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2005年5月31日 (火)

カタカナ語の厄介さ

 カタカナ語の話を続ける。英語を由来とするカタカナ語なら、拙いながらも英語教育を受けてきたので理解できるものが多いし、少なくとも英和辞書ぐらい家にある。ところが、英語以外の言葉をもととするカタカナ語が平然と使われているとやっかいである。メゾンやドミールは、住居にまつわることはなんとなくわかるが、フランス語がもとなのだろうか。その心得がない私にはいったい何のことだかわからない。かつて、田舎道を車で走っていたところ、「エスポワール」と命名された老人ホームを発見して、同乗していた母にその意味を問われたが、全く見当がつかなかった。
 マンションの意味が日本とアメリカで異なることは、おぼろげながら知っていたが、「カタカナ語のゴタク」というブログで詳しく教えてもらった(トラックバックというのをすべきなのかもしれないが仕組みがまだよくわかっていない)。
 よくはわからないが、メゾンやドミールもフランス人が見ると腰を抜かす類の命名なのかもしれない。中島みゆきの「シーサイドコーポラス」には「シーサイドコーポラスなんて名前をつけたなら、本当のコーポラスが裸足で逃げそうな~~」という歌詞があるが、日本人はそういった命名が好きなのだろう。ちなみに、今回調べなおしたら「コーポラス」も”corporate house”をつづめた和製英語らしい。
 カタカナ語の厄介さは、その長さもある。私が現在賃借している今様長屋は、長音と拗音を含めたカタカナと漢字を合わせて十六字になる。十六字だと例えば出鱈目に作ってみて「メゾン田舎ビューティフルプレース」(いちおう、今住んでいるマンション名に似せています)ぐらいになるのだが、その異常ぶりが理解できようか。もともと分譲マンションなので、販売促進のため小洒落た名前で売出したのでだろうが、住む方としては大迷惑である。付けた人間の常識をとても疑う。昔住んでいた「○○荘」式の命名が懐かしい(荘もおおげさな命名で、今では荘といっても高級感はあまりないか)。
 最近、続々と立ちつつあるマンションのチラシをみると、そのマンション名を改めない限り絶対に住まんぞ、と言いたくなるような長くてわかりにくいものばかりである。よくわからない長ったらしいカタカナ語でマンション名をつけるのが当たり前という風潮は改まって欲しいものである。

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