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2005年12月23日 (金)

教室の講師は

 M.マクルーハン、E.カーペンター『マクルーハン理論 -電子メディアの可能性-』(平凡社ライブラリー、大前正臣・後藤和彦訳、平成15・3)に興味深い文章があった。

理想的なテレビ講師は、自分のポイントを述べてから、さまざまな例によって、その異なった面を示す。しかし教室の講師はそれほど緻密ではなく、成績の優秀な学生がいやがるほどくりかえしが多い。最終的にはわからない学生が一人もいないように望んでか、教師がただ退屈なためか、似た点を繰り返す。(E.カーペンター「新しい言語」、180頁)

 この教室の講師はずばり私の姿である。家庭教師や一対一の対面授業の場合ですら、一度話したからといって、生徒がそれを記憶しているという可能性はほとんどない。それに気づいているので、うるさいほど、要点を繰り返し指摘している。繰り返しが多いと成績が優秀な生徒がいやがる(経験上女の子が多い)というのは正鵠を得ていて、そういった反応を何度も目にした。かといって、一度しか言わないわけにはいかない。
 それはさておき、引用箇所の前後を読むと、E.カーペンターはテレビメディアによる教育が、教室での教育よりもよりよいものになる可能性が高いとみなしていると判断できるが、私にとってそれは贔屓の引き倒しとしか思えない。CMをはさんでどのように展開しているか、テロップがどのようにつかわれているかを思い起こせば、今のテレビが「教室の講師」と化していることは瞭然である。
 

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