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2005年4月29日 (金)

食べ物屋で

 食べ物屋で知り合いにあっても、話しかけないのが江戸っ子であるとは、志ん生の『なめくじ艦隊』に書いてあったと思う。御徒町で商売を営んでいた江戸っ子のおじさんにうかがったところ、そうだと深くうなづいたが、おじさんは脳梗塞の療養中だったので理由までは尋ねられなかった。が、ある日それに気づく機会があった。神田のまつやでそばをたぐりに入ったところ、高校時代の同級生のN君がいた。もう五年ぶりだったので、軽く挨拶したあと、私はゴマだれそばを頼み、先にN君は勘定を済ませて店を出て行った。そばが三分の一程になり、そば湯のことに頭がまわり始めた頃、まつやの出口ががらっと開いて、近くに坐っていた私にむかって、N君が「おい、まだかい」と声をかけた。私はあわててそばを食べ終えて、N君の知っているベルギービールの店にむかった。N君は、浅草に住み、自転車で東京を散策していたので、私よりもずっと東京に詳しく、意気に暮らしていた。司法試験を受けていた彼が、その後どうなったか、私が高校時代の同級生達とは不義理をしていることもあってか、耳に入ってこない。それを考えると、あの晩N君と飲めたことはとても有意義であった。また、あの晩のおかげで、なぜ食べ物屋で知り合いにあっても、江戸っ子は話しかけないのか理解できたと思う。
 そういうわけで、食べ物屋で知り合いにあっても、私は決して挨拶しない。が、それが全ての人にとって共通の習慣であるか、また理解されるものであるかについて、私は小心ゆえ、やや不安に思ってはいる。

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