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2005年9月30日 (金)

目線

 まだ大学院生の頃だが、カメラが趣味だと多少は知られていたので、ある学会のお手伝いに行ったときに、記録でカメラを撮るように仰せつかった。大会の記録はもちろんのこと、会場校の準備の様子も記録に残しておいてくれと言われたので、お手伝いの学部学生さんを含めて、いろいろと写真を撮った。
 大会終了後に、できあがったネガと写真を会場校の先生に送ったのが、ある女の子の写っている写真の枚数が多いと小言をもらった。
 撮る方としては、撮るときに、仕事中なのでポーズはまだしも、目線を送ってくれた方がとりやすい。多いと言われた女の子は、よく目線をくれたので、知らず知らずのうちに写真の枚数が多くなったのである。
 また、演者を撮るのに使っていた望遠レンズをちょっと振って会場の係をしていた子を撮ろうと思っていたのだが、望遠は撮りにくいし、本当の使用目的もあるので機会もなくて、望遠を使ってたまたま一枚だけ撮れたのがその子の写真だったのである。望遠の効果もあってよく撮れたと私としては満足だった。
 会場校の先生によると、実はその女の子は、私がお手伝いに行った大学のMissで、写真に撮られるのは慣れているとのことだった。道理で目線を送るのが上手だったわけである。
 随分と下心のあるやつだと、会場校の先生はおかんむりだったかもしれないが、私としてはある女の子を特別扱いにすることなど全く考えていなかった。それなのに、写真の枚数に偏りが出たというのは、目線の力なのかもしれない。
 なお、そのときの写真は私が写っているもの以外は一枚もない。パソコンに取り入れたり、カラーコピー・プリンターで複製したりということがほとんどできない時代だったが、下手に勘ぐられないために、かえってよかったと思っている。

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2005年9月29日 (木)

ペンタックスME

 カメラについて最初はきちんと勉強しようと、中古のMFカメラペンタックスMEとズームレンズを一つ買ったのだが、露出は合わない、ピントはぶれぶれの写真ばかりができあがり、さらには使い始めて三ヶ月ほどで壊れてしまった。
 ペンタックスMEを使った時期は短いのだが、撮った写真はいずれも印象深い。演劇の知り合いのA子ちゃんに誘われて海水浴に行ったとき(みんなで行ったんですがね)の写真はほとんど全部ブレブレだった。A子ちゃんには好意を持っていたものの、なんだか違う気がして、A子ちゃんと私との距離は近づきそうで近づかなかった。写真がうまく撮れなかったのもなんとなく関係している気がする。
 その他、二十四で亡くなった友人Mとその友人FとMが亡くなる一年前に一緒に九州まで車で行った時の写真や、十四年飼っていた犬の最後の夏の写真を撮っている。レンズのせいか、露出のせいか、ややカラッとした色調になる傾向があったので、数は少ないものの、ペンタックスMEで撮った写真がどれかは見ればすぐわかる。
 カメラについては、才能もその技術の熟達もあっさりと見切りをつけた。カメラは信頼性が第一、技術は機械任せと、AF・AEのCANONのEOS5を、新品で買って、現在に至るまで愛用している。

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2005年9月28日 (水)

カメラをはじめたわけ

 演劇人は過去を振り返るのを極度に嫌う。公演ごとに記念写真を撮っておくことすら、ほとんどしない。私もそういった雰囲気に染まっていて、自分が舞台監督をした舞台や、自分が製作した舞台ですら一枚の写真にも残していない。
 あるとき、もう演劇はヤメだと決意したとき、自分の過去を振り返るものが何もないことに気がついた。それから、フジのティアラというコンパクトカメラを買って一日一枚、日記代りに写真を撮っていた時期があった。写真は、その後私の趣味の一つとなって、キヤノンのAF一眼レフに交換用レンズ五つを現在までに揃えている。とはいえ、写真の腕前はからっきし駄目である。絵心がないことが致命的なのだと思う。
 撮った写真の数だけ言えば、フジのティアラが最も多い。コンパクトカメラなので、常に持ち歩いていたためである。スキーに持っていったり何度も落したりとかなり荒っぽく使ったにもかかわらず、八年間もった。
 カメラは撮りたくて撮りたくてたまらない時期が時折くる。そのときは、あたりかまわず被写体にしている。二年前に長男が生まれてから、また写真をよく撮っているのだが、名状しがたい衝動に駆られてシャッターを押していたころとは、かなり遠い行為だと感じる。

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2005年9月27日 (火)

末尾の「じゃ」

 「箱を持ってくるのじゃ(ぢゃ)」と書いてあったら、老人の発語と思うだろう。末尾につく「じゃ」は、老人の言葉であることを伝える役割語だからである。現実の老人は「じゃ」などと言わないのだが、小説や漫画では、老人はそう言うものと決まっている。
 このような老人の役割語としての「じゃ(ぢゃ)」に文句を言い続けたのは時代考証の大家三田村鳶魚である。三田村鳶魚は『大衆文芸評判記』『時代小説評判記』の中で、「ぢゃ」をつけるのは九州方言であるとくりかえし主張している。「じゃ(ぢゃ)」が老人の役割語となったのがいつからかはよくわからないが、批判の対象からすると、大正期にはそうなっていたのではないかと思う。
 森銑三の『物言う小箱』でも、老人は「じゃ」を使っている。江戸のことにあれだけ詳しい森銑三が使うぐらいだから、他の人が守れなくて当たり前である。
 森本梢子『研修医なな子』(集英社)の最終巻である第七巻には、「なぜ、なな子は~~じゃとよく言うのですか」と読者からの質問が掲載されていたと思う。作者は、医者であるなな子は老人と接する時間が長いので老人の口調が移ってしまったといった説明をしていた。森本梢子は熊本人である。私はそれが理由なのだと推測している。熊本の方言で、末尾に「じゃ」をつける場合があるからである。森本梢子が、知らず知らずのうちに九州方言を使っていたのか、それともわかって使っていて、先のような答えを読者にしたのかはっきりしないが、私は前者ではないかと思っている。

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2005年9月26日 (月)

卿をつける場合

 曲亭馬琴が友人小津桂窓に宛てた「天保五年五月十一日」書簡の中で、小津桂窓が著作『月波日記』において「薩摩守平忠度朝臣」を「忠度卿」と記したことに異議を唱えている。三位(さんみ)以上を卿と称すので、正四位下の忠度は朝臣と呼ぶべきという意見である。この馬琴の意見は正しい。

 『広辞苑』第五版では、「卿(きょう)」は

①律令制で、八省の長官。また、明治の太政官制の各省の長官。
②大納言・中納言・参議・三位以上の人。大臣を公といい、総称して公卿くぎようという。また、参議および三位以上の人の敬称。

説明されている。

なお『広辞苑』には三番目の説明がある。

③英語の称号 Lord,Sir の訳語。

日本では貴族制度がもはやないため、現代において「~~卿」と呼ばれるのは原則英国人ということになる。訳語に「卿」をあてるのを誰が始めたかは、調べがつかなかった。三位以上が卿とされることから考えると、英語の”Knight””Baron””Baronet”も卿とは大盤振る舞いの気がしないでもない。中国語が「卿」と訳語をあてたのを、そのまま受け継いだ可能性もあるか。
 
 最近、井村君江『アーサー王ロマンス』(ちくま文庫)とサー・トマス・マロリー『アーサー王の死』(ウィリアム・キャクストン編、厨川文夫・厨川圭子訳、ちくま文庫)を読んだのだが、アーサー王の配下たちは「ランスロット卿」「ガウェイン卿」など卿づくめである。一箇所気になるのはちくま文庫『アーサー王の死』p127に「直ちに(引用者注、ローマ)皇帝はレオミエ卿という名の王に大軍隊を率いて、急ぎ進軍せよと命じた。」である。ローマ帝国の将軍なら「卿」ではないはずで、「レオミエ卿という名の王」というのが、ローマ帝国以外の国から動員されてきた王だと推測できるが、なぜ卿がついているのかはわからない。原文がどうなっているのか気になる。
 スターウォーズの「帝国」は、元老院政から帝政になったこともあり、ローマ帝国を模しているのはあきらかである。よって、皇帝パルパティーンの配下がベーダー「卿」というのは、私にとって少し不思議な訳である(英語で何と呼ばれていたか。トリロジーのDVD買っておけばよかったか)。

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2005年9月25日 (日)

音楽と著作権

 平原綾香のジュピターを初めて聴いたときに、よし買おうとアマゾンのページを開いた。ちょうど、ラグビーW杯が終った直後で、大会のテーマ曲のカバー曲だと思ったからである。すると、カスタマーレビューにこの曲がもともとホルストの「惑星」をもとにしていて、さらにはラグビーW杯に使われた「ワールド・イン・ユニオン」とは別曲という説明があった。また、ホルストは抜粋演奏と編曲の禁止を遺言としたとあっては、なんとなく釈然としない。
 音楽の世界は歌詞の著作権には非常にうるさい癖に、曲内容については、類似をとがめることがほとんどない。ジュピターに限らず、カバー曲が出たのかと思っていたら、いわゆる「パクリ」だったということがよくある。曲の類似についていえば、江戸時代の小説レベルの著作権意識である(つまり、ほとんどないということ)。音符の組み合わせには限界があるので、どうしても似た曲が出てくるというのはしかたないのかもしれないが、私にはそのあたりの感覚がよく理解できない。
 曲同士が似ていることを気にするのは馬鹿らしいのかも知れないが、他人の文章の無断流用は禁止という世界にいちおうは生きているので、残念ながらジュピターは見送りにした。気がつくと妻が携帯の着信音にしている。知らぬが仏である。
 なお、本記事を書くために、アマゾンを調べ直したところ、最初に見た頃は十ぐらいしかなかった、カスタマーレビューが百三十七件になっている。喧々囂々の主張が入り乱れていて、怖いぐらいだ。意見の一つにあったが、法に触れていないのだから、聴きたい人は聴けばよいし、こだわりのある人は聴かなければよいと、私も思う。

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2005年9月24日 (土)

あとをひかない

 私の先生(指導教員)は、今はそれほどでもないが、昔はしょっちゅう怒っていて、私も学部学生の頃からよく叱られたものだ。運がいいことに、先生は学生の顔や名前をあまり覚えていないなので、一度こっぴどく怒られても、その後会ったときに平然と話しかけてくるので随分と不思議なような、助かったような気がした。本当に以前のことを覚えていないのか疑問であったが、さすがに、こちらから以前叱られた○○ですがと、藪蛇なことは言えないので、そこはわからずじまいであった。
 私も教える側にまわって何年か経って、なぜ私の先生がしょっちゅう怒っていて、なおかつ後をひかないのかがわかった。簡単に言えば、罪を憎んで人を憎まないのである。生徒は基本的にいたらない人間なので、教育を受けているのであり、なにか悪いことをしでかすのは当然である。だが、教師がそれを見逃すと、行われた悪いことは、その生徒にとってやってもよいことになってしまうので、私は試合中のトルシエのようにガミガミと言い続けることになる。悪い行為を咎めるためにやっているので、言った通りに悪い行為(たとえば教室内にゴミを捨てるとか)をやめれば、それで満足なのであって、その生徒につらく当たり続けようなどといった面倒な気は起こらない。
 いまだに、先生には怒られることがあるので、そうだったんでしょうと聞くわけにはいかないが。

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2005年9月23日 (金)

『THE WINDS OF GOD~零のかなたへ~』

 おそらく五年ほど前だったと思うが(かなり曖昧です)、深夜放送でエル・カンパニーという劇団の「THE WINDS OF GOD~零のかなたへ~」という芝居を題材にして、テレビドキュメントがあった。「THE WINDS OF GOD~零のかなたへ~」は、劇団の主宰者で主演俳優の今井雅之が作・演出した、当劇団の代表作である。現代の漫才師コンビが交通事故に会って、気がつくと第二次世界大戦時の特攻隊員になっているという内容である。
 私は観たことは、今に至るまでない。だが、戦争という極限の状況におかれた若者の姿を描くことで、生と死の意義を考えさせる芝居として、早くから大変評判が高かった(初演は平成三年。私が知ったのは平成六年ごろ)。ドキュメントの前半は、観劇中のお客を写すことで、観客がいかに芝居に感動しているか、涙ぐんだかを伝えていた。
 次に、実際に特攻隊員として招集された老人を連れてきて、芝居を観てもらい感想を述べてもらうというという展開になった。ぼうっと画面を眺めていた私は、おそらく老人が芝居に感激して、今井雅之をはじめ役者達に感謝するという場面が来ることを想像していた。
 じっと目をこらして身動きひとつせず芝居を観つづけた老人は、芝居が終ると介添えの人に連れられて、杖をつきつき、まだ舞台衣裳のままの役者たちの前に出てこういった。「自分がいた特攻隊というものを漫才と一緒にされて非常に腹立たしい。とても侮辱された気分だ」。その後も、老人は涙を流しながら役者たちを罵りつづけ、今井雅之をはじめとする役者たちは、直立不動でそれを聞き続けた。
 私は芝居に関わって、実際の戦争を題材にした芝居をいくつも観てきたが、人の生き死にを見世物にすることは根本的に卑しいことだと思うに至った。かつて、劇団で扱う芝居のネタにつまったときに、劇団主宰者のDさんに戦争を扱いましょうと進言したことがあるが、Dさんは頑として受け入れなかった。その後、友人を亡くすことがあったり(病死ですが)、劇場アルバイトで、戦争を扱った芝居をいくつも観る経験を経て、なぜDさんが戦争を題材にしなかったのかわかってきた。いかに観る人のためになったとしても、戦争を扱った芝居を作る側に、どこか自分たちが卑しいことをしているという意識はあっていいのではないかと思う。
 老人にとって、漫才師が特攻隊員になるというのも(戦前の漫才師の地位が非常に低いことも影響しているのかも知れない)、特攻という行為がこういったお芝居の題材になることも受け入れがたかったのだろう。
 では、私は本記事で「THE WINDS OF GOD~零のかなたへ~」はひどい芝居だと言いたいのかというとそうではない。
 団塊の世代高樹のぶ子は『熱い手紙』に、戦後生まれの筆者と戦前戦中生れの人々とは体験において超えられない壁があり、体験していないという負い目がモラトリアム人間を生んでいるのだと書いている。
 だが、他人の経験は自分の経験と同じかという哲学上の他我問題では、否という結論が出ている以上、他人の経験の不可知は、世代だけの問題ではない。同じ世代のよく知っているはずの人間同士でも、経験は同じではないし、実際どう感じたかなどは誰とでも知り得ないのである。ただ、自分の経験からそうなのだろうと推測するしかない。
 私は「THE WINDS OF GOD~零のかなたへ~」を、知りようがないからと高樹のぶ子のように戦争と戦争体験を棚上げしてしまうのではなく、積極的に解釈して現在の自分たちに生かそうとしている点で、非常に評価している。

補記:九月十日に、テレビ版があったが、三十九度の熱をだしていたので観る余裕はなかった(ブログの文章は前もって書いているので更新できますが)。これからも積極的に機会をつくって観ようとは思わないが、他人の評価を見る限り、よい芝居なのではないかと思っている。

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2005年9月22日 (木)

十四代と初孫

 山形の銘酒に「十四代」と「初孫」がある。「十四代」は「じゅうしだい」、「初孫」は「ういまご」と読むのだと思っていた。特に「十四代」に関しては、「四」の読みについて、当地の美しい女性に向って偉そうに蘊蓄をたれたことがある。あとになって、「十四代」は「じゅうよんだい」で、「初孫」は「はつまご」であると知って赤面した。広く売るには俗語読みがよいのかもしれない。言葉の使用は、単に「正しい」かでは計れないことの一例である。

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2005年9月21日 (水)

ノートとルーズリーフ

 ノートとルーズリーフでは、完全にノート派である。中高六年間習っていた現代国語の先生が、「こんな紙切れに」とルーズリーフを全く認めておらず、ルーズリーフを中高で使わなかったせいもあるのだろうが、その後大学に入ってなんどか試してみたが、ルーズリーフは全く使いこなせない。生来ずぼらなせいもあるのだが、かならず散逸してしまう。知り合いにはルーズリーフをうまく使いこなして、最終的に手製の綴じ込みファイルを作っている人もいるが、到底真似できない。それに比べて、ノートはしっかりしていて安心感がある。研究にもノートを使っている。
 ノート以外では、B4やA4の反古紙をメモや下書きに使う。とにかく思いついたことを書かねばならないときに便利である。
 なお、このブログのネタ帳はモールスキンのスモールの「plain」を使っている。いつも持ち歩いて、なにか思いついたことがあったら、すぐさま書き込むようにしている。

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2005年9月20日 (火)

『SHINOBI』観てきました

『SHINOBI』を観てきました。原作の山田風太郎『甲賀忍法帖』と比較すると、月とスッポンです。とはいうものの、『甲賀忍法帖』は天才山田風太郎が書いた一連の忍法帖の中でも傑作中の傑作で、そう簡単に匹敵するような映画が出来ると思うのが贅沢だと思いましょう。
 役者を中心に観るなら、美男美女をはじめ個性的なあるいは演技達者な人たち(もちろんこの要素が複数ある人もいます)がいっぱいでているので、けっこう楽しめます。私としては、虎牙光揮演じる筑摩小四郎がよかったです。やはり、アクション映画はトンボを反れる(もともとトンボを切るは誤用)ぐらいの人が出てないと面白くありません。アクション映画では音声を拾い損ねることが多いのに、せりふがちゃんと聴き取れるように録音されていたことは評価されてよいでしょう。ロケも遠くまで出かけたようで、日本の自然と四季が美しく描けていたのも眼福でした(タイトルといい外国に売ろうという魂胆があるのかもしれません)。基本的に「絵」の綺麗な映画です。
 
 細かいアラを指摘していけばキリがないのですが、なぜ映画が原作に及ばないのか、大きなことだけひとつ書きます。山田風太郎の作品には共通する大きな主題があります。「『大義、親を滅す』ることの悲劇」がそれです。「大義親を滅す」とは「主君や国の大事のためには肉親を捨てるのもやむをえない。大きな道義のために私情を捨てること。(広辞苑第五版)」ということです。山田風太郎の小説では大義と私情のはざまで葛藤する人々の姿が共感を呼ぶのです。
 『甲賀忍法帖』もそうで、甲賀弦之介と朧が、自らが背負う立場や役割と自分たちの愛の間で苦しみます。映画『SHINOBI』では、自分たちの愛を優先させていた二人がおのれの背負う立場を優先させていく姿が描かれ、最後は朧が思いを封して弦之介刺し、頭首として二つの谷を救います(弦之介の側から見ると谷のためにわざと刺されたことになります)。大義が親を滅するという点で、風太郎の味わいを出したつもりなのかも知れません。
 しかし、原作では、おのれの背負う立場に強く影響されている二人(朧はちょっと弱気ですが)が、結局大義に押し潰される形ながらも自分たちの愛に殉じて言い分を通す(朧は自死しますが、弦之介は朧が勝ったことにします)ところが映画と違います。支配的な行動倫理とその変化の割合が逆なのです。
 映画が「私たち愛し合っています。でも結局は、それぞれの谷の頭領としてその立場に沿って行動します」であるのに対し、原作が「私たちはそれぞれの谷の頭領です。でも、やっぱり愛してます(殺せません)」なのです。前者の苦衷も心を打ちますが、後者の方が訴えるところが大きいのではないかと思います。
 原作のままでは、あまりに朧が受動的で仲間由紀恵に見せ場がないと、ああなったのかもしれませんが、朧が弦之介刺す展開はどうだったのかなと思います。原作にほぼ忠実だった漫画『バジリスク』の偉さが今更ながらわかりました。
 
補記:映画を観てきた当日に書いた文章を手直しました。いらないところを削ったので読みやすくなったのではないかと思います。

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2005年9月19日 (月)

こだわり

 「こだわり」という言葉は、良い意味で使うのが趨勢のようである。ある本で国文学の研究者同士が対談していて、片方の「ずっと○○にこだわって研究してきていらっしゃる△△さん」という発言に対し、もう片方も「淡白な性格なので『ずっと○○にこだわって』などとはとても言えない状況なのですが」と別に気に留めていないようだった。
 私にとっては「小さいことに執着して融通が利かない」(広辞苑での拘泥)という意味合いが強い。私が「こだわり」が使われる事例としてすぐに思いつくのは、「もうつまんないことにこだわんなよ」と友人に飲み屋で肩を叩かれている場面である。
 もし、私が「××にこだわって研究している」などと決めつけられたら、「いいや別のこともやってますよ」と言ってしまうかもしれない。

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2005年9月18日 (日)

カンペン

 私は物持ちがよい方だろう。腕時計は十年間同じものを使っている。ポロシャツの中には修繕しつつ十四年間着ているものがある。とりわけ長く使っているのは、筆入れである。SANRIOの”Seven Silly Dwarfs”というキャラクターのついた青いカンペンで、小学校三年生のときに姉からもらって以来、筆入れはずっとこれである。もう傷だらけで、塗装もあちこちはげているが、普段の使用に問題はない。変えないのは、愛着というより変える必要性を感じないからである。自分のものという意識が徹底しているので、図書館などに持っていっても忘れることはない。図書館で本を見て回る場合に、ノートとペン(あるいは鉛筆)一本だけを持ち歩くと棚に忘れてしまいそうになるので、ノートと筆入れはかならず組みで持ち歩く。
 大学生のころに、まだ使っていることを知って姉が驚いた。その後、二十三歳の頃に、知り合いの女の子に懐かしがられ、二十六歳の頃に、学習塾の塾長のおばさんに珍しいものがあるわねと言われた。たいしたものではなくとも、十~十五年ほどすると珍しいものになるようである。
 

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2005年9月17日 (土)

徹夜の記録

 二十二歳のとき、やむを得ずある芝居で制作の仕事をしたことがあるが、制作の仕事は初めてで不慣れなこともあって、開演三日前から徹夜をしなければならなかった。一晩はざら、二晩は何度かあるが、三晩というのは一度だけで私の徹夜の記録である。
 三日徹夜すると時間の感覚がおかしくなって、まわりのものが非常にゆっくり動いているように感じる。ただし、私自身の反応も鈍くなって、私の動きもとても緩慢になっていた。
 三十代になって、昔よりもやや少ない睡眠時間で平気になったと感じる。とはいえ、三日の徹夜はもちろんのこと、二日の徹夜ももう絶対にやりたくない。芝居をしていたころはよく徹夜をすることがあって、それが将来の自分を作る礎になるのだとそのころは考えていたが、結局頭脳と肉体を疲弊させるだけに終ったようである。
 中山伊知郎という人に『徹夜の記録』(昭和34)という随筆があるそうだ。著者名「中山伊知郎」でNACSIS WEBCAT検索にかけると、なんと該当件数が百件もあり、ほとんど経済学の著作なので、中山伊知郎は経済学者なのだろう。それらの著作が、徹夜につぐ徹夜によって生み出されたということなのか。興味がある。

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2005年9月16日 (金)

文章を書く楽しみ

 私にとって、文章を書く作業のうち一番好きなのは、手直しである。推敲して、あれこれ表現を変え、構成を変え、文章をいじっている時が最も面白い。お気づきの方もいるかもしれないが、過去に書いたブログ記事にもしょっちゅう手を入れている。論文も手直ししているのが楽しい。ただ、論文の場合はきりがないので、締め切り(ない場合は自分で作る)が来るとほっとする。
 本を買ったり、資料を集めたりするのも楽しい。しかし、買ってきた本や、複写してきた資料を読むのは、楽しいよりも、仕事というか真剣勝負であって、楽しさと同時にきつさを感じる。とはいえ、研究のほとんどは、何かを読むことで占められる。
 読んだ本を元に、文章の構想を練るのも楽しい。実際に書くのは、頭脳労働というより肉体労働である。これは単に指を動かしているからだけではない。頭の中にあるものを外に出すことに、「よっこらしょ」といった感覚を得るのである。
 

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2005年9月15日 (木)

理想のインテリ

 理想のインテリとは諸葛孔明だろう。弁舌をもって、呉の文臣たちを論破する。戦場では鬼謀をもって敵を撃破する。何より、漢の復興という大義を持つ劉備のために働いている。三顧の礼を持って迎えられたというのも恰好がよい。インテリとは知性を持って正義のために戦う孔明のような働きをしてみたいと思っている者である。吾こそ今孔明と自負するインテリのために、関帝廟ならぬ孔明廟でも作ってみてはいかがか(と、ネットで検索するとやっぱりあるもんですね)。
 とはいえ、竹中平蔵を見ていると、今孔明とは楽ではなさそうだ。また、歴史を少し知っている人なら『三国志演義』とはしょせんお話で、劉備が正義で曹操が悪人と単純に言えないことはすぐわかることである。
 子どもの頃、なぜ三国志の登場人物達は劉備のために戦わず曹操に味方しているのか疑問だった。劉璋の配下のうち張任・董和らが、張松・法正らのように暗愚な(ことになっている)劉璋にかえて劉備を迎えないことも不思議だった。ところが、大人になって、カリスマ性はないがいい人(だし、私には恩義のある人)を首領とする、小さいグループに属して、それのために奔走する機会が生じ、単に優秀な方へとか大きい方へと動いていくわけにはいかない理屈があることがしみじみとわかった。もちろんそれを破ることは可能だが、そういうことのできない張任・董和らの器量が私の器量のようである。
  

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2005年9月14日 (水)

東京新聞だから?

 九月十二日の記事の中で、私が買ってきた新聞は東京新聞(埼玉版11版朝刊)である。新聞の内容を紹介せずに、インテリというのは、と決めつけるのも不公平なので、記事をいくつか紹介しておく。

 まず、「筆洗」(朝日の天声人語にあたる)の抜粋(途中から末尾まで)、

間宮陽介京大大学院教授は、ニートと呼ばれる無業の若者が増えたように、私的領域に閉じこもり、脱政治化していた人々が、メディアを介して「強い首相」と結ばれ、特異な形で過度に政治化する可能性を指摘していた。まるで扇形に配置された独房と、要の位置にいる監視人の関係のように(『世界』十月号)▼今回、小泉支持に向かった都市の無党派層は、首相に郵政以外にも現状を打破する「毅然(きぜん)とした強い指導者」を求めていくのだろうか。そこに独裁政治の危険をみるのは考え過ぎか。

末尾が私の嫌いな反語文で終る、典型的な天声人語調の文章である。間宮陽介の独房と監視人の比喩は、フーコーのパノプティコンからの発想だろう。もってまわった言い回しだが、小泉支持の無党派層は、ニート同様で監視人に見張られている囚人で、そういった連中によって独裁政治が起きそうですよと言いたいようだ。

社説の抜粋だが

■衆愚政治に陥る危うさ
 私たちはこの選挙戦を通じて、争点は郵政のみではなく、社会保障や少子化、危機にひんする財政の立て直し、八方ふさがりの日本外交、イラクの自衛隊や、小泉氏ご執心の靖国参拝問題も、論じられてしかるべきだ、と再三強調した。
 郵政一本の選挙では任期四年の国民代表を選ぶにふさわしくない。郵政民営化法が近々成立することになれば、残る課題の処理が政権与党に白紙委任された形になってしまう、と考えるからである。
 野党も、民主党が年金と子育て、共産党や社民党は大増税反対、憲法を争点に提起した。政治に責任を負う政党なら当然のことだろう。
 首相はそうした批判に耳を貸さなかった。ひたすら「(郵政法案を廃案にした)国会の結論を国民の声で変えたいと思って、衆院の解散に踏み切った」と言い張るだけで。
 民営化に賛成か、反対か、それだけを問う選挙戦術の背後に、長々と説明を要する政策論は、どうせ国民が嫌う、わかりやすければいい、という思い上がりがあったなら、それは衆愚政治の批判を免れない。
 重ねて強調しておく。今回総選挙で小泉自民党を勝たせた有権者は、内政・外交のすべてを白紙委任したわけではけっしてない。くれぐれも誤解しないでもらいたい。
 首相は下旬に召集の特別国会に郵政民営化法案を再提出し、示された民意を力に成立させるという。
 首相の言を信じれば残る党総裁任期は一年である。その間に何をするか、明らかにする義務がある。勝手に突っ走られては迷惑だ。
 郵政に陰に陽に利害の絡む団体は、首相の言う通り、政界に一定の影響力を持ってきた。
 が、圧力団体は郵政だけではない。農林水産、建設、金融機関…。政治を自分たちに都合よく振り回してきたといえば、この国の官僚機構こそ筆頭だろう。首相に問う。この改革は、後継総裁にお任せなのか。

 と、どこかの水戸黄門、有権者を代表して釘を刺してくださっしゃる。
 小泉支持層は馬鹿だとか、乃公こそ世間のご意見番といった姿勢が見え隠れするので、インテリというのはやっぱりそうかと、苦笑してしまうが、「筆洗」と社説の内容は、きつい言い回しとはいえ、ひとつの見識を述べていると思う。私は何も批判をするなと言っているわけではない。

オモロいのは、十四面にある「有識者」らのコメントで、

「精神科医の野田正彰さんの話」は「社会が思考停止に」という題で、

社会、政治などのシステムが閉塞する中、自らも閉塞感を抱えた市民が二者択一の分かりやすい問いかけに応えた。バブル経済がはじけた後、経済に特化して頑張ってきた社会は思考停止に陥っている。無力感を抱く市民の思考停止と、アジアと新しい関係を築くことなく米国について行こうとする思考停止の小泉流が共鳴したのだろう。一島国に限定された歌舞伎の花道で小泉首相が見えを切り、国民が掛け声を掛けたような閉塞した選挙だ。

 いやあ、この先生は仕事が忙しくて寝不足なのか、選挙のことは忘れて日曜だからゴルフに行って酒飲んで帰ってきたら、コメント急に受けて、変なこといっちゃったよといった事態なのだろう。市民は思考停止と言い切れる野田先生。日頃、病院に来る人だけを見て、「市民」とは思考能力に障害を抱えているとお思いなんでしょう。ご苦労さま。
 ふるっているのは、歌舞伎の話で、「見え」じゃなくて「見得」というのはまあよいとして、「一島国に限定された」とはなぜ文章に書く必要があるのか。まさか、一国でしかなされない演劇は無価値と思っているわけではあるまい。複数の国で演じられるかどうかは、その芝居に価値があるかとかならずしも一致しない。それになぜ花道。本舞台での見得をする(もともと、するが正しい。切るがいまでは優勢だが)方がはるかに多い。
 歌舞伎役者が見得をして、それに見物が掛け声を掛けることがなぜ閉塞のたとえになるのか。歌舞伎を観たことがあるのだろうか。何をおっしゃるいつも一等で観ています、というのならかえって哀れだが。

「作家吉武輝子さんの話」は「若者がついて行き」で

郵政民営化に反対する政治家に「刺客」を立て、反対意見は一切認めないという小泉首相のファシズム的な手法が認められたことは、言論統制への第一歩だ。刺客に何の批判もしなかったメディアの論調が、アナウンス効果に乗りやすい若い層に影響を与えた結果だと思う。行きつく先が「崖」かもしれないのに、若者は先行きが見えず、笛吹きがうまい人に黙って付いていく雰囲気がある。平和憲法改正への動きが進むのではないか。

 と、良くも悪くも作家の文章。ケレンたっぷり。
 「ファシズム的な手法が認められたことは、言論統制への第一歩だ。」は、「ファシズム的な手法を有権者が許容するなら、政府だって言論統制できるようになりますよ」ということなのだろうが、すごい飛躍。そもそも対立候補を立てるのが「ファシズム的な手法」だとは恐れ入った。
 若い層は馬鹿で、メディアに乗せられているというのも、短絡的すぎ。私が投票所に行ったら、お年寄りばかりだった。投票所の映像もお年寄りが中心だったが、吉武は本当に投票に行っているのか。吉武は得票総数に占める、二十代の票(三十代前半まで含めたとしても)の割合を過大評価しすぎである。
 笛吹きがうまい人のたとえは、ハーメルンの笛吹男からだろうが、もともとあれは子どもが連れて行かれたお話である。それは、若者に当てはめてしまうのは、吉武が若者を子ども並に思っている証しである。こういう人は、若者が選挙に行かなければ行かなかったで、政治的アパシーとか批難するのだろうが。
 とどめは、「平和憲法改正への動きが進むのではないか。」でここまでくると、もうご勝手にとしか言いようがない。

 野田正彰と吉武輝子にせよ、「市民」「若者」の判断力を疑っており、正しい政治判断があるのに、ある有権者は愚かなのでそれが選択できないと考えているわけである。九月四日記事にも書いたが、政治は正しいか正しくないかではなく、利益になるかならないかで決まると、私は考えているので、野田や吉武の意見はインテリの傲慢としか感じない。

 東京新聞は駅売店で百円と安いので買ったのだが、今後は買うのをやめる。東京に出て、買物のコツは、もっとも安い値段の品は買わないことと覚えたのだが、新聞にもあてはまるようだ。
 もっとも、新聞とは読者の読みたい内容を書くものである。朝日新聞は朝日新聞らしい内容を楽しみにする読者のためにあり、産経新聞は産経新聞らしい言説を楽しみにする読者のためにある。東京新聞がどういった新聞か知らなかったが、社説を読む限り、私に心地よいことが書いている新聞ではなさそうである。

補記1:書いたあとに読み返して、こんな文章を書いたことを後悔したのですが、結局載せることにしました。今後つまらない言説にうてあわない(長崎の方言でかまわない)ように、反省の材料としておきます。見ていて自己嫌悪に陥るようなら、削除するかも知れません。あしからず。
 政治ネタもこのくらいにしましょうかね。

補記2:九月十二日記事と関連します。

 

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2005年9月13日 (火)

なんとなく関ヶ原

 自民党が圧勝した今回の選挙は、なんとなく関ヶ原の合戦に似ている。もちろん、小泉が家康で、岡田が石田三成である。もっとも似ている点は、やっつけるつもりの側が、実はおびきだされていて、完膚なきまでやられてしまったことだろう。党も郵政民営化法案ぐらい通させてやれば良かったのにといまごろ涙している民主党落選議員も少なくないのではないか。解散権は小泉が持っていたが、法案が否決されなければ解散もできなかったわけで、解散の引き金は民主党がひいたことになる。
 参議院で否決された日は家にいたので、テレビで実況を見ていたが、自民党での反対派議員や民主党の議員の顔は自信に充ち満ちていた。自民党の混乱に乗じて民主党が政権を取るといったコメンテイターも多かったし、実は私もそうなるのではと思っていた。選挙当日まで今回の選挙は自民が大勝すると言い切ったコメンテイターを私は知らない。なんと政治の専門家の当てにならないことか。もっとも、自民党にとっては、自民大勝などと言う人がいないほうがありがたかっただろう。
 おそらく、参議院で否決されることも、総選挙になることもかなり早い時期に小泉をはじめとする自民党幹部はわかっていて対策を練っていたのだろう。もちろん、選挙戦術だけで勝てるわけはないのだが、民主党や反対派議員をおびきだして決戦の場に持っていたこと、そして負ける側が直前までその運命に気づいていなかったことになんとなく関ヶ原の合戦との類似を感じるのである。

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2005年9月12日 (月)

インテリというのは

 総選挙の翌日、久しぶりに新聞を買ってきて読みました。社説や「有識者」のコメントを見て思ったのですが、インテリというのは、乃公がひとつ愚かな民衆を教化してやろうという方ばかりですな。インテリだけが知っているあるべき政治というのがあって、愚かな民衆はそれがわかっていないので、正しい道を歩まないのをなんとかしてやろうということなんでしょう。そう思うとナロードニキ運動の頃から構図は変わっていないような。
 我が身を振り返ると学者もインテリなので、われこそ正しいことを知っていると思っているわけで。学会で発表の最後に「ご静聴ありがとうございました。ご教示下さいますよう、よろしくお願いいたします」などと言う人がいますが、私の場合は、会場にいる人は私の「ご高説」を拝聴しに参った人たちと思っているので、発表後はどうだとばかりに壇上でふんぞりかえっております(その後どうなるかは、皆さんのご想像通り)。
 そういうわけでインテリというのは変わらんね、と思った次第。

補記:九月十四日に関連記事があります。

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2005年9月11日 (日)

月見もり

 私は長崎県の出身なので、うどん・そばのかけ汁は関西風の澄んだものを好む。しかし、月見だけは、関東風の濃いかけ汁で食べる。しょうゆっぽいかけ汁を生卵と混ぜ合わせた場合に、生卵に醤油を混ぜたのと似た味を得られるし、さらには黒い汁と混ざった卵を麺に絡めて食べるのは視覚的に食べているという充実感を与える。
 炭水化物にタンパク質を加えて偏りなく栄養をとるのに、月見はよいと思うので、立ち食いそば屋ではよく注文する。あるとき、都内の滅多に行かないところに行く用事ができ、軽く食事をしておく必要ができたが時間もないので、近くにあった立ち食い系そば屋(机もあったのでこう書いておく)で、月見を食べることにした。入って券売機を見たが、なんと月見が見当たらない。後に人が待っていたこともあって、月見のボタンをじっくり探すのも面倒になって、かけそばに生卵を頼めば一緒と、それぞれボタンを押し、カウンターに出して、水を取りに行った。その途中、「もりいっちょうと卵」という声が入ってきた。
 おそらく、月見はあったのだ。私が押したのは「もり」だったのである。カウンターに「間違いです。月見にして下さい」と言えばよかったのだが、少し考えるところがあってよした。もりとたまごを食べてみたくなったのである。味の感想は、月見よりも濃厚な味わいで、なかなかいけた。その後、何人かの友人に勧めてみたが、試したのは一人で、卵が溢れそうで食べにくかったと感想をもらった。そういえば、私の時の生卵は、Sの大きさだったので、そば猪口にもなんとかおさまった。
 やや注意すべき点はあるといえども、これは画期的な発明と思っていたが、インターネットで調べると、ちゃんともりと生卵の取り合わせを品書きに入れている店がある。また、嵐山光三郎の『文人悪食』の中で、山本周五郎が晩年、つゆに生卵を入れて食べていたことを紹介されていることを後日知った。流行らせてわが名前をつけようと思っていただけに残念である。
 ともあれ、物好きな人は試してみるとよい。

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2005年9月10日 (土)

歌舞伎座「東海道中膝栗毛」

 平成十七年九月歌舞伎座公演「東海道中膝栗毛」を観た。愉しんで観たが、その内容に釈然としないものを感じる。お笑いの話だからと言って、全てを荒唐無稽にしてしまってよいのか、考えさせられる。
 私は、歴史考証家ではないが、今回の「東海道中膝栗毛」では不審な点がいくつかある。
 まず、日本橋に「にほんばし」「日本橋」と書いてあるはずがない。
 三百両の富くじに当った弥次喜多は、三百両を懐中携行しようとするが、いくらなんでも重すぎ。文政小判でも一枚13gで三百両では4㎏弱。仮に二分金の百両包みだとしてもかさばる。浪曲ではあるまいし、そうそう大金を現金で持ち歩くのはおかしい。為替にするのが普通である。それに貧乏でも旅に出た原作に比べて、三百両を手元に大名旅行では、本質が変わってしまう。
 口寄せの御礼に一両やっておつりはいらないよ、というのも、一両は現在の価値で十万円ぐらいなので考えにくい。
 終点「倶楽春館」(グローバル館)の門が外開きになっていた。内から外に人が飛び出てくるという芝居の展開上、外開きの方が都合がよかったのだろうが、時代物の扉は内開きでないとおかしい。
 ナンセンスなドラマ仕立てには、それなりの文法があって、上記の点に不審を抱くのは、重箱の隅をつつくようで、無駄だと思うかも知れない。だが、「東海道中膝栗毛」は新感線の芝居ではなくて、歌舞伎座の芝居なのである。今まで培ってきた歌舞伎のリアルさまで捨ててしまうのではもったいない。最低限の歌舞伎のリアルが守られてこそ、歌舞伎なのだと思うが。
 イヤホンガイドだが、見ればわかることしか言わず、じゃまになるだけなので外してしまった。今回、歌舞伎に通じていない人しかわからない他の芝居のもじり(パロディのようなもの)や台詞の流用が多々あった。「馬鹿め」は河内山宗俊の台詞だとか、「幡随院の喜多八というケチな野郎でございます」が幡随院長兵衛と白井権八の鈴ヶ森の出会だとか、イヤホンガイドが説明してくれればよかった。口寄せでの歴代役者とかもイヤホンガイドならもっと詳しい説明ができたはずである。台本が流動的で台詞の変更が多かったり、うがった台詞が捨て台詞(台本にないアドリブの台詞)だったりして、対応できなかったのかもしれないが、今回ほどイヤホンガイドが活躍できる芝居はなかったはずなのだが。
 筋書き(パンフレット)にある村松友視の解説もよくない。筆者に『東海道中膝栗毛』現代語訳本を出版した実績があるためだろうが、解説能力は大学院学生未満である。紙幅の関係もあってかほぼ通説と俗説で埋まっており、筆者の個性が感じられない文章なので、本人も書いていてそれほど楽しくなかったのではないか。
 「曲亭馬琴などは、『あんなものがなぜ売れるのか』と鼻白んだというが」と書いているが、馬琴を悪役に仕立てる俗説ではないか(原拠を知っている方ご教示下さい)。馬琴は一九に関して「一体一九とは、ふかくも交り不申候へども、気質は悪からぬ仁と見うけ申候」「一九は浮世第一の仁にて、衆人に嬉しがられ候故、遊歴の先々にても、餞別の所得格別なるべし」(文政元年十二月十八日鈴木牧之宛書簡)と記しており、一九の評価は低くない。
 一九が棺桶に花火を仕掛けた話が虚妄であることは、棚橋正博が『笑いの戯作者 十返舎一九』(勉誠社、平成11)で丁寧に論証したことだが、全く考慮に入れられていない。「発端」についても中山尚夫『十返舎一九研究』(おうふう、平成14)に考察があるが気づいているのか。『源氏物語』や漱石の研究なら見落としもあるだろうが、一九に関する本など、この十年間で数えるほどしか出ていない。文学研究者の研究成果が一般社会に及ぼす影響とは極めて微弱なのだと、今更ながら歎息してしまう。

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2005年9月 9日 (金)

イヤホンガイドとオペラグラス

 歌舞伎を劇場で観るときは、かならず筋書きを買い、イヤホンガイドを借りるようにしている。伝統芸能である歌舞伎は、解説がないとよくわからない場合が多いので、いささかなりとも知識面での充足が得られるなら、それを求めるのが初心者としては適当だと思っている。実際のところ、歌舞伎も本腰を入れて見始めて十年ほどになり、歌舞伎の書籍も少なからず持っていて、初心者からはなんとか脱出したようだが、イヤホンガイドはいまだに使っている。
 このイヤホンガイドというのは、仲間内の研究者の中では使っている人がほとんどいない。私以外では、耳がやや悪いことを理由に挙げた一人しか利用者を知らない。ある歌舞伎研究者に至っては、イヤホンガイドは一度も使ったことがないと言った。
 とはいうものの、舞踊の場合、私はイヤホンガイドを使わない。解説が親切すぎて、唄が消されてしまうからである。もっとも所作の意味を説明したりしているので、すべての意味を追うにはイヤホンガイドを使った方がよいのかもしれない。最近観た、平成十七年九月歌舞伎座昼の部の「豊後道成寺」(中村雀右衛門)のように、台詞がよくわかっている「道成寺」なら、イヤホンガイドなしで問題ない。
 イヤホンガイドに抵抗がない代わりに、オペラグラス(実際は双眼鏡なんですが)の使用はここ三年ほどのことである。小劇場から芝居に関心を持った私にとって、オペラグラスの使用は異例のことであった。まず、オペラグラスで舞台の一部分だけを見ることは、芝居全体を見損なうことに感じていた。また、ひとつの眼鏡を使って間接的にお芝居を観ることは、芝居の持つ「生」の感じを失わせることだと思っていた。
 ところが、父が埼玉に来て、西武ドームへ野球を観に行こうという話になったときに、父は双眼鏡がなくては嫌だといって、急遽双眼鏡を買うことになった。父が長崎に帰った後も、双眼鏡は手元に残って、ためしに観劇に利用してみたのである。
 私は歌舞伎座なら三等Aで通常見るようにしている。三等Aでは、衣裳の柄や表情など細かいところはあまり見えない。それが、オペラグラスなら詳細に確認できるのである。大喜びして以後、オペラグラスは大劇場での観劇のお供になっている。オペラグラスの使い始めが日常生活で眼鏡を使い始めたころと一致しているのも、オペラグラスへの偏見が減少した理由かも知れない。
 歌舞伎なんて爺さんが娘を演じたりするのを見なければならないので、ちょっとぐらい見えない方がいいんだなどという意見を聞いたことがあるが、先の「豊後道成寺」で八十五歳の中村雀右衛門はオペラグラスで見ても何の瑕疵もなく、その美しさと踊りを堪能できた。

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2005年9月 8日 (木)

アイデアのつくり方

 ジェームズ・W・ヤング『アイデアのつくり方』(今井茂雄訳、竹内均解説、阪急コミュニケーションズ、昭和63)は、アマゾンではなぜか読者の評価が高い。本自体は小さく、ほぼ新書版のサイズに訳文が五十八頁、竹内均の解説が二十三頁、訳者あとがきが十二頁しかないうえに、紙面は余裕を持って組まれ余白が多い。本と言うよりパンフレットである。アイデアが出なくて困ったときに、アマゾンの評価を頼りに藁をつかむつもりで買ったのだが、購入前にこの本を立ち読みできたら、この本を買うことはなかっただろう。私は本の重要箇所に付箋を貼るか、はじを折るかする習慣があるのだが、この本で端を折ったのは三ヶ所に過ぎず、立ち読みで済む程度だったのである。
 アマゾンの読者評価のうち内容を説明しているものがあるので、興味がある人は参考にすればよいが、私にとって、「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」(28頁)があたりまえとはいえ金言だった。この本で他に見るべきところは、アイデアを組み合わせるための資料の集め方ぐらいだろうか。
 発想法というのは、この『アイデアのつくり方』の意見が、ほぼ正解のようで、野口悠紀雄『「超」発想法』(講談社、平成12)は、発想法の基本五原則として
 1、発想は、既存のアイディアの組み換えで生じる。模倣なくして創造なし。
 2、アイディアの組み換えは、頭の中で行なわれる。
 3、データを頭に詰め込む作業(勉強)が、まず必要。
 4、環境が発想を左右する。
 5、強いモチベーションが必要。
を主張している。
 『「超」発想法』は、対象とする読者層がサラリーマンというところもあるのだろうが、野口悠紀雄の本としては、ややゆるめの紙面が組まれている。基本五原則以外の内容は敢えていえば付け足しであって、発想法とは根本は非常に単純なものであることがうかがえる。
 
 ついでながら、私がなにかを思いつこうとするときの話を書いておく。発想に煮詰まったときは、対象としている資料を深く読み直すか、あらたな資料を読む。特に読み直しというのは重要で、文学の答えは小説の中にしかないと思っている。そして、始終考えることである。考え続けなければ決して答えは出てこない。出た発想はぼうっとしていると消えてしまうので、すぐさま書き留められるように、私の家の中はメモ用紙とペンがあちこちに置いてある。あらたな資料は脳に刺激を与え、ものの見方を広げてくれるのだが、論文にする場合は、ある程度に見る資料を打ち切らねばならず、その兼ね合いが難しい。
 「始終考えろ」、「すぐさまメモを取れ」というのも『「超」発想法』が勧めているやり方だが、私の場合本を読んでそうしようと思ったのではなく、必然的にそうなった。
 なかなか出ない答えを考えるのは、苦しみであると同時に人間にとって本能的な楽しみである。そこが、私を研究に向わせる動機になっている。もっとも、ビジネスの世界では悠長なことは言っていられないのだろうが。
 

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2005年9月 7日 (水)

面白いばかりが

 面白いばかりが本ではない。つまらない本も有効である。江川達也がNHKの育児番組で自分の息子を寝かしつける際に、つまらない絵本をつまらなそうに読むのがコツと述べていた。具体的な書名まで知りたかったが、さすがに言いはしなかった。
 山下明夫作、渡辺三郎画『いいゆめを』(ポプラ社、平成17年)は貰った本で、当時一歳半だった息子に読み聞かせたところまったく面白そうでなかった。二歳四ヶ月となった今でも面白くなさそうなのだが、眠そうにしているところに、読み聞かせると効果覿面、実によく寝るのである。ここ三ヶ月ほどは、おやすみ前の読書の切り札となっている。暗い色調の夜の絵ばかりに、おだやかな内容の文章で、題名からして読み聞かせで眠らせるために作られた本ではないかと思っている。アマゾンのランキングからすると、あまり売れていないようだが、「子どもが寝る絵本」を謳い文句にすればもっと売れるのではないか。
 

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2005年9月 6日 (火)

なごやかな内戦

 九月一日のニュースによれば、「小泉総理のやり方はヒトラー以上だ」と亀井静香が批判しているらしいが、正直笑ってしまう。本当の独裁者がいる国では、独裁者批判などできるわけがないからである。ソルジェニーツィンの『収容所群島』でも読んでくださいよと言いたくなる。もっとも、嘘は承知で、過激な言葉を使って有権者を煽動しているだけなのだろうが、それが有効だと思っているところが子どもっぽい。
 塩野七生「ローマ人の物語」には、皇帝制だと反対勢力は皇帝を暗殺するしかなくなるといったことが書いてあった。日本は民主主義体制なので、選挙によって「頭」のすげかえがきくため、クーデターだとか、革命だとか、内戦だとか血腥いことが起きずに済むのは幸いである。「ローマ人の物語」は内戦ほど悲惨なものはないと教えている。戦いは戦いでも、選挙とはなごやかな内戦である。

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2005年9月 5日 (月)

作文べからず集

 高校生に教えている、作文でやってはいけない基本事項のいくつかを紹介する。
 推測以外で「思う」を使わない。たとえば、「私たちは水環境をもっと大事にしなければならないと思う。」は意見の陳述なので、「私たちは水環境をもっと大事にしなければならない。」でよい。作文に慣れていないため、全ての語尾に「思う」をつけている生徒を見たこともある。「思う」をなくして、自分の意見をはっきりさせると文章は引き締まる。ただし、「私が小学五年生の頃だったと思うが」など、断定できない憶測を述べる場合は「思う」を使って問題ない。
 曖昧に接続する助詞「が」を使わない。日本語は「が」を使っていくと、なんとなく文章をつなげることができる。逆接でもないのに「が」が使われて文章をつないでる例をあげると、「学校をとりまく塀に、児童らの絵が描いてある小学校があるが、汚くなったからという理由で、校長が勝手に絵を塗りつぶしてしまった小学校があった。」の「が」がそうである。「学校をとりまく塀に、児童らの絵が描いてある小学校がある。汚くなったからという理由で、校長が勝手に絵を塗りつぶしてしまった小学校があった。」で何も悪くない。曖昧な「が」を使って無駄に長くつながっている文章を柳田國男の文章と私は呼んでいる。柳田國男の文章は、切ればよいところで切られておらずだらだらと長い。試験に出た文章をぱっと見て、もしやと思って著者を調べると柳田國男だったということが何度かある。
 最後を「~ではないだろうか」と反語で終らせない。「われわれはもっと環境を大切にすべきではないだろうか」などと書くのは天声人語の文と言って、できるかぎりやらないように指導している。「われわれはもっと環境を大切にすべきだ」と書けばよいものを、わざわざ相手に念を押すのがくどくて、私は嫌いなのである。
 以上のようなことは、文章の基本であり、文章の書き方の本を何冊か読めばかならず出てくる事柄であり、さほど珍しくないかもしれない。だが、正直にいうとこれらの「反則」を使ってみたくなるときがある。ブログに文章を書いていると、誘惑に駆られる。このブログにはところどころそういった「反則」で書かれた文章がある。川上哲治と王貞治はバットスイングの基本をダウンスイングと説くが、必ずしもダウンスイングを実践していたわけではないことと一脈通ずるのではないだろうか。などと書きたくなるのだが、これや如何。

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2005年9月 4日 (日)

新党日本という名称

 「新党日本」という党の名称はおかしい。

 以下、なぜおかしいのかを検証するが、その前に断っておく。本記事では、新党日本の政策や主張についてはいっさい考察の対象にしない。あくまで、党の名称が「新党日本」であることだけを考察の対象にする。
 そもそもこのブログを始めたときから、政治や経済は記事にしないつもりだった。別に、「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」といった態度こそ学者の理想と思っているわけではなく、単に政治や経済は暗いので、何かわかったようなことを言っても、政治や経済に関して日々しのぎを削っている人たちから見れば、とてもつまらないことしか書けないと思っているからである。名前はあえて出さないが、文学者の書く政治や経済に関する随筆などは、見方が一面的で、重要な要素を抜かしたまま考察している場合が少なくない。私が見てもそうなのだから、専門家が見ればなおさらだろう。私は床屋政談をこのブログでするつもりはない。
 ついで書いておくが、学者が書く政治の話が面白くないのは、学者は自分の研究対象と同様に政治に一つの真理、すなわち絶対正しい答えがあると思っているためである。実際問題、政治は正しいか正しくないかではなくて、誰の利益になるかならないかしかない。たとえば、郵政民営化について、するのが正しいとか、しないのが正しいとかいうことはない。民営化によって利益のある人は賛成し、損する人は反対するだけである。それが多数決で決まって、最大多数の最大幸福になるというのが民主主義の原理である。頭の中で考えるのはともかく、こうあるべきという書生論を他人にぶつのは無駄である。
 
 あだしごとはさておき、「新党日本」はおかしくても、かつてあった「日本新党」はおかしくない。これは日本語では修飾語が被修飾語の前にくるからである。「日本新党」は「日本の新党」と理解できる。同じく、「ニッポンハム」は「日本のハム」である。
 「新党日本」と同じように、日本があとにくる言葉に「加茂ニッポン」「トルシエニッポン」あった。最近の「ジーコジャパン」もほぼ同じ性質の語である。「トルシエニッポン」という声援が始まったときに、非常に違和感があると書かれた記事をスポーツ雑誌に見たことがあるが、これは「トルシエの監督する日本代表チーム」を縮めただけだろう。「ジーコジャパン」も同じことで、サッカーやラグビーでは日本代表チームのことを「ジャパン」と呼んでいるので、「ジーコの監督するジャパン(日本代表チーム)」とすんなり理解できる。
 それに対して「新党日本」というのは、「新党の日本」では意味不通であるし、「新党の監督する日本」というわけでもなく、ましてや「新党日本」が日本を代表するわけでもない。結局のところ、「『日本』という名の新党」と解釈するしかないが、このように、おのれを「日本」と自称することが政党に可能とは思えない。
 「日本」とは、領土・人民・主権の三つを備えた国家の名称である。政党とは、「共通の原理・政策をもち、一定の政治理念実現のために、政治権力への参与を目的に結ばれた団体。」(広辞苑第五版)に過ぎない。日本という国家の政体が、政党による民主政治なのであって、政党は日本の下位分類なのである。私の脳や心臓、あるいは髪や爪が、私ではないのと同じである。にもかかわらず、いち政党が「日本」を名乗るのは僭称である。
党名に関して、いきさつがあるようで、

「毎日新聞」八月二十八日東京朝刊
新党日本は27日、正式名称「日本」、略称「新党日本」としていた党名を正式名称「新党日本」、略称「日本」に変更したことを明らかにした。総務省から「略称の方が長いのはおかしい」と注意されたためという。

と、正式名称は「新党日本」になったそうだが、「日本」を党名にしようとしていたのは、呆れてしまう。総務省にもおかしいと思う人がいたのだろう。

次は河北新報社八月三十一日の記事だが、

群馬県選挙管理委員会は、衆院選の啓発用につくった「ニッポンファイト!未来を支えるこの1票」というキャッチフレーズを使わないことを31日までに決めた。
 新党日本(代表・田中康夫長野県知事)を応援しているとの誤解を与える可能性があるというのが理由。

となると、うかつに「ニホン」だとか、「ニッポン」だとか言えないことになる。九月七日にサッカー日本代表がホンジュラス戦を迎えるが、アナウンサーは「ここでの『ニッポン』とは『新党日本』とは無関係です」とでも言うのだろうか。サポーターが「ニッポン」と叫ぶのをテレビはどんどん流すかどうか。
 お隣の韓国では、ハンナラ党(韓がハン、国がナラでいいんでしたっけ)、ウリ党(われわれ党ということですか)があるので、「新党日本」もそれにならっているのかもしれないが、美味いものを「ヤバイ」と表現するのと同程度に、私の日本語の感覚とは相容れない。韓国に倣ったとすれば、党名は「日本党」にすべきだろう。「日本新党」は、細川護煕がコピーライターの仲畑貴志に考えてもらった党名だと記憶しているが、それをひねりもなく流用して「新党日本」になったようなのも面白くない。やや感情的になって、党名が「日本」なら、党首は「天皇」ですか、「総理大臣」ですか。足利義満の「日本国王」ぐらい画期的ですなあと嫌味を言いたくなるのである。

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2005年9月 3日 (土)

玩具と絵本の対象年齢

 幼児用玩具には対象年齢が記してあるが、これがなかなか馬鹿に出来ない。対象年齢未満だと遊べない場合が多く、購入の際にはかならず参考にするようにしている。
 絵本には対象年齢が書いていない場合が多いが、書いてあっても参考にならないことがほとんどである。これは、運動神経の発達という、子どもごとに差がほとんど出ないものによって、ある玩具で遊べるかが左右されるの対し、絵本の場合は知的理解が重要だが、知的理解は年齢が上がるにつれて、ばらつきが大きくなるためであろう。
 0~2歳で楽しめる絵本も相当違うもので、うちの子の場合、小さいうちは面白くなかった本が、ある時期からたいへんなお気に入りになることが多かった。絵本を購入する際に、アマゾンの読者評をよく参考にするが、子どもの発達段階を考慮せず、「うちの子どもは興味を持たなかった」との批判が散見するのは残念である。

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2005年9月 1日 (木)

見なければどうでしょう

  『女王の教室』というテレビ番組が話題になっているらしい。午後八時以降はよほど見たい番組がない限りテレビを見ないのが、ここ三年程の習慣になっているので、番組の存在に気がついたのも最近である。実際見たのも、何回目かわからないが、おしまいから数分程度であった。
 度を過ぎた管理教育をする小学校教諭の話だそうで、番組批判のメールが大量に局に届き、あまりに過激なので放送を打ち切るようにという投書がスポンサーにまで届いたらしい。
 わずかの時間ながら番組を見た感想は、演出が凝っていて、小学生の子たちの演技が上手ということであった。ドラマとして、根本的な作りがもっと雑だったら批判も起きなかったかも知れない。
 話題になっていることを知って、番組紹介のホームページに行き、あらすじを確認した。文章ではなく、場面場面の映像と台詞をフラッシュで紹介するようになっていたので、見終わるのに随分時間がかかった。時間がかかるかわりに、番組の雰囲気はよく伝わる。あらすじを見た感想は、天海祐希もよくそんな役引き受けたなということである。天海祐希演じる「阿久津真矢」の性格だが、いまふうの言葉で言えば「ありえない!」のである。やっぱりお芝居はお芝居であって、見る人の目を引くために極端に出来ているし、それが世の常である。
 しょせんはお芝居なのだから、気にくわなければ、チャンネルを変えるか、テレビを消すかしてしまえばいいのではないか。私は、ある新書の内容に腹を立てて原稿用紙十枚程の批評文を書いたことがある(結局ブログには載せないことにしました)。その本が間違った論理を使って脅迫的な内容を読者に突きつけており、啓蒙的な書物であるべき新書でそのようなことが書いてあることに腹を立てたからである。テレビで放送されるものなどろくなものがないと見切りを付けているので(特に民放はひどいなぁ)、テレビで腹の立つことがあれば見ないだけの話なのだが、投書(メール)して文句を言う人は、テレビ放送の善良性をまだ信じている人なのだろう。
 『女王の教室』のエンドロールは、撮影が終って天海祐希がスタッフに挨拶して退場する中で流れる(私が見た回からその後変わっていなければ)。映画のエンドロールで、メイキングが使われるのは珍しくないので、テレビでもやっただけかもしれないが、それよりあらかじめ番組批判に備えて、『女王の教室』が作り物であることを伝える役割を果たしている気がする。文句があったら、エンドロール見て下さいよ、これは作り物なんですよと。『女王の教室』の視聴率は15~20%のあたりとそう悪くないそうで、『女王の教室』をめぐる騒動に番組制作者はしてやったりと思っているのではないか。

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