁止歌』(知恵の森文庫、2003・6。初出は解放出版社、2000・7)。

 図書館から借りてすませようと当初は思っていたのだが、利用できる二つの市の図書館にあった差別語の資料はやや古かったのと、そういった書物は手元にあった方がよいので、アマゾン(古本を含む)を使って購入した。集めた基準は、刊行年次の新しいものであること、つけられた「カスタマーレビュー」が興味を引くかどうかにおいた。

補足:この原稿を読み返して、四冊で学習とは、少ないと言えば少ないと思いました。しかし、だいたいこのぐらいで主な傾向を知ることができそうです。

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2006年2月21日 (火)

差別語特集 はじめに

 明日より「差別語」について、考察した記事を連載します。文章は、すでに書き上がっているのですが、ブログに載せるにしては、長いものなので、分割するつもりです。まあ、ブログに時間がとられることは確かなので、ちょっとそれを稼ごうと思うところもあるのですが。

 すでに書き上がったものなので、連載途中にコメントやトラックバックをいただいても、急には軌道修正できない可能性が高いことをご了承ください。こういったことに関心を持っていると、次から次へと情報が増えてきて、正直最初に書いた文章は古めかしく感じられるのですが、一歩一歩学習していったと思ってください。あとでの感想は「補足」としておきます。
 最初に七回分、差別語に関する本とそこから得た私の見解を書きます。その後、小ネタを二つ入れて、次に”Half-Blood Prince”について何回か書きます。
 そんなところです。

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2006年2月20日 (月)

谷沢永一『冠婚葬祭心得』

 谷沢永一は健筆だが、良書と駄書の両方を残しており、その差の甚だしいこと、とても同一人物が書いたとは思えない。
 『冠婚葬祭心得』(新潮文庫、平成17.4。初出は新潮社、平成9.8)は、

 世には冠婚葬祭の手引き書が少なくありません。ただ、それらはこうこうすればよいのですよ、と親切に教える指南書です。
 しかし、この本では、もう少し踏みこんで、そういう幾つかの作法の根本にある、人間の気持に焦点を当ててみました。作法という形式に含まれている人間の気持はどういうものか、それがこの本の主題(テーマ)です。(「まえがき」より)

とあって、今ある作法やしきたりがどういった心情を背景になりたっているかまで説明している。作法やしきたりを形通り覚えても、それは虚礼になりやすい。根本から教えてもらえると、応用がきき、いざというときに自己で判断ができるようになる。谷沢永一の書いた本のなかでは、とびきりの良書である。
 題名は、『冠婚葬祭心得』だが、第一章「葬儀」、第二章「婚儀」と、葬儀の内容が先にくる。心に関しては、婚礼よりも葬儀の方が、「重たい」せいだろうか。
 それぞれの考察では、

 臨終は時に人を惑乱させる。その惑乱に何か意味を読みとる勘繰りはむしろ侮辱であろう。死は一切の消滅である。その瞬間にすべては無に帰する。死後に行われる葬儀その他は、死者とは関係のない空騒ぎである。それは生きている者にとってのみ意味をもつ行事なのである。(第一章「葬儀」、断絶)

 死者のためと称して行われてゆく葬儀をはじめとするすべての行事は、実は生者の側における必要に応じて、あれこれ考えだされたお祭り騒ぎにすぎない。それらのすべてあらゆる手続きは、世を去った人に格別の思いを抱いて嘆く者にとって、なんら本質的な意味を持つ救いとはならぬであろう。それゆえ混ざりけのない純粋な愛惜の情は、何人をも介しないひとり静かな沈思のなかで、反芻されるに留まるのが自然である。哀悼はあくまで心のなかの問題であって、いたずらに右往左往したところで何になろう。死者への酬いを心に決するところあれば、時いたるに及んでおもむろに気の済む計らいを致せばよいのである。(第一章「葬儀」、虚像)

と、谷沢調の筆致が冴えわたる。新潮文庫なら税別372円(初版本の値段)と高くないので、興味のある人は一度は手にとって損はない。世評の高い『人間通』などよりはるかによい。

補足:本の内容と、筆者の人格は別々に評価すべきであろうが、谷沢永一が知人の東大教授越智治雄が病気で再起不能であることを知りながら、学会で越智を名指しして批判する発表を行い、越智が反論できないまま病没したことを、あたかもおのれの弁舌に負けて憤死したかのごとく宣伝する本(『冠婚葬祭心得』のことではない)を出して、売文業の一助となしているのは、はっきりいってどうかしている。人間には、やっていいことと悪いことがある。谷沢の文章には、程度の大小はあれども、どこかにいやしさがある。それが谷沢の文章の香辛料になっていることは間違いないが、私はあくまでも感心しない。谷沢の文章に、興趣は感じても、酔うことは決してない。

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2006年2月19日 (日)

百年たったら

 いま生きているすべての人間は、いずれはかならず死ぬのであるが、残された者にとって、たとえ大往生の死だったとしても、不慮の死ならなおさら、死についてどこかわりきれない気持ち、不可解な、理不尽な感情がついてまわる。死にそういった理不尽さを感じるときに、人は宗教を欲するのかもしれない。

 寺山修司の映画『さらば箱船』に「百年たったらその意味わかる。百年たったら帰っておいで」という台詞がある。これについて、あるときこう考えた。百年たったら、死んでしまっているだろう。つまり、「その意味」はわからない。だから、「その意味(が)わかる」とは、世の中にわからないことがあることがわかる、のだと。また、「帰っておいで」と言われても、帰る場所はもうないのだと。

補説:前半はありきたりすぎて没になっていた文章。なにか元になる言説があったか。最近、友人の家族が亡くなることがあって、それをきっかけに、かなり昔(十年以上前)『さらば箱船』について考えていたことを思い出したので、それをつけたして載せました。

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2006年2月18日 (土)

死んで惜しい2

 2006.1.30の記事「死んで惜しい」で、死んで惜しい人とはいないのだと書いた。もちろんこれは、マクロな見方であって、ミクロな見方をすれば、どの人だって惜しいのである。犯罪ばかり犯して「死んだ方がまし」という人間でも、更生して社会に役立つようにならないかという視点で、法律や制度はできている。
 家族などは、まさしくかけがえのない人である。難病の我が子に義捐金をつのって、海外で手術をうけさせたりする親の心情を、ばからしいとは思わない。

 もっとも、私自身は、自分が「特別なonly one」だと思うよりも、死んだってどうったことのない人間として生きている、と思う方が、生きていて楽である。また、天国・地獄、極楽・地獄があると思うより、死んだらゴミになってしまうと思う方が楽である。せっかく、死んだのに、生まれ変わったり、あの世で次の人生が待っていると思うと気が重い。
 結婚相手は、私が死んでもうろたえない感じの人がいいと思っていたのだが、そのぐらいは人生でかなえられたようである。まだ、妻もそう年ではないので、いま私が死んだら再婚して幸せに暮らすものと思っている。

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2006年2月17日 (金)

育児あれこれ

 企業が育児休暇をとりやすくすれば、育児休暇を取る男性が増えるかというと、そんなことはないと思う。ほとんどの男性にとって、育児よりも会社の仕事の方が楽だからである。
 家事や育児が女性の仕事と決めつけるのはジェンダーというものだろう。とはいえ、育児に関しては、ジェンダーだけではなく、生物学的な性差の影響がどこかに出てくる。一生懸命、子どもの世話をしても、子どもが愛するのはけっきょく父より母である。「父は永遠に悲壮である」のかもしれない。
 少子化対策として、出生金や出産費用の対策ばかり語られるのは不十分である。人が一人増えてまず困るのは、必要な面積が増えることである。『たけし君、ハイ!』の頃のように、大人になっても一部屋にみんなが布団を敷いて寝ている状態には戻れない。広い家に住まねばならぬとすれば、それだけでも物いりである。
 子どもを産み、育児に力を入れるのは、金持ちに育てて老後の面倒をみさせようとか算段があるわけではなく、自然の感情である。だが、子どもを作る方が、子どもを作らないのよりも損だとわかれば、誰だって二の足を踏む。
 おそらく、日本史上の我等が最良の時は1980年代であり、そのときに働いて、年金生活に入る人たちよりも、のちの人たちは貧しくなるはずである。うまれただけで割を食うことが決まっているのに、だれが子どもなぞつくりたがるものか。
 ベビーシッターはなぜ日本で流行らないのだろう。育児は母親の責任という見方が縛りとなっているのかもしれないが、育児の予行練習という面でもいいだろうし、夜間の一時的な託児では保育園・幼稚園に比べて融通がきくし、預けに行く手間もないので家庭教師並みに普及すれば便利だと思うのだが。責任問題とか資格の問題があるのか。二児の父なので当然なのかもしれないが、子どもも好きだし、扱いもそれなりに慣れているので、いまさらながらベビーシッターのアルバイトをすれば楽しいだろうと思う。

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2006年2月16日 (木)

総合学習と現代国語

 あたらしく導入された総合学習では、試験でたくさんの文章を書かせることが多い。試験監督のさい、私が現代国語を教えている生徒が、そういった試験問題でうまく答案がかけないのを見ると、現代国語の教師として責任を感じた。
 その一方で、採点基準があやふやなままに、総合学習の試験問題を作成している教員も少なくないのではないか。監督後、問題作成者の先生にどう書いたら点になるのですかと質問したところ、何か書いてあれば点をあげますよと答えられたのには、がっかりした。
 問題となっている事柄を正確に把握し、それに対する意見を論理的に組み立てることが出来ているかを判断すべきである。また、誤字脱字、日本語になっていない変な文章を書いていないかも、きちんと調べなければならない。
 現代国語の採点など、感覚(フィーリング)でしているように思うかもしれない。しかし、あらかじめ採点基準が用意してある。そして、集めた全部の答案を見て、配点を変えたり、一部を甘くしたりすることなど、採点基準に修正を加えてから採点する。最後に、すべての答案を見直し、同じことを書いても、与えた点数が違うということがおきていないか確認する。こういった手順は、すべての科目について共通するだろう。
 先の教師のような採点は、生徒の努力をどぶに捨てる行為である。総合学習は、調べたり、報告したり、という要素が大きいのだが、もしできるものなら、国語の授業や教師と連携して、論理的な文章の書き方を教えるほうがよい。国語の授業でそういったことをやりたいと思うのだが、時間不足でできないのである。

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2006年2月15日 (水)

新聞を読め、日記を書け

 現代国語の教師が生徒によく勧めるのが「新聞を読め」と「日記を書け」である。これは風邪の時に医師が「充分食べて」「よく寝なさい」というのと同じで、真実をついていると同時に意味のないアドバイスである。
 新聞は無駄に量が多い。じっくり読むには文章が多すぎる。三面記事は読む必要がない。署名記事でしっかりと論がたてられている文章だけ読めばよい。その点では、天声人語のたぐいは、読む必要はない。あえていえば、社説もそうである。社説はその新聞がどちらを向いているかを示すに過ぎない。
 文章は書けば書くほど上手くなるのは確かなので、「日記を書け」とは楽な注文である。ただし、自分がいままで身につけているしゃべりことばに近い文章で日記を書いても無駄である。文章語で日記をつけなくてはならない。
 本当に役に立つのは、感想を文学的につづった日記(日記文学のようなもの)ではなく、備忘のために記録することを重視したつまらない日記(日誌にちかいもの)である。野口悠紀雄も勧めていたが、社会人になって、仕事に役立てたいなら後者の日記をつけるべきだろう。
 とはいえ、感傷的な日記をつけたい気持ちはよくわかるし、現代国語の学力の向上にはそれで十分役立つと思うので、どちらを選ぶかは本人次第である。
 実を言えば、私は新聞を定期購読していないし、日記も書かない。いちおうは、「新聞を読む、日記を書くというのも一手」と指導しているが、そのやりかたには具体的に注意をしている。

補足:「日記を書く」より「日記をつける」が耳慣れているか。ただし、グーグル検索では、「日記を書く」が217万件、「日記をつける」が47万9千件である。『土佐日記』に「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとしてするなり」とあるように、古くは「日記す(る)」でよかったか。ちなみにグーグル検索「日記する」は、該当1万2千9百件。

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2006年2月14日 (火)

読み書き

 現代国語の授業で何を教えるかというと、極言すれば「読み書き」の技能である。書いてある文章の内容を読み取り、ある程度の字数に要約できる能力があれば、ほぼ目的は完了している。
 日本人に生まれれば、日本で生活すれば、ほっておいても日本語の文章は読めるようになると思っているかもしれないが、会話で使う言葉は文章で使われる言葉よりも種類が少なく、会話しかせずに生きていれば、まず文章の語彙についていけない。
 論理的な思考力は、文章の読み書きによって養われる。W・J・オングの『声の文化と文字の文化』には、無筆だと三段論法すら理解できないことがほとんどであることを調査したロシアの例が紹介されていた。
 また、読むものもそれなりに骨のある文章を読んでいかなければならない。いつまでもやさしい文章を読んでいても無駄である。次第に負荷を増やしていかねばならないのは、身体のトレーニングにかぎらない。
 単なる「読み書き」だけでなく、自分の意見をまとめ、文章のみならず、弁論にも文章で培った論理的な思考力を発揮できるようになれば最高である。ただし、現代国語の教師に与えられた時間はあまりに少ない。また、小論文や面接を入試に用いない、ふつうの現代国語の試験では、その能力ははかることはできない。
 今の高校一年生の教科書は「表現編」として、作文・手紙の書き方、討論の仕方まで書いてあるが、実際にやる時間はほとんどない。教員用の手引き書、いわゆる虎の巻に、指導の目安の時間が書いてあるのだが、全部足すと、90コマ(一コマ50分)ほどになる。一方、近年減らしに減らされた現代国語の授業は、現在一年で60コマほどである(私の高校時代は90コマはあった気が)。目安の時間でやった場合、授業はかなり早いものに感じられるだろう。従来の現代国語の授業を、かなり早い速度でやるだけで、時間切れである。
 「読む」能力と「書く」能力の両方を指導するのだが、注意しなければならないのは、「読む」能力は、本文を読む能力以外に、設問を読む能力が必要だということである。東大の問題でも、近年はかならずしも文章が難しいわけではない。試験問題の難しさは設問のつくり方による。設問の意図を正確にとらえて、どう答えればよいのか正しく判断して答案を作成するのは難しい。それなりの修練がいる。
 試験に使われた文章の原作者に試験を解かせてうまくいかないことを例に、現代国語の試験の存在意義をあげつらう言説をみるが、それは原作者に自分の文章をまとめる能力があっても、設問を読み取る能力がないだけの話である。
 「書く」能力だが、これの指導は簡単で、書けば書くほど文章力はあがる。ワープロで日頃文章をたくさん書く経験ができる現代の生徒の方が、昔の生徒よりも文章力はつけやすいかもしれない。
 生徒がうまく試験問題を解けない場合、「読み」の二段階、「書き」の段階のうち、どこに故障があるのか見定めて指導しなければならない。
 文章力も図抜けており、名随筆を多く著わしている理系の学者が、高校時代の現代国語の試験はさんざんだったことを述べている例は、割とよく見る。その場合、その人が自分の考えをまとめる文章力はあっても、他人の文章を客観的に把握する能力がないか、設問にあわせて解く訓練をしていないか、試験問題そのものが「読み書き」の能力をはかるものではなかったかのいずれかだと思われる。

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2006年2月13日 (月)

芝居なぜやめたか

 なんで芝居をやめたかというと、むいていないと悟ったからである。
 私は演出部(舞台のきりもり)の仕事に関して、まず本番に弱かった。きっかけや段取りをうまくつけて、舞台をまわしていくのが下手だった。これは致命的である。また、ひとつの失敗をくよくよしがちだった。よい舞台監督は失敗から気持ちを切り替えるのが上手である。
 また、多人数によって作るので、その出来も他人に左右されがちな芝居という芸術の形式につくづくいや気がさしていた。
 アニメも似たところがあるようで、『ザブングル大全』『ダンバイン大全』『エルガイム大全』(すべて双葉社)あるいは宮崎駿が書いた本、大塚康生『増補改訂版 作画汗まみれ』(徳間書店)などをみると、アニメは集団でつくるものであり、各人の思惑がうまくかみあうとは限らないことがよくわかる。
 じゃあ、研究は一人でやりやすいかというと、そうでもない。先生もいれば、先輩・後輩、研究会の仲間といろいろな人に影響を受け、ときには助けてもらって、その程度は芝居の頃よりも甚だしいこともある。
 とはいえ、最終的に自分が考え、自分がパソコンに向かい一字一字ことばをつむいでいかなければならないのは確かで、仕事の良し悪しはすべて自分にかかっているという状態におかれていることは満足している。

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2006年2月12日 (日)

するかしないか

 最近、ブログに載せるか載せないか迷っている内容があります。差別語に関してです。ちょっとした文章を載せようと思っていたのですが、いろいろと資料を集めて検討しているうちに、原稿だけは一ヶ月のうちに少しずつたまって、400字詰め換算で四十枚ほどになりました。内容は、概論的なもの、落語・映画に関するもの、江戸時代に関するもの、ハリーポッターの”Half-Blood Prince”などなどいろいろです。
 こういったものを「差別語特集」として、切り貼りして載せていこうかと思っていました。
 しかし、雉も鳴かずば打たれまいという心もあって、ためらっています(穏当なことしか書いていないのですが)。
 また、載せるさいに、続きものの文章はそれが全部終わってから(すべて書き終わっているのですが)、コメント・トラックバックを可能にしようと思っているのですが、それも自意識過剰のような気がしています。
 問題が結構根深いので、書き直したり、書き足したりということがいつまでたっても終わらない感じなのですが、きりがよくなって、気分が乗ったら、「差別語特集」をはじめるつもりです。 

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2006年2月11日 (土)

国文学者もし戦わば

 テンションがあがる本というものがある。最近、ちくま文庫に収められた大山倍達『地上最強への道 -大山カラテもし戦わば-』がそうである。この相手かまわず「もし戦わば」で最強を目指すという発想はすごい。そこで、「国文学者もし戦わば」と考えてみた。そして、すぐあきらめた。国文学は解釈学の一つに過ぎない。他の学問(国語学、日本思想史学、日本史学、社会学など)より秀でているというへりくつは、私には思いつけない。
 国学なら簡単である。「日本は神国でござる」ということで、すべてがつっぱねられる。
 だが、国学のように簡単につっぱねられるのはむしろつまらないのであり、カラテですべてに優越するといった、困難を克服する過程や方法論がないと面白くない。
 国文学ではどだい無理だろうが、哲学や社会学では(へりくつが)書けそうだ。とはいえ、哲学者や社会学者は「もし戦わば」と普段から本気で思っていそうで怖い。

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2006年2月10日 (金)

俳諧と狂歌

 俳諧も狂歌も和歌に比べれば、くだけたもので、極言すれば一種の言語遊技だが、どちらも等しくたしなんだという人は、江戸時代では意外と少ない。どちらも詠める人はもちろん大勢いるが、同じ程度にとりくみ、両方の分野で名を残した人はいないのではないか。
 これは俳諧と狂歌が趣味とするにも異質であることを示している。ジャズとロックの両方で名をなした人がほとんどいないのに似ている。俳諧がジャズで、ロックが狂歌である。遊びだけど、高尚で、とりすました感じが俳諧にもジャズにもある。ノっている具合、悪ふざけの度合い、社会現象的な流行といったところがロックと狂歌は似ている。もちろん、ジャズやロックの持っている歴史的な背景と俳諧と狂歌の背景とぴったり合うわけではない。たとえば、狂歌は一般的に思われているような諷刺の歌ではない。諷刺の歌は落首で別物である。よって、上記の見立はこじつけに過ぎない。
 しかし、どうして両方やらないのでしょうかと言われると、趣味とするにはジャズとロックのように別物だからといまのところ答えざるを得ない。

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2006年2月 9日 (木)

たいこ合気道

 大学一年の頃、語学のクラスで一緒だった女の子Sさんは、合気道のサークルに入って楽しくやっていたようだった。体格が良かったことがあるのかもしれないが、合気道の技を覚えて、ポンポン人を投げていることを、楽しげに語ってくれていた。
 夏休みを目前としたあるとき、ちょっと技をかけてあげるから、腕を貸してと、右腕を前に出さされた。Sさんは私の手首をつかんで、その出っ張った骨のあたりをうんうんと折るように力を込めた。私は正直痛かったのだが、痛い痛いとうったえるのもみっともないので、やせがまんしていた。Sさんは、おかしいなおかしいなと、私の手首を何度か持ちかえて、力を込めなおしたあとに、「エッ、痛くないの」と聞いた。そのときになって、私はものすごく痛いよと文句を言った。
 恐ろしいのはそれからで、半月ほどは冷房の効いたところに行くと、つかまれた手首に鈍痛が走った。今でもひと夏に一度は、冷房の効いたところに行くと、つかまれた手首の痛みを思い出す。

補説:念のために書いておきますが、記事名は落語のもじりです。

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2006年2月 8日 (水)

風呂に入っていない記録

 芝居に関わりだしたころは、家に風呂がなかったこともあって、風呂にあまり入っていなかった。連日、劇場で仕込みをすると風呂に入らない日々が続いた。劇団の女の子から匂いのことで苦情を言われたことはなかったが、けっこう不潔だったのではないかと思う。
 夏場は十日ほど、冬場は二週間ほど風呂に入っていないのが、記録である。初日を迎えて銭湯に行き、隅から隅まで身体を洗い、シャワーで流れる黒い水をみるのは充実感があった。

 寒いせいか息子が風呂にはいるのをいやがるようになった。息子だけが二日にいっぺんほどの割合で風呂に入っている。妻は息子をしかっているが、頭がかゆかったり、皮膚がかぶれたりもするのだろうが、風呂に入らずに死んだ人はいないと、私は悠長に構えている。

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2006年2月 7日 (火)

パソコン導入成功

 パソコンですが、なんとか使えるようになりました。心配していたインターネットは、ADSLモデムに前のパソコンでの設定が残っていたのですぐさま使えました。メールも転送ウィザードで簡単にできました。面倒だったのは、アプリケーションソフトを移す手間でした。前と比べてもXPでは全体的に簡単に使えるようになったと思います。

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2006年2月 6日 (月)

新パソコン

 パソコン買いました。一月三十日にDELLの直販で頼んだところ、二月三日に来ました。注文から発送まで十日から二週間と言われていたので、データ移行の準備をしておらず、新パソコンの設置は月曜日になります。
 いま、お店で売っているパソコンはほとんどテレビ機能を重視しているのですが、私の部屋ではテレビも見られず、また見たいとも思わず、テレビパソコンを買うのは無駄でした。直販だと必要な機能に絞って注文できるのでぴったりでした。DELLにしたのは、友人Aが帰国した際に持っていたノートパソコンがDELLだったのと、一月三十日まで二割引のキャンペーンがあったからです。
 どこかにいっていたAtermDR202C用のインストールCDは、なんとか発見できました。インターネット環境だけ確保できれば、本ブログも更新できるはずですが、そこらへんは保証できません。明日以降、ブログに新着記事がないなら、パソコンで手こずっていると思ってください。
 亡くなったY博士がパソコンの設置について、お金を払ってすべてやってもらっているのを、九年ほど前に見て、設定をするのが面白いのにと思っていました。今は、お金に余裕があれば、全部他人任せにしたい気持ちです。年を取れば、自然と機械に弱くなるのでしょうか。DOSの頃と違って、かなり高度な技術をもたなければ、パソコンがブラックボックス化しているのも原因かもしれません。
 かつてはBASICやCの簡単なプログラムが書けたのですが、いまやパソコンに関しては、完全な弱者です。

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2006年2月 5日 (日)

箸の持ち方

 箸をむかしはえんぴつのように持っていた。下の箸を中指と親指で押さえ、上の箸は、人差し指と親指で動かすのである。田中康夫がそのように箸を持っていて、食事中を取材のテレビに、箸がきちんと持てないのがばれてしまうねと答えていた。えんぴつ持ちでも十分に箸はつかえるが、きちんと箸が持てないことが恥とされるのは確かである。
 今では、正しい持ち方で箸を使っている。大学の剣道サークルの合宿で、箸の持ち方を女の子たちに矯正されたのである。学生時代、実家には滅多に帰らなかったが、あるとき帰省すると、箸の持ち方がなおっているねと母や姉に驚かれた。深くは追及されなかったが、うさんくさいものを感じたようだった。
 人間はまわりにいる人から何らかの影響をうけるものだが、男なら同性よりも女性から影響をうけるのではないか。現在の私に妻の影響が大きいことはいなめない。また、息子を見ていると、いろいろな面で、男とは女から作られるものだと強く感じる。

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2006年2月 4日 (土)

似てる感じ

 蒼井優という女優さんがいる。出演作のうち、『害虫』、『タイガーアンドドラゴン』、『花とアリス』を観ている。こう書くと、すごく好いているように思うかもしれないが、『害虫』は印象がうすく(宮崎あおいが強烈だった)、『タイガーアンドドラゴン』は落語が好きだから、『花とアリス』も落研を扱っているからという理由で観たのである。
 とはいえ、蒼井優はとてもいい女優である。嘘だと思う人は『花とアリス』を観るとよい。ラスト前バレエシーンでの蒼井優の美しさは、強く印象に残った。なお、『花とアリス』は岩井俊二が監督している。岩井俊二監督作品は初めて観たが、渡辺明竜王の将棋のように、「えっ、これが手になるの」と思うような手が「手になる」感覚を得た。日頃いじいじとした邦画にはうんざりしていたのだが、日本映画の底力をみた。
 それはさておき、蒼井優をみて、自分でもよくわからないが、すごくひっかかる感じがはじめてみたときよりあった。それが『花とアリス』を観ているときに、具体的になにか、わかった。知っている人に雰囲気が似ているのである。剣道の先輩にQちゃん(あだ名をもじりました)という私より二歳年上の女の人がいるのだが、表情の出し入れも含めてよく似た感じである。笑ったところなんかそっくりである。ちなみに、2000年に、同じ剣道サークルのとても格好良い男性と結婚している。
 Qちゃんは昔から美人だとは、後輩同士のなかで言われていたが、私は好みが違うのか、「すごくいい感じだなぁ」と思って見ていたわけではなかった。しかし、いま会えば、ひょっとすれば、「わぁ、Qちゃん、イケテルよ」と思うのかもしれない。
 『戦闘メカ ザブングル』を近年になって、見直す機会があった。むかし(小学生でしたが)好みだったエルチ・カーゴよりも、眼中になかったラグ・ウラロの方がとても可愛いのに驚いた。
 好みというのが、変わるものなのか、変わったとすれば、いつぐらいなのか、自分では判断しにくいが興味がある。

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2006年2月 3日 (金)

似ているのに

 私には息子(二歳八ヶ月)と娘(八ヶ月)がいる。名前は仮に「太郎」と「花子」にしておく。
 母が、あるとき「花子も太ってきて、可愛くなくなってきたわね」と言った。あとで妻に、母がこんなことを言っていたと告げると「親はともかく、客観的に見ればそうかもね」と妻は言った。
 私は花子が可愛らしいと信じて疑っておらず、花子のことを「プリハナ(プリティーな花子の略)」とよく呼んでいるぐらいなので、正直驚いた。
 妻に「そんなことないよ」と抗議したところ、「だって、あんたにそっくりじゃない」と言われて、ショックだった。
 兄妹だけあって太郎と花子は似ているのであるが、「じゃあ、太郎も可愛くないというわけ」と聞くと、「太郎は恰好好いよ」という返事がきた。花子が可愛いと信じていてくらいなので、私の判断はあやしいかもしれないが、たしかに太郎は恰好好いのである。これは友人も言っていたし、嘘ではないと思う。
 どうして太郎と花子が似ているのに、太郎は格好良くて、花子は可愛くないのか、問いただすと、妻の友人が「太郎はソース顔、花子は醤油顔」と言っていたのを引き合いに出された。確かに太郎は濃い顔である。
 そういえば、知り合いに三人姉妹の長女がいた(2005.12.26の記事に登場するのはこの人)。おかあさんも知っているがかなりの美人である。残念ながら、美人のお母さんにそっくりなのは末娘だけである。二女と知り合いは似ているのだが、二女は美人で、知り合いはそうでないのである。仲がよいこともあって、本人には、「妹、おまえに似ているのになぜ美人なの」とよく言っていた。
 人のことは言えなくなりました。いやあ、兄妹似ているのに、兄は格好良くて、妹はイケてないとは。別に妻が美人というわけではないが、私に似ていることで、娘に感謝されることはなさそうである。

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2006年2月 2日 (木)

トイレトレーニング

 私がものごころついた頃には、独りで用を足せていた。母は、なぜか早かったのよと言っているが、なにごとにも厳しい母のことだからどうせスパルタ式でそうせざるを得なくなっていたのだろう。
 現在、二歳八ヶ月の息子にトイレトレーニング(日本語で何というのだろうか。用便訓練か)をしている。私も最初はおまるをつかっていた。息子用におまるを買っているのだが、どうも具合が悪そうである。おまるそのものが小さいのである。
 私の子どもの頃は、白鳥のおまるを使っていた。子どもだったためにあらゆるものの印象が巨大なのかもしれないが、今売ってあるものよりもだいぶん大きかった気がする。便所は和式だったのだが(汲み取り式でけっこう怖かった)、和式にくっつけられるようにできていたのではないか。
 今のおまるは、上の座る部分だけをとりはずして、大人の洋式便座にはめこむようになっている。だから、下の部分(排泄物をうける部分)がついていたとしても、小さいのである。
 子どもはただでさえ用を足すのが大変なのに、寒い便所におもむき、踏み台を使って洋式便座によじのぼり、大人用便座に子ども用便座がくみあわさった不安定な便座にまたがるとすれば、大仕事である。おまるでさっとすませれば楽だと思うのだが、今のおまるは小さいせいか、きっちり座るのすら億劫そうである。はねるのが嫌なのか、全然座りたがらない。
 現在、息子は、小便をおまるではしないが、ベランダの排水溝に向ってはするといった状態になっている。男の子の場合、座ってするのよりも立ってする方が気持ちがよいのか、自然なのか、とにかく息子は立ちションをしたがる。洋式便器に向って立ってするには、踏み台を正面に用意してそれに乗る必要があり、また方向を十分に定める必要がある。
 いずれどうやってもできるようになるのだからと、甘く見られているのかもしれないが、洋式便座でのトイレトレーニングとそのための道具は、自然の摂理に反して、面倒なものになっている。

補足:二月末までに大小ともにトイレでできるようになりました。踏み台をつけるのと、支えてやるのとが必要ですが、かなりの進歩に親としては大満足です。

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2006年2月 1日 (水)

知らないチラシ

 まったくかかわりのない劇団からダイレクトメールが来た。かつての芝居仲間は、ひとりを除いて今の住所すら知らないはずなので、その一人がかかわっているのかと、チラシを隅々までながめたが、その人はもとより、知っている名前がない。
 個人情報保護法案とはどんなものかよく知らないが、もしそれを使えば、このダイレクトメールが誰の情報をもとに送られてきたのを知ることができるのだろうか。だとしたら、知ってみたいとは思うのだが、独居老人が思いがけない来遊をよろこぶような感覚で、それを尋ねているとは、どうも信じてもらえないだろうから、よすことにした。

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