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2005年6月20日 (月)

苦手な数学

 私は数学が全く駄目だったので、空白だらけのテストの答案に「○○大学はおろか、××大学にも入れないぞ」と大書されて返されたことがある。志望の○○大学に合格した後、例の答案をくしゃくしゃに丸めて机の裏に放り込んでいたことを思い出し、しわを伸ばした上、お礼参りにうかがった。数学のK先生は、数学の出来ない私を日頃から疎んでいたが、会うやいなや両手で私の手を握りしめておめでとうと言った。機先を制されたこともあって、答案はとうとう出さずじまいだった。
 数学が嫌いだったのではない。「大学への数学」は毎号購入し、Z会も入っていた。だが、勉強の仕方に習熟した現在からみると、土台がないところに華麗な楼閣を築こうとしていたようで、やりかたの根本が間違っていたように感じる。
 和田秀樹や野口悠紀雄は、数学は暗記であることを主張している。もっと、基礎的な解法を暗記するまでくりかえさなければならなかったと思う。
 その一方で、森毅・藤原正彦・芳沢光雄といった数学者の書いたものを見ると、公式や決まり切った解法の暗記は全く勧められていない。考える力こそ数学の基本だというのが、数学者の主張である。
 数学の苦手な私にどちらが正解かを選ぶことは、そもそも無理だが、数学の問題は詰め将棋のようなものかと思っている。将棋では、読む力をつけるために詰め将棋を解くことが必要である。この際、必要なのはわからないからといってすぐ解き方をみるのではなく、何時間でも考え抜くことである。詰め将棋を数多くこなすことで、感覚的に詰むか詰まざるかを瞬時に読めるようになり、また寄せの手筋を覚えることができるのだが、最初から詰め将棋の答えを丸暗記しても、将棋は強くならないのである。また、詰め将棋は一回解いただけでは駄目で、何度も解いてみるということが大事なのである。
 ちなみに、詰め将棋はむかしは大嫌いだったが、二十五六になって将棋の勉強をしたときには解くように努めた。詰め将棋も数学も苦手だったのだが、私の思考力の弱さを反映していると思う。

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