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2005年12月28日 (水)

問題意識

 問題とは問題意識のある人が見ないと理解できない。なぜそれを扱うのか、なぜそういった手法で解明しようとするのか、問題意識が共有されていなければ、他人の論文を読んでも響いてこない。
 滅多にないことだが、他人がなぜそういった手法で、問題を解決しようとしたのか大変よく理解できることがある。見ぬ世の人が友となる瞬間である(生きている人の場合が多いですが)。
 老齢の研究者は、その博識には文句のつけようがなく、その道に一家をなしていることが多い。その一方で、その枠組みからはみ出てしまう新たな研究を本当の意味で理解し、おのれの学問を再構築するのは、もう難しいと感じる。
 ある大学者が古稀の祝いの壇上で「私は第一線を離れつつある。たとえば、誰々君の書く論文は私にはもう理解できない」と述べたそうだ。これは嫌味では決してなく、自分の不明を吐露した言葉である。
 こういったことを言える人間がいる一方で、かなりお年を召していらっしゃるにもかかわらず、投稿論文の査読を引き受けたりする方には、お達者で何よりとすらいいづらい。

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