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2005年10月15日 (土)

川瀬一馬『柚の木』より

 書誌学の大学者であった川瀬一馬に『柚の木』という随筆がある。初版は世界社刊、昭和二十三年五月。私が読んだのは、平成元年八月に収められた中公文庫。一年ほど前に買ったのだが、本棚の整理の際に見つけて再読した。その中から「研究の苦心談」の一部を紹介する。以下冒頭より引用。

時たま大衆雑誌などに、学者の研究苦心談と称するものが載っているのを見受けることもあるが、そういうものの多くは、少しばかり研究に苦しんだ経験を持つ者の目から見れば、まことにつまらぬ内容しか語られていないのが普通である。後進の学者が、研究上に有益な暗示を与えられるような話は殆ど見当らないと言ってよい。

それは、一つには語る人が世間的に名声があって、ジャーナリストなどに大家だと思われていても、実際研究上には大した辛苦の持主でもないために、本人にとってはその程度のことが苦心なのだろうが、真の学者には物の数にも入らない事柄を、苦心談として得々然としてしゃべっている故であろう。

元来、世人に研究の苦心を知らせるのは、学問というものの尊さを悟らせるがためである。学問の尊さを悟らせようと思えば、真にすぐれた学業を成就した篤学者の口から親しく苦心談を聞くのでなければなるまい。研究に従事する後進が感心しないような浅薄な苦心談(実は苦心談とも言えない程度のもの)が、一般の人々に深い感銘など与えようはずがない。(以下略)

かなり耳が痛い。文章だからいいものの、面と向って言われたら(専門分野と世代が違うので面識はないが)、「ごめんなさい。ブログなんてやめます。」と答えてしまうかも知れない。時折、われながら偉そうなことをこのブログに書いている。滑稽に感じている人ももちろんいるだろう。川瀬一馬の「研究の苦心談」は、いろいろ続いたあとに、次のように締めくくられている。

しかしながら、学者が研究の苦心を語って、一般世人に学問の尊重すべき所以を知らせることは、頗る大切なことでもあり、且つまた、研究と日常生活とをいかに調和させて、研究の能率を上げているかというようなことまで聞かせて貰えれば、後進の学者にとっても甚だ有益であって、学術研究の進歩を促進することにもなるのであるから、一般世人にも興味が持てるように工夫をこらして、出来るだけ判りやすい形にまとめて、真の研究の苦心談を発表されることが切に望ましいと思う。(了)

なんとか執行猶予がついた。見ぬ世の人の金言をありがたくおしいただくつもりである。

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