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2005年6月17日 (金)

運転下手

 私は運転が下手である。大幅に時間を超過しながら教習期限の三日前に免許を取ったぐらいなのでほどが知れよう。今もほとんど上達せず、四ヶ月に一度は、かなり危ない目に遭う。もちろん私が悪いのである。一度、危険な目に遭うと次から注意するようになり、それは持続しているのだが、それでも四ヶ月に一度はすんでのところで事故を起こしそうになるということは、根本的に私が鈍いのだろう。
 相手がうまい具合に気づいて大事には至らないのだが、車に乗っている相手は、激怒している。以前、坂東もんは気が荒いと書いたが、こればかりは私が悪い。良妻賢母、いつくしみ深き慈母として家庭や近所で通っているであろう奥さんが口汚く私をののしっていることがガラス越しに見て取れる。音は聞えないものの「バーカ」と怒鳴っているのは明白であり、バの音で広がった口が、カの音でさらに広がった瞬間の顔は私の目に焼き付いてその後何ヶ月もなかなか離れない。おそらく、ニコニコと暮らしていた一般人が、一瞬のうちに眉をつり上げて、私に危害を加えんばかりの表情になっているのを見ると、楳図かずおの漫画の登場人物を見るようである。
 車に乗ると人格が豹変してしまうという話は、大学一二年の頃、私よりずっと先に免許を取った人たちがよく話していたのだが、私はとてもじゃないが豹変などできない。少しでも冷静さを欠くと大事故を起こしそうである。先日、たまたま危険な目に私が会わされたのだが、その時自分は勘弁してくれよと、口をとんがらせていることに気がついた。そういうわけで、私に向って「バーカ」の顔を見ると、「そんなん怒らんでええやん」とつぶやくのだが、少し間違えれば大惨事となることを考えると、やっぱり私が悪いのである。
 畑村洋太郎『失敗学のすすめ』(講談社文庫、2005年4月)は、労働災害に関する発生確率を示すハインリッヒの法則なるものを紹介している。一件の重大災害の陰には、二十九件のかすり傷程度の低災害があり、その陰には三百件の怪我はないがひやりとした体験があるそうだ。四ヶ月に一度、ひやりがあるとすると、百年運転した場合に、一件の重大事故と二十九件の程度の低い事故に遭うはずで、まあ一安心。というのは、やはり無理があって、年をとって反応が鈍くなり注意力が散漫になると、かなり高い確率で事故を起こすはずなので、先ほどの計算は無理がある。
 とにかく私は運転が非常に下手なので、このブログの更新が絶えたら、交通事故にでもあったと思ってください。

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