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2005年12月10日 (土)

俳句と第二芸術

 韻文のよいところに、解釈の多様性に富むことがあげられる。散文よりも、さまざまな解釈ができ、そこに趣向を凝らせることが、韻文読解の楽しみだと思っていた。
 ところが、俳句の研究者によるとどうもそうでないようである。俳句は解釈がめいめい自由でいいではないか、桑原武夫のいう第二芸術でいいではないかというのはとんでもないことらしい。
 私は戯作を扱っているので、「まあ、戯作ですから」といった言い方をよくして、それで平気なのだが、俳句を第二芸術と呼ぶのは専門家には面白くないらしい。
 第二芸術という名称がわかりにくいなら、俗文芸だろうし、いま高校生に説明するなら、B級といった感じだろうか。戯作など、第二芸術、第二文芸、俗文芸、B級文芸だと私は納得しているのだが、俳句は第二芸術にあらずという主張は、事実に関わりなく「オレの付き合っている女はいい女だ」と言っているような印象を受ける。「いろいろアラはありますし、みなさんからみて、まあいい女じゃないと思うかも知れませんが、私はぞっこん惚れていますよ」でいいのではないか。なお、私は「第二芸術」という言い方すら、気取っていると感じるので、「第二文芸」という言葉を使っている。

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