« 2005年10月 | トップページ | 2005年12月 »

2005年11月30日 (水)

岡本綺堂の緊張と緩和

 岡本綺堂が、「修善寺物語」を書いた劇作家であり、銭形平次より暗くて人気のでない半七捕物帳の作家であり、江戸時代の考証家であることは知っていた。ちくま日本文学全集の岡本綺堂は読んでいたし、考証ものの『風俗江戸物語』(河出文庫、昭和61。初出は大正11)も持っている。しかし、私の中で岡本綺堂はとりたてていうべきほどの人物ではなかった。
 最近、『綺堂随筆 江戸の言葉』(河出文庫、平成15。大正2~昭和14までに書かれた文章のアンソロジー)を読んで驚いた。文章がうまい。岡本綺堂は人を没頭させる文章を書いている。以前、文章のメリハリについてこのブログに書いたが、岡本綺堂の文章の良さは、メリハリというより、故桂枝雀師が落語の本質としてとなえていた「緊張と緩和」にある。
 『江戸の言葉』に収録されていた「鯉」という話を例にとってみる。

 1.みんなで川魚屋に入る。(平穏)
 2.梶田老人だけ鯉を食べない(緊張)。その理由を話し出す。
 3.四尺の鯉がつかまる。大勢でどうするか話し合う。(やや緊張)
 4.旗本の次男桃井弥三郎と常磐津の師匠文字友が出てきて、鯉を買って食べることにする。(さらに緊張)
 5.弥三郎が鯉を殺そうとする(緊張頂点へ)。
 6.そこへ通りがかった札差和泉屋が金を払って助けようとする(緩和)。
 7.助けたものの、すでにある傷で鯉は何日か後に死ぬ(緊張)。
 8.最初に鯉をつかまえた者たちが病死する(さらに緊張)。
 9.和泉屋は鯉のために法要をする(緩和)。
 10.弥三郎は悪事をはたらき、お尋ね者になる(緊張)。
 11.ある家の二階で鯉のぼりに隠れて難を逃れる(緩和)。
 12.ところが、弥三郎は鯉のぼりの中で窒息ししていることがわかる(かなり緊張)。

と、緊張と緩和を交互に出すことで、読者の心を惹きつける。
 なに、怪談話だから当然というなかれ。綺堂の文章の基本は怪談である。今回、『江戸の言葉』の巻末年表で知ったが、綺堂は怪談のアンソロジストであり、また実作者である。だからこそ緊張と緩和がどの文章にもうまく用いられる。
 『江戸の言葉』から随筆「自作初演の思い出」をとりあげると、

 1.歌舞伎座の専務井上竹三郎に頼まれて、條野採菊・岡鬼太郎と三人で新作歌舞伎を頼まれる。(緊張)
 2.なんとか書き上げて歳末に渡す(緩和)。
 3.暮れの二十七・八日にもなって歌舞伎座に呼ばれる(すこし緊張)。
 4.座付作者竹柴某(竹柴其水のことか)が第三幕を全部書き直すように命じる(緊張)。
 5.やめるか迷うが岡鬼太郎と二人で三十分ぐらいでその場で書き上げる(緩和)。
 6.竹柴某がきて、番付のカタリを書くように命じ、断っても受け入れない(緊張)。
 7.意地を出して書き上げる(緩和)。
 8.綺堂は書いていた途中の戯曲をお蔵入りにしてしまう(やや緊張)。

と展開する。読者は、緊張を与えられて、ほっとしたところに、さらに災難がくるので引き込まれてしまう。
 岡本綺堂の文章術は示唆に富む。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年11月29日 (火)

長崎美人

 日本三大美人というと、秋田、京都、博多である。京都と博多は町を歩けばすぐわかる。秋田は一度だけ行ったことがあるが、滞在時間が短かったせいか今ひとつ実感できなかった。残念である。
 こんなことを言ってはなんだが、秋田の隣りの山形は美人が少ない県だと思う(いないわけじゃないんです。いないわけでは)。山形には結構行っているので、錯覚ではない。ところが、山形は、男性については、レベルが高い。これは他に二人から同意見をもらっており、信じてよいと思う。秋田女に山形男、秋田男に山形女、という組み合わせがいいのだと、山形で聞いたことがあるが、なんとなくわかる。
 私の故郷の長崎には、長崎美人というのがある。中国風というか、ちょっと異国調の顔立ちが長崎美人である(坂が多いので足が太い人をそういったりもしますが)。町を歩けば十人に一人ぐらいは、そんな感じの女性がいる。かつて、長崎駅前の県営バスターミナルで、長崎美人について他県者へ話していたときに、窓口の女性にちょうどぴったりの人がいて、そうそうああいった感じと指さししたことがある。

 その時は待ち合わせのためにバスターミナルいたので、少し時間もあった。ふと、思いついて、置いてあった電話帳を手に取り、「○▲□」という喫茶店がないか調べたが、その喫茶店はもうなくなったのか電話帳には載っていなかった。なぜ、そんなことをしたかというと、私が長崎出身だと知ったある年上の人が昔してくれた話を思い出したからである。

補記、このあと話はもう一山あるのですが、その方もご存命なので、読むことはないと思いますが、このあたりでお話を切っておきます。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年11月28日 (月)

サービス

 埼玉に帰ってくると、相変わらず人情も寒々しい感じだが、店のサービスなどは形式的ながらも、関東圏の方が長崎よりも細やかだと思う。
 長崎人は人が良くて、飲食店では食べさせてもらっている、旅館・ホテルでは泊めさせてもらっているといった態度なので、結果としてそれらのサービスがよくならない。新地の中華料理屋など、サービスの面では横浜中華街とは比較にならない。これは、長崎の商売人が不人情というわけではなく、そういったことに気を配る習慣がないのである。
 中国で儒教が生まれたのは、実際のところ不仁・不義が横行していたのでそれを律するためだという説がある。関東圏でサービス面に気が配られているのも、あんのんと構えていられないような客が多いからだろう。
 人情が寒々しいのでサービスが向上しているところに住むか、人が良すぎてサービスの洗練がされていないところに住むか、どちらを選ぶとしても、片方しか知らなければ問題ない。両方を知っていると、それが心の負担になってよくない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年11月27日 (日)

デジタルカメラのSDカード

 銀塩コンパクトカメラが先日の旅行に持って行けなかったので、デジタルカメラにすべてを託すことになった。そこで日頃使っていた64MBのSDカードを512MBのに買えると、なんと260枚ほどの写真が撮れるようになった。
 毎日、充電しておけば問題ないので、大変簡便である。旅行中でのフィルムの交換保管は面倒だし、飛行機を使えばX線のことも気にしなければならない。
 旅行中、中年より上の世代でもデジタルカメラを持っている人がほとんどだった。ひょっとしたら私よりも使いこなしているかも知れない。
 便利な時代と言えよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月26日 (土)

コンタックスT3

 銀塩のコンパクトカメラはコンタックスT3を使っている。最初は中古を買ったのだが、家に帰って動作確認をすると動作不良があった。中古保証で無料修理できたが、とりいそぎ使いたかったので、返品して新品を買い直した。前に使っていたティアラの酷使を考えると、高い買物だとは思わなかった。
 さすがに高級品だけあってよく撮れる。T2の方がいいのだと、主張し続けている人たちがいるが、T2より小さく、なおかつ近接撮影ができるT3の方が私に適している。
 些細ながらもよいところは、電池をあまり食わないこと。レンズがよいので、フラッシュが弱くてよいからだろうか。
 ちょっと使いづらいところは、色温度の変化をうけやすいこと。曇りの日に撮影すると真っ青になってしまう。それだけ、繊細なレンズの仕上がりなのだろう。アクセサリーにフィルターがあって、まあアクセサリーと思っていたが、きちんと写真を撮る人には必需品だろう。
 なお、あとづけでデータパックを買った。私が撮るのは家族写真であり、家族写真には日付が必要である。
 最近になって、モーターの不良かレンズが出てこなくなってしまった。修理に出したのだが、一ヶ月経ってまだ連絡がない。メーカー保証は切れているが、キタムラの三年保証でカバーできるから、お金の面はよい。また、機械とは壊れるものだと思っているので、故障にも腹を立てていない。
 しかし、デジカメで撮った十一月の旅行の写真の仕上がりをみると、T3も持っていきたかったと切に思う。キタムラに問い合わせてみたところ、京セラがカメラ部門から撤退したこともあって、修理がいつ終るか見当がつかないといわれた。銀塩カメラの落日を感じる。

補記:十一月二十九日にカメラのキタムラから修理完了の連絡をもらいました。一ヶ月ちょっとでなおったわけですが、キタムラとコンタックス窓口とのやりとりの手間まで考えると極端に遅いというわけではないようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月25日 (金)

長崎の日本酒

 長崎にはうまい日本酒がないと思っていた。いくら品評会で賞をとろうとそんなことは関係ない。普通の酒がうまくないのである。地元愛に富む私でも、長崎産の日本酒よりも、壱岐焼酎が常用酒であった。
 ところが、ここ数年で長崎に美味しいお酒がありますねと言われることが増えた。そのつどそんなことはありませんと打ち消していた。今回、帰省したさいに、梅ヶ枝や杵の川など何本か買って確かめてみたのだが、うまいのである。純米吟醸や純米酒などを飲んだためかもしれないが、人にお勧めできる味だった。
 もっとも、それを売っている酒屋については、サービスや設備などいろいろ改善の余地があるようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月24日 (木)

オシムサッカー

 Jリーグではジェフユナイテッド市原千葉を応援している。オシムサッカーが魅力的だからだ。攻撃の際は、どんどん人数が上がって数的優位を作り出す。画面の外でどう動いているのかわからないが、テレビで観戦していると、いつの間にかジェフの人数が多くなっている場合が多い。失点も多いが得点も多く、観ていて楽しいサッカーである。
 また、試合終了後のインタビューでオシム監督が何をしゃべるかも楽しみである。試合終了後には、ジェフのHPを開けて、インタビューを見るようにしている。含蓄に富んだその内容の一部は、オシム語録として抜粋されてもいる。
 予算や観客動員の規模ではJ2に落ちてもおかしくないジェフが毎期優勝争いにからみ、今年はナビスコカップを制したのは、監督の力が大きい。
 代表と高校サッカーも含めて、ここ何年かサッカーを観に行く機会がないが、もし余裕があればジェフの試合を是非観たい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月23日 (水)

 両膝を痛めた。生涯で初めての部位である。私自身の体重増加もさることながら、息子や娘を頻繁に抱えていることもあるだろう。
 肘は剣道でボロボロにしてしまって、ボーリングなどできない状態にあるが、肘というのは無理をすれば何とか動かせる。
 腰も筋膜性腰痛(ギックリ腰のようなもの)をやったが、腰がやられると何もする気がなくなる。肉づきに要とはよく作ったものである。
 膝なのだが、やる気はあっても、足がついて行かないのでもどかしい。足なんて飾りですと強がりをいうわけにもいかない。そして、膝がやられていると踏ん張れなくて足がもつれる。走るのと階段を下りるのがとくにつらい。
 旅行中に、電車に間に合わなくなりそうになって、六ヶ月になる娘をかかえて走ったが、膝が駄目だったので、階段を登るさいに取り落としてしまった。娘に後遺症がなさそうなのが不幸中の幸いである。
 今の生活を続けていると、膝は少しも良くなりそうにないが何とかしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月22日 (火)

戦力の逐次投入

 戦力の逐次投入は、おろかな戦略の代表例である。しかし、実際には戦争に限らず、戦力の逐次投入を強いられることがある。
 私の友人で司法試験を受けている者がいる。同い年なので、三十二歳になる。ここ四年ほど連絡を取っていないが、今年も連絡がないので、また駄目だったのだろう。
 法学部の学生の頃から勉強しているのだが、卒業後は塾で働きながらの勉強である。以前話をしたところ、これがなかなか大変のようで、塾の時間の残りで勉強するというありさまらしい。お金がないので、司法試験の学校にも通っていない。
 思うに、これが戦力の逐次投入である。勉強できる時間を戦力だとすれば、それを小出しにしか使えないと、大した成果も上がらない。じゃあどうすればよいかというと、思いっきり親のすねをかじって(最悪サラ金で)、お金を借り、司法試験の学校に通いつつ、勉強に専念すればよいのである。
 弁護士になれば、年収は一千万円を超すだろう。勉強時代に、一年に二百万円ずつ借金して、五年間勉強し、借金が一千万になったとしても、弁護士になった後の五年以内で利息分を含めて返済可能なはずである。
 大学の入学と同時に勉強を開始した方が、頭の働きも良いし、年を取ってから勉強を始めるよりも、さっさと抜けられる確率が高いようだ。
 こう人のことはいうものの、私の研究人生にも同じことが当てはまる。昔のことは後の祭りであるし、戦力の逐次投入の状態は今も続いている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月21日 (月)

これをビジネスに適応すると

 羽生善治『決断力』(角川oneテーマ21、平成17・7)を読んだ。新書版であり、ちょっと見たところ、とても面白そうには見えなかった。
 しかし、ネットで羽生善治の

将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれたということだと思います。でも、その高速道路を走り切ったところで大渋滞が起きています。
http://blog.japan.cnet.com/umeda/archives/001909.html

という発言を読んで、それならと、『決断力』も読んでみる気になったのである。
 実際読んでみたところ、内容はまあまあ。同じ羽生善治のものなら『簡単に、単純に考える』(PHP文庫、平成16・10)のほうがよい(金出武雄との対談がよかった)。
 『決断力』で気になったのは、将棋の教訓を、ビジネスをはじめ、その他に応用しようとした箇所が顕著なことである。将棋界でもっとも多忙な羽生善治が、ゴーストライターを使って、この本を書いたことは明白で、ゴーストライターがおそらく付け足したのだろう。しかし、「将棋だけに限らない。ビジネスや広く人間関係においても、気持ちの差は大きいのではないだろうか。」(48頁)といったような、「将棋にかぎらず」「将棋だけに限らない」といった文句が頻出したのには閉口した。
 私が聞きたいのは将棋の話である。それが他にどう応用できるかは、私が考えれば済むことである。これは、他の読者にとっても同じだろうと思っていた。
 ところが、最近になって、近現代の戦史を研究した本について、アマゾンの読者評に「ビジネスへの適応は難しい」(星三つ)というのがあって仰天した。
 学問は学問のためにある。事件や事象をきちんと分析して、ちゃんとした説明がついているかが大事である。分析の結果がビジネスに適応できようができまいが、それが評価の基準にはなるまい。
 また、なんとも思っていなかった言葉が、経験を経た上で、その重みをかみしめることがある。この場合、あらかじめ決まった解説が用意されていても、身に沁みないものだ。自分の経験がその言葉を自分の血肉にすることが大切であろう。。
 しかし、世の中の趨勢はそうではないらしい。野村克也『野村ノート』にも(かつての野球本よりずっとましだが)、野球以外への応用を述べた文章があるのも仕方がないことか。

補記、それではこの文章をビジネスに応用します。社会人向けの新書を読んで拾い物の教訓を得たいと思っているようなビジネスマンはせっかちで、しかも頭が悪いので、そのようなビジネスマンの部下に上司が教訓を伝える際には、事象を単純化して、ビジネスに即応用できるようなことを言わねばならないということです。ぽっぺん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月20日 (日)

あらすじでも面白い

 京須偕充『古典落語CDの名盤』(光文社新書、平成17)を読んだ。著者京須偕充はソニー・ミュージックで落語の録音などのプロデューサーを務めた人である。いろいろな落語のあらすじと解説がほとんどを占めているその本自体は、立ち読みした時点で、たいした内容ではないと思っていた。だが、コラムになっている京須偕充の実務経験が読みたかったので買った。
 コラムも数が少なくて、たいしたことはないので(失礼!)、落語の録音の諸事情を知りたい人は京須偕充の『圓生の録音室』(もとは青蛙房だが、のちに中公文庫。どちらも今は絶版だが、古本屋では手に入りやすい部類)を読んだほうがよい。ちなみに『圓生の録音室』は並の小説とは比べものにならない面白さをもったノンフィクションである。
 さて、私は主な落語の筋とサゲならだいたいは覚えているという平均的な落語愛好者で(この程度なら平均より下かもしれない)、『古典落語CDの名盤』に収められた落語についても、既知のものばかりだった。
 ところが、読んでみると面白い。筋も知っていて、サゲも知っている落語の、単なる要約と解説が楽しめる。外れていたら失礼なことを言うことになるが、コラム以外の文章は京須偕充は書いていないと思っている(もちろん書く力はあると思うが、やらないだろう)。誰がやったのか知らないが、うまくまとまっている。それとも、知っている落語の要約さえ面白いことが落語の力と言えようか。

補記、勘ぐられても悪いので書きますが、私では絶対にありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月18日 (金)

紀宮さまとクラリス

 十五日火曜日に紀宮さまが黒田慶樹さんに降嫁した。失礼を書くと、むかしは紀宮さまは不細工だなぁと思っていた。しかし、私も三十を過ぎたこともあって、三十代の女性を見ても、美醜はあまり人物評価の要素としては高い順にこない。品の良さそうな方だなぁと思ってテレビを観ていた。
 熱心に観ていたのではないので、どういうきっかけで映ったのかわからないが、ヨーロッパのアルプスとおぼしき背景に、お城と二人の男女が描かれた絵が紹介された。紀宮さまがお書きになった絵だそうで、どこかで見たようないびつな城の形と女性の髪の色が茶色なのは気になったが、皇族であるし、実際に訪問なさったどこかの国を描いたのだと瞬時には思った。
 ところが、アナウンサーは今回のご結婚のドレスは紀宮さまがお好きな、あるアニメのお姫様をイメージして作られたという紹介があった。
 ああっ、わかってしまった。『ルパン三世 カリオストロの城』のクラリスだ。紀宮さまも大人の気品があっていいねぇと思っていたのだが、ご本人はいつまでもお姫さまの気持ちをもっていたのだろうか。
 実をいうと、私ども夫婦は結婚式を挙げていないので、妻にそういったお姫さま願望があるかわからないが、女性一般の心理として、紀宮さまにもとくに驚くには価しないかも知れない。それに、日本には稀少な本当のお姫さまだし、まあいいんでしょうね。
 紀宮さまがクラリスだとすると、黒田さんがルパンというわけで、そう考えると、黒田さんの雰囲気もルパンっぽく見えてくるのが不思議である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月17日 (木)

三島由紀夫と刺青

 松田修著作集第四巻「三島由紀夫華文学の死想」の中込重明による解題(756・757頁)では、松田修が毎日新聞(昭和47.5.10)「私の新刊」に次のような文章を書いたという。

「三島由紀夫は割腹自殺します」と八、九年前親交のあるドナルド・キーン氏にひそかに語った。自己顕示欲の強い作家が、肉体美を誇示したあとの行動は、刺青か切腹しかない、という算術的な判断にもどづくものだった。

これについて、中込が松田から聞いた話が補われる。

三島が死を避ける方法は二つ。一つは、三島が自分の作品をグロテスクによりグロテスクにそめあげてしまう方法。そして、もう一つは、自分の体に刺青をいれること。

 このことに関して、最近面白い本を読んだ。秋山真志『職業外伝』(ポプラ社、平成17・3)は、澁澤龍彦の『三島由紀夫おぼえがき』に三島に刺青願望があることをひきつつ、三島が自決のひと月前に彫師中野長四郎のもとにやってきたことを紹介している。三島は見学ののち、一人で中野のもとを尋ね、断られたのちも何度も電話で頼み込んだという。
 秋山真志によれば、飯沢匡に三島と刺青とマゾヒズムについて書いた本があるという(題名は示されず)。松田修が、飯沢匡の本を読んで、先述の発想をしたのかもしれないが、そうでないとすれば、三島と刺青を結びつけたのは、松田修の炯眼だといえよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月16日 (水)

極細万年筆その二

 極細万年筆を欲しいと思ったのには、必要性以外に訳がある。
 かつて、一般企業に勤めながらも近世文学の蔵書と研究で知られていたM氏の旧蔵本を古書展で手にする機会があった。国立劇場が出版した歌舞伎に関する資料の一冊だった。末尾の空白に書き込みがあったが、購入時にはさして気にも留めなかった。
 あるとき、知り合いの先生から抜刷をいただいたときに、その内容がM氏の旧蔵本と関係していることに気づいて、書き込みを確認してみた。書き込みは、知り合いの先生が調べた内容の一部について、ほぼ同じことを簡潔に記していた。
 研究会に、その本を持っていって、何人かで回覧したのだが、ある人がよほど高級な万年筆でないとこういった細字は書けないと言った。それ以後、極細万年筆が欲しくなったのである。のちに、字の細さと万年筆の値段は必ずしも比例しないということがわかり、最近は、中字のペンで大きく字を書くのも好きなのだが、細い字が書ける万年筆が偉いという信仰はわずかながらも保たれている。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月15日 (火)

古本屋の客としての私

 近所に、絶版文庫や文学書などを揃えた、わりあい頑張っている古本屋がある。私は、月に二三回は立ち寄り、今まで『続燕石十種』三冊や江戸川乱歩『探偵小説四十年』(沖積舎、平5)などを買っている。私としては、その古本屋の上客のつもりだった。
 ある日、私が本を物色していると、帳場から「一万円になります」という声が聞えてきた。一万円の本を買う客はどんな人物なのか、そっと覗いてみると、何の変哲もない中年男性がポルノのビデオを買っていることがわかった。
 その後、注意していると何回か、そのようなビデオの大口客を見かけた。いっちゃぁ悪いが古本屋に置いてあるポルノビデオは古色蒼然としていて、そんなもの見て楽しいかと疑問に思うのだが、そういったビデオを買う客がその店では上客で、店の経営を支えている。
 毎回の買物で古めの中公新書や岩波新書を二三百円で買ったり、井上ひさし『手鎖心中』が二冊百円の棚で見つかったと喜んでいる私のような客は下の下の客だと気づいてしまった。とはいうものの、こればかりはどうしようもない。

補記、このあとに、その古本屋で買った舞台監督協会が出している雑誌について書こうとしたのだが、購入後五ヶ月ほどして探すと、見つからない。家の中の整理がつかなくなっているのはわかっていたが、落ち込む。
 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年11月14日 (月)

高所恐怖症

 私は高所恐怖症である。芝居をやっていた頃は、仕掛をつけたり照明を合わせたりと、きわめて頻繁に、脚立に登ったり、照明を吊る葡萄棚に登ったりしていたので、高さにかなり慣れた。
 とはいうものの、高所恐怖症とは生得のもので、いくら慣れたと思っていてもいざというときに恐怖感が生じるとは、スタッフの間では信じられていたことである。また、二百、三百メートルといった現実離れした高さよりも、五、六メートルといったちょっとした高さの方が、恐怖心をいだくと言われていた。私としては、どの高さでも怖さと無縁でないのだが。
 さて、芝居に関わるのをやめて(劇場バイトも含めて)、高所に登らなくて済むようになって、七年目になるが、かつて得た高所への慣れは完全に失われてしまった。妻や息子は高いところが平気だが、私は全然ダメで、妻から笑いものにされている。高所の作業もなんのそのといった昔を説いても信じてもらえまい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月13日 (日)

何色なの?

 最近、二歳六ヶ月になる息子に、あれは何色なのと聞かれることがよくある。原色ばりばりのおもちゃなら、赤だよ、青だよと答えられるのだが、中には何色か判別するのに迷う色もある。絵本の中の機関車の色を問われて、赤のような、青のような、茶色のような、その色をなんと説明してよいものか困った。
 日本では虹色は七色だが、より少ない色で表現する言語もあるように、どれだけ色を細分化してとらえるかは、なかなか難しい。
 なお、色については、JISで規格が決まっている。書誌調査で表紙の色を答えなければならないときは、『日本の269色』(小学館文庫、平成14)を参考にしている。JISの見本帳よりも簡便でよい。
 もっとも、仏書などのお堅い本なら青や群青でなくて縹色(青表紙といったりはしますが)、『吉原細見』ならピンクではなくて鴇色(トキ色)と決まりがある。褪色していて、色見本ではちょっと違っていても、決まり通りに書いていたほうが問題ない。いくらJISにあるとしても「新橋色」とか「勝色」と言われては、何のことだかわからない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月12日 (土)

クエスチョンマーク

 ?マークはもちろん舶来の物である。江戸時代の本の書き込みを調べていたときに、途中で?マークが現れて、書き込みが比較的新しいことがわかった。ほんらい日本語の文章にないので、?マークは使わない方が無難かもしれないが、疑問であることをはっきりさせるために使いたいときもある。
 省略をあらわす、三点リーダーこと「…」も以前は使いたくないものだった。口ごもるのが卑怯のような、頭が悪いような気がしていた。教育実習のときに、中学二年生の作文の授業を見学したが、ある女の子が「私の言いたいことは……。」と書き始めていたことが今でも目に焼きついている。
 とはいえ、論文には決して使わないものの、ブログなどには使いたい気分が強まっている。そう簡単に名状できないこと、明晰に解説することができないことが、特に私の心の中に多いことがわかってきたのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月11日 (金)

帰ってきました

 帰ってきました。
 もうへとへとです。
 とりあえず今後一週間ほどは、以前書きためた記事があるので、それを載せます。その間に今回の旅行に関する記事を書くことにします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月 2日 (水)

八日間更新お休み

 ブログは十一月三日から十日まで更新を休みます。十一月四日五日に奈良で行われる学会に出席して、そのあとは天理図書館をまわってくるからです。
 というのは、大嘘です。世の中には学会向きの人とそうでない人がいて、私は後者だとわかってきました。地方学会に行くほど学会好きではありません。
 実際は何をしているかというと、子どもたちをつれて、博多と長崎を回って、しかるべきところに挨拶回りをするからです。途中、太宰府の国立博物館も見てくる予定です。
 何か面白いことがあったら、ブログのネタにします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月 1日 (火)

昇降機の車いす用ボタン

 エレベーターに車いす用のボタンがある。エレベーターを呼ぶときに、車いす用のボタンを押せば、複数のエレベーターがある場合は、車いす用のボタンが押されたものが来る。ボタンをむやみやたらに押したり、自分が行きたい方向を車いす用のボタンだけで選ぶと損をする。
 エレベーターを待っていると、そのことがわかっていない人が多い。いっぱいボタンを押せば早く来ると思っている人やなんとなく手持ちぶさたなのでボタンを押してしまう人がいる。かくいう私も九年ほど前あるところで、アルバイトをして初めて知った。もっと、告知した方がよいと思うのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年10月 | トップページ | 2005年12月 »