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2005年8月14日 (日)

水戸学者の言葉では

 女性天皇の議論が、「皇室典範に関する有識者会議」でなされている。こういった会議は出席者が選ばれた時点で、官僚の意志が反映されており、検討したという既成事実づくりでしかないとよく言われるがはたしてどうか。出席者をみるかぎり、容認でおちつきそうである。
 まともな議論はその人たちに任せておくとして、青山延于という水戸学の儒者の意見を『皇朝史略』(原文漢文)から引用してみる。

【書き下し文】(原本の返り点に従った)
青山延于曰く、神武以後、相伝ること二十餘世、未だ女主朝に臨む者有らず。神功制を称すと雖も、終に真に即かず。而して女主真に即くは、推古より始れりなり。厥の後、皇極、持統相継で位に即く。甚だしきは、聖武孝謙を以て儲貳と為るに至る。蓋し帝の俑を作るに由るなり。是の時に当て、蘇我の馬子権を専にし、其の制し易きを欲す。故に己が出を立て、以て寵を固くし位を保つの計を成す。卒に蝦夷親子僭逆の端を馴致す。ああ、神功朝に臨みて、懸象光を失ふ。推古位に在て、盛夏雪を飛ばす。陰気の盛ん、其の應此の如し。孰れか天道悠遠人事に関らずと謂ふか。

【現代語訳】
青山延于が言うには、神武天皇以後、帝の位が代々受け継がれること二十余世であるが、まだ女性で政治をとりおこなった者はいなかった。神功皇后が帝の位をとなえたが、とうとう本当には帝の位につかなかった。それから女性で本当に帝の位についたのは、推古天皇から始ったのである。その後、皇極天皇、持統天皇が相次いで位についた。ひどくなると、聖武天皇は(皇女でのちの)孝謙天皇を皇太子にするに至った。まさしく、(推古の例が)帝の位によくない前例を開いたことが原因なのである。ちょうど推古の時代に、蘇我馬子が権力をほしいままにして、自分の思うように操りやすい帝を位につけようとした。そのため、自分の一族から帝を立てることで、帝の寵愛を堅固にして自分の地位を維持する計略を実行した。とどのつまりは、蝦夷親子の僭逆の端を次第に用意したのだ。ああ、神功皇后がまつりごとを行って、日月星辰が光りを失い、推古天皇が位に在ると、盛夏に雪が飛んだ。陰気が盛んになり、そのむくいはこのようなものである。だれが天道は悠遠であって人間の事には関係しないというのか(いや関係するのである)。

 私も女性天皇容認派で、こんな時代錯誤はだれも言わないとは知りつつ、湯島聖堂の壁の割れ目からひょっこり昔の儒者が現れて言ったりしないかなどと思ったりする。なお、本記事の題名は藤原正彦『数学者の言葉では』のもじり。

 話は全くずれてしまうが、篠山紀信『作家の仕事場』の「新田次郎」の項を見てビックリ。子息藤原正彦と瓜二つである。

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 「Voice」平成十六年九月号より。「月曜評論平成十六年七月号」と論旨は重複しているが、こちらの方がより詳しい。また、皇室典範改正が急務でない理由として、今上天皇の直系の祖先である光格天皇の例を挙げている。 ところで僕は「雅子様おかわいそう」とは思わ...... [続きを読む]

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