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2005年7月31日 (日)

SFの凋落

 高校一年生を教えていたときに、漢字テストの余白を使って、よかったら最近読んだ本をおしえてくださいとアンケートを採ったことがあるのだが。一学年百二十人程のうち、SFをあげてくれたのは一人だけで、ハインラインだった。自分の周りを見ると、昔はもっとSFが読まれていた気がする。アシモフ、アーサー・クラーク、ハインラインの御三家はもとより、早川SFや創元社の文庫本はよく読まれていた。今の高校生の読書は、流行しているものを読んでおく傾向があり、それ以外ではミステリが圧倒的な割合を占めている。当初はマニア向けだったスターウォーズやガンダムが市民権を得たのに対して、本格派のSFはほとんど相手にされた無くなった。モダンホラー作家D・R・クーンツもSF作家のレッテルは損であり、それを剥がすのに大変苦労したと述べているほどである。
 かく言う私もSFは全く読まないようになってしまった。2004年一月号のSFマガジンがスタニスワフ・レムを特集しており、十年ぶりぐらいにSFマガジンを購入してみたのだが、字が小さいことにまず難渋した。内容だが、日本人ライターが書く文章が特につまらなく感じられ、そういった人間のより集まりでやっている限り、SFマガジンをまた買うことはないだろうと思った。

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2005年7月30日 (土)

ハリー・ポッターとアーサー王伝説

 『ハリー・ポッターと賢者の石』が公開された頃、「世界ふしぎ発見」のようなテレビ番組で、英国人の文学研究者がハリー・ポッターの面白さは、ハリー・ロン・ハーマイオニーの関係が、アーサー王伝説のアーサー王・騎士ランスロット・ギネヴィア妃に相似することにあると解説していた。
 なるほどとは思ったが、騎士ランスロットがハーマイオニーで、ロンがギネヴィア妃なのだと私は考えている。もしハリー・ポッターシリーズが十九世紀に書かれたのなら、勉強熱心で知識が豊富な秀才は、男の子になっていたはずであり、能力では劣るが肝腎なところで自己犠牲を厭わない勇気をみせるのは女の子になっていたはずである。だが、現代ではその配役はあまりに古風すぎる。ロンとハーマイオニーの性別が逆になっていたなら、ハリー・ポッターシリーズはこれほどの人気を得られなかっただろう。
 ロンがギネヴィア妃なので、「炎のゴブレット」ではあのような扱いをうけるのである。愛情に似たハリーとロンの友情は、英国人の友情だからというより、ロンという登場人物の占める位置にあるのではないか。もちろん、ロンとハーマイオニーが結ばれたとしても、アーサー王伝説とは何も齟齬しない。

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2005年7月29日 (金)

”Harry Potter and The Half-Blood Prince”(ネタばれなし)

  ”Harry Potter and The Half-Blood Prince”(US版)を読了した。七月十六日の発売日に届くようにアマゾンで予約し、七月二十七日未明に読み終わった。私は国文科の出であることもあって、日頃洋書を読むという習慣は全くなく、ハリーポッターを原書で読んだことはかつてなかった。しかし、US版は$29.99が元値で、それを四割引で売っていることもあって、2069円なら読めなくてもお得と買ってみたのである。作者が英国人なのでUK版が読みたかったのだが、UK版は元値の三割引の2458円で、US版より少々高かったこともあって、US版にした。のちに書店でUK版を手にとったが、US版の方が造本が綺麗でかつしっかりしており、また各頁の上に通し番号つきの章題があることもあり、US版を買ってよかったと思った。慣れもあるのだろうが、活字もUS版が密で読みやすかった。
 私は極めて貧弱な英語力しか持っていないのだが、さすがに児童書ということもあって読みやすかった。仮定法が使われているので、中学生では厳しいだろうが、高校三年生なら十分読破可能である。当初は、電子辞書をまめに引いていたのだが、すぐさま面倒になって、辞書は滅多にひかなくなってしまった。章が終るごとに、気になっていた単語を辞書で引いていたのだが、文脈で推測していた意味とは違うことが多かった。しかし、辞書を引かなくても十分楽しめたのである。
 全部で三十章立てを、一日二章ずつ、一章につき一時間ほどの速度で読み進んだ。急ぎの用事があって読めない日もあったが、逆に最後の五章はやめることができず一気に読み進めた。読了まで、睡眠時間を削って読書時間を確保していたので、終ってほっとしている。
 ネタバレしないように内容には全く触れないでおくが、題名の”The Half-Blood Prince”が日本語版ではどう訳されるかが見ものである。
 原書を読んでみて気づいたのだが、章ごとのあらすじはたいしたことがないのである。「九紋龍 赤松林に剪径し 魯智深 瓦罐寺を火焼す」といったたぐいの、あらすじを説明している、白話小説の章題(回題とでも言うべきか)をつければ、各章がそのまま説明できそうである。神は細部に宿る。ハリーポッターシリーズの面白さは、魔法世界の面白さを事細かに伝えることにある。
 しっかりと洋書を読んだのは、大学一年生時に課題で読んだ"Sun Also Rises"以来、十三年ぶりだが、中高時代に覚えた単語を今でもほとんど忘れていないのには我ながら感心した。そのかわり、辞書を使って新しく覚えた単語は、もはやなかなか身につかない。英語を駆使して世界を股にかけて仕事をしている知人の数は、軽く十指に余るが、私自身英語を使うことは日常ではありえず、人生の中で、わずかながらの海外旅行で使った程度なので、ひょっとしたら大学まで含めた八年程の私が受けた英語教育は、全てこのハリーポッター一冊のためだったということに、今日明日私が死ねば、なってしまう。

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2005年7月28日 (木)

山田奈緒子の設定

 テレビ朝日系列で放映されたドラマ「トリック」(堤幸彦演出)は仲間由紀恵と阿部寛が当たり役である。仲間由紀恵のその後の役者人生も「トリック」の成功なしにはありえなかっただろう。だが、「トリック」の初回(母の泉編)を観て、仲間由紀恵が演じた山田奈緒子は、堤幸彦がかつて演出した「ケイゾク」の中谷美紀が演じることを当初想定して設定されたのではないかと思った。初回では、山田奈緒子は心から笑えない、うまく笑うことができないといった難しい設定になっているのだが、仲間由紀恵にそういった細かい演技ができるわけではなく、まったくなおざりの設定になってしまった。だが、これが中谷美紀だったら無理して演じきることができたかもしれない。
 仲間由紀恵・阿部寛ではなくて、中谷美紀・渡部篤郎(この人はほっぺが魅力的だと思います)で演じられる「トリック」というのもそれなりに趣があっただろうが、仲間由紀恵・阿部寛によって、時には深刻な事件でも、明るく健康的に場面が作られてこそ「トリック」の人気があったのだと思う。

 なお、来年の正月ドラマ「八犬伝」で、仲間は伏姫、渡部はゝ大法師(ちゅだいほうし)らしい。楽しみのような怖いような。

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2005年7月27日 (水)

カッパラッパのランニングマン

 十年ほど前の話しとなるが、江古田のストアハウスという小屋でカッパラッパという劇団によるランニングマンという芝居を観たことがある。細かいことは、屋根裏から当時のチラシや当日パンフレットをとりだせばもっと正確に語れるのだがそういった面倒くさいことはしないでおく。非常につまらない芝居だったのである。開演前に上演時間は一時間四十五分を予定しておりますといいながら、二時間も演じられてしまい、すしづめに座られていたこともあって、終演を心待ちにしていた私は客席係に終演後嘘つきと言ったような気がする。なぜそんなつまらない芝居を観に行ったかというと、当時、一緒に芝居をやっていた照明屋のIさんが、パソコンが副業という特技を生かしてCG制作に協力しており、かつ私はそのころ池袋に住んでいて劇場に近かったこともあって、観劇に出向いたのであった。
 パンフレットによれば所沢を本拠地とする劇団だそうだが、趣味性の強い劇団だった。Iさんが作ったCGは見事だったが、オープニングとエンディングの全く関係ないところに使われており、題名も中味と全くあっておらず、それだけでもたいしたことのない芝居であることはわかるだろう。芝居の中味はさらにひどく、あまりきれいでなく、かつ下手な女優達が着飾った衣装を着て、自己満足にひたっているのがありありと伝わってきたし。さらには、その女優達が芝居の内容に必要のない、その場回転によって、わざとミニスカートから下着っぽい衣装を見せるのには閉口した。
 にもかかわらず、カッパラッパという劇団のランニングマンという芝居は、私の中に強い印象を残している。
 芝居の梗概を簡単に述べると、たわし男という妖怪がいて普段はサラリーマンの恰好をして会社勤めをしている(たわし男の人は上手でしたよ)。たわし男は、妖怪であるがために同僚達にいじめられている。あるとき、たわし男は、同じく会社でいじめられている雷娘(ラムちゃんみたいなのではなく、高木ブーみたいなの)と仲良くなる。二人の仲は接近するが、結局雷娘も「だってあんたはたわし男じゃない」と、たわし男を見捨てるのである。
 こうかくと、差別をテーマにした深刻な芝居のようだが、そんなことはなくて、あくまでもたわし男の同僚たちが喜々としてたわし男をいじめるのをただただ眺める芝居なのである。普通こういった芝居には、メタな視点があって、同僚達の悪逆ぶりが観客に伝わるようになっているのだが、この芝居からは全くそういったことが伝わってこなかった。梅亭金鵞『七偏人』の現代版といってわかる人にはわかりやすいだろうか。観ているうちに、この芝居は弱い者をいじめて楽しんでいるところを見せるのが主眼で、差別の問題をとりあつかう気持ちは、本当にないのではないか非常に悩ませられた。演技力がない役者がやっている。ちゃんとしたテーマがあったのかどうかもわからない。にもかかわらず、重苦しい思いをするという大変珍しい芝居だった。
 

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2005年7月26日 (火)

西方三百里より

 妻の職場の友人の父親は、ホームパーティ好きでよく妻の職場の人たちを集めて、食事をもてなしている。私も二回ほどお呼ばれしたことがある。一度目は車で迎えに来てもらって、二度目は地図でだいたいのところを確認して、駅から歩いていったのだが、珍しい地名だと思ったので、どうしてここは「○○○」というのですかと聞いた。むこうのお父さんは、困ったような呆れたようななんともいえないような顔をして、「うちは『△△△』です。『○○○』は新平民の住む土地で、新平民たちが最近つけた名前なのです」と答えた。
 「○○○」と「△△△」は、ほんとにとなり合せで、西方三百里の彼方から来た私にとって何の違いもありませんよ、と思いはしたものの言いはしなかったが、何を考えているか読まれてしまったのか、それともその質問だけで十分につまらない奴と思われたのか、それ以後お招きに預かっていない。

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2005年7月24日 (日)

埼玉の自転車乗り

 私が生まれ育った長崎県は自転車普及率が全国最下位を守り続けている。それに比べて平地の多い埼玉県は自転車天国の観がある。自動車を運転していて驚くのは、自転車が車道の中央寄りを平気でふらふら進んでいることである。道路交通法上、自転車は車道を通ることになっているのはよく知っているが、か弱い自転車のこと、ちょっと運転をしくじった自動車にひっかけられれば、はいそれまでよ、である。
 私は他人を信じていないので、自転車に乗るときは、自動車の運転ミスが起きても被害にあわないように、おっかなびっくり端っこを通る。しかし、埼玉の自転車乗りは時には道路の中央近くに進出しつつ、自動車を全く意に介さない。また、角から速度を保ったまま飛び出してくる。轢いてみるなら轢いてみろと言わんばかりの態度は、私には絶対真似できない。

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2005年7月23日 (土)

新書の質

 かつて、生徒には小説ではなくて新書を読むように勧めていた。受験に出てくる文章の難易度は新書程度だからであり、また専門家にしか理解できないのではなく啓蒙的な内容を含む新書は、受験の文書として出されやすいからである。
 ところが、最近はそうもいえなくなってきた。かつて新書といえば、岩波や中央公論社(理系ならブルーバックスもか)が定番だったが、今はほとんどの大手出版社が新書を出している。その内容も硬軟とりまぜてというより、かなり柔らかいものが多くなっているようである。執筆者も、老大家から博士論文を書き上げたばかりの気鋭の学者あるいはそのあたりの年齢で現場の第一線にいる人へと主力が移り変わり、博士論文を一般読者向けにやさしくしつつ、ふくらませたもの、あるいは実務経験をわかりやすく説明した感じのものが増えた。
 最新の学問の成果や現場の感覚が反映されている点で、よろこばしいとは思うのだが、反面底が浅いと思う本も多い。老大家が、自分の知識のうちの一部を選りどって書いた本や、その道の練達の士が書いた本には、背後の深みが感じられる。一方、博士論文を増補して書かれたとおぼしき本や最近の若手の実務者が初心者に向けて書いた本は、非常にかつかつの内容で、場合によっては論理に無理を感じるものも少なくない。
 そういうわけで、新書はピンからキリまでといった具合で、無条件に生徒に勧めることはできなくなった。しょうがないので、古い新書を読むようにと言っている。
 もう五六年程昔の話だが、新書と文庫の違いについて、文庫は本の天が揃っているのに、新書は天が切られていないという話を、岩波新書はすべて揃えているという新書蒐集家から聞いた。今は、新書でも天が揃っているものばかりである。天が揃うようになってから、新書の質が落ちたと感じる。一杯引っかけた程度のサラリーマンが通勤電車で読める内容を目指しているとしか思えないような新書を出す出版社もある。かつて名作揃いだった岩波でも中公でももはやこの出版社ならと安心して買うことは難しく、よくよく内容を吟味してから買わないとつまらない思いをすることになる。

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2005年7月22日 (金)

新潮文庫の百冊

 「新潮文庫の百冊」という企画は、1976年から始まっているそうだが、意識しだしたのは中学生に入った1985年ごろである。中学二年生のときに夏休みのうち何冊読めるか試した覚えがあるが、結構読んだと思ったにもかかわらず、過半数にも達しなかったと思う。その後別の文庫も百冊企画を始めたことや私の中で「新潮文庫の百冊」というものにひとくぎりがついたため、「新潮文庫の百冊」のことはほとんど意識しなくなっていた。
 昨年(2004年)、久方ぶりにパンフレットをとると、当たり前だが収録される本の異同が目についた。以前は、古典的な名作がほとんどであったのに対し、現在では島崎藤村や志賀直哉などが消え、かわりに今売れている本、さらにいえば、新潮文庫でしか扱っていない本の割合が増えた気がする。
 「新潮文庫の百冊」なのだから、新潮社しか契約していない作家の本を出しても文句は言われまい。とはいえ、文庫の王者は新潮文庫。岩波、角川に同じ本があろうが、読者はうちのを買うぐらい思ってどっしり構えて、名作を入れておいてほしい。

これを書いた後、検索して調べたのだが、
「新潮文庫の百冊」に関しては
http://www.geocities.jp/technopolis2719/9810sin.htm
というホームページが大変詳しかった。力作である。そのホームページによれば、「新潮文庫の百冊」は当時から流行りの作品をとりいれているようで、1985~1988年ごろは古典的名作が多かったというのは、島崎藤村・志賀直哉・大岡昇平・中島敦・堀辰雄らが2004年度にないことからくる思いこみのようだ。
 また2005年度は志賀直哉・樋口一葉・高村光太郎らが復活し、武者小路実篤・坂口安吾・与謝野晶子らと交代しているそうである。
 また、このホームページにより、キャッチコピーがあったことを思い出した。はまっていた時期でもあって、1985年度「インテリゲンちゃんの、夏やすみ。」(糸井重里だったか)、1986年度「拳骨で読め。乳房で読め。」(写真に緒方拳を使ったのがぴったり)がかなり印象深い。ここのところの「YONDA?」なんてやめて帯のキャッチコピーも復活させてくれないかな。

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2005年7月21日 (木)

マキシシングル

 マキシシングルという言葉を初めて聞いたのが、五六年ほど前だろうか。最初はなんのことだがよくわからなかった。言葉からは、近鉄バファローズのユーティリティーブレーヤー(いくつもの場所を守れる選手ということです)真喜志康永がシングルヒットを打っているという連想がちらつく。
 ええ、ただそれだけです。

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2005年7月20日 (水)

バレーボールの応援

 バレーボール中継に、応援として出演していた未成年タレントが飲酒騒動で無期謹慎となった。嘆かわしいことに、フジテレビの女性アナウンサーがわざわざ呼出しての飲酒らしい。女子バレーの視聴層として、二十代未満の女性を想定しており、選手の宝塚的な魅力と、ジャニーズタレントの人気を使って、番組を見させようという発想はよくわかる。電車の中で、サッカーのチャンピオンズリーグの話をしているのは男子大学生あたりだが、女子バレーの話をしているのは女子高生あたりだからである。
 とはいえ、バレーの応援、いいかげんに形を変えないか。今回の件で、放送局ならびにそこに応援のため出演している人々、すなわち選手とチームのスタッフを除いた面々は、実のところ選手と一緒に戦っていなかったことがはっきりした。地方を巡れば地産のものを食べたくなるだろうし、少しぐらいはアルコールで口をしめらせたい気持ちもあっても構わないだろう。しかし、翌日にまたバレーの応援という仕事があるのに前後不覚になるまで飲むとはどういうことか。一番呆れているのは選手だろう。
 観客席のよいところに陣取ってうちわを叩いているだけのタレント。そんなものを写している時間があったら、もっと選手を写せないのか。タレントも選手の荷物を持ったり、ボールボーイをしたり、選手をタオルであおいでやったりすればよい。私がタレントだったら、お飾りのようにぼうっとテレビに映っているのは耐えられないが。
 お飾りのタレントは外して選手だけを写してほしい。アナウンサーももっとバレーに詳しく興味のある人を登用してほしい。タレントが座っていた席には、もっとバレーが好きな人たちを座らせてやればいい。
 現方式が続く限り、私は決してバレー中継を観ない。

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ジーコ監督の評価

 ジーコ・ジャパンを応援している。監督としてジーコが好きになったのは、様々な困難があったアジアカップで毅然とした態度をとっていたからである。インタビューに対してジーコが答える内容は、スポーツマンシップに充ちていた。ヨルダンとのPK戦の際に、ヨルダンの選手がPKをきめたあと、日本選手を挑発するような態度をとったことについて、そのような態度を見たことがないと批難したのは恰好よかった。最近では、鈴木隆行が記者に笑われたことに腹を立て、記者会見を以後拒否したのも好ましい。かつての名選手であり、また高潔高邁な人格の持ち主であるジーコが日本代表の監督であることを誇らしく思う。
 ちょっと能力に欠点はあっても、人格的に魅力のある人物を頭目にしたがるのが、日本人の特徴である。山川草木轉荒涼、乃木大将のように実際の戦争で大損害を出すのなら能力第一主義といきたいところだが、ここはたかだがサッカーのこと(敢えて言おう)。ジーコと心中で私は悪くない。
 ジーコの選手起用の発想は、ジーコがキャプテンを務める上手い選手だったことが大きく影響していると感じる。サッカー選手の能力(才能)の優劣に対する信頼である。才能のある選手は、疲れていようが、怪我をしていようが、もともと才能で劣る選手よりいい働きをすると思っている。これは選手の発想である。ジーコ自身、疲れていようが、ちょっと怪我していようが、他の選手よりいい仕事ができると、現役時代思っていたので、そのように選手を起用するのだと思う。草サッカーのガキ大将がそのまま大きくなったように感じるのである。

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2005年7月18日 (月)

五輪サッカーの放送

 五輪のサッカー中継も日本では行われるが、シドニー大会あたりより、文藝春秋社のナンバー誌では、オリンピックのサッカーに熱を上げているのは日本ぐらいといった言説がそのつど散見する。
 私は人生の中で一番時間をかけたスポーツが剣道なので(このさい、剣道は武道でスポーツではないとかいう見方はおいておく)、テレビ中継が、全日本選手権のほかは、きまぐれで国体が映る程度のもので非常に稀であることは寂しい。もっとテレビで放送されていれば、それを見て剣道を始める機会が増えるだろう。野球はもとより、テレビ中継の多いサッカーは、非常に羨ましい。五輪のサッカーがテレビ中継されるからといって、それに水をさすのはおかしなものだと感じていた。
 が、歳月を経てようやく全体のからくりがわかってきた。
 ナンバー誌は、WOWOWやスカパー!などの衛星放送が広告を出しているのだが、WOWOWやスカパー!が売っているのは欧州選手権をはじめ、欧州各国のサッカーの試合である。要するに、五輪は程度が低いというのは、裏を返せば、WOWOWやスカパー!の売っている番組はレベルが高いので見ろということである。
 かつて総合的なスポーツ雑誌であったナンバー誌は、現在にいたって、ほぼ隔号ごとに欧州サッカーを伝える雑誌となってしまったが、それはスポンサーの意向だろう。ナンバー誌の読者のうち、私のように欧州サッカーばかりの紙面についていけなくなって定期的に読むのをやめてしまった人も少なくないだろうが、けっこうな数の人がこれから流行りは欧州サッカーと知らず知らずのうちに誘導されて、WOWOWに入ったりCSアンテナをつけたりしたのではないだろうか。WOWOWやスカパー!がどのくらい広告料を出しているか知らないが、宣伝効果はWOWOWやスカパー!の広告頁だけでなく、ナンバー誌そのものが欧州サッカーの宣伝誌とある時期からなっていたのである。
 欧州サッカーへの宣伝効果さえ保てるのなら、「電波ライター」であっても干されることはなく、どんなにサッカーの本質から遠くても、見る人のとっつきになるという点で、システム論は語られ続けられる。「電波ライター」は衛星からの電波を受信しているのである。また、欧州サッカーの視聴層は、暇かつお金に余裕がある独身男性の世代が中心となる。こういった世代が、サッカー番組をみて、新たにサッカーを始める可能性は低い。監督論やシステム論を戦わせるのが関の山である。欧州サッカーの太鼓持ちにとって、五輪のサッカー放映が今後の振興につながるかなど、どうでもいいのは当たり前の話なのである。ある読者層に目を付けて、それを全体的に誘導しようという試みとして、WOWOWやスカパー!といった衛星放送とナンバー誌の関係は興味深い

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2005年7月17日 (日)

掃除の基本

 掃除の基本ははたきがけである。二人だけの研究会を開いていたとき、五十五になるW先生は私にそう言い切った。今でも、東大寺や日光東照宮の大掃除では、はたきがけのさまが報道されるように、伝統的に日本の掃除の基本ははたきがけだといえよう。
 ところが、住宅構造の変化から一概にはたきがけが大事だとは言えなくなってきた。機密性が高い現代の住宅は、はたきをかけてもほこりがなかなか逃げていかず、舞っては落ちるだけということになりやすい。アレルギーの原因となるハウスダストとの戦いが、現代の掃除の中心である。掃除機をかけてもその排気とともに細かい粉塵が再度空中に舞うために、掃除前にハウスダストをまとめるための霧吹きが売られている。
 そのような状況なので、さあ掃除だといって勢いよくはたきをかけることももはや時代遅れであり、高いところの塵は静電気を利用したモップでそっとふきとることになっている。
 息子が去冬にハウスダストによるアレルギーで鼻水が出ると診断されて以来、高性能なダイソンの掃除機を思い切って購入し、せっせと掃除している。まめにやっていることもあって、息子の症状はよくなったが、掃除のたびに家に中にはまあなんとほこりだらけなのだと驚くのである。

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2005年7月16日 (土)

ものの値段

 本ならば必要なものは迷わず買うことが多い。さして必要でなくとも、ぼやぼやしていると店頭から無くなってしまうことも少なくないので、できるだけ買うようにしている。値段だが、五千円でも高いとはさほど思わない。本一冊を作るのにどれだけの労力と手間がかかっているかはわかるので、それに見合ったものだとわかれば一万円を超してもぽんと払う。和本なら、下手をすると一生お目にかかれない可能性も高いので、迷っていられない(が、贋札を作る人の気持ちが少しわかる)。
 だが、CDの購入となると二の足を踏むことが多い。値段は三千円程度でもためつすがめつ眺めた上で結局買わないことが多い。買ったCDをくりかえし聴く回数は、買った本をくりかえし読む回数に比べると格段に多いので、CDの方が役に立っているのかもしれないが、それでもCDは私にとって高い買物である。

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2005年7月15日 (金)

映画評:『機動戦士Zガンダム -星を継ぐ者-』

  「Yさん(私のイニシャルです)ってZガンダムに出てくるジェリド・メサにキャラが似てますよね」と心外なことをガンダマーの後輩諸子に言われたことがあって、ようしそれなら映画観に行ってやろうじゃないのということで、後輩たちと映画『機動戦士Zガンダム -星を継ぐ者-』を観に行ったのである。
 Zガンダムが放映されていたのは、私が小学六年生の時で記憶がかなり曖昧なので、予習を兼ねて別冊宝島『僕たちの好きなZガンダム』を見て、一応の流れを確認しておくことにした。初代ガンダムにはやや思い入れがあり、その内容も鮮明に記憶にしているにもかかわらず、Zガンダムの場合、各話の内容がほとんど思い出せず、『僕たちの好きなZガンダム』を読んでも、そんな場面見たっけという程度なのである。実を言えば、Zガンダムは内容が陰惨かつ複雑に入り組んでおり、主人公は支離滅裂な性格をしていたため感情移入もできず、当時からあんまり面白いとは思っておらず、無理して見ようとも思っていなかったため見すごした回も多く(そのころビデオの普及率はかなり低かった)、それが輪をかけて内容をわからなくしていたのである。おそらくクラスの中で、ティターンズとエゥーゴがなぜ戦っているのか理解できていたのは、アニメ雑誌を購入していたT君一人だったろう。
 さて、映画の感想になるが、テレビ版のフィルムと新たに描き足したフィルムをつなぎあわせているのが著しく興を削ぐ。もっと気合いを見せて、今の作画技術で全編描き直すべきだ。四百十八席もある大劇場で見たので、テレビ版のフィルムは見るにたえない。パンフによれば、新しく書き直したところは劣化処理をほどこしてテレビ版と違和感がないようにしたそうだが、そんなことよりもっとすべきことがあるだろう。今の作画技術なら、昔は滑稽としか思えなかった円盤型可変MSアッシマーが非常に恰好よく描けるほどであり、全編それでやってくれよと大変惜しまれる。
 よい点は内容が整理されて筋がわかりやすくなったことである。テレビ放映時は、イデオロギー闘争であるにもかかららず、各陣営の主張がちゃんちゃらおかしくひたすら変だと思っていたが(なんで地球に住んではいけないのかわけがわかりません)、映画版では地球人対スペースノイドの人種間抗争として整理された(と感じた)ので、パレスチナ問題のようなものかとそれなりに腑に落ちた。
 主人公カミーユが名前にケチを付けられたからといっていきなり人を殴る場面は省かれて、その他カミーユの奇矯さが控えめに描かれるにとどまったのはよいことである。
 後輩によれば、台詞が変わったり、声優が昔と交替した役があったそうだが、私には全くわからなかった。
 主題歌は観る前までは昔のままでやってほしいと思っていたのだが、Gacktの曲はオープニングもエンディングもアニメに合って非常によく、申し分なかった。もっと聴かせてほしいと思ったほどである。
 観て損をしたとは言わないが、今更昔のフィルムの使い回しとあっては、「今のSEEDファンやスーパーロボット大戦などから入ってきたファンはZガンダムの内容などわからないので、ここらで要約版を作って、そいつらに見せて、また模型売ったれ」ということなんだろうと揶揄されても文句は言えまい。
 次作よりフォウが登場するが、服装はいかにも時代遅れとなってしまった(未来の話なんですがね)こともあるので、なんとか手をうってほしい。なにせフォウあってのZガンダムだから(ベルトーチカはどうでもいいです)。

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2005年7月14日 (木)

桂文楽のようがすよ

 今の(会長への道の)鈴々舎馬風が高座で話したことである。立川談志が参議院選に立候補して、選挙カーに乗って遊説していたとき、上野の黒門町を通りかかった。黒門町の師匠として知られる先代の桂文楽は窓をあけて、「ようがすよっ」と言った。
 これを聴いたとき、あたかも文楽が談志を応援しているかのように感じたものだった。だが、あるとき、門付けに対して「ようがすよっ(けっこうです!ということなのでしょう)」と言って追い払うことがあることを知った。そうなると、解釈は全く逆が正しいことになる。高座で聴いた馬風の話は、談志を馬鹿にするようなものばかりだったので(立川流が落語協会に戻りたくても戻らせないとか、談志が林家三平に応援を頼んだら三平は自分の名前を言って回ったとか)、桂文楽が談志を門付け並に扱ったといいたかったのだろう。
 その後、ある雑誌がこの逸話が採録していたが、その他の逸話と並べてみると、文楽が談志を応援していると採録者は思ったのではないかと感じた。馬風が言うのならわかるが、談志に他意はないであろう雑誌に収められるにはちとおかしい。

補記その1、桂文楽の弟子であった柳家小満んの随筆『べけんや』は、「今は立派なビルになっている和菓子の『うさぎや』さんの真裏の路地を入ったところ」に文楽の家はあったと伝える。文楽の家が表に面していないのなら、上記の話は作り話ということになる。

補記その2、『談志絶倒昭和落語家伝』(大和書房、2007.09.30)の「桂文楽」の項に、

 結果落選したが、衆議院議員に立候補したとき、選挙区に住んでいた文楽師匠の黒門町の家の前を通り、露地からメガホンだかマイクだかで、「師匠、談志です。一票をお願いします」二階の窓がガラッと開いて、「よォーがすよ」何ともたまらない調子であった。(58頁)

とあったので、実話であり、また「ようがすよ」は肯定的な意味だったことが確認できた。(2007.10.27)

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2005年7月13日 (水)

『津軽』は小説か?

 太宰治の『津軽』が高校一年生の国語教科書で小説として扱われていることが気になったので、太宰治研究の大家であるA先生にお聞きしたことがある。『津軽』は小説とされているが、はじめて読んだ人はそれを小説と思うだろうか、何も気にしない場合はノンフィクションの紀行文として読んでしまうのではないだろうかと思ったからである。
 A先生の意見を簡単に要約すると(時間がかなり空いたのでうろ覚えですが)、次のようになる。『津軽』と並んで発表された他の作家の紀行文と比べて『津軽』の内容は独特であり、虚構性が強く構成にも工夫が見られ、小説といってさしつかえない。ただし、自分としては教科書に『津軽』を採録するのには反対である。
 学者でありかつ評論家として高名なN先生が江戸時代の学者鈴木桃野の随筆に、近代小説と同様の小説性を見出せるとした講演会に列席したことがあるのだが、そのとき『津軽』のことが思い出されたのである。近世随筆からでも紀行文とおぼしきものからでも、「小説」を感じられるとすれば、その人は-詩を感じられる人間を詩人というなら-「小説人」だろう。おのれがそういった小説を感じる心があるかというと、非常に心許ない。A先生にはついぞ話し損ねたが、実は『津軽』は授業で扱わなかったのである。

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2005年7月12日 (火)

クーラーのない生活

 以前、「古書蒐集と六十干支」で紹介した古書蒐集家Fさんは東北出身でありながら、クーラーがないまま生活を上京以来続けている。それを話すときのFさんからは、クーラーに使うお金があれば本代に回すという決意がひしひしと伝わってきた。Fさんはぎちぎちに本に囲まれて暮らしているのだろうか。Fさんが見せてくれる本は、Fさんが吸うたばこの匂いが常にする。
 私もできるだけクーラーを使わないようにしているのだが、コンクリートの陋屋では蒸し焼きになりかねないので、いたしかたなくつけている。だが、家にある電気の容量の問題で使うのをためらうときも多い。ブレーカーが落ちた後、パソコンがなかなか復旧せずにかなり青ざめたことがあるからである。幸い内部放電というやりかたで、再び動くようになったが、最近そのときほど心労を感じたことはない。

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2005年7月11日 (月)

既婚女性の呼び方

 昔からの女友達も既婚者が増えたのだが、困るのは呼び方である。旧姓で呼び続けるのは自然で楽とはいえ、結婚という事実をないがしろにするようで、無礼のような気もする。新姓で呼ぶと、なんだか別人のようでしっくりこない。名は変わらないので名にさんづけという手もあるが、姓で呼んでいた相手をいまさら名で呼ぶのは、相手にとっても私にとってもこそばゆい。

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2005年7月10日 (日)

名前を覚えない教師

 私はどちらかといえば生徒の名前を積極的に覚える教師だった。だが、世の中には生徒・学生の名前をほとんど全くといってよいほど覚えない教師もいる。もとより記憶力が悪いわけではあるまい。専門の分野の些末な知識までこと細かに覚えられる人間が、しょっちゅう顔を合わせている相手の名前を覚えられないわけはないだろう。
 私は、先に述べた通り、よく覚える方なので、天然で覚え(られ)ない人の心理や頭脳の働きは予想もできない。ただ、かなり肝が太いと思う。
 名前を知ることが相手を支配することになる、というのは民話の世界だが、顔はわかるが名前は出てこない相手というのは、対処に困る。

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2005年7月 9日 (土)

文庫本の値段

 文庫本の値段も、二十年程前はおおよそ五百円内に収まっていたのが、最近は結構な値段がするようになっている。中公文庫の柳宗悦『蒐集物語』が復刊されていて、前々から読みたい本だったので、喜んでレジに持っていったが、税込み千五百円と言われて仰天した。ちくま文庫をはじめ、そのくらいの値段がする文庫本は昨今では珍しくないが、『蒐集物語』は二百六十四頁とそれほどの厚さがないので油断していたのと、近所の古本屋に千円で売っているのを知っていたからである。
 やっぱりやめますと言おうかと思ったが、こういった本を復刊しようという中公文庫の心意気に感じて買うことにした。
 中学生の頃、歩きながら本を読むほど、本好きだった同級生のSは、毎食昼飯を抜かして、星新一などの文庫本を一日一冊ずつ買っていた。私も毎食抜かすわけではないが、昼飯を安いので済まして、本代にまわしていた。インフレ率もあり、出版不況もあり、本の値段があがるのはやむを得ないのかも知れないが、文庫本は安くあってほしい。ちなみに最初の中公文庫版『蒐集物語』が1989年に刊行されたときの値段は、税抜き四百八十四円である。

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2005年7月 8日 (金)

旭屋の浮浪者

 赤ん坊の衣類・タオルと、私の服を構わず一緒に洗うものだから、どの服も乳臭くなっている。私自身の汗くささが加わると、もう何が何やらで、他人にはかなり耐え難いのではないかと思う。
 冬の頃だが、池袋東武の旭屋で浮浪者が立ち読みしていることがあった。ちくま文庫の前あたりでねばっているので、元はそれなりにインテリだったのかもしれないが、匂いが気になるので、そのあたりの本が読めずじまいだった。ひと月ぐらいは見かけていたのだが、客が文句を言ったか、店もまずいと思ったか、いなくなってしまった。
 正直いなくなってほっとしたのだが、自分が将来浮浪者になったとしても、本屋には居場所はないのだと思うとやや寂しい。

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2005年7月 7日 (木)

懲罰的賠償と飲酒運転

 日本でも、喫煙の害をたばこ会社の責任として賠償を求める訴訟があったが、本人がやめられないわけではなかったはずと、あえなく棄却されてしまった。懲罰的賠償はアメリカでは盛んで、たばこ会社が多額の賠償金を払わされる場合があるが、日本ではそういったたばこ訴訟は、原告ががめついだけだと思われて共感を呼ばないようだ。
 もし、日本でアメリカと同様に懲罰的賠償を命じる判決を司法が行うようになったとすれば、それはたばこ会社ではなく、酒販売会社を対象とするのが、戦果があがりやすいと思う。
 曰く、飲酒運転は、運転をする可能性がある人に平気で酒を供出する各飲食店の責任であるが、各飲食店が飲酒運転に対する対策を全くとらないことを知っていながら、酒を卸している酒販売会社は責任をとるべきである。
 飲酒運転の賠償は、運転手に求めるのが妥当とはいえ、運転手が払えるとは限らない。だとすれば、飲食店からとるのがひとつのやり方だが、これから絞りとるのも楽ではあるまい。だとすれば、酒さえなかりせば、ということで酒販売会社を叩けばよい。
 飲酒運転の被害は、自分が吸ったたばこで病気になるのより、万倍も世間の同情を引くはずである。

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2005年7月 6日 (水)

名前のつけ方

 人間の名前は簡単であるのがよいと思う。私自身、JISコード外の字を含む苗字に、どうやっても読めっこない名前なので、ことあるごとに「この漢字でこう読みます」と説明しなければならず、簡単な名前の人が大変羨ましい。電通式に経済効果を考えると、八十年生きるとして百万円分ほど損をするような気がする。
 名前のつけ方だが、漢字はかなり制限されているにもかかわらず読みはそうとう自由である。役所からもらった名前の付け方に関する注意書きには「長男」と名付けて、読みを「じなん」にするのはやめてください、と書いてある程度である。要するにほとんど何でもありなのである。
 そういったこともあって、息子と娘には読みに紛れがない名前をつけた。ただ、画数が多くなってしまったのでそれは恨まれるかもしれない。

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2005年7月 5日 (火)

大学生協書籍部

 どこの大学でも生協書籍部というのはバランスがとれていてよい。どこの大学に行っても書籍部は見るようにしているが、東大駒場が特によかった覚えがある。教養学部があるためだろう。昔よく利用していて、最近また覗いてみた立教大学もなかなかであった。広さの割には、あらゆる分野に渡って定番があり、めぼしい新刊がありと、神経が行き届いていた。ただ配本されてくるものを並べている本屋ばかりでなく、小作りでも読書人に教養を与えるような本屋がもっと増えてくれないものか。

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2005年7月 4日 (月)

粗忽長屋

 二十三四の頃、池袋に住んでいたこともあって、池袋演芸場によく出かけた。一年間で二十回以上は出かけているはずである。昼間の寄席は閑散としていて、時間帯によってはつばなれしない(十人を超えない)こともままあった。落語に出かける理由の一つに、落語を聴くと心地よく寝られることがあった。当時、不眠にやや悩まされていたが、落語を聴くと不思議に楽々寝ることができたのである。
 三遊亭円生や桂米朝といった名人になればなるほど、そのCDはよく眠れるという話があり、今でこそ円生百席といったCDを聴きながら眠ることはあるにせよ、当時は生を聴きに行くことしか考えがなかった。
 教壇から寝ている生徒というのはよく見えるものだが、高座は文字通り高いところにある。落語は怪談話を除いて客席が暗くなることはなく、池袋演芸場は客席数が九十二と非常にこじんまりとした寄席だったので、噺家も私が寝ているのははっきりと見えたことだろう。今と違って、いびきをかいていなかったとは思うのだが、それでもさぞかし目障りであっただろう。
 気持ちよく寝ているときに、「やい、てめぇ、起きろ!」と高座から怒鳴られたことがある。起きた瞬間に噺家と目が合い、反射的に頭を下げたが、噺家は平然と続きを演じた。すぐに私も状況を理解したが、「粗忽長屋」の、八っつあんが戸ぶくろを叩いて熊公を起こそうとする場面だったのである。そのときの噺家はだれだったか忘れてしまった。
 一年間で寄席でかかっているネタの順位を調べ上げた長井好弘「落語三万二千席 -二〇〇二年・寄席ネタ帖全調査-」(落語の世界1『落語の愉しみ』岩波書店)によれば、「粗忽長屋」は百八十九回で、第三十五位である。だが、同位の「長屋の花見」はもとより、六位四百十一回の「初天神」よりも「粗忽長屋」をよく聴いている気がする。まさか、不埒な客を起こすために「粗忽長屋」がよくかかっていたとは思いたくないが。

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2005年7月 3日 (日)

万年筆のキャップ

 ここ何年間、万年筆をよく使っている。誕生日ごとにペン先の太さが違うものを揃えていったら、それなりの数が揃ってきた。未だに手書きで手紙を書く必要が結構あるが、万年筆の方がボールペンよりも上手に書ける。手紙以外にもノート取りやメモ書きにも積極的に使っている。メモ書きには極細字の万年筆を使う。ボールペンだと走り書きした内容が自分が読み返しても判読できない場合が多いのに対し、万年筆だと細かい字が書けるので読み返せるのである。
 万年筆の紹介記事のようなものを見ていると、キャップをつけた際のバランスが良いという売り文句があった。私が万年筆を使う場合、キャップは本体には決してつけない。重いからである。長時間書くこともあるし、ペンはある程度軽い方が使いやすい。キーボードで執筆する現代の作家と違って、万年筆で書く昔の作家は、きっとキャップを外していたに違いないと思うのだが、うまくそういった作家の写真にはめぐりあっていない。
 ネジ式のキャップは私にとって使いづらい。何か書こうとした際にキャップをゆるめている時間がもったいないのである。三十を越えていろいろと物忘れが激しくなってきた。些細なことでも即座にメモしておかなければ、二度と思い出せない可能性がある。そういうわけで家の中には、メモ用手帳やメモ用紙がそこかしこに置いてある。
 なお、愛用の万年筆はLAMYのサファリのスケルトン。外に持ち歩くには最適である。私の持っているペンは、ペン先はEFだが、やや太めのFぐらいにインクが出るのだが、滑りがよくて書きやすい。

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2005年7月 2日 (土)

映画評:『電車男』

 電車男は、本などになる前に、友人Aのホームページで存在を知った。ネットで生まれた感動話など眉唾だと普段なら思うところだが、Aが紹介するものは芝居でも映画でも音楽でも本でも見所のあるものばかりなので、当時長かった通勤時間を利用し、ブラウジングできるPHSを使ってログをまとめたページをためしに覗いてみた。最初は、軽い気持ちで読んでいたのだが、ひきこまれてしまって、帰宅途中にこいつはいかんと、乗り換え駅構内の喫茶店に入って腰を据えて最後まで読んだ。壁に向って携帯電話を覗いている中年男が涙していることに気づいた人はさぞかし気持ち悪かっただろう。
 映画になったので、内容を知りたがっていた妻と一緒に観に行った。二時間でまとまるのかやら、AAなどをどうやって映画に取り込むのかといろいろ心配していたが、うまくまとまっていて監督の力量がうかがえた。
 電車男の山田孝之をはじめ、すべての役者が好演していたのだが、やはり圧巻はエルメス役の中谷美紀だろう。サイトの中で「似ている芸能人」とされているからといった安直な理由で選ばれたのなら、大外しするのではないかとかなり心配していた。中谷美紀は演技が神経質すぎて好みの役者ではなかったのだが(歌手としてはけっこう好きですよ)、中谷美紀が得意とする映像向けの非常に細かい演技が見事に嵌っていた。映画として台詞を聴かせる場面が多かったのだが、中谷美紀は声がたいへん良くて心地よかった(しかし、映画を観ているときには歌手もしていたことを忘れていた)。映画版のエルメスをみてしまうと中谷美紀以外にありえないだろうと思えてしまう。ここまで中谷美紀がうまく演じてしまうと、連ドラでエルメスを演じる伊東美咲はかなりやりにくいはずだ。
 メグ・ライアンの出てくるようなハリウッド恋愛映画は、1「男女が出会うが気が合わない」、2「ふとしたきっかけでお互いのよさがわかって接近していく」、3「ふたりが結ばれる直前に、困難がきっかけで仲違いが起こる」、4「二人の恋もかくやというところまでいくが、困難を乗り越えふたりはむすばれる」といった展開が定跡である。
 電車男の場合、結ばれそうな二人の間にある障害は、電車男の自意識だけである。エルメスに対する電車男の引け目が障害になるわけだが、自意識とは馬鹿にできないもので、人間は自意識のために生き死にする存在であるにもかかわらず、ある人物の自意識とは他人にとって必ずしも理解しやすいものではないのである。電車男は終始おのれの自意識と戦い続けているわけだが、その引け目がどのくらい理解されるのか、映画にすると難しいのではないかと思っていた。映画で初めて電車男を知った妻は、涙していたので、うまくいったのだろう(どんなつまらないドラマでも泣くのですが)。
 それにしても、秋葉原のツクモ電機の裏通りで二人が結ばれる恋愛映画なんて、空前絶後に違いない。

追記 その後、テレビガイド雑誌により、テレビ版『電車男』はエルメス視点で描かれ、電車男のライバル?になりそうな二枚目男性を出すなど、けっこう手を加えることがわかった。伊東美咲演じるエルメスの性格付けは「天然」だそうで、この属性を強調するならやりやすいかもしれない。

追記2 米国から自動的にスパムコメントがつけられるので、この記事へのコメントは受け付けない設定にします。 2005年8月16日

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2005年7月 1日 (金)

子役上がりは大成しにくい?

  現代演劇の世界では、子役上がりは大人になって大成しにくいというのは有力な説である。高校演劇を経ているというのも、もはや色がついていて、器用だけど人を感動させるにはなにかひと味足りないと感じることが私の見た限りでは多い。
 こういった現象は全く不思議で、もしスポーツや音楽の世界で、子どもの頃からやっているやつは大人になってうまくならないとか言ったら、愚弄されるのがオチだろう。
 技術を早く習得するには、年齢が早い内からはじめるに越したことがないのだが、現代の演劇では、そういった技術とは無縁の要素が決定的な要因となっているということだろう。だとすれば、現代演劇には、まだ見出すべき技術がたくさんあるということではないだろうか。
 

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