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2005年12月 4日 (日)

ベスト版

 最近解散することになったあるバンドのベスト版を買うことにした。そのバンドのアルバムもシングルも一枚も持っていないが、この際だから買おうと思ったのである。
 アマゾンの販売ページに行くと、売りだしてもいないのに評価が低い(アマゾンの評価は売出す前からつけられる。つけるほうもどうかしていると思うが)。見たところ、そのバンドの曲は全てがいいものだし、ベスト版の選曲がよくなくて抜け落ちているものが多いという意見があった。
 ファン心理で、そのバンドのすべての曲がよいと思うのも無理はあるまい。しかし、そのバンドと他のバンドを比べればすべて優れているといえるのかもしれないが、あるバンドのすべての曲を相互に比較すれば、曲同士にはやはり優劣がある。
 これは、音楽に限らず、小説もそうで、山田風太郎の忍法帖はいずれも優れた本だが、山田風太郎自身がランク付しているように、『魔界転生』や『甲賀忍法帖』などとその他の忍法帖では質が違う。
 文学の世界で全集を買うのは、本当にその作家が好きな人である。あたりまえと思うなかれ。全集を買うことは、その作家の書いたものなら、どんなつまらないものでも読みたい、断簡零墨にいたるまで目を通したいという意志のあらわれである。その作家のつまらなさを受け入れることが全集を買うことである。
 このことは結婚に似ている。相手の良いところだけ見たいのなら、恋人同士の方がよいし、二人で過ごす時間も特別な輝きに満ちているだろう。ところが、結婚すれば相手の細かいアラも見えてくる。いやそうでもいいのだ、一緒にいたいのだという気持ちがなければ結婚できない。
 そういうわけで、ファン心理としてベスト版は邪道だ、すべてのアルバムを買えというのはわかるとしても、他に強要すべきではないと思う。
 映画版Zガンダム第一篇のDVDが売出されたときに、同じくアマゾンの購入者評価で、テレビ版を見ろという意見が少なくなかった。これも、あの暗いZガンダムを50話も見るのがしんどい人が多いから、要約版が作られていることを考慮していない。また、映画版は映画版で、独立した作品として評価する視点を失っている。
 もっとも、クラッシックの抜粋ベスト版のようなものになってくると、判断が難しい。交響曲は、第一楽章から順にその盛り上がりを楽しむべきで、一連の流れの中で聴くのではなく、一部を切り取って聴くのでは、十分に楽しめないという意見は一理ある。
 とはいえ、これも退屈な楽章は除いて、美味しいところだけ味わいたいという心理も十分に理解できる。短いなら楽しめないというのなら、俳句も第二文芸の誹りを免れない。
 そういえば、歌舞伎も近代では通し狂言から見取に上演形態が変わっているわけで、楽をしていいところだけ見たい・聴きたいというのは、普遍的な人間心理といえる。むしろ、全集愛好者、全アルバム収集者よりも自然な心理かもしれない。

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