2008年9月12日 (金)

Dahon Metro購入記

<もともとたった一人しか「友だち」のいないSNSの日記用に書いていたのですが、長くなったのと、購入の参考にする人がいるのではないかと思って、ブログに載せることにしました。文体がふらふらしているのはそのせいです>

先日、量販店やホームセンターではなくて、きちんとしたサイクルショップへ。

折りたたみの自転車を探していることを告げるとDAHONの自転車を勧められる。
まあ、このあたりは予想済みというか、外から見えるように飾ってあるし、DAHONの取扱店の一つに上げられていたので、そうなるだろうと。

Mu P8ぐらい買おう、もっと高いの勧められたら考えちゃうぞ(場合によっては買う)と気合いを入れてお金をおろしてきたのだが、店主が勧めるのは一番下のランクのMetro。まあそうだろう。自転車ほぼ素人の中年男が幼稚園年中組の息子(16インチタイヤ)とサイクリングにたまの週末に行くだけなら、いい自転車はいらない。埼玉に点在するサイクリングコースを走る予定だし、そもそもスピードを出す必要がない。

Mu P8とMetroの違いは、

Mu P8がハンドル回しの八段変速に対し、Metroは六段でレバーとボタン。

Mu P8のほうがチェーンリング(こぐとこの輪っか)が大きめ。

Mu P8が厚みのあるグリップに対し、Metroは普通のグリップ(ただし、Metroも同じようなグリップに取り替え可能だと言われた)。

Mu P8にはMetroにある泥よけがない(追加は可能らしい)。

Mu P8だけの特徴といえば、たたんだときに最後に磁石でくっつく。サドルがちょっと高級そう。ハンドル角度が簡単にいじれる。胴体折りたたみ部分のヒンジにカバーがついている。ボトルケースがつけやすくなっている。前輪がクイックリリース。シートポストが空気入れになっている。

定価(税抜き)はMetroが三万二千五百円。Mu P8が八万五千円。五万二千五百円の差でそうなる。

Mu P8は、マウンテンバイクかロードバイクをすでに持っていて、自転車について素人ではない人向けという感じ。クイックリリース、シートポンプがあるということは、少なくともパンクぐらい自分でほいほい直せますよという人向けの仕様。
これから勉強するし、長持ちするように上級版を買えばいいかなというのは、私が若かったころの発想。とりあえずの用途にかなうもののうち、いちばんリーズナブルなものを選ぶというのが家庭人の選択。

カメラとかパソコンとかもそうだが、素人客にハイスペックなものを売りつけようとしないお店は信用がいく。
素直にMetroにしておく。
店主は、そういった使い方だと家族全員が(折りたたみ)自転車を持つことになるというし、そこまで自転車の趣味が続くなら私が上等なのに乗り換えて、Metroを妻に譲ればいいかと。

迷ったのは色。他の車種はほぼ選べない(MuP8の現品は白かぎりだった)が最下位のMetroは(最大七色)選べる。暗い系をまず選択から外し(なお、黒はホコリが目立つらしい)、赤はあまりにありきたりだからやめ、意外と見栄えのするクラウドホワイトと、店主おすすめのマンゴーオレンジで迷う(店主は白の方が、靴底のゴム跡がつきやすいといったけど、それは変わらんのではないか。ついたときに目立つかどうかの差だろうし、白とオレンジならどっちも目立つだろう)。なお、ポリッシュは在庫がなかった。

マンゴーオレンジはけっこういい色。キラキラ光っているので濃いめのゴールドといってもいいかも。ちょっと派手で恥ずかしいかもと思ったのだが、オレンジのほうが事故に遭いにくいかもしれないと思ってそれにする。
本当に遭いにくいかは知らない。祈ろう。まあ、物事を決めるには理由付が必要ということで。
値引きがあって、税込みで三万二千円弱ほど。

必需品だけど高かったのが、付属品。ライトに三千六百円。鍵二つに三千円弱。ヘルメットに一万円超。全部、店主お薦めの品にした。

そんなにスピードが出る車種でもないし、サイクリングロードでの使用を想定しているので、ヘルメットがなくてもよかったのだが、息子に示しがつかないし、将来的に普通の車道も走りたいし、そもそも私は埼玉の自動車運転手というのをまったく信用していない(見た感じ一時停止を守る確率が三割ほどだし)ので、買った(なくてもよくないじゃん)。

とりあえず、自転車で駐車場(近所のスーパー)まで戻って、ヘルメット類をおいて、周辺をサイクリング。

やっぱり自転車っていいね。昔から好きだよ。車の百倍好きだ。自由に止まれるのがいい。自分で動かしているなってのもいい。加速していく感じがたまらない。知人のスポーツカーに同乗させて貰ったときに車でも加速感のよさがあると知ったけど、スポーツカーなどに乗らなくてもいいのがいい。
天気もいいので小一時間ほどそとを流す。

操縦性は軽快。見た目はやや不安定だけどふらついたりしない。以前持っていた、16インチで壱万円しない折りたたみ自転車は乗りにくかった。
最高速度はいまちょっと早く走っているなあという程度。三変速ママチャリの一番重いギアでめいっぱいこぐほうが早いだろう(もちろん同じ人間がこぐとして)。
タイヤ径がちいさいせいか段差はけっこうくる。
レバーを引くと、ギアが軽くなり、ボタンを押すと重くなるというのが、直感(というかギアつきママチャリでの経験)と逆で、ちょっととまどう。ギア表示番号が大きい方が重いギアで、小さいほうが軽いギアというのも、なんか逆のような気がするけどなあ。

たたむのは簡単。ハンドルを下に倒すのに力がいるが(店主は楽々動かしていたのでコツがあるのだろう)、ネットで調べたところどうやら個体差があるらしい。私のは固いのだということ。

スタンドが車体中央左にあって使いやすい。後輪片側式に比べて安定が違う。ただ、たたむときにあげるのを忘れがち(慣れていないから)

ステーションワゴンに平積みするとけっこう面積をとる。息子の自転車と乗せる時は一工夫がいりそう。DAHONだけで積むなら、たたんで立てておけば横並びで三つはいけそう。

夜になって、たたみ方のマニュアルをあらためて見ていると、ペダルがたためないことに気づく。たためるペダルが標準装備なはずなのに、まさか安いの取り付けられたの?、あの誠実そうな店主がねえ、電話した方がいいのかなと思いつつ、ネットで調べていると、最近のDAHONはたためないのになったらしい。

理由ははっきりしないが、どうやら消費者センターで、折りたたみ自転車のペダルの脆弱性が問題になったためのようだ。そういやMetroには前面ハンドルに反射板がついていたが、これも本来はないはずで、折りたたみ式自転車の反射板の少なさへの業界の対策らしい。

輪行とかするならたためないペダルはおもいっきり邪魔だけど、車積みならまだ問題なさそう。折りたたみ式は力の伝わり具合や耐久性がともに頼りないようなので、しっかりしたペダルをつけてもらって、結果的によかったはず(これって酸っぱいブドウ?)。
輪行のときにはペダルレンチを買って持って行くか、そのとき折りたたみ式ペダルに変えるかすればいいと思うことにした。

自転車に詳しい人からすれば、Metroなんて安物買いの銭失いと思うのかもしれないけれど、とりあえずは満足。家の中に保管しているので、長く使えそうだし、愛用することにします。

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2008年7月12日 (土)

キャパシティの問題

 学生時代に、Hというコント劇団とつきあいがあった。
 H劇団は若い女性に人気があって、けっこうな動員力があった。一回の公演で、千人は行かなかったと思うが、六、七百人ぐらいは集めたのではないだろうか。
 しかし、H劇団はほぼ100~120人の劇場しかつかわず、観客はつねにぎゅうぎゅう詰めで見ていた。
 不自然な体勢でみるのは、つらく、観客にとってありがたいことではない。
 だが、H劇団がこの混み混みの状態をわざと作っていたのは間違いない。

 鴻上尚史は、地方のホールが一千、二千人収容の大ホールしかないことを嘆き、二百人ぐらいの小ホールを作ればいいのにと、述べた。
 地元の劇団が二百人の劇場をいっぱいにすれば大成功だが、二千人のホールに二百人しか集められなければ大失敗だからという理屈である。

 近所で老人を集めて健康器具を売っているセミナーの教室をそとから見ると、空き席がないようにしている。空き席があると、聴衆の気が散漫になって、「催眠」にかけにくいと思っているのではないか。

 Hという劇団も聴衆を混み混みの状態におくことで、聴衆の気持ちを昂揚させやすくしたのだろう。

 このように芝居をうつものにとって、劇場の収容数は大きな意味を持つが、それは教員にとっての授業もあてはまる。

 受講者が二十人だとして、それが百人入る教室でやっているのか、二十五人入る教室でやっているのかで、やりやすさは大きく違う。
 大学の授業は、たいていの場合、広い教室をつかいすぎである。
 収容できない場合を想定して広い教室を使うのだろうが、だだっぴろい教室で、学生がうしろを中心にバラバラ座っているようではやりにくい。

 授業の内容を決めるのに匹敵するほど、教室選びは重要だと私は思う。
 にもかかわらず、選択権がまったくないのが普通である。

 先日、とてもいい講義を聴講させていただいたが、ちょっと教室が広すぎではないか思ったので、ここに記す。

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2008年7月11日 (金)

覚えさせる派

 まわりをうかがってみると、高校の古典の教員は、昔の和歌や文章を暗記させる派と、とくに覚えなくてよいとする派にわかれるらしい。
 覚えさせる派が多いようだが、私も覚えさせる派である。
 高校の国語の授業など、たとえば一年経てば、授業で何を読んだかなど、ほぼ忘れてしまう(とくに現代国語)。高校を卒業して一年経てば、教員の名前すら覚えていない可能性が高い。
 しかし、十代の記憶力旺盛な若者に、古典の和歌や文章を暗記させれば、それは一生覚えていられる。
 いろいろなものが朽ち果てても、それが残るのである。
 それこそ、当人にとっての宝石である。

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2008年6月28日 (土)

裏方ってそんなにイヤ?

 前日のNHK朝ドラ「ちりとてちん」にまつわる余談を一つ。

 高校時代に三味線が上手に弾けなくて、学園祭では、舞台で三味線が弾けず、調光係にまわったことを、主人公の女の子は長い間くよくよする(最後は裏方も重要と悟って人間的な成長をみせるのだが)。
 私は芝居の裏方をしていたのでよくわかるのだが、手動の調光卓で、「ちりとてちん」で放送していたように、光を当てるのは、素人ではまず出来ない。フェーダー一つ上げるにせよ、ライトの特性をつかんで、最初は早く上げて、最後はゆっくり動かすようにしないと、自然なツキにならない。
 放送されたような、きっかけにきちんとあったフェーダーの上げ下げ、なめらかなクロスフェードなどは当然プロがやっていたのだろうが、もし本当に主役の女の子が高校の文化祭でできたすれば、私がその部活の顧問なら、立ち上がって拍手しただろう。
 主人公の女の子の調光卓操作が、表舞台に立てなかった主人公の人生の汚点として、うじうじとした回想として、出てくるたびに、私は見事な卓操作を見て、不思議な気持ちになった。

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2008年6月27日 (金)

いまさらながらNHK朝ドラ「ちりとてん」

 いまさらながらNHK朝の連続ドラマ「ちりとてちん」の話。朝ドラは普段見ないのだが、咄家が主人公になるというので、HDDレコーダーを駆使しつつ、全話見た。
 正直なところをいうと、最初の一ヶ月が特にそうだったが、見るのをやめようかと思うことが何度かあった。

 主人公の女の子に魅力がないのである。主人公の女の子は自分勝手にやりたいようにやって、親兄弟に友人(とくにこのふたつ)、師匠、兄弟子ら周りの人間に多大な迷惑をかけているにもかかわらず、自分のことしか頭に回らず、しかも自分こそがいつも被害者という態度で反省のへったくれもないのである。

 主演の貫地谷しほりが最初のころ、トリックとかの仲間由紀恵のコピーっぽい演技をよくしていたのもうんざりだった。とはいえ、主演の貫地谷しほりは当初慣れない関西弁の演技に苦労していたという。演技は本人より演出家の責任が重いし、美人がギャグ風の演技をすると、みんな似た感じになってしまうのかもしれない。

 主役の女の子が、高校の先生が勧める地元の短大の日本文学科への進学を断り、「(良妻賢母の道を歩んだ)おかあちゃんみたいになりたくないんや」と啖呵を切って、大阪に出たのには笑った。地方短大の国文科がどう思われているか、はっきり描かれているからである。

 一番うんざりだったのは、そのダメダメな主人公の性格がけっこう自分にも当てはまったことである。私もそういや、人をねたんだりうらやんだり、人に迷惑をかけてもちっとも気づかなかったりするなあと、身につまされた。
 

 なんとか最後まで見通したのは、落語を下敷きにした筋立てが巧みだったこと。徒然亭草若の四人の弟子をはじめ、落語的な登場人物たちに魅力があったこと。渡瀬恒彦、和久井映美、松重豊、江波杏子、米倉斉加年ら、役者がすべて実力者ぞろいで、その演技で充分楽しむことができたからである。
 視聴率は十五%程度で、朝ドラとしては低視聴率だったらしいが、ずっと見ていた人はけっこう満足したのではないだろうか。

 ダメダメだった主人公も最後の三週ほどで、妙に物わかりがよくなり(人間的な成長があったということなのだが)、今まで友人に迷惑をかけていたことを悟り、母親にもきちんと謝りと、見ている人にカタルシスを与えるような展開になった。いらついて、途中で見るのをやめてなくてよかったと思ったが、少々ひっぱりすぎだったかもしれない。

 それにしても、一日十五分とはいえ、月曜から土曜まで、一週間で一時間半。ドラマを見る人は気長だなと感心。

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2008年4月28日 (月)

箸をおとすほどでは

 『三国志演義』第二十一回で、曹操が劉備とともに英雄を論ずる場面がある。劉備が袁術、袁紹をはじめ、各地の群雄の名をあげるものの、曹操はことごとくとるに足らないと評したうえで、「当今、天下の英雄と申せるのは、それ、貴公と、このわしじゃよ」(立間祥介訳)と述べた。劉備はその一言で箸を取り落とすものの、ちょうど鳴った雷のせいにして、曹操の気をそらせた。

 十代の頃に読んだときは、曹操という英雄が劉備という英雄についてちゃんと知っていることを示すよいエピソードだと思った。
 しかし、三十代もなかばになって読み返すと、まったく違った感想しか得られない。

 いま読むと、曹操が劉備に語ったのはまったくのリップサービスであり、真に受けるのはどうかしているとしか思えない。

 私はたいした人物ではないので、他人からもたいした評価は得ていない。それでも、ごくまれに評価するお言葉を目上の人からいただくことがある。若い頃は、欣喜雀躍して、これからも頑張ろうと素直に思っていた。
 ところが、自分の人生をふりかえってみると、あのときのほめ言葉はお世辞だったかと思う場合がほとんどである。かつて喜んだ以上にがっかりする。

 あまり後ろ向きに考えてもしょうがないので、期待の割には、自分の努力が足りなかったと考えるのがよいのだろう。

 なにはともあれ、他人に決して空世辞を言うまいと心がけている。

追記(2008.06.27):高島俊男『お言葉ですが……』別巻一(連合出版。2008.05)で知ったのですが、もとは『資治通鑑』にあるエピソードのようです。

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2008年4月26日 (土)

名跡あれこれ

 ずいぶん昔、藤浦敦『三遊亭円朝の遺言』(新人物往来社、1996.7)で、六代目三遊亭円生が三遊亭円朝の名跡を継ぎたがっていたことを知り、とてつもない野心だと思った。
 しかし、円生について詳しくなればなるほど、円朝の名跡を継ぐなら円生しかいなかったのでは、と思うようになった。三遊亭円生ほどの咄家は不世出である。円生を育て上げた江戸・明治の名残のある時代環境が雲散霧消していることを考えると、円朝と円生の差は、今後あらわれてくるどんな咄家と円朝の差よりも小さいのではないか。
 
 ポッドキャスティングのお台場寄席に出た川柳川柳が三遊亭円丈について、「あいつは最近古典をやっている。円生の名跡を狙っているんだ」といって笑いをとっていた。
 川柳はもちろん冗談で言ったのだろうが、けっこう悪くないとじわじわ感じている。
 三遊亭円丈は新作落語の雄である。柳家金語楼いらいの落語芸術協会の咄家が得意とするような、古い落語の世界を今に移した新作落語ではなく、ドラマの世界を再現するかのようなまったく新しい落語を生み出した。
 円丈流の新作落語の薫陶をうけた、柳家喬太郎、春風亭昇太ら新作派の若手咄家たちは「円丈チルドレン」と自称している。
 八木忠栄『落語新時代』(新書館、2008.1)や雑誌『一個人』2008.5号でようやく円丈も評価されるようになったが、円丈の評価はこれからあがる一方でさがることはないはずである。
 円丈は、現代の新作落語のある系統に祖にあたり、その流れは時代が経つほどますます広がっていく。
 百年後に円丈が円朝ほどに評価されていることも充分ありうる。
 
 初代三遊亭円生は、三遊派の祖にあたり、現代につながる落語の最初期(寛政ごろ)からある由緒正しい名跡である。
 六代目(昭和の名人)の円生は(笑点の)円楽に継がせる気があったのだろうが落語協会からの脱退騒動を経て、円生と円楽は疎遠になってしまった。
 三遊亭円窓は、五代目円生(六代目の父)と六代目円生の前名である。よって、今の六代目円窓も円生を継ぐだけの資格があると、六代目円生は思っていたかもしれない。
 三遊亭円丈といえば、落語協会脱退騒動の暴露本『御乱心』を出し、その中で自分の心の中の円生は死んだと記したので、円生を継ぐことなどありえないだろう。
 それにしても、2008年でおおよそ、川柳77才、円楽75才、円窓68才、円丈64才である。円生の名も継がれることのないまま、弟子たちも相当歳をとってしまった観がある。
 無理は承知で、円丈が円生になったりしないかなと、夢想する。

 人間国宝の五代目柳家小さんを息子の三語楼がついで、六代目柳家小さんになったことについて、非難するひとはそれなりにいる。実力が重視される芸の世界で、血縁でなったことに対する嫌悪感があるのかもしれない。
 名跡というものは、あとの人がどんどん継げばいいと思う。たとえ、今の人がセコくても、先代はよかったと言われるだけで、価値がある。名跡そのものが忘れさられるよりはマシである。
 分不相応な襲名であっても、先代に近づこうと努力するきっかけとなり、結果として、先代に負けない名人になったという例は、歌舞伎を見るとよくある。
 名跡を継いだプレッシャーというものは、継いだ本人しか味わうことがない。芸を観る者は、プレッシャーによる精進の結果だけを楽しめるのだから、たいへん得といえよう。

追記(2008.6.27):円生の名跡は三遊亭鳳楽が継ぐことでおさまりそう。

私は名跡を次の人が継ぐことに積極的な態度です。堀井憲一郎『落語の国からのぞいてみれば』(講談社新書。2008.06)も同様な態度のようです。

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2008年4月25日 (金)

口約束の世界に生きているので

ひと月前ほど、ウイルスセキュリティ会社のS社から、ソフトNについての自動更新のお知らせがきた。ほうっておくと、ソフトの使用が自動更新されて、お金はクレジット会社から自動引き落としされるらしい。
すでにNの使用はやめて、プロバイダー会社のセキュリティソフトに変えていたので、メールにあるURLをたどって、停止の手続きをした。

ところが、S社から自動延長をおこなって、クレジット会社に請求の手続きをしたとのメールが来た。
仰天して、前に来たメールを読み返すと、
メールには「自動延長(▲▲・オンゴーイングプロテクションというらしい)をとめるURL」と、「『再ダウンロード保証サービスの期限自動延長』をとめるURL」があって、私がとめたのは後者だけだったのであった。

あわててS社のサポートセンターに電話したが、いまさらどうしようもなく、S社のソフトを使ってくださいとのことだった。

5985円の損失である。

はらわたが煮えくりかえって、またぞろこのブログに文句を書こうかと思ったものの、先日A社に腹を立てたばかりであるし(2008.1.08の記事)、メールをよく読んでいなかった自分が悪いものと思って(少なくともこの記事を匿名にすることで)我慢することにした。

S社としては、ウィルス対策ソフトが期限切れで勝手に止まっては悪かろうとの親切心でそういった仕様にしているのだろう。
だが、ネットで検索したところ、私同様に意志に反して更新されて、泣き目を見た人も少なからずいるようである。

S社の件といい、A社の件といい、契約書をよく読まずに失敗するのはなぜかと考えてみると、ひごろ口約束の世界に生きているからだと思い至った。
今年度も相変わらずの非常勤暮らしだが、非常勤先の口が今年度からひとつ増えた。非常勤だが、その口はもちろんのこと、今の今まで非常勤をはじめる際に、賃金をはじめ、契約らしい契約をしたことがない。辞令はもらうことがあっても、契約が書いてあるわけではない。
採用にあたって、労働条件や賃金報酬を書いた契約書を抜きにして、働いているのである。

本の出版もそう。なんとなく約束して、やっている。執筆料とか印税とか、ある場合もあるが、出るまでよく知らされない。契約書などない。もっとも、執筆料や印税がまったく入らない場合は、通知だけはしっかりくる。
しめきりもいちおうはあるが破った場合の罰則など、あるのかないのかわからない。締め切りが守れなかったことは多々あるので、その点は助かっているのかもしれない。

私がちゃんとした会社につとめていたりすれば、すべてのことに契約書を要求し、また手元にくる文書にぬかりなく目を通して、損をするようなことはないのだろう。
さいきん、商社出身の方が主催するセミナーで定期的に講師をしている。まず最初に、ちゃんと契約書を渡されたので、とても気持ちがよかった。

私は今後も口約束の世界に生きていくはずである。それで、どれだけ損をするのだろうとふと考えてしまった。

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2008年2月28日 (木)

料理がわれらを自由にする

 妻によれば、私が母の料理について語るさいごは、「そういう理由で母の料理はまずかった」となるらしい。母の味が恋しいとか、母の作ったアレが食べたいとか、言ったことがないようだ。
 母は料理が下手だった。戦中生まれで、食べられればいい時代に育ったので、ずいぶんとおおざっぱな料理だった。
 だしはたいていあごだしかいりこだしで、臭みをとる工夫をしていないので、鰹だしに比べて劣った。
 他の家庭で食べる料理がなんとうまいのだろうと何度も思った。
 母は料理の感想を聞くのだが、うまいと答えてしまうと、三日は続くので、「まあまあ」と答えることにしていた。
 大学に入って、自炊できて、自分の食べたいものが、自分の食べたい味に仕上げられることは大いなる喜びだった。
 母は、店の料理がうまいのは、化学調味料を使っているからの一点ばりだった。たしかに化学調味料の差はあったかもしれないが、母はすべてを化学調味料のせいにして、料理に対する気配りが欠けていた。
 自分で作るようになって、丁寧に作れば、おいしくなることがわかった。
 学問では研鑽が足りないのか、真理によって自由になったという実感がまだない。
 だが、料理に関しては、自分が料理できることによって、いろんなものから自由になったと感じている。

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2008年1月25日 (金)

ゴジセイ

 私にとって、昨年の大きな出来事といえば、なんとか博士号を取得したことです。
 持っていて、役に立つような立たないようなという状況ですが、ひとくぎりがついたという感じは、取得後かなりあとになって、じわじわ出てきました。
 鑑札というわけではないものの、持っていて悪い気はしないものです。
 とはいうものの、私を取り巻く状況はあいかわらず厳しく、年賀状には、「なんとか博士号を取得しましたが、それだけでは厳しいご時勢のようです」と不景気な文句を書きました。
 これがすぐあとになって「ご時勢」ではなく「ご時世」が正しいと気づいたものの、後の祭り。
 読んだ人は、いやいやご時世ではなく、あなたの能力の問題だよと思ったでしょう。

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